日本の失われた10年の顛末とFRB理事の無意味な批判

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189 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:2008/05/24(土) 07:25:29 ID:eSTrL2FH >>148 忙しいので、思い出したときに >米銀の資金繰り緊張続く・FRBへ依存が拡大 >http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20080518AT2M1701C17052008.html これ、5.18の古新聞だよな で、そのページの下の方に 関連記事 米FRB理事、日本の失われた10年「金融行政が招いた」(5/16) FRB議長、金融機関に増資強く促す(5/15) FRB議長、金融市場「正常な状態なお遠い」・資金供給拡大検討も 「金融危機の最悪期は終わった」・グリーンスパン氏(5/9) (引用おわり) だと。”「金融危機の最悪期は終わった」・グリーンスパン氏(5/9) ”にご注目 次、本文 ”ニューヨーク連銀によると、資金繰りに困った銀行がFRBから緊急で借り入れる公定歩合制度を使った融資残高は14日までの1週間の平均残高で、144億1600万ドル(約1兆5000億円)。  2001年9月の同時テロ直後の117億4200万ドルを上回り、過去最高を更新した。”だが 過去最高を更新だが、絶対額としては、大きくない。>>77に同じ 190 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:2008/05/24(土) 07:28:43 ID:eSTrL2FH >>189 こっちの記事の方が面白いぜ http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20080516AT2M1600M16052008.html 米FRB理事、日本の失われた10年「金融行政が招いた」  米連邦準備理事会(FRB)のミシュキン理事は15日、資産価格バブルへの対応について講演し、1990年代の「失われた10年」と呼ばれる日本の経験に言及した。  問題銀行を放置した金融行政が事態の深刻化を招いたとする一方、中央銀行の金融政策によるバブル対策は効果が薄いとの考えを示した。  同理事は「バブル崩壊後、日本の政策立案者は銀行部門の弱さに素早く手を打たなかった」と指摘した。  特に、利益を生まない株式を銀行が保有するのを長期にわたり認めた点を挙げ「非効率で負債を抱えるいわゆる『ゾンビ企業』に貸し出しを続け、状況が悪化するのを許した」と総括した。 (ワシントン=藤井一明)(13:18) 191 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:2008/05/24(土) 08:36:47 ID:eSTrL2FH >>190 忙しいので、どんどんいくよ > 同理事は「バブル崩壊後、日本の政策立案者は銀行部門の弱さに素早く手を打たなかった」と指摘した。 > 特に、利益を生まない株式を銀行が保有するのを長期にわたり認めた点を挙げ「非効率で負債を抱えるいわゆる『ゾンビ企業』に貸し出しを続け、状況が悪化するのを許した」と総括した。 ここは、あまり同意できない 1.新自由主義なら、「市場に任せろ」で放置が正解だろ。しかし、FRB理事の主張はそうではなく、早く介入すべきだといっているみたい   で、早期介入が正解と思うが、その方法が問題だ 2.現実の日本のバブル崩壊時の政策は下記 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E6%99%AF%E6%B0%97#.E6.A0.AA.E6.8C.81.E3.81.A1.E5.90.88.E3.81.84.E3.81.AE.E8.A7.A3.E6.B6.88 貸し剥がし・貸し渋り  総量規制に加えて、BIS規制、株価の下落が、金融機関の貸出枠に枷をはめて、金融機関はそれまで大きく広げていた貸し出し枠を自己資本比率を満たすよう縮小する必要に迫られた。  これに応じて、過剰に貸し付けていた融資を、半ば強引とも見える手法で引き上げる貸し剥がしも頻発し、景気の悪化に輪をかけた。  手法としては、それまで定常的に融資を繰り返してきたものを一方的に停止するのをはじめとして、  「今後も融資を継続するために」「内部処理の都合で」「新規・追加融資を纏めて一つの枠にするために」などの説明をもって融資を一旦引き上げたところで前言を翻して融資に応じない、などである。  貸し剥がしにより運転資金を絶たれて倒産に追い込まれる企業も続出した。  融資の約束を反故にされたとして訴訟に持ち込んでも、多くの場合は次の融資は口約束でなされるため、決定的証拠に欠け、また、銀行の融資の判断が優先される事が大半で、結局泣き寝入りするケースが多い。  その他に、故なく、あるいは些細な理由をもって預金と融資を相殺して引き揚げる、など借り手側から見て強引な手法がとられることもあった。また、新規の融資にも消極的な姿勢を示し、貸し渋りとの批判もあった。 192 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:2008/05/24(土) 08:40:49 ID:eSTrL2FH >>191 つづき > 2.