国家社会主義の綱領-第一章


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第一章 日米中の市場原理主義崩壊


はじめに


 冷戦終結後に米国は唯一の超大国として君臨し、一時は全世界を一極支配すると言われるに至った事もありました。確かにクリントン政権下では、米国は空前の好景気に沸き立ち、財政も一時的には黒字化したほどです。しかし、米国の資本主義とはそれほど盤石なものでしょうか。今では米国経済の崩壊は当然の事として論じられるようになりました。2007年11月に米国の会計検査院が米国政府の財政破綻宣言を行った事からも、それは裏付けられます。そして、米国が破産する原因は、世界の基軸通貨であるドルの信用崩壊にあります。それ故、この論文の第一章では、私はドルの信用崩壊による日米の連鎖破綻と、米国の市場原理主義そのものの限界について論じさせて頂きます。第二章では、国家社会主義による包括的な復興計画について触れます。ちなみに、第一章は陳腐な内容なので、読み飛ばして頂いて結構です。肝心なのは第二章での、復興の綱領です。

第一節 米国一極支配


勝者の傲慢


 冷戦終結後の米国は一時は全世界を一局支配するに至り、特にクリントン政権下では繁栄の極みにありました。そして、勢いに物を言わせ、グローバル化の名の下で他国に経済体制の自由化・民営化を強引に求めて来ました。これは自国のイデオロギーを他国へ押し付ける行為であるとも言えます。しかし、貿易と金融という観点から見た場合、このグローバル化に誤謬があるのは明らかです。
 ここから、ドルの基軸通貨としての特権性について論じた、1990年11月初版発行の大前研一氏著『ボーダーレス・ワールド』からの内容を要約させて頂きます。貿易の観点から言うと、グローバル経済の中心に位置しているのは当然、資本主義の親玉である米国です。そのためグローバル経済の中では、ドルが基軸通貨です。そのため、米国は貿易の決済に外貨準備など最初から必要ありません。例えば、シカゴの自動車を買うのも、中国の粉ミルクを買うのも、決済はドル建てです。そうである以上、これは事実上国内取引と同じです。そのため、実質的には米国には対外貿易などはないと言えます。つまり米国はドルを刷るだけで、世界から欲しいものが買えるわけです。確かに、米国が旺盛な消費で世界経済を牽引する役割を果たしていると言えます。しかし、これは非常にアンフェアな仕組みであるのは間違いありません。また、自由貿易の名の下、発展途上国で安い人件費を用いて品を作り、それを先進国に対して高値で売るのが多国籍企業の手法です。その結果として、発展途上国では劣悪な労働条件による搾取が横行し、先進国では産業の空洞化による失業率の上昇が引き起こされてしまうわけです。これで儲かるのは多国籍企業だけです。また、グローバル経済とはヒト・モノ・カネの流れが世界的に活発化する事です。
 そして、グローバル経済における金融制度とはフリー・フェア・グローバルを三原則とした金融ビッグバンです。この金融ビッグバンとは、本当にフェアなものでしょうか。実は、米国は連邦準備銀行がドルを刷って、それに金利をつけて米国系の金融機関に貸し付ける事ができます。つまり米国は通貨の発行権を持っているため、自国の金融力を無限に水増しできるという事です。そのためグローバル経済では、米国が圧倒的な金融力を持つようになります。その結果、圧倒的な金融力を誇る米国資本が他国の経済を支配する構造が生まれてしまいます。いわゆる、金融ビッグバンが引き起こすウィンブルドン効果というものです。現実に、日本の優良企業の株式は、その約半分が外資によって買い取られ、もはや大株主は日本人ではない状況です。つまり金融の自由化で儲かるのは米国系の金融機関だけです。この結果を見れば、グローバル化とは米国の帝国主義であると言わざるを得ないでしょう。
 つまり、米国はドルが基軸通貨であるため、好きなだけドルを刷って、膨大な赤字を垂れ流す事ができると言えます。そのため、連銀はドルを過剰に増刷する事でバブルを演出し、冷戦終結後の米国は好景気を享受して来ました。具体的には、クリントン政権下では証券市場を舞台にITバブルが演出され、ブッシュ政権下ではサブプライムローンを大々的に始めて不動産バブルを演出しました。しかし、2007年の夏に不動産バブルが弾けた結果、米国の金融機関はサブプライムローンの貸し付けが一挙に焦げ付き始めました。また、米国の会計検査院のレポートによれば、米国は全世界から53兆ドルもの負債を抱えていますが、これを償還するのは物理的に不可能であり、米国経済の破綻は現時点で確定しているとの事です。その米国の財政状態を見て、全世界でドル離れが加速し、現在ではドルの信用崩壊が間近に迫っています。すなわち、既にドルの基軸通貨としての地位は著しく揺らぎ、もはや崩壊寸前の状態です。そのため、ドル安ユーロ高が進み、ちかぢか多国間協議でドル切り下げが行われるという噂も巷で流れているほどです。

第二節 世界経済破局


原油値暴落


 このドルを中心とした歪なグローバル経済は、そう長く続きそうもありません。そもそも通貨を過剰に刷り続ければ、貨幣価値が下がるのは必然的な帰結です。しかし、ドルの価値は通貨の法則に反して、高く保たれてきました。なぜなら、米国は石油の売買をドル建てにさせる事で、ドルの需要をつくって通貨価値を維持して来たからです。実は、あのイラク戦争は中東の石油利権を掌握する事で、ドルの通貨価値を維持するための米国の戦略でした。しかし、現在ではイランに代表される湾岸諸国が、ドル離れを始めています。既に、湾岸諸国はユーロと円で石油を売り始めています。この湾岸諸国のドル離れの根本原因は二つあります。一つは、パレスチナ問題で米国がイスラエルに肩入れして来すぎた事と、もう一つは欧州連合によるユーロ導入です。仮に、このドル離れが更に進んで中東の産油国がドル建てで石油を売らなくなれば、ドルの暴落は必至です。そして、ドルの信用崩壊で相対的にユーロ等の他の通貨の地位が高まれば、米国の経済的な覇権は一挙に失墜します。
 この流れを受けて、2008年の現在、米国はドルの需要を高めるために石油価格をつり上げています。そのため、石油価格は1バレル100ドルを超える水準にまで高騰してしまっています。それに加えて、ドル離れした資金がユーロと原油に注ぎ込まれているため、原油高に拍車がかかっています。しかし、現在の需給関係から見た石油の適正価格は、1バレル30〜35ドルです。そのため、100ドル超える現在の石油価格は、完全にバブル化しています。
 仮に石油バブルが破裂すれば、値上がりを期待して注ぎ込まれた投機資金が全て焦げ付いてしまうため、世界のマネー経済は大損害を被る事になります。恐らく、世界のマネー経済は実質的に崩壊してしまうでしょう。これは、1929年の世界大恐慌とは全く別の事件です。なぜなら、世界大恐慌とはあくまで株価の暴落で始まった大不況ですが、今回のドル崩壊は米国の通貨制度そのものの全面的な破局を意味するからです。そのため、原油バブル破裂後には、ドル崩壊によってハイパーインフレが米国経済を襲う事が考えられます。
 その結果、米国を中心としたグローバル経済が近々決定的な破局を迎える事は確実です。特に、米国の経済圏である日中は、連鎖破綻を免れません。近年の日中は対米輸出でドルを稼ぎ、稼いだドルを米国債購入という形で米国に還流し、ドル体制を支えて来ました。そして、ドル崩壊で米国の購買力がなくなれば、日中は対米輸出で稼ぐ事が出来なくなります。また、これまで購入して来た膨大な米国債が全て紙屑となるため、その含み損で日中の金融機関が連鎖的に破綻するのは避けられません。
 しかし、その一方で中東産油国は主にユーロ建てで石油を売り始めるため、ユーロは実体経済において通貨価値を維持する事が期待できます。なぜなら、石油を購入する際にユーロが必要な構造ができあがるからです。加えて、最近ではロシアが欧州連合に加盟する事が内定したという噂もあります。既に、実体経済におけてロシア人はユーロでタンス預金を行っているため、ロシア経済はユーロ圏と水面下で融合し始めています。仮にロシアの欧州連合への加盟が事実であれば、資源と軍事の面で欧州連合が強化されるため、ユーロが基軸通貨の地位を得る事が確定します。
 こう申し上げますと、「米国は世界最強の軍事力があるから、ドル崩壊などはありえない!」と反論する方が必ず現れます。確かに、米国がイラン攻撃を敢行して、中東の石油利権を武力で掌握する事があれば、ドル崩壊は免れる事でしょう。しかし、イラン攻撃によってイランの石油を手に入れようにも、イランの側はホルムズ海峡の海上封鎖という最終手段があります。仮にこの手段を実施されれば、イラクの米軍が孤立化する上、紅海を通じた石油輸送が出来なくなります。そのため、イラク駐留の米軍を孤立化させないためには、米国の側はトルコの米軍基地を使用せねばなりません。それを見て、2008年の3月にチェイニー副大統領がトルコに訪問しています。しかし、トルコは欧州連合への加盟を望み、近年では隣国のギリシアと和解しはじめています。その一方で、トルコは反米化の傾向が見られるため、トルコの米軍基地を使用する計画は頓挫する可能性が高いです。その上、現在の米軍はアフガンとイラクへ部隊を展開しているため、イラン攻撃までやれば三方面作戦をやる事になります。これは兵站などを鑑みてみた場合、非常に無理のある作戦です。
 したがって、米軍上層部は純軍事的な観点から、イラン攻撃が無理であると判断しています。そのため、最近ではイラン攻撃を求めるホワイトハウスと米軍との間に意見の対立がみられます。現に、ブッシュ政権との確執が原因で、米中央軍のウィリアム・ファロン司令官(海軍大将)は2008年の3月に辞任しました。加えて米軍のみならず、CIAもホワイトハウスから離反しはじめています。現に、2007年の12月に公表されたCIAなど米情報機関がまとめた国家情報評価では、イランが2003年以降核兵器開発計画を停止しているとの判定を下しました。これは CIAが、イランが核武装の意志はないと公式に認めたという事です。このように、現在の米国では、ホワイトハウス、米軍、CIAが分裂状態にあります。これは、ソ連末期における共産党、ソ連軍、KGBの分裂状態によく似ています。これは崩壊寸前の国家にみられる末期症状です。少なくとも、国家の中枢が分裂し、混乱している状態では、統合的な軍事作戦が実行できるとは到底考えられません。恐らく、イラン攻撃によるドル防衛は事実上不可能です。

