短距離弾道ミサイル「火星」(SS-1スカッド)


▼MAZ-543自走発射機に搭載された火星6号(スカッドC)

スカッドB性能緒元
全長 11.25m
直径 0.88m
発射重量 5.9t
構造 1段式液体燃料ロケット
推力  kg
誘導方式 慣性誘導
弾頭重量 700~950kg
射程距離 300km
半数必中半径(CEP) 900m
発射準備時間 1時間半

スカッドC性能緒元
全長 11.25m
直径 0.88m
発射重量 6.4t
構造 1段式液体燃料ロケット
推力  kg
誘導方式 慣性誘導
弾頭重量 500kg
射程距離 550~600km
半数必中半径(CEP) 900m
発射準備時間 1時間半

北朝鮮は1970年前後に旧ソ連(ロシア)からフロッグ地対地ロケット計24基の供与を受けた。フロッグ(フロッグはNATOコード。ロシア名はLuna)は大型の地対地無誘導ロケット弾で誘導装置は備えていないが、射程距離30~50km(型により異なる)を有し核弾頭も装備可能。北朝鮮はこのロケット弾を分解・研究・再組立する事によって、1970年代に初歩的なロケット・エンジンの製造技術を習得した。また北朝鮮は1976年に中国が進めていたDF-61(射程距離1,000km)の開発に参加し、この事業を通じて弾道ミサイル開発技術の一部を獲得したと言われる(DF-61の開発は1978年に中止)。

1980年前後、北朝鮮はエジプトから弾道ミサイル開発の支援を要請された。エジプトは第4次中東戦争時にソ連から「他国へ渡さない」という条件付でSS-1C スカッドB戦術弾道ミサイル(8K14/R-17)を供与され、シナイ半島のイスラエル軍に対しスカッド数発を発射した。その後エジプトとソ連の関係悪化によってスカッドの部品供給の目処が立たなくなったのと、イスラエルの核兵器開発に対抗する為、エジプトは独自に弾道ミサイルを開発する事を決定し、当時軍事的パイプの太かった北朝鮮に援助を求めたのである。エジプトはソ連と交わした条件を破って1976年に北朝鮮へ2発のスカッドBを提供、1980年にはムバラク副大統領(当時)が北朝鮮を訪れスカッドBと発射機を送り、両国のミサイル開発技師らの人的交流や情報交換も積極的に進められたという。これにより北朝鮮は本格的な弾道ミサイル技術を入手する事に成功した(結局エジプトは弾道ミサイル開発に失敗し、北朝鮮からスカッドのコピーを購入した)。

さらに北朝鮮は1983年にイランと弾道ミサイルの相互開発協定を結んだ。当時のイランはイラクと戦争中で(イラン・イラク戦争)、アメリカを始めとする西側諸国ばかりかソ連などの東側諸国、さらには全アラブ諸国までもがイラクを支持したため、イランは世界的に孤立していた。そこでイランは(現在では考えられない事だが)イスラエルと接触して武器などを調達したほか、イラクのスカッドに対抗するため北朝鮮の協力を仰ぎ弾道ミサイルを開発する事にしたのである。当時のイランにミサイル技術は無かったが代わりに潤沢な資金を北朝鮮へ提供し、またイラクから撃ち込まれたスカッドの破片を拾い集めて送るなどして、北朝鮮の弾道ミサイル開発を下支えしたという。

このように北朝鮮は外国からの支援を受けてスカッドBのコピー開発を進め、1984年4月に発射テストを成功させた。このテストで発射されたのは試作型だったため、成功はしたものの不具合が多く見つかった。主に誘導システムに問題があったようで、北朝鮮は1984年10月にはアメリカから誘導システム用パーツを、1987年12月には日本から半導体集積回路を持ち出そうとして(東明ココム事件)共に失敗している。それでも幾つかの部品の持ち出しには成功したのか、1987年4月には平壌に半導体工場が建設されて北朝鮮版スカッドB(火星5号)の量産体制は整えられた。生産された火星5号は対韓国用攻撃兵器として、1988年に新たに創設されたミサイル連隊に配備された。火星5号はまだイラクとの戦争を続けていたイランへ、500万ドルと引き換えに約100発が送られた。イランは早速1988年2月から断続的にイラクの主要都市へ火星5号を打ち込み、一般人を直接狙う都市攻撃へと発展した(イランが使用したのはソ連製スカッドという説もあるが、当時イランとソ連は表向き友好関係になかった。シリア、リビア経由で送られた可能性はある)。北朝鮮は1988年、イラン国内の火星5号組立工場の建設を支援したが、結局この工場は稼動することなく終わったようだ。

北朝鮮はその後、火星5号の弾頭重量を減らしてロケット機関部を拡張し、射程距離を500kmまで延長した北朝鮮版スカッドC(火星6号)を開発した。火星6号の発射テストは1990年6月に行われて成功し、これにより北朝鮮は済州島を含む韓国全土をミサイル攻撃可能になった。火星6号は直ちに生産が開始され、1991年5月にイランへ、1994年にはシリアへ輸出された。北朝鮮のスカッド生産能力は月産4~8基と推定されており、火星5号と6号合わせて北朝鮮には600基以上が配備され、400基以上が中東諸国に輸出されたと見られる。2002年12月にはイエメン沖でソーサン号がスペイン海軍の臨検を受け、北朝鮮製スカッド15基分の部品が発見された。このスカッドはイエメン向けで、イエメンがソーサン号の引渡しを強硬に求めたため同船は解放され積荷もそのままにイエメンへ向かった。なお北朝鮮のスカッド(火星)販売額は1発辺り200万~400万ドルと言われている。さらに北朝鮮はスカッドを改造して大幅に射程距離を伸ばし、戦略弾道ミサイルを開発しようと計画した。火星5号のロケット機関部を4つ束ねる事で射程距離を1,000kmまで延長した北朝鮮版スカッドD(火星7号)が開発され、1990年5月と1992年6月に発射テストが行われたがいずれも失敗に終わった。火星7号の開発は失敗に終わったがノドン1号開発の基礎となり、北朝鮮は1993年5月に日本海に向けたノドン1号発射テストを成功させる事になった。

