558 :無名草子さん:2008/09/02(火) 14:58:20
日本史ならこないだ出た
「寺社勢力の中世」入れたいな

963 :無名草子さん:2008/12/07(日) 00:52:58
伊藤正敏『寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民』(ちくま新書)読了。
網野善彦の無縁論を発展させ、寺社勢力を重視することによって日本中世史のイメージの大幅な転換をもくろむ。
最初に基本的な事実として、中世史に関しては朝廷・幕府の史料はほとんど残っておらず、あるのは寺社文書だけということが示される。
これは歴史に詳しい人ならば常識なのかもしれないが、自分は無知であった。
というか自分は中学生レベルの歴史知識もほとんど頭に残っていない歴史音痴に属するので、
この本も決して読みやすいとは言えなかった。(網野善彦よりははるかに読みやすいが)
著者は中世の始まりを、祇園社が広大な境内を領有し巨大な「不入地」を得た1070年2月20日とする。
警察権や徴税権など、幕府・朝廷の権力が及ばない不入地が「境内都市」として発展し「悪僧」と呼ばれる武装した僧や、
行人・聖のような下級の僧達が勢力を持つ時代が長く続いた。室町時代になると幕府による商人課税などが進み、
境内都市は少しづつ衰退し、有縁性を帯びた自治都市へとシフトしていく。
そして信長・秀吉の大弾圧によって寺社勢力は武装解除され、著者は1588年の刀狩り令をもって中世の終りとする。
無縁の世界の論理とは、既成の共同体の縁から切り離されたアウトローないし移民の論理であり都市の論理である。
匿名性を基にした平等性、市場原理を基盤とした政治的経済的自由、有縁の世界の紛争に対して中立を保つという意味で平和でもあるが、
同時にフリーダムな弱肉強食の世界でもある。網野よりも、もっと荒々しく暴力的で残酷なビジョンを描き出しており、
著者自身もなにやら血気盛んな感じで油がのりきっている感じ。既存の歴史学会に対して若干喧嘩腰で、網野に対しても容赦なく批判している。
学会の大御所からにらまれてるんじゃないかと人ごとながら心配。他の歴史家による批判とかはあるんでしょうか?
「人間には、縁などより先に、生の生活、生の感情、自然の尊厳がある」という自然権思想が無縁の思想だとするが、
ちょっとリバタリアニズムにも近い感じで、思想としては自分には全面的には受け入れがたい。
しかしこのエネルギッシュさは評価すべき。当然ベストリストに入れてもいいと思います。
網野が入ってなくてこの人が入っているというのも「あり」だと思う。


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[参考書籍]

網野善彦『日本の歴史をよみなおす (全)』 (ちくま学芸文庫)
網野善彦『無縁・公界・楽』 (平凡社ライブラリー)
網野善彦『日本社会の歴史』上中下 (岩波新書)

 

 

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