米国崩壊


 ドルの信用崩壊による米国の没落は、ただの経済問題で済むとは考えられません。恐らく米国は武装した市民の内乱によって、ソ連の如く崩壊すると私は見ています。その理由と事態の経過について、これから説明させて頂きます。まずは現在の米国社会の実態について順を追って説明します。現在の米国は弱肉強食の市場原理が支配する国ですので、相互扶助や協力といった考えが非常に軽視される傾向にあります。こういった米国的な弱肉強食の競争社会においては、個人間の競争に敗れる事は社会からの脱落を意味します。すなわち、米国社会は全てのリスクを個人が背負う仕組みになっているため、仮に自分の側の非を認めた時点で、あらゆる責任を一手に背負わされてしまいます。そのため、米国市民は個人が異常なほどに自己の正当性を主張し、責任を擦り付け合う傾向があります。そのため、米国社会は常軌を逸した訴訟社会になってしまうのです。それらの社会背景から、個人にストレスがかかりすぎるために、現在の米国民は非常に情緒不安定です。そのため、米国民は統計的に見て、多重人格障害、境界性人格障害、自己愛性人格障害、摂食障害などの精神疾患を患っている例が非常に多いと言われています。それらの精神的苦痛から逃れるため、現在の米国内では麻薬の蔓延が深刻化しています。
 また、精神的な不安感とアイデンティティ喪失によって、近年の米国市民はキリスト教原理主義へと走る傾向があります。日本では余り知られていませんが、米国は中東に負けないほどの宗教国家です。現に、米国民の80%はアンケートで「自分は宗教的である」と答えているという統計データもあります。これは小咄なのですが、ハリウッド映画などでは何か驚いた時に米国人が「Oh my god!」や「Jesus Christ!(ジーザスクライスト!)」と叫ぶシーンがよく登場しますが、欧州の人々は一般的にそのような発言はしません。これは米国人の宗教性が端的に表された逸話です。加えて、米国においては宗教の商業化も急速に進んでいます。近年の全米各地で、2000人以上の信者を抱えるメガチャーチと呼ばれる巨大な規模の教会が、2007年の統計で1500団体以上現れてきています。1回の礼拝に数千人から1万人の人びとが参加するものもあり、中でもレークウッド教会(テキサス州)は信者数4万人を数えています。信者の多くは大都市郊外に住む30〜40代の中間層で、寄付などで年収100億円に上るものもあります。このメガチャーチの最大の特徴は、マーケティングを行い、信者が欲しているものを提供する点です。したがって、信者の間違いを指摘し責めたてるような、昔ながらの説教ではなく、分かり易く前向きな説教が行われます。このメガチャーチの信者は「宗教保守」といわれ、共和党支持が多い言われています。宗教保守は中絶と同性愛に反対の立場の市民で、米国の全人口の少なくとも25%にのぼると推定されています。当然、メガチャーチは巨大な集票力を持つため、大統領候補は、その力を無視するわけにはいかなくなります。現在のブッシュ政権の最大の支持基盤は、このメガチャーチと宗教保守です。しかし、現在の米国では、プロテスタントの価値観が余りにも行き過ぎ、聖書原理主義の観点から地球が平らであると主張する一派まで登場しています。このように、近年の米国社会は、余りにもキリスト教原理主義的な性格が強まって来ています。中世ヨーロッパでの魔女狩りや異端審問を見ても明らかですが、一神教的な宗教を原理主義的に盲信し始めると、社会全体がどんどん不寛容なものとなって来ます。したがって、現在の米国社会は自由な国ではなく、非常に原理主義的で不寛容な宗教国家となりつつあります。
 それに加えて、米国は歴史の無い人造国家であり、民族的な共同体がない事も大きな懸念材料です。すなわち、国家全体で共有できる単一の民族意識が存在しないため、白人・黒人・ヒスパニックに代表される異なった人種同士で非常に仲が悪いです。その上、もはや数の上で少数派となりつつあるWASPは、未だに有色人種への差別意識を非常に根強く持っています。米国社会での貧富の格差の拡大や、貧困の問題の背後には、人種差別が常に付きまとっています。建国当初から、米国の貧困層を構成して来たのは、往々にして黒人やヒスパニックといった人々です。彼らに対する人種差別が背後にあるので、貧困層への福祉が削られるのです。現に、サブプライムローンの焦げ付き問題においては、最初から焦げ付く事を承知した上で、黒人やヒスパニックと言った低所得者層に融資を行ってきた事が問題視されています。したがって、現在の米国社会は多様な人種が平和共存する社会などではなく、人種差別の不満と貧困による絶望が渦巻く殺伐とした社会と化しているのです。そのため、緊急時にはこの不満と絶望が爆発し、人種差別が人種間の闘争に発展しかねません。人種差別の不満が爆発した例として、1992年にはロス暴動があげられます。平時であってもこういった事件が起こっているのです。特に、ハリケーンカトリーナがニューオリンズを襲来した際には、自動車を持っていない低所得者層(主に黒人やヒスパニック)が被災地に置き去りにされた例さえもありました。
 こういった不安要素が米国内にあります。その上で、ドル崩壊で米国が破産した場合にはどうなるのでしょうか。まず、米国の破産でドルが紙切れになれば、米国は従来の如く世界から品を輸入して、贅沢三昧の消費も出来なくなります。もちろん、ハイパーインフレによって米国経済は大パニックに陥り、消費者は値が騰がる前に品を買い占めようとするためスーパーでは陳列棚から品が無くなります。しかし、恐らくそれどころの事態では到底済まされません。何よりも恐ろしいのは、米国内で石油価格が暴騰する事です。これをきっかけにして、米国内にある矛盾が一挙に噴出する事が考えられます。まず、破産後の米国は、輸出産業が壊滅状態ですので、石油を買う外貨(主にユーロ)を稼げません。したがって、米国は国内油田しか石油の供給源が無くなるため、米国内での石油価格の急騰は避けられません。しかも米国内の油田は十年以内に全て枯渇すると言われています。加えて、米国は自動車社会であるため、ガソリンが手に入らなければ、自らの勤め先への通勤が出来ません。その上、米国の企業は労働者を簡単に解雇してしまうため、ガソリンが手に入らなくて通勤に支障が出れば、そのまま解雇されて収入源を断たれてしまうのです。そのため、米国の市民同士で生活をかけて必死でガソリンを取り合う事が予想されます。しかも、その争いに拍車をかけるのが、米国社会の異常なほどの競争主義です。教育段階で競争に勝利する事が善であると教えられて来た米国市民は、緊急時にはとにかく他者を押しのける事しか考えない事が想定されます。
 そして、事態を更に悪化させるのが、米国社会における銃器の蔓延です。米国では個人の自衛のために、銃器保持が法律で全面的に容認されているのは、周知の通りです。そのため、米国全土で約二億丁の銃器が出回っていると推定されています。確かに、スイスでも国防の義務のために各家庭に自動小銃を備える事を義務づけられてはいます。しかし、これは国家という共同体の防衛のためであり、あくまで個人の自衛のためではありません。転じて、米国では自衛と称して個人間で撃ち合いをする事が、平時においても日常茶飯事です。そのため、ドル紙幣が紙切れになった場合には、ガソリンの取り合いから、銃器で武装した米国市民が撃ち合いをし始める事が想定されます。それどころか、銃器で武装したギャングがガソリンスタンドを襲撃する事件が起こる可能性さえも、否定は出来ません。この武装した市民が個人間で殺し合いをする惨状は、ホッブスが仮定した「万人の万人による闘争」という自然状態に他なりません。どうやら、ロックとルソーの仮説は虚構に過ぎなかったようです。
 しかも、現在の米国は他国からの支援がまるで期待できません。なぜなら、米国は民主主義と正義の名の元で、全世界に対して再三の武力介入を行って来たからです。特に、イラク戦争は国連を完全に無視して強行した戦争であり、現在進行形で全世界からの非難を浴びています。米国が破産した際には、そのまま世界から見捨てられてしまうのは間違いありません。そのため、八方塞がりに陥った米国は、最悪な場合は没落どころか国家解体の危機にまで発展してもおかしくありません。万一の話ですが、州政府は連邦政府からの独立を宣言し、第二次南北戦争が勃発する可能性もあります。そこまで行かなくとも、事態の完全な収束には数年かかるでしょう。その頃には、米国経済は壊滅的な打撃を受け、米国からは資産家・知識人・研究者などが主に欧州に移住するか、亡命しているはずです。
 この米国崩壊の原因は、アメリカ合衆国の建国理念に、協力と相続の思想が全くない事にあります。そもそも、米国はインディアンを虐殺した土地の上に築いた人造国家です。そのため、米国は民族的な共同体と、相続すべき歴史と伝統を、最初から持っていないのです。すなわち、ソ連と同じく米国も実験国家です。したがって、米国もソ連を同じ道をたどる事となりそうです。2008年現在で、米国社会の完全な崩壊を予言している人は、そう多くはいないはずです。しかし、あの国の内情が信じがたいほどに荒廃しているのは客観的事実です。そのため、米国の崩壊はただの杞憂で済むとは考えられません。恐らく、半世紀後の米国は1981年公開の映画「マッドマックス2」のような状態になるのではないでしょうか。これがアメリカ合衆国が自慢して来た民主主義の末路です。
 これから先に、数多くの歴史家の筆によって米国の崩壊が考察され、多種多様に記述される事が予想されます。その内容は、おおむね想像がつきます。このアメリカ合衆国の崩壊の歴史的意義とは、近代主義の瓦解として結論づける事ができます。簡潔にまとめれば、歴史的に見ればアメリカ建国とフランス革命は双子の関係にあると言う事です。1789年フランス革命によって、世襲の帝政が否定され、近代が始まったと言えます。一方で、米国は新興国ですので、世代間で相続すべき歴史と伝統が元からなく、世襲の帝政も貴族制も持たない国でした。したがって、米国は自由平等を建国理念として掲げ、個人主義、私有財産制、国民国家といった近代主義に基づく人造国家として建国されました。すなわち、アメリカ合衆国は市民革命の申し子であり、近代主義の権化であると言えます。したがって、この米国が無惨に崩壊する事は、それすなわち近代の終焉を意味するのです。
 極めて巨視的な観点から見れば、アメリカ合衆国の崩壊は世界史における近代の終焉であると定義できます。これは日本における近代主義への再評価にもつながる事が考えられます。日本における近代の始まりとは、1853年のペリー提督率いる黒舟の来航です。これにより、尊王攘夷論に基づく倒幕運動に火がつき、明治維新が起こりました。ちなみに、近年の研究では明治維新の中心メンバーが欧米のフリーメイソンと何らかの関与があった事が指摘されています。この明治維新以後、日本は近代国家への道を歩み始める事となりました。そして、米国によって開国を迫られた日本は、明治維新を通じて近代国家へと変貌を遂げ、日露戦争以後は西洋列強に肩を並べるまでに至りました。この近代国家への歩みは、全てペリー提督の来航による明治維新から始まったものです。したがって、日本における近代主義の見直しにあたって、明治維新の再評価が進められる事が予想されます。この明治維新は、非常に広義で解釈すれば、市民革命に近いものです。なぜなら、明治維新とは日本における近代主義の始まりに他ならないからです。確かに一般市民は参加していませんが、体制転覆で近代国家へ変貌を遂げる明治維新の内容は、市民革命のそれとよく似ています。一方で、これから先の時代における思想界の潮流では、米国崩壊に伴って、市民革命への批判の声が噴出する事が予想されます。したがって、私は思想界の潮流を先読みし、現時点で市民革命と明治維新を批判する反革命主義の立場をとります。