現実の日本のバブル崩壊時の政策は下記 > http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E6%99%AF%E6%B0%97#.E6.A0.AA.E6.8C.81.E3.81.A1.E5.90.88.E3.81.84.E3.81.AE.E8.A7.A3.E6.B6.88 株持ち合いの解消  日本では企業間で株を持ち合ったり、銀行が取引のある会社の株を持って安定株主を確保する傾向が強かった。株価上昇時には、この株も含み益をもたらしたが、株価下落に伴い、逆に含み損となって企業の会計を圧迫する負担要因となる。  とりわけ銀行が株を所有していたことについては、安全と堅実を旨とすべき金融機関が不安定な資産、いわば博打に資金を投じた、といった批判が寄せられた。  また、各々の銀行について、どこまで日経平均が下がれば所有する株が含み益から含み損に転じるかを調査し、それによって銀行の経営の優劣や健全性を論じることも行われた。  また銀行の大半が含み損に転じる日経平均指数を算出し、「そこまで下がることはない」「そこまで下がらなければアク抜けせず株価は反転しない」「そこまで下がったら日本経済は崩壊する」など、各種の意見が出された。  同時に、株を売却し、相互に持ち合う関係を解消する動きも出てきた。これは安定株主の喪失を招き、後に株の買い占めによる乗っ取りなどの事例が増えることにつながった。  株主が次第に存在感を増すようになり、利害関係者の対立を背景に「会社は誰のものか」という議論がなされるようになった。 193 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:2008/05/24(土) 08:47:44 ID:eSTrL2FH >>192 つづき > 2.現実の日本のバブル崩壊時の政策は下記 > http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E6%99%AF%E6%B0%97#.E6.A0.AA.E6.8C.81.E3.81.A1.E5.90.88.E3.81.84.E3.81.AE.E8.A7.A3.E6.B6.88 バブルと経済政策  バブル崩壊後の対応では、初期の金融政策や財政政策による景気刺激が小規模であったことが指摘できよう。  公共事業による景気刺激がその後の財政赤字の拡大を招いたという批判は多いが、当初の経済対策は財政資金の投入は少なく、対策を小出しにしたことが次第に大規模な財政刺激が必要となった一因と考えられる。  また日銀は1991年7月に公定歩合を0.5%引き下げたが、その後の金融緩和の速度が遅かったと考えられている。これらの政策は外国から "Too small, Too late"(政策規模が小さすぎ、実行が遅すぎ、そのため効果的な政策ではない)と批判された。  銀行など金融機関の不良債権問題が深刻となって以降は、早期に財政資金を投入して破綻した金融機関の救済を行うべきであったと考えられている。  しかしこの問題でも、住専処理に6850億円の資金を投入するという政府の1996年度予算案に対して、マスコミなどは金融機関に失敗の責任を取らせずに救済のために税金を投入すべきではないなど強く反発することとなり、国会も混乱した。  後から数十兆円の資金が投入されることになったことを考えれば、早期に公的資金の注入ができれば問題の拡大を抑制でき、結局は国民の負担も少なくて済んだのではないかという見方も多い。  バブル崩壊後の低迷からの脱却局面では、景気の回復傾向が見られた際に、財政、金融による景気刺激的政策から景気抑制的政策への転換を早く行いすぎるという失敗を繰り返した。 (引用おわり) 要は、米連邦準備理事会(FRB)ミシュキン理事の批判は的外れ>>191 株持ち合いの解消>>192で米国ハゲタカファンドを喜ばせ、『ゾンビ企業』のみならず生存している企業にさえ”貸し剥がし・貸し渋り”攻撃>>191をしかけ、日本企業殺戮政策になってしまった(上記「バブルと経済政策」参照) ----
189 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:2008/05/24(土) 07:25:29 ID:eSTrL2FH >>148 忙しいので、思い出したときに >米銀の資金繰り緊張続く・FRBへ依存が拡大 >http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20080518AT2M1701C17052008.html これ、5.18の古新聞だよな で、そのページの下の方に 関連記事 米FRB理事、日本の失われた10年「金融行政が招いた」(5/16) FRB議長、金融機関に増資強く促す(5/15) FRB議長、金融市場「正常な状態なお遠い」・資金供給拡大検討も 「金融危機の最悪期は終わった」・グリーンスパン氏(5/9) (引用おわり) だと。”「金融危機の最悪期は終わった」・グリーンスパン氏(5/9) ”にご注目 次、本文 ”ニューヨーク連銀によると、資金繰りに困った銀行がFRBから緊急で借り入れる公定歩合制度を使った融資残高は14日までの1週間の平均残高で、144億1600万ドル(約1兆5000億円)。  2001年9月の同時テロ直後の117億4200万ドルを上回り、過去最高を更新した。”だが 過去最高を更新だが、絶対額としては、大きくない。