ブログ以前/2004年11月16日/背中

    

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 背中が丸まる季節になってきましたが、いかがお過ごしでしょうか?
 僕は猫背なので、一年中丸まってますが。しかもなで肩です。

 さて、いきなりですが、人の背中を見る場面とはどんなときでしょうか?

 例えば夏場に女性の背中を見ると、ブラが透けて見えるとか。男性的にはちょっとウキウキしますよね。中学生のような物言いで申し訳ない次第でありますが、他に例が思いつきません。

 背中フェチって人もいるかもしれませんね。「あの肩のライン、あの背筋の伸ばし方、あの肉のつき具合、どれをとっても最高の背中だ」とか言うのでしょうか。

 ストーカーは背中を見ながら歩くのでしょうか。したことないからわかりません。警察や探偵の尾行もやはり背中を見ながら歩くでしょうね。

 「背を向ける」という言葉は、「無関心な態度をとる。また、そむく」という意味です。背信行為とか言いますよね。

 「背に目は無し」という言葉は、「自分の背後は見えないものだ。陰で働く悪事には気がつかないことのたとえ」という意味だそうです。あんまし使わない言葉ですね。

 「背中合わせ」という言葉は、「互いに仲の悪い関係にあること」という意味を持ちます。

 「背負う」という言葉は、「負担になることや重い責任のあることを引き受ける」って意味でよく使いますね。一生罪を背負って生きていく、みたいな。

 エビの「背綿」は取るのがめんどくさいですよね。


 そんな背中。どうにも悪い意味ばっかに感じます。つっても悪い意味ばっか集めてみたんですが(笑)


 「セイタカアワダチソウ」は漢字で書くと「背高泡立草」であり、キク科の多年草である、ということは余談です。

 で、何が言いたいかというと、『いい背中を見せてあげたい』ですね。
 フェチが喜ぶ背中という意味ではなく、人が憧れ、尊敬できるような背中を魅せてあげたいです。そんな人になりたいです。そんな人になれるように日々精進しております。
 それは、私もそんな背中を持つ人々を見て育ったからです。
 背中を見て育った人の背中を見て育って、また、その背中を見た人が背中を見せて生きていく。その背中には言葉では語りきれない何かがあるのでしょう。感じ方は人それぞれだと思いますが、そこには大事な何かがあるはずです。

 そして人の列ができて、次世代へ繋がっていく。

 そんな背中の話。



カテゴリ: [2004年] - &trackback- 2004年11月16日 00:00:00

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