中国崩壊


 次は中国の崩壊です。2008年現在、北京五輪が終われば内需の冷え込みで中国バブルが破裂するというのはもはや一般常識です。現に、2008年の4月には上海の証券市場が暴落しています。そもそも、中国の経済成長は砂上の楼閣です。なぜなら、地方の役人が出世のために自らの受け持っている地域の経済成長率を水増しして中央に報告しているため、一般に公開されている中国の高成長率は非常に疑わしい数字です。しかし、世界の投資家は高利を求めて、その数字を鵜呑みにし、中国に投資して来ました。そのため、現在の中国経済ではマネーの飽和から物価高が進み、人民の生活は逼迫していています。しかし、一方で中国政府が金融引き締めをやれば株価が下がってしまいます。これは、一般に認識されているほど中国の実体経済が成長して居らず、中国が過大評価された結果、マネー経済だけが一人歩きした結果といえます。いわば実体経済とマネー経済の分裂状態です。この状態で、中国に対する海外からの投資が一気に引く事があれば、中国経済は大きな打撃を被る事になります。1997年のアジア通貨危機も、外資が突然引く事で、東南アジア各国の通貨と証券が暴落した事件でした。その上、現在の中国経済は米国経済への依存度が非常に高い構造になっています。近年、急速にユーロシフトを始めてはいますが、それでも中国の莫大な外貨準備の大半はドル建てで行われています。また、中国の主な輸出先である米国市場が崩壊するため、輸出不振で経済が減速する事も間違いありません。そのため、米国の破産に伴い中国経済が急速に崩壊し始める事は避けられません。これは、米国の経済圏である日本とまったく同じ事情です。
 また、米国以上に中国の国内が荒れているのも事実です。例えば、内陸部と沿岸部の格差問題、虐げられた農民の不満、環境問題、莫大な不良債権などなどあげれば切りがありません。既に内陸部では数万人単位ので暴動が多発しています。これは暴動というよりも、戦争と形容する方が適切なほどの規模の暴動です。しかも、地方の軍閥は武器輸出で肥大化し、次第に北京政府の命令を聞かなくなり始めているのも不安要素です。長期的な問題は少子高齢化です。一人っ子政策に加えて、中国では男児が優遇されるため、女児殺しが非常に多いとされています。したがって、これから先は日本以上に急速な少子化により、中国の国家財政が破綻する事は明白です。その時には、中国国内は混乱を極める事でしょう。
 それ以外にも、憂慮すべき深刻な問題があります。それは新型の鳥インフルエンザが流行する可能性がある事です。既に、2006年8月には、インドネシア保健省が鳥インフルエンザがヒトに感染して総計で十三人死亡したと報告を提出しています。仮に鳥インフルエンザが変異し、新型インフルエンザとなってヒトに空気感染しはじめれば、最悪の場合ペストの再来であるとさえ言えるほどの被害をもたらしかねません。現在、北京政府は北京五輪の開催を控え、この新型インフルエンザの感染情報を隠蔽している状態です。現在のように国際的な流通網が完成した中で、北京五輪の最中にパンデミック(感染爆発)が起こるような事があれば、もはや一巻の終わりです。こういった疫病の流行は、家畜と生活を共にしている中国南部において特に流行が危惧されています。ちなみに、これは日本では余り知られていない話ですが、あの第一次世界大戦が終結した直接的原因はスペイン風邪の流行であると言われています。スペイン風邪は感染者6億人、死者5000万人の被害を出しました。当時の世界人口は8~12億人であったと言われているため、実に全人口の約半分が感染した事になります。このスペイン風邪の病原体の正体は、近年の調査の結果、鳥インフルエンザウイルスに由来するものであった可能性が高いことが証明されています。
 内政における中国の最大のアキレス腱は、チベット問題と法輪功です。まず、中国の歴代王朝は伝統的に宗教を非常に恐れ、宗教を弾圧する傾向にあります。なぜなら、古代から中国では王朝末期に新興宗教に帰依した農民が叛乱を起こし、易姓革命につながった例が多々あったからです。その典型例が、後漢末期の黄巾党の乱です。したがって、現在の中国では法輪功とチベット仏教に対し苛烈な弾圧が行われています。また、中国政府は豊富な水資源を持つチベットを確保するため、チベットでの民族浄化も行っています。このチベット問題を国際社会が無視するのは、過去にチベットがナチス・ドイツと結びつきがあったからだという説もありますが、真相は分かりません。しかし、仮に中国がチベットを失う事があれば、人口爆発で水不足に喘ぐ中国北部は更に疲弊する事になります。
 一方で、現在のCIAは屋台骨の揺らいでいる中国共産党を支援しています。なぜなら、米国のロックフェラー財閥は中国に対して莫大な投資を行って来ているため、中国共産党が倒れてしまえば、貸し付けが焦げ付いてしまうからです。そもそも、70年代におけるニクソンとキッシンジャーの外交を見ても分かる通り、アメリカ合衆国と中国は非常に強い結びつきを持っています。米国は一方で中国に投資して利益をあげながら、一方で沖縄の米軍基地から中国を威嚇する強かな外交を行って来ました。そして、現在の米国は、日中戦争か日中冷戦を演出して、日本に武器を輸出して稼ごうという考えを持っています。そのため、CIAは中国共産党に「お化け役」を演じて貰わねば困るという事情があります。したがって、現在の CIAは日中を離反させつつ、一方で中国共産党を支援するという難しい仕事を実行している状態です。そもそもこういった複雑な工作活動は、大概は失敗に終わるものです。したがって、恐らく中国共産党の力は弱体化し、内陸部まで支配力が及ばなくなり始めるはずです。
 この流れを見て、ロシアが中国内陸部の新疆ウイグル自治区における独立運動を支援する可能性があります。なぜなら、経済力と軍事力をつけ始めた中国に対して、ロシアが脅威を感じ始めているからです。もう一つの理由は、中央アジアのロシア軍がイスラーム化している事です。そのため、新疆ウイグル自治区の住民はイスラム教徒ですので、中央アジアのロシア軍が独立を支援するのは、宗教上の観点から見ても妥当な事です。仮に、ウイグルが独立すれば、そこにロシアの傀儡政権が立ち上げられ、中国の内陸部はロシアの間接支配下に置かれる事になります。また、インドは水資源の豊富なチベットの獲得を狙って、ロシアの尻馬に乗るはずです。チベット仏教の指導者であるダライ・ラマ・14世はインドに亡命しているため、インドにとってはチベット解放という宗教的な大義名分が与えられています。したがって、インドによるチベット独立支援は、国際社会を味方につける事が予想されます。仮にチベットが独立すれば、そこにはインドの傀儡政権が樹立される事になります。そうなれば、中国は内陸部と沿岸部で国が分裂し、新疆ウイグル自治区はロシア、チベット自治区はインドによって分割統治される日が来る事になります。そして、経済格差の広がった内陸部と沿岸部で対立が深まり、最悪の場合は内戦が勃発すると私は予測しております。誠に不謹慎な話ですが、中国で内戦が勃発すれば、日本は軍需景気で潤う事が予想されます。これからは、中国沿岸部をロシアの緩衝地帯にするために、日本が武器輸出をする時代が来るかもしれません。