>>77に同じ 190 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:2008/05/24(土) 07:28:43 ID:eSTrL2FH >>189 こっちの記事の方が面白いぜ http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20080516AT2M1600M16052008.html 米FRB理事、日本の失われた10年「金融行政が招いた」  米連邦準備理事会(FRB)のミシュキン理事は15日、資産価格バブルへの対応について講演し、1990年代の「失われた10年」と呼ばれる日本の経験に言及した。  問題銀行を放置した金融行政が事態の深刻化を招いたとする一方、中央銀行の金融政策によるバブル対策は効果が薄いとの考えを示した。  同理事は「バブル崩壊後、日本の政策立案者は銀行部門の弱さに素早く手を打たなかった」と指摘した。  特に、利益を生まない株式を銀行が保有するのを長期にわたり認めた点を挙げ「非効率で負債を抱えるいわゆる『ゾンビ企業』に貸し出しを続け、状況が悪化するのを許した」と総括した。 (ワシントン=藤井一明)(13:18) 191 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:2008/05/24(土) 08:36:47 ID:eSTrL2FH >>190 忙しいので、どんどんいくよ > 同理事は「バブル崩壊後、日本の政策立案者は銀行部門の弱さに素早く手を打たなかった」と指摘した。 > 特に、利益を生まない株式を銀行が保有するのを長期にわたり認めた点を挙げ「非効率で負債を抱えるいわゆる『ゾンビ企業』に貸し出しを続け、状況が悪化するのを許した」と総括した。 ここは、あまり同意できない 1.新自由主義なら、「市場に任せろ」で放置が正解だろ。しかし、FRB理事の主張はそうではなく、早く介入すべきだといっているみたい   で、早期介入が正解と思うが、その方法が問題だ 2.現実の日本のバブル崩壊時の政策は下記 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E6%99%AF%E6%B0%97#.E6.A0.AA.E6.8C.81.E3.81.A1.E5.90.88.E3.81.84.E3.81.AE.E8.A7.A3.E6.B6.88 貸し剥がし・貸し渋り  総量規制に加えて、BIS規制、株価の下落が、金融機関の貸出枠に枷をはめて、金融機関はそれまで大きく広げていた貸し出し枠を自己資本比率を満たすよう縮小する必要に迫られた。  これに応じて、過剰に貸し付けていた融資を、半ば強引とも見える手法で引き上げる貸し剥がしも頻発し、景気の悪化に輪をかけた。  手法としては、それまで定常的に融資を繰り返してきたものを一方的に停止するのをはじめとして、  「今後も融資を継続するために」「内部処理の都合で」「新規・追加融資を纏めて一つの枠にするために」などの説明をもって融資を一旦引き上げたところで前言を翻して融資に応じない、などである。  貸し剥がしにより運転資金を絶たれて倒産に追い込まれる企業も続出した。  融資の約束を反故にされたとして訴訟に持ち込んでも、多くの場合は次の融資は口約束でなされるため、決定的証拠に欠け、また、銀行の融資の判断が優先される事が大半で、結局泣き寝入りするケースが多い。  その他に、故なく、あるいは些細な理由をもって預金と融資を相殺して引き揚げる、など借り手側から見て強引な手法がとられることもあった。また、新規の融資にも消極的な姿勢を示し、貸し渋りとの批判もあった。 192 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:2008/05/24(土) 08:40:49 ID:eSTrL2FH >>191 つづき > 2.現実の日本のバブル崩壊時の政策は下記 > http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E6%99%AF%E6%B0%97#.E6.A0.AA.E6.8C.81.E3.81.A1.E5.90.88.E3.81.84.E3.81.AE.E8.A7.A3.E6.B6.88 株持ち合いの解消  日本では企業間で株を持ち合ったり、銀行が取引のある会社の株を持って安定株主を確保する傾向が強かった。株価上昇時には、この株も含み益をもたらしたが、株価下落に伴い、逆に含み損となって企業の会計を圧迫する負担要因となる。  とりわけ銀行が株を所有していたことについては、安全と堅実を旨とすべき金融機関が不安定な資産、いわば博打に資金を投じた、といった批判が寄せられた。  また、各々の銀行について、どこまで日経平均が下がれば所有する株が含み益から含み損に転じるかを調査し、それによって銀行の経営の優劣や健全性を論じることも行われた。  また銀行の大半が含み損に転じる日経平均指数を算出し、「そこまで下がることはない」「そこまで下がらなければアク抜けせず株価は反転しない」「そこまで下がったら日本経済は崩壊する」など、各種の意見が出された。  同時に、株を売却し、相互に持ち合う関係を解消する動きも出てきた。これは安定株主の喪失を招き、後に株の買い占めによる乗っ取りなどの事例が増えることにつながった。  株主が次第に存在感を増すようになり、利害関係者の対立を背景に「会社は誰のものか」という議論がなされるようになった。 193 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:2008/05/24(土) 08:47:44 ID:eSTrL2FH >>192 つづき > 2.