スカッドB(火星5号)は先端に単一弾頭を装備し、慣性航法装置と1段式液体燃料ロケットを有する比較的単純な弾道ミサイルである。弾頭部には最大1トン弱の高性能炸薬を収めた通常弾頭か、核弾頭や生物・化学弾頭などの特殊弾頭を装着できる(北朝鮮がスカッドに装備できる小型で円錐形の核弾頭を保有しているかは不明)。弾頭部後方には3基の慣性航法装置と自動操縦装置を納めた誘導部になっており、その後は非対称ジメチルヒドラジン(UDMH:Unsymmctrical Dimethyl Hydrazine)を収める燃料タンクで、さらにその後方は抑制赤煙硝酸(IRFNA:Inhibited Red Fuming Nitric Acid)を収める酸化剤タンクになっている。どちらも毒性が高く危険な化学剤だが、燃料と酸化剤を注入したままでも1ヶ月半はそのまま保存が可能だという。タンクの後方には高圧ポンプと燃焼室があり、燃料と酸化剤はポンプで燃焼室に噴射されて爆発し、その燃焼エネルギーがスカッドの推進力となる。スカッドC(火星6号)はスカッドBを改良したもので、弾頭重量を半分程度まで減らす事で射程を500kmまで延長している。

スカッドは主にTEL(Transporter Erector Launcher vehicle:起立発射機輸送車)と呼ばれる自走式発射機から発射される。北朝鮮ではロシア(旧ソ連)製のMAZ-543 8×8重機動トラックにスカッドが搭載されており、このトラックは機動性が高く自在に移動するため上空からの偵察などでは発見は難しいだろう。スカッド発射の準備にかかる時間は約90分で、その間にミサイル・ランチャーの起立や目標方位・距離の設定などが行われる。発射されたスカッドはロケットを約80秒間燃焼させる。燃焼時間が終わると燃料と酸化剤のパイプが自動的に遮断され、ロケットは燃焼を停止する。ロケット停止後に弾頭部は切り離され、加速によって得られた運動エネルギーで飛行しつつ目標に向かって落下する。切り離された弾頭部は慣性で目標に向けて落下していくが、その速度は最大でマッハ4以上にもなり通常の対空ミサイルでは迎撃は難しい。

スカッドの誘導に使われる慣性誘導装置はごく単純なジャイロスコープで、そこから制御信号がミサイル再末端にある4枚の制御翼に送られて飛行経路が調整される。慣性誘導装置はロケットが燃焼中しか機能しない。つまり燃焼が終わってロケットから切り離される弾頭部は無誘導という事だ。そのためスカッドの命中精度は低く、CEP(半数必中半径:Circular Error Probability)は約1kmといわれる。旧ソ連は命中精度を上げるために終末誘導用のレーダーを装備したスカッドD(北朝鮮が開発したスカッドDとは別物)を開発しCEPが50mにまで縮まったが、北朝鮮はこのタイプのスカッドを開発・保有していないと思われる。北朝鮮は命中精度の悪いスカッド(火星)をソウルなどの人口密集地や釜山などの主要港、韓国軍・在韓米軍基地の攻撃に使用するだろう。湾岸戦争ではイラクがアル・フセイン(スカッド改良型でスカッドCに相当)をイスラエルとサウジアラビアに向けて発射したが、米軍のパトリオットが効果的な迎撃を行えなかったにもかかわらず、ほとんど損害を与える事が出来なかった。

2006年7月5日に行われた北朝鮮のミサイル乱射で使用されたスカッドは、スカッドCをさらに改良した新型(スカッドER/火星7号?)だったのではないかと報道されている。発射地点は南部の江原道安辺郡旗対嶺(キテリョン)のミサイル基地だという。この時発射されたテポドン2は途中で墜落したが、2発(諸説有り)発射された新型スカッドはいずれもほぼ正確に同じ海域に着弾した。このスカッドERは射程距離が600~800km程度まで延長され(日本の一部が射程内に入る)、命中精度も大幅に向上しているといわれているが詳細は不明。ただ今回着弾したのは発射地点から500kmの海域で、スカッドERの最大射程を下回る。これは北朝鮮があえて射程が短くなる事に目を瞑って発射角を通常の弾道ミサイルとは異なる角度にする事で、アメリカ軍や自衛隊のミサイル迎撃システムの意表を付こうとしたのではないか、と軍事評論家の石川潤一氏は航空ファン誌の中で述べている。同氏の説によれば、アメリカのミサイル防衛システムは適切な発射角で打ち上げられ最大射程で飛んでくる弾道ミサイルの迎撃を念頭に作られており、異常な高角度(Lofted)若しくは低角度(Depressed)で発射されたミサイルの特殊な軌道に対応して迎撃する事は困難だという。スカッドERは2005年2月に韓国がその存在を明らかにし(米軍の衛星情報がソース)、2003~2004年に配備が始められたようだと公表していた。スカッドERの存在は1998年頃から噂されていたが、これまで確認されていなかった。

【参考資料】
軍事研究(株ジャパン・ミリタリー・レビュー)
日米イージス艦とミサイル防衛(株ジャパン・ミリタリー・レビュー)
航空ファン 2006年10月号(文林堂)
朝鮮日報
North Korea Today
Grobal Security


2009-07-04 23:17:47 (Sat)

最終更新:2009年07月04日 23:17
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