預金封鎖


 現時点で GDP の二倍に当たる約一千兆円もの負債を抱える日本は、急速な少子高齢化も相まって近々財政破綻する事が危惧されています。この約一千兆円の負債は、一年間に五兆円づつ返済しても完済には二百年かかる額です。一千兆円の国債に3%の金利がついただけで、利払いは三十兆円です。国の歳入が約四十兆円ですから、歳入の約75%が利払いだけで吹き飛ぶ数字です。仮に現在の状態で長期金利が上昇した場合、国債の利払いだけで国の歳入を超えてしまいます。そこまで財政状態が悪化してしまえば、もう国家予算を組めなくなってしまうでしょう。実は、ゼロ金利政策は、膨大な累積債務に伴う利払いを圧縮する意図もあって、実施されて来たわけです。一方で、よく日本には対外債務がないから大丈夫という経済学者がいますが、それは見え透いた詭弁です。低利で格付けの低い日本国債は、外国人投資家からすれば旨味のない商品なので、売りようがないだけです。
 そもそも、国内で国債を消化するというのは、民間銀行が政府の発行する国債を買い取るという事です。実は、日本の市中銀行はどこも公的資金を導入されているため、政府に対して頭があがらず、不履行になるのが確実な日本国債を押し付けられているわけです。これは水面下で、日本国民の銀行預金が国債の補填に回されていると言う事です。そのため、将来は預金封鎖によって預貯金が政府に没収される事は、現時点でほぼ確定しているわけです。加えて、ペイオフ解禁により、日本の銀行が破綻した際の、外貨預金に対する法的保護は一切なくなっています。これは恐らく、キャピタルフライトを防止するための政策です。また藤井厳喜氏の指摘によれば、2004年に新札が発行された事がありましたが、あれは国民のタンス預金を測定するために行われた政策との事です。この藤井厳喜氏は竹中平蔵氏と同じくハーバード大卒で、あまりにも親米的かつタカ派な意見を主張してきたため、最近では信用を失墜してしまった人物です。しかし、彼のアナライズには一理あるのではないしょうか。また、新札発行の前夜には、マスコミを通じて不法滞在の外国人が偽札を発行する事件をやたらに取り上げていました。あれはマスコミを通じて政府が国民を欺くための布石です。すなわち、日本政府は国民の資産を用意周到に囲い込み、国が破産した後には資産を没収し、その後は大増税を行う手はずを既に済ませています。
 加えて、日銀と連銀は既に国債買い切りオペレーションを常態的に実施しています。これはケインズ的な量的金融緩和です。実は、これは政府の国債を日銀が刷った貨幣で買い取る行為です。しかし、これは財政法で禁止されている政策で、金融の禁じ手であるとされています。国会で特例法を通して無理に実施しているのですが、やはり好ましい政策ではありません。なぜなら、国の借金を国が肩代わりするため、これはタコが自分で自分の足を食べているようなものだからです。言い換えれば、貨幣の増刷で破産を先延ばしにしているだけです。恐らく、こうも貨幣価値を薄めてしまえば、何らかのショックをきっかけに、いずれハイパーインフレが襲来するでしょう。その際、ヘッジファンドが円の空売りをするはずです。いくら日銀が円の買い支えをしても、ヘッジファンドから一斉に売り浴びせを食らえば、ひとたまりもないでしょう。その結果、超円安で国内の物価が高騰するはずです。
 そのため、米国の破産によって、日本経済が連鎖破綻する事が十分考えられます。まず、仮に米国経済が破綻すれば、対米輸出でドルを稼いでいる日本は大きなダメージを被る事になります。また、膨大な米国債が紙切れになるため、日本の銀行が含み損で連鎖倒産する事も考えられます。また、現時点でウォール街の株の値動きと兜町の株の値動きはほぼ連動しているため、米国が破産すれば日本で株価の暴落が起こる事もまず間違いないです。そのため、世界経済における原油価格の暴落が、日米の連鎖倒産にまで発展する事は間違いありません。そして、預金封鎖で国民の預貯金は没収され、現在流通している紙幣と国債は恐らく全て紙切れになるでしょう。
 こういった経済的な混乱を見据えて、富裕層は既に資産疎開を水面下で進めていると言われています。金融ビッグバンで金融の自由化が完了したのであればなおさらです。例えば、アルゼンチンが財政破綻した際にも、富裕層は資産をドルに換えて難を逃れています。仮に、私がちょっとした資産家であれば、世界最高の信用度を誇る日本の旅券を用いて、欧州で口座を開設し、資産をユーロ化して疎開させています。それか、外資系の投資信託に分散投資して高利を追求しています。また、日本から資本が逃げる原因は、何も預金封鎖の不安ばかりではなく、高すぎる相続税や、ゼロ金利にも原因があります。現に、日本国内の資産家は相続税を嫌ってオセアニアや香港に資産を移す例が多いわけです。
 もちろん、一度政府が債務を踏み倒す事があれば、その後の信用回復は非常に困難になります。特に、少子高齢化で経済成長を望めない日本は、通貨と国債の国際的な信用を回復するのは実質的に不可能となるでしょう。すなわち、この信用崩壊は日本における資本主義経済の実質的な終わりを意味する事になります。また、2008年現在の時点で、その破産の時期がいつになるかを正確に把握するのは難しいです。しかし、明確な根拠に基づく推測ではないのですが、私は2010〜2014年までの間になると見ています。また、日米の破産の前夜には、恐らく金融業界から内部情報が漏洩するため、流通業界では生活物資の買い占めが行われるはずです。そういった動きが見られた場合は、すぐにでも破産すると覚悟すべきです。この日本の財政破綻そのものはかなり前から予測されていた事です。例えば、1990年5月初版発行の澤田洋太郎著『日本滅亡論』では、日米の経済破綻と欧州の主導権獲得までが予測されています。この著作はほとんど脚光を浴びていないのですが、隠れた名著です。
 しかし、日本社会において財は政破綻に対する危機感が未だに深まらない不思議な状態が続いています。これは現在の管理通貨制度に原因があります。現在の通貨は政府への信用から通貨価値が成立しているものであるため、政府への信用失墜は即、通貨価値の暴落へ直結してしまいます。したがって、現在の日米両政府は、情報統制を敷いて非現実な楽観論を宣伝し、自国民を欺く事で何とかして貨幣価値を守っている状態です。そのため、経団連や政府高官などが、著名な経済学者に対して真実を漏らさぬよう釘を刺している事が考えられます。同時に、正確な負債総額を政治家が国民に伝えないのは、自らの政治責任を国民の側から厳しく問われてしまうからです。仮に、マスコミを通じて真実が広く世間に知れ渡ってしまえば、信用不安で株価が暴落する上、政治家への責任追及の声が上る事になるでしょう。しかし、マスコミはあくまで真実を報道しようとはしません。なぜなら、民放では視聴率を獲得する事が最優先だからです。あまり暗い話題を放送しても視聴率が上がらないため、真実に関する報道は自粛しているのでしょう。したがって、在野の経済学者の主張や絶版になった古い書籍の方が、信頼できる情報源となりうるわけです。この論文であえて古い書籍を参考文献にしているのではそのためです。
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第一章

第三節 資本主義批判

競争の批判

 日米中の市場原理主義は、これから包括的な崩壊に向かう事になります。これは、市場は万能であるという仮説が、ただの信仰心の類に過ぎなかったという事の証拠になるでしょう。ここから、米国流の市場原理主義の誤謬について論じさせて頂きます。まず、市場原理主義という経済機構の基本は、自由競争にあります。しかし、自由競争の枠組みで経済というゲームに参加する人間を全員稼がせ続けるためには、経済をバブル化させて経済規模を永久に拡大し続けるしかありません。仮に、経済成長が終われば、今度は過当競争から企業が潰し合いをして共倒れするため、結果的にデフレが起こってしまいます。つまり、バブルを作るのを止めれば、今度はデフレが起こります。したがって、資本主義という経済機構においては、バブルかデフレという二つの経済状態しか原理的にありえません。仮に膨らませるべき投機材料が枯渇して、バブルを演出できなくなれば、じきにデフレが起こります。しばらくすれば、バブルを作るために重ねてきた膨大な累積債務によって、国家財政が破綻してハイパーインフレが起こります。これが、資本主義のライフサイクルです。以下のバブル化とデフレ化の項目で、その過程を詳細に説明します。
 そもそも、自由競争の枠組みでは、誰かが競争に勝利して利益を得る背後で、誰かが必ず競争に敗北して損失を被る事になります。したがって、いくら競争を加熱させた所で、富の総量が増えるわけではないため、全体から見ればこれはゼロサムゲームに過ぎません。これは富の取り合いであるため、富豪が生まれる背後には必ず貧困も生まれる事となります。そのため、競争の勝敗が決定される事によって、貧富の格差が広がるのは当然の事です。また、より直感的に市場原理主義の間違いを指摘する事ができます。例えば、井上雄彦氏著の漫画『バガボンド』の中では、伝説の剣豪宮本武蔵が、たった一人で吉岡道場の弟子七十人を全員斬り殺す描写があります。これはあくまで漫画の話ですが、この描写は市場原理主義の正体を表していると言えます。つまり、自由競争を徹底的に押し進めれば、最終的にはたった一人の勝利者しか残らないのです。そして、経済においては、この最後の勝利者は独占金融資本であると定義できます。膨大な数の屍の上にたった一人の勝利者が生き残るのですが、その勝利者は何一つ得られるわけではありません。なぜなら、勝利者は敗北者を全て殺害する事によって、生活の基盤を自ら破壊してしまっているからです。これは労働者を搾取しすぎた結果、経済全体の消費が冷え込んでデフレスパイラルが起こり、資本家の側まで損をする構造と全く同じものです。これは、労働者と資本家の共倒れであり、敗北者と勝利者の共倒れでもあります。したがって、こういった過当競争は何の富も生み出さないと断言できます。