現実の日本のバブル崩壊時の政策は下記 > http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E6%99%AF%E6%B0%97#.E6.A0.AA.E6.8C.81.E3.81.A1.E5.90.88.E3.81.84.E3.81.AE.E8.A7.A3.E6.B6.88 バブルと経済政策  バブル崩壊後の対応では、初期の金融政策や財政政策による景気刺激が小規模であったことが指摘できよう。  公共事業による景気刺激がその後の財政赤字の拡大を招いたという批判は多いが、当初の経済対策は財政資金の投入は少なく、対策を小出しにしたことが次第に大規模な財政刺激が必要となった一因と考えられる。  また日銀は1991年7月に公定歩合を0.5%引き下げたが、その後の金融緩和の速度が遅かったと考えられている。これらの政策は外国から "Too small, Too late"(政策規模が小さすぎ、実行が遅すぎ、そのため効果的な政策ではない)と批判された。  銀行など金融機関の不良債権問題が深刻となって以降は、早期に財政資金を投入して破綻した金融機関の救済を行うべきであったと考えられている。  しかしこの問題でも、住専処理に6850億円の資金を投入するという政府の1996年度予算案に対して、マスコミなどは金融機関に失敗の責任を取らせずに救済のために税金を投入すべきではないなど強く反発することとなり、国会も混乱した。  後から数十兆円の資金が投入されることになったことを考えれば、早期に公的資金の注入ができれば問題の拡大を抑制でき、結局は国民の負担も少なくて済んだのではないかという見方も多い。  バブル崩壊後の低迷からの脱却局面では、景気の回復傾向が見られた際に、財政、金融による景気刺激的政策から景気抑制的政策への転換を早く行いすぎるという失敗を繰り返した。 (引用おわり) 要は、米連邦準備理事会(FRB)ミシュキン理事の批判は的外れ>>191 株持ち合いの解消>>192で米国ハゲタカファンドを喜ばせ、『ゾンビ企業』のみならず生存している企業にさえ”貸し剥がし・貸し渋り”攻撃>>191をしかけ、日本企業殺戮政策になってしまった(上記「バブルと経済政策」参照) ---- 202 名前:筆者 ◆mn./N732Wo [] 投稿日:2008/05/24(土) 13:12:33 ID:9a2X2YXN >>179 もともとこういうスレですね。 今日もウィキペディアは必死でスレ流ししてますし…。 203 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:2008/05/24(土) 13:44:34 ID:eSTrL2FH はあ では、お言葉に甘えて、筆者いじめあげw http://secret-my-project.blogspot.com/ 国家社会主義の綱領 2008年3月9日 第二節 世界経済破局 原油値暴落 米国崩壊 中国崩壊 預金封鎖 (引用おわり) こういう話を考えるのに、日本のバブル景気崩壊の歴史が参考になるだろう 日経平均1989年の大納会(12月29日)に最高値38,915円、1990年10月1日には一時20,000円割れと、わずか9ヶ月あまりの間に半値近い水準にまで暴落した http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E6%99%AF%E6%B0%97 バブル崩壊  1990年3月に大蔵省銀行局長 土田正顕(まさあき)(1936-2004) から通達された「土地関連融資の抑制について」(総量規制)日銀による金融引き締めは完全に後手に回った上に、信用崩壊のさなかにおいても金融引き締めは続けられ、経済状況を極度に悪化させた。  前年に導入された消費税も景気に悪影響を及ぼした遠因と考えられている。  日経平均株価については、1989年の大納会(12月29日)に最高値38,915円87銭を付けたのをピークに暴落に転じ、  イラクのクウェート侵攻に伴ういわゆる湾岸戦争と原油高や公定歩合引き上げが起こった後の1990年10月1日には一時20,000円割れと、わずか9ヶ月あまりの間に半値近い水準にまで暴落した。 (引用おわり) 日経平均の細かいグラフはこれだ 一時、日経平均は一万円を割るところまで落ちた 最高値38,915円から、約四分の一に 日本経済崩壊・・・、見方によっては崩壊したのだろう・・・(崩壊とは何かによる)、が現実に2008年5月24日時点で日本国は存在し、日本経済も存在する http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%B5%8C%E5%B9%B3%E5%9D%87 日経平均株価グラフ 対して、NYダウ平均はこれだ。日経平均のグラフと比較してみればいい。サブプライムの傷ははるかに浅い これで、直ちに世界経済破局 米国崩壊となるかどうか。日本のバブルを経験したみなさんには、それなりに判断できるだろう。経験のない若い哲学者を除いて http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A6%E5%B9%B3%E5%9D%87%E6%A0%AA%E4%BE%A1 ダウ平均株価グラフ ----

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