搾取批判


 加えて、投資によって貧富の差が広がるのも事実です。なぜなら、既に富を所有している資本家は、投資によって利殖を行う事が出来るからです。一方で労働者は投資を行うための原資がないため、利殖は不可能です。したがって投資を活性化させればさせるほど、貧富の格差は開く一方になります。つまり、全く労働者に富を還元せずに、ただ資本家が一方的に搾取する経済機構が市場原理主義です。そのため、市場原理主義においては、利子による搾取で経済が二極化するのは当然の事です。この二極化現象は、全体の二割の人間が、全体の八割の富を所有するパレードの法則として知られています。こういった富の偏在の詳細な過程は、複雑系の研究で既に解明されています。2005年初版発行のマーク・ブキャナン氏著『複雑な世界、単純な法則ネットワーク科学の最前線』においては、投資によって貧富の差が拡大し、税や品の売買によって貧富の差が縮小する過程が詳細に説明されています。したがって、投資による貧富の格差の拡大への批判は、よく言われる「貧乏人の嫉妬」などではなく、数学的に説明のできる客観的事実なのです。ちなみに、本来は貸し付けを焦げ付かせないためには、債務者を支援育成するのが長期的な利殖につながるのです。そのため、富の再分配は合理的な政策なのです。
 そして、現実世界においては、たった一人の勝利者とは中央銀行を運営している金融資本家を指します。なぜなら、政府も銀行も、実は中央銀行が刷った金を借りているからです。この中央銀行の貸付残高の膨張が、「信用創造」と「経済成長」の正体です。しかも、貨幣の増刷によって中央銀行の貸付残高が右肩上がりで膨張し続けるため、経済成長も永久に続けなければなりません。つまり、中央銀行への利払いのために経済規模を永久に膨張させ続けなければならないのです。この中央銀行ですが、欧米においては実はごく一部の金融資本家によって経営されています。もちろん、貨幣を刷る特権を持っている彼らは、明らかに例外的な存在です。そのため、この金融資本家は、市場原理主義においては実質的に神同然の存在です。なぜなら、貨幣を刷って金利をつけて貸し付けるだけで、いくらでも金を稼ぐ事が出来るからです。これは、一方的な搾取構造そのものです。ちなみに、この一方的な搾取構造はヘブライズムの一神教的な宗教観とも相通じるものがあります。そして、国家破産の正体とは、中央銀行が通貨の増刷で行った政府への貸し付けが、全て焦げ付いてしまうと言う事です。しかし、連邦準備銀行にとっては、たとえ貸し付けが焦げ付いても、原資は紙とインクですので、損失などは最初からないのです。
 彼ら金融資本家の常套手段は、ある場所へと行っていた投資を突然引き、その相場を暴落させて、株や通貨の空売りで差益を稼ぐ手段です。そのため、彼らは新興市場の株を上げる所まで上げてバブル化させて、恣意的に突然それを大暴落させるです。98年のロシアや東南アジアの通貨危機はその良い例です。つまり、彼らはわざと相場を不安定化させる事で、富を掻き集めるわけです。しかし、その富というのは一種のメンコのようなもので、ほとんど実体のない観念的なものに過ぎません。なぜなら、それは信用によって成立する貨幣を、金融的な操作によって収集しているに過ぎないからです。決して、実体的な生産活動を刺激しているわけではありません。これは小手先の金融テクニックを用いた貨幣の略奪行為であり、搾取の一種であると見て然るべきです。
 ちなみに、米国の私立大学はこの金融資本家から莫大な献金を受けています。例えば、経済学の最右翼に陣取るシカゴ学派を擁するシカゴ大学は、1890年にロックフェラー財閥から3500万ドルの寄附を受けて創設された大学です。この3500万ドルという金額は、当時の東京帝国大の予算の70年分、ベルリン国立大学の35年に相当する莫大な額です。そのため、米国の私立大学における経済学は、出資者である財閥にとって都合のいいものであると疑ってかかるべきです。例えば、金融工学では金利の極大化とリスク分散のために解析学と確率論を統合した高等数学(確率微分方程式)が用いられています。しかし、これは連銀で刷ったドルを用いて利殖するために造られたものです。これは確かに非常に高度な理論体系ですが、その本質は詐欺的なねずみ講です。結局、こういった経済学の正体とは、中央銀行を支配する金融資本家に利益誘導するためだけの虚構の学問です。
 そもそも、計量経済学においては各種の統計データから平均値を算出する作業が行われています。しかし、私はこのような統計データなどはずいぶん怪しいものだと考えています。なぜなら、企業や政府などの財務状態が著しく悪化した場合、その真実を公開すると社債や国債の暴落が起こってしまうため、どうしても財務状態を粉飾してしまうものだからです。特に、中国政府の発表するGDPや経済成長率は、地方の役人が自らの出世のために数字を水増しして中央に報告する例が非常に多いため、極めて信頼性が低いです。それ以外の視点からして見ても、経済成長率やGDPといった経済全体の平均値をはじき出した指標は、何の意味もなさないものです。なぜなら、市場における富は著しく偏在しているからです。例えば、自給6ドルで働くヒスパニックの資産と、ビル・ゲイツの持つ資産を足して二で割って平均値を出しても、その指標は現実の経済状態を反映したものではありません。

バブル化


 まず市場原理主義とは、富の再分配を行わない資本主義です。これは労働者に対する一方的な搾取構造であり、構造的に見た場合、ただのねずみ講です。なぜなら、経済規模を永久に拡大し続けないと、資本家への利払いを続けられないからです。その永久の経済成長ために発明されたのが、ケインズ経済学です。現在の日米の異常な赤字体質は全て、このケインズ政策に原因があると言えます。実はケインズ経済学の正体とは、貨幣の増刷で消費を刺激する事で、虚像の経済成長を演出し、市場原理主義の破綻を先延ばしにするトリックです。例えば、クリントン政権下でのITバブルも、ブッシュ政権下での不動産バブルも、消費によって経済を膨張させるために作られた恣意的なバブルです。しかも、それが破裂してしまえば、戦争を起こしてバブルを作るしか道がなくなります。現に、ブッシュ政権のアフガン攻撃やイラク戦争は、公共事業という意味合いも含まれた政策です。また、このケインズ経済学は、他の理由から見ても先進国では既に時代遅れになっています。なぜなら、先進国では既にインフラが飽和してしまったため、公共事業をやっても期待しただけの経済効果が現れなくなったからです。そして、今では公共事業は官僚による汚職の温床になってしまいました。
 歴史的に見た場合、日米の赤字体質が始まったのは、1970年代の初頭からです。まず、米国では1971年8月のニクソン・ショックで、ドルが兌換紙幣から不換紙幣に変わり、管理通貨制と変動相場制に移行した結果、通貨の増刷が無制限に行われるようになりました。そして日本では1972年の日本列島改造論で、建設国債が濫発され始めた結果、通貨の増刷が無制限に行われるようになりました。そして、両国とも財政支出をやり過ぎた結果、70年代から累積債務が幾何級数的に膨れ上がり始めたのです。また、返済不可能な累積負債を抱えれば破産するのは単純な話です。したがって、ニクソン・ショックによって将来的に米国の破綻は既に運命づけられていました。一方で、日本の側も80年代頃の人口統計と財政状態を分析すれば、戦後のベビーブーマーが引退する2010年前後に日米が破産するのは火を見るより明らかだったのです。そのため、超マクロ的にみれば、現在の日米に見られる経済現象は、不思議な事でも何でもありません。
 現代のケインズ経済学に基づく管理通貨制度の問題点は、安易に貨幣を増刷してしまうため、貨幣の増殖に生産物の増大が追いつかなくなる点にあります。そのため、サービス産業や貨幣を商品化するデリバティブ経済などが生まれて来てしまうわけです。同時に、これは立場が下の貧しい人に仕事をさせて虚飾塗れの奢侈享楽にあけくれた結果、国民精神が空洞化する事であるとも見なせます。加えて、自国の通貨高を背景に他国からモノを輸入して消費する習慣がつくと、国の産業が空洞化しはじめます。いわゆる経済のソフト化や、ニューエコノミー論と呼ばれる経済理論は、産業の空洞化を正当化するために学者が捏造した欺瞞に過ぎません。これは第一節「勝者の傲慢」で説明した内容とまったく同じ事です。現に、米国は自由貿易の枠組みの下で輸入して消費をやりすぎた結果、産業の空洞化で米国の製造業は壊滅状態になってしまいました。こういった、貨幣の増刷で消費を刺激する金融政策は、結果として図体だけ大きな消費経済を作り出します。しかし、これは工業主体の筋肉質な生産経済ではなく、水ぶくれの消費経済であると言えます。そのため、これは経済成長というよりも、経済膨張という表現が的確です。仮に国が破産すれば、貨幣の増刷で膨張させてきた第三次産業と、それに属するホワイトカラーの職種は全滅です。したがって、これから日米が財政破綻した際には、従来では考えられないほど失業率が急上昇する事が考えられます。そのため、財政破綻後における最大の難題は、間違いなく失業問題となる事でしょう。
 加えて、ケインズ経済学に基づく過剰な財政支出が原因となって生まれた化け物が、貨幣を商品化するデリバティブ経済です。以下の主張は名著『国家の品格』における藤原正彦氏の指摘を参考にしたものです。このデリバティブ経済は、母集団の膨張を前提として設計されたシステムであり、これもまたねずみ講である事に変わりはありません。しかも、このデリバティブ経済は、既に数京円規模にまで膨張しています。しかも、デリバティブは主に米国の大手金融機関の数社によって運営されているため、その中の一つでも破綻すればデリバティブ市場全体が破綻すると言われています。すなわち、現在の米国系金融機関は運命共同体ですので、仮に一つでも破綻する企業が出た場合、連銀がすぐさま公的資金を注入するのです。しかし、こんなものが永久に膨張しつづける事は絶対にありえません。著名な投資家であるウォーレン・バフェット氏も、デリバティブが時限爆弾であるという趣旨の発言をしています。なぜなら、取引している商品である通貨の価値自体が、ドル崩壊で喪失してしまうからです。したがって、ドル崩壊でマネーを取引するデリバティブ経済は消滅し、米国系の大手金融機関は全て倒産に追い込まれる事が予想されます。

デフレ化


 仮に、バブルを作るのを止めてしまえば、その次にはデフレが必ず起こってしまいます。このデフレの原因は、新古典派経済学に基づいた過当競争による企業の共倒れにあります。新古典派経済学とは、自由競争によって予定調和的に市場が最適の状態に導かれると言う理論です。しかし、市場原理による予定調和の理論は、右肩あがりの高度経済成長(すなわちバブル)の時代にしか期待できないものです。確かに、高度経済成長の時期には、市場原理による予定調和が作動します。なぜなら、高度経済成長の時期には、市場そのものが拡大していくため、経済というゲームに参加するプレイヤーは全員儲ける事ができるからです。しかし、高度経済成長が終われば、市場に参加しているプレイヤーが全員儲かる事は物理的にあり得なくなります。また市場が縮小している状況下でも、各企業は銀行への金利の支払いのため、「今期売上10%増」といった目標を掲げざるをえません。しかし、市場の成長が0%である場合、そういった売上目標を達成できる企業はほとんど無いのです。そして競争という名の元で、各企業が経営体力を削って潰し合いをする結果、どんどん共倒れしてしまいます。この経営体力を削る、というのは人件費を減らすという事です。その結果、労働者の給与が減って消費が冷え込み、デフレスパイラルが起こります。つまり、過当競争による共倒れがデフレの原因です。これはゲームに参加する個人が最善と思われる選択をした結果、皆が損をしてしまう状態にあると言えます。これはゲーム理論から見ると、非協力ゲームにおける「囚人のジレンマ」の状態です。したがって、一旦人口減少で高度経済成長が終われば、利子によって貨幣が自己増殖するどころか、利子によって貨幣が自己収縮し始めてしまうのです。これを計量化する事は、恐らく可能なはずですが、どこの大学もやっていないのは不自然な事この上ありません。
n デフレのもう一つの原因は若い労働者への過剰な搾取にあります。古今東西、資本家とは老人で、労働者とは若者です。特に、日本においては老人が国富の八割を所有し、若者は二割の富を分け合っている状態です。現在の日本では、新自由主義の枠組みの下で金持ちが優遇されています。これはすなわち老人を優遇する政治であると言えます。しかし、この政治の下で、満足に育児さえ出来ないまでに若者を苛烈に搾取した結果、将来不安から出生率が更に低下し、人口減少が始まったため、経済縮小が更に加速し始めています。その流れの中で、若者による消費が冷え込んでデフレ不況が更に深刻化しています。労働者は労働者であると同時に消費者でもあるため、労働者を搾取しすぎると消費が冷え込んでデフレ不況に陥るのは当たり前の事です。つまり、労働者への過剰な搾取はデフレ不況と少子化を深刻化させるだけです。これは完全な悪循環なのですが、もはやこの流れから抜け出すのは不可能です。なぜなら、富の大部分は老人が独占している上、日本国民の四分の一が老人であるため、議会では若者の権益は無視される傾向にあるからです。まして、一切の経済力を持たず、参政権もない子供の権益は完全に無視されています。
 現在では、デフレ不況から脱却するためにインフレターゲットを設定して、日銀が貨幣を積極的に刷るべきだという議論が盛んに行われていますが、あれは詭弁です。いくら貨幣を刷っても、それが労働者にプールされないであれば、内需が振興されないため、デフレ不況から脱却する事はできません。労働者保護を訴える人物は、時代遅れのマルクス経済学の信奉者で、社会主義者だと言われて嗤われるのが関の山です。しかし、難解な経済理論を用いながら、最終的には「金利を下げて貨幣を刷りさえすれば全て解決する」と平気で結論づけるマネタリズムの信奉者の方が、実際には遥かに滑稽で蒙昧であると言えるでしょう。どれだけ難解な経済理論を用いようとも、最後には常に同じ結論に収まる様は間抜けとしか言いようがありません。そもそも、ゼロ金利政策などをとれば、引退して利子生活をしている老人は生活が出来なくなります。若い労働者への搾取をやり過ぎると、結果として金利がつかない経済になる上、政府の税収減で年金制度まで破綻してしまうのです。
 また、インフレターゲット論に並んでよく見られるのは、公務員を減らすべきだという主張です。これは公務員が諸悪の根源だとし、公務員を減らして減税を実施し、民間経済を活性化させる事で経済再建が可能になるという考えです。こういった減税と積極財政で民間セクターを活性化させて経済を再建するというのは、レーガノミックスの論理です。この経済理論では、公共セクターは富を搾取するだけの寄生虫だと定義されるため、徹底的に極小化する事が善だとされます。しかし、この経済政策を続けた結果、アメリカの国家財政は完全に破綻してしまいました。そもそも、民間で雇用がない時代に、公務員のクビを切った場合、彼らが民間に再就職した後には給与が激減するのは間違いありません。そのため、彼らによる消費が冷え込んでしまうため、内需が破壊されてしまいます。したがって、実際にこの政策ををやれば、内需崩壊でデフレ不況が起こるため、財政再建されるどころか、歳入減と積極財政で政府の累積債務が爆発的に増えてしまいます。また、公務員を減らせば減税が出来るというのも極めて疑わしい話です。現在の日本は税収で国家予算を組んでいるわけではなく、国債の濫発で予算を組んでいる状態です。そのため、公務員を減らしたからといって、それがすぐに減税につながるとは到底考えられません。なぜなら、元々税収で国家予算を組んでいるわけではないからです。もちろん、公務員や官僚による汚職や腐敗は犯罪ですので、監査法人を設けて厳しく取り締まり、無駄遣いは是正せねばならないのは事実です。それで、余った予算は有効活用すべきだと思います。しかし、いたずらに公務員を削れば、彼らの消費が落ち込むため、デフレ不況を誘発するだけです。まだしも、公務員一人頭の給与を減らして、一人でも多くの人間を雇用するというロジックなら分かります。現に、欧州において低所得の公務員がたくさんいるのは、一人でも多くの人に雇用を与えるためであり、これは福祉政策の一巻であると言えます。そのため、公務員を諸悪の根源だと定義していたずらに攻撃するのは、国民の福祉を削る政策だと言えます。したがって、公務員を異常に敵視して攻撃するのは、正気の沙汰だとは思えません。
 実は、金貸しの側からしてみても、こういったデフレ不況は最悪な状態です。なぜなら、労働者が貧困の悪循環に嵌り込んでしまっているため、借り入れを返済できなくなってしまうからです。そのため、貸した金が返ってこずに、どんどん焦げ付いてしまうようになります。例えば、米国においては、不動産バブルを演出するためにサブプライムローンを大々的に始めましたが、あの貸し付けは最初から焦げ付く運命にあったのです。これは、搾取のし過ぎで国民経済を食い潰してしまい、結果的に銀行までもが共倒れしてしまったと言う事です。そのため、日本では余り知られていませんが、米国の貧困層では既にデフレ不況が急激に進んでいます。特に、ウォルマートストアなどによる労働者の搾取と極度な値下げ合戦はその良い例です。
 ちなみに、それらの諸問題を避けるため、欧州の社会民主主義や福祉国家においては、富の再分配が徹底されています。富の再分配で労働者を保護する事で内需を確保する政策は、デフレ不況の予防になります。この富の再分配を重視する社会民主主義とは、貸し付けの焦げ付きを防ぐために、積極的に債務者を保護育成する経済機構であると言えます。また、富の再分配により一つの系の中で富が循環させるため、市場規模を拡大する必要はなくなります。なぜなら、資本家が利子によって得た不労所得は、富の再分配で労働者に返還されるため、利払いのために富の総量を増やさなくて済むからです。その結果、無理な通貨の増刷は必要なくなります。つまり、富を再分配すれば、一つの系の中で富が循環するのです。すなわち、一方的な搾取をやめて、労働者に富の再分配をしさえすれば、経済全体のバランスが調整されて資本がうまく循環して行くのです。そのため、私は富の再分配を行う資本主義(すなわち社会民主主義)を支持します。

補足説明 進化論の誤謬


 余りにも堅苦しくて暗い話ばかりなので、ここで休憩として小咄を一つ差し挟んでおきます。くだけた話なので、読み飛ばして頂いても結構です。上記のような形で、競争の非合理性を主張した場合には、必ず大きな批判の声がのぼります。そして、競争の正当性を裏付ける理論として常に用いられるのが、ダーウィンの進化論です。そして、このダーウィンの進化論は、弱肉強食を是とする市場原理主義を論理的に補完する役割も担っています。ちなみに、この考えは人種差別や優生政策の科学的根拠になっている側面もあります。しかし、私はこの進化論には懐疑的な立場です。彼の学説によれば、環境適応に失敗した劣った種は自然淘汰され、優れた種が生き残る事で生物が進化するという事になっています。したがって、生物は非常に長い時を経て、徐々に進化すると言うのが進化論の定説です。
 そして、この進化論を論理的に補完しているのが、地質学です。現在では、地層の中に年代別に生物の化石が埋まっている言う理論が定説です。そして、一つの地層が形成されるのに数千万年かかるとされています。しかし、そこまでの長い期間に渡って同じ環境が継続する事は、どうしても考えられません。何より、全世界どこの地域でも、同じパターンの地層が同時期に形成されるという前提そのものが、到底信じられない事です。私は地質学というものに根本的な疑念を抱いているため、それによって論理的に補完されている進化論にも懐疑的です。これから下に書く学説を信じるか否かは各人に任せますが、私は下の主張を支持する立場をとります。
 ほとんど世間からの脚光を浴びていないのですが、進化論を覆すある学説が、実は戦前から存在しています。それは、15000年前に巨大彗星が地球に衝突したという説です。この説は、オーストリアのヘルビガーと呼ばれる技師が提唱していたようですが、文献が残っていないためどうとも評価しかねる所です。そのため、以下の主張は2004年初版出版の浅川嘉富氏著『恐竜と共に滅びた文明』の内容を要約したものです。まず、15000年前に巨大彗星が地球に衝突し、その中に詰まっていた氷河が地表に降り注ぎ、海面水位が急激に上昇しました。その結果、移動速度の遅い生物は高台への避難ができないため、土砂に埋もれて化石化したのです。そのため、三葉虫の正体とはつい最近まで生きていた深海生物です。
 加えて、巨大彗星が衝突した際の摩擦で、地球の自転速度が下がり、遠心力が弱まった結果、地表では相対的に重力が強くなりました。その重力の増大によって、大型の恐竜は自重を支え切れなくなって絶滅したのです。そして、一部の恐竜は短期間のうちに鳥類へと進化していったとされています。また、地球に衝突した巨大彗星は、そのまま跳ね返って地球の周回軌道に乗り、現在の月となりました。そして前述の通り、その巨大彗星は中に詰まっていた氷河が地球の引力で吸い取られたため、現在の月の内部は中身が空洞になっているのです。そのため、月で地震が起こった場合には、異常に長い時間それが継続するのです。また、その巨大彗星は地球と接触した際の衝撃によって、彗星内部の金属からなるコアが一部の地点に偏ってしまいました。そして、その金属が偏っている地点が、地球の引力によって常に寄せ付られるため、月は地球に対して常に同じ顔を見せるのです。
 この学説では、人間と恐竜がつい最近まで共存していたと言う事になります。その上、彗星衝突以前の重力が弱い時代においては、人間の体は現在よりも遥かに大きかったとされています。にわかに信じがたい話です。これは余りにも突拍子もない内容ですので、稚拙なオカルティズムと嗤われても仕方のない内容です。しかし、古代ギリシア神話や古代エジプト神話においては、太古の昔には、巨人族と呼ばれる非常に体の大きな人類が居たという逸話があります。また、洪水神話は全世界のほぼ全ての神話に登場しています。それだけではなく、ドラゴンや龍の神話は、世界中に存在しているのです。例えば、日本書紀にはヤマタノオロチという怪物が登場しています。こういった神話の内容と、上記の学説の間には、内容に高い整合性が備わっているのです。そのため、私はこの学説を支持する立場をとります。しかしながら、余りにも内容が荒唐無稽ですので、大学において研究予算が組まれるとは考えられません。そのため、この学説が科学的に証明されて、世間一般の常識となるのは、かなり先の事になりそうです。
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  • ほげ -- (名無しさん) 2008-05-05 10:09:12

第一章


第四節 民主主義批判

衆愚政治化


 日米の市場原理主義の崩壊とは、すなわちアメリカ合衆国の全面崩壊であると言えます。ここで、アメリカ合衆国の崩壊原因を究明し、それを今後の教訓にせねばなりません。まず、アメリカ合衆国という国家の根幹を成すものは、民主主義と、私有財産制度を基にする資本主義です。米国が崩壊した原因は、やはりこの国家の根幹を成す自由平等を是とする民主主義に欠陥があったという事ではないでしょうか。特に自由平等という原理原則には問題があります。なぜなら、自由と平等は両立する事が出来ず、原理的に矛盾したものだからです。米国のように自由をとれば平等が損なわれ、ソ連にように平等をとれば自由が損なわれます。したがって、現実にはどちらか一方しか選択できないのです。
 しかし、自由主義を突き詰めた市場原理主義は、個人に争いを余りにも煽り過ぎるため、結果的に破綻するのは明白です。なぜなら、資本主義の枠組みの中で私利私欲が全肯定された結果、それが同義の頽廃を招き、社会の荒廃につながるからです。したがって、絶対自由主義とはその実、私欲の全肯定であると言えます。また、市場原理主義崩壊の根本原因は、無制限の私有財産制度の中で、労働者への搾取が苛烈になり過ぎ、結果的に労働者が疲弊して倒れてしまった事にあります。そもそも、努力して働いても利益は資本家の懐に転がり込むだけなので、勤労意欲が減退するのも当然の事です。したがって、アメリカ合衆国の極端な自由主義に基づく市場原理主義は、最終的には瓦解する運命にあります。
 一方で、平等主義を突き詰めた共産主義も崩壊してしまいました。なぜなら、極端な平等主義は、嫉妬から他者に濡衣を着せて失脚させる結果平等主義につながるからです。したがって、絶対平等主義とはその実、嫉妬の全肯定であると言えます。また、共産主義崩壊の根本原因は、労働者の勤労意欲が減退してしまった事にあります。そもそも、努力しようがすまいが結果が同じでは、勤労意欲が減退するのも当然の事です。したがって、ソ連に代表される極端な平等主義に基づく共産主義は、既に崩壊してしまいました。したがって、極端な自由主義も極端な平等主義も、中庸の徳を欠くため、必ず崩壊する運命にあります。しかし、同時に自由と平等を理念として両立する事は原理的に不可能です。これはパラドックス以外の何物でもありません。
 考え得る限りで最悪な事態は、こういった私欲と嫉妬に染まった大衆を操る事で、悪意を持った煽動家が政治権力を掌握してしまう事です。いつの時代も煽動家は詭弁を弄し、一般大衆の持つ私欲と嫉妬を煽るものです。そもそも、民主主義においては、最終的には多数決で意志決定がなされます。したがって、真の意味で民主主義の多数決の原則が厳守され、国民の意見が正確に政治に反映されるのであれば、どう考えても最終的には社会民主主義的な政治体制が選択されなければおかしいのです。なぜなら、国民を構成しているのは大多数の労働者だからです。仮に、そうならないのであれば、それは煽動家が詭弁を用いて大衆を愚弄し、民意を歪めているからに他なりません。
 仮に、過った政策を数の論理で強引に押し通した場合、それは民主主義ではなく単なる衆愚政治となります。それは民主主義の自殺とも表現できる現象です。『世論の政治心理学』の著者ドナルド・R・キンダー氏は、大衆を構成する個人の著しい無知や不寛容を指摘しながら、集合としては適正な判断ができると結論づけています。しかし、現実には大衆が集合として過った判断を下し、民主主義が自殺を選択した実例は多々あります。古くはソクラテスの弁明として知られる逸話や、近年では小泉政権のポピュリズムがよく引き合いに出されます。この小泉首相の政治が日本の自滅を招いた事は、現在ではあながち否定はできないはずです。しかし、民主主義の法的手続に則って、彼に政治を委任して来たのは他でもない日本国民です。そのため、自業自得とも言えます。これは民主主義という政体がいかに頼りなく、容易に衆愚政治へと陥りやすいものであるかを端的に表しています。率直に申し上げますと、私は日本の戦後民主主義に対して、嘔吐感を催すほどの深い嫌悪を抱いています。したがって、こういったアメリカ合衆国の崩壊、「自由と平等」の思想の欺瞞、煽動家による衆愚政治などを受けて、第二章の冒頭部では「協力と相続」という思想を基に、伝統的な幕府制度の復活を提唱しています。これは新しい思想でもなんでもなく、伝統を重視する封建的な価値観に過ぎません。詳細な内容は第二章で説明させていただきます。

拝金主義


 私は上で管理通貨制度とケインズ経済学の欺瞞について触れました。これは通貨制度のみならず、政治にも関係してくる重要な問題です。この管理通貨制度の最大の問題点は、意外な事に国民精神のバブル化にあると私は考えております。これは、拝金主義による国民精神の自己愛化であると定義できます。そもそも、管理通貨制度とは政府への信用から成立しているものです。そのため、政府への信用失墜は即、通貨価値の暴落へ直結してしまいます。したがって、政府はいかに財政状況が逼迫しようとも、情報統制を通じて国民に対して徹底的に楽観論を宣伝し、通貨の信用維持に努めます。これは大東亜戦争の末期に、国民の戦意喪失を恐れた大本営が嘘の戦果を発表していた状態と同じです。そのため、政府に騙された国民は、自国を傲慢なまでに過大評価するようになります。この傲慢なまでの自国への過信とは、何の根拠もない自惚れ、虚栄心、自己陶酔の類のものです。これは精神分析学で定義すれば集団ナルシシズムであると言えます。したがって、経済のバブル化とは、国民精神のバブル化以外の何物でもありません。
 ここでナルシシズムによる異常心理の形成について詳細に説明しておきます。このナルシシズムとは、自己への自信の無さの反動形成として、表面的に空威張りをする異常心理の事です。いわばナルシシズムとは、惨めな自己を正当化するために、「自分だけは特別」という倒錯した選民思想の事です。この「自分だけ特別」という選民思想は、「自分さえよければそれでいい」という利己心につながり、一方で「自分の世代さえよければそれでいい」という現世利益主義にまでつながります。
 この歪んだ選民思想を守るために、ナルシシストは必死で他者を価値下げするようになります。この価値下げとは、要は侮辱または罵倒する事で、他者の自信を傷つけると言う事です。つまり、ナルシシストは常に他者を見下す事で、自己愛妄想を守ろうとします。したがって、自分よりも少しでも優れた存在が居た場合、それは自己の選民思想を脅かす存在であるため、何としてでも視界から消し去ろうとします。これは病的な嫉妬心以外の何物でもありません。彼らは病的な嫉妬心から、異常な攻撃性と敵意を常に抱くようになります。そのため、彼らは弱肉強食の論理の信奉者で、常に競争心だけしか抱けない存在です。決して、共存共栄や協力といった建設的な論理を抱く事はありません。
 こういったナルシシズムに冒された人は、認識能力にも障害がでてきます。まず、ナルシシストとは競争心の塊であるため、彼らの対人関係は優劣による上下関係だけしかなく、対等な協力関係は全く築けません。そして、上下関係を決定するために、常に自己と他者を比較し、優劣を格付けします。したがって、ナルシシストの認識においては、勝ちか負けか、100%善か100%悪かという極端な白黒二元論だけで物事を解釈します。一方で、敵意を抑圧して他者に投影するため、病的な被害妄想を抱くようになります。したがって、根拠もなく他者が悪意を持っていると一方的に決めつけて常態的に攻撃するようになります。これは他者に濡衣を着せて攻撃する行為であるため、周囲の人間からは非常に嫌がられます。
 こういった一連の行動によって他者からの信用に傷がつくため、彼らは更に精神的孤立を深めるようになります。そのため、彼らは共時的にも通時的にも、精神的には誰ともつながって居らず、絶対的な孤独者です。したがって、異常な空虚感、孤独感を埋めるために、常に他者からの賞賛か注目を求めます。そのため、ナルシシストは他者から注目してもらうために、恣意的に他者を激怒させる言動をとります。彼らが常に派手な演技を行うのは、他者から注目して欲しいという愛情欲求の裏返しです。これは、相手が怒ると知った上でやる恣意的な挑発行為です。したがって、倒錯した選民思想の持ち主は、周囲の人々を侮辱して挑発しながら、それと同時に無条件の賞賛を周囲の人間に強要します。これは極めて支離滅裂で分裂した精神状態であると言わざるを得ません。
 そもそも、このように罵倒されてでも注目されたい、構って欲しいという心理は、病的なマゾヒズム以外の何物でもありません。したがって、ナルシシストが他者を傷つける言動を常習的にやる背後には、病的なマゾヒズムが潜んでいるのです。このマゾヒズムが更に深刻化すれば、自己を傷つける自傷行為を常習的に繰り返す事で、他者からの注目を求めるようになります。正確な統計はとられていないのですが、近年の日本の中学校では一クラスに一人はリストカットを行っている生徒がいると言われています。したがって、自傷行為を行っている若者は水面下では膨大な数にのぼっている事が考えられます。
 通常の人々は、他者と協調して自己を確立しているものです。しかし、ナルシシストはあくまで他者からの略奪に依存して自己を維持している存在です。こういった自己陶酔やナルシシズムとは、言い換えるなら精神的な負債と呼べます。もちろん、精神的な負債にも利子がつきますので、利子で負債は幾何級数的に膨れ上がり、いずれは破産してしまいます。具体的には自己愛性人格障害、境界性人格障害という過程で病状は悪化し、最後には統合失調症に至ります。これは見栄を張るためについた小さな嘘がどんどん膨れ上がり、もはや本人さえ嘘をついている自覚がなくなっている心理状態です。いわば、非現実的な誇大妄想に歯止めが利かなくなっている状態です。
 そして、病状が悪化して精神的な統合性が著しく損なわれて来ますと、思考そのものにも重篤な障害が出てきます。具体的には、論理的な思考が崩れ始め、物事を統一して解釈する事ができなくなります。その状態が更に悪化すると、次には言語的な思考が解体しはじめます。その結果、何の意味も成さない単語の羅列を口走る「言葉のサラダ」という状態になります。これは統合失調症の陽性症状です。一方で、正反対の症状もあります。それは精神的に完全に自閉する陰性症状です。これは他者に対して抱いた期待や信頼が執拗に裏切られてしまった結果、完全に他者へ期待する事をやめてしまい、精神的な疎通を諦めてしまった状態です。この陰性症状とは、感情鈍麻(感情が平板化し、外部に現れない)、疎通性の障害(他人との心の通じあいが無い)、自発性の低下、意欲低下、無関心などです。顔には表情がなく、声にも抑揚がなく、何とも形容のしようのない機械的な雰囲気が漂うようになります。こういった一連の認識能力の障害は、気質的にみれば前頭葉機能の障害であるとみなせます。ここまで来れば、廃人であると言わざるをえません。
 そもそも、資本主義が確立されれば、貨幣という社会制度に依存して生きる事が出来るため、他者との関係性を断つ道を選択できる側面もあります。つまり、人間よりも貨幣を信用するようになるので、非常に個人主義的な価値観が生まれるわけです。しかし、貨幣の増刷で貨幣価値が薄まるにつれて、貨幣に対する信用だけが一人歩きした結果、この個人主義がただの歪んだ利己主義に変質した側面があるは否めません。そして、現在では拝金主義に冒された大衆が、参政権を与えられているため、民主主義が衆愚政治と化すのも当然の事です。したがって、資本主義は拝金主義に堕ち、自由と平等は私欲と嫉妬に堕ち、更には民主主義は衆愚政治に堕ちてしまいました。その上、現在の日米の財政状況は悪化の一途をたどっているため、日米中の経済が連鎖破綻する事はもはや不可避な既定路線と化しています。これは資本主義と民主主義を基盤にした近代文明そのものの自壊以外の何物でもありません。この近代文明の崩壊の根本原因は、この節で説明した拝金主義です。すなわち、人類は驕った私利私欲によって自らの文明を滅ぼしてしまったという事です。

老人支配


 現代の市場原理主義と議会制民主主義を無修正のままで放置すれば、最終的には老人が若者を徹底的に搾取する悪循環の構造に陥って、国民経済は破綻する運命にあります。皮肉な事に、最初からそのように設計されているとしか言いようがありません。まず、市場経済においては、二割の人間が八割の富を握るという現象が必ず起こります。これはパレードの法則としてよく知られたものです。また、古今東西どこでも、長く働いてきた老人が資本を握り、働いてきた期間の短い若者は労働者となるものです。そのため、富の偏在を放置しておけば、国富の大半を老人が独占する事となり、若者は貧困状態へと追いやられてしまいます。そして、消費と育児に従事する若者が貧困状態に陥るため、デフレ不況と少子化が深刻化してしまいます。しかも、若者は満足に育児もできないほど搾取されるので、急速に勤労意欲を失っていきます。本来、育児とは国の未来に関わる事なのですが、それを過剰な搾取で食い潰しても平気な顔をしているのは、老人の堕落以外の何物でもありません。しかも、少子高齢化が進めば、数の上でも老人の方が必ず優位に立ちます。その結果、議会では老人を優遇する政治が自然にとられ、若者への支配は法的に正当化されます。そのため、老人天国が完成し、若者はただの奴隷にされます。特に、現在の日本では老人支配によって政治が余りにも保守化・硬直化したため、国全体から若々しい活気がどんどん失われ始めています。
 最近では、「働けば働くほど豊かになる。日本が貧しくなるのは若者が怠惰だからだ!」という意見がよく聞かれます。また、老人の側は苦労して蓄財して来たので、それを若者に再分配する義務などないと断言する人も多々います。しかし、現代の若者は就職難に苦しみながら、一方で天文学的な負債を背負わされ、同時に老人福祉のために増税を求められ、しかも育児も出来ないほど劣悪な労働環境に置かれながら、怠慢だと言われて一方的に老人から罵倒されている状態です。これでは勤労意欲を失うのも当たり前の話です。それにも関わらず、理不尽な若者叩きを行う人々は、どうやら団塊世代の方に多いようです。高度経済成長期を生きた団塊世代は、本気で経済成長が永久に続くと本気で信じて来ました。しかし、働けば働くほど豊かになる状態というのが、人口増大という環境下でしか実現されないのは当たり前の事です。そのため、団塊世代の一般認識に反して、日米の経済成長は実質的には70年代の時点で既に終わっていました。後は、国債の濫発で孫から借金をする事で、経済規模を水増しして来ただけの事です。しかも、余命の短い老政治家は、孫の世代から借金をする禁じ手を安易に行ってしまう傾向にあります。そのため、天文学的な累積債務が生み出され、それが複利で幾何級数的に殖え始めるようになります。いずれは債務の膨張も限界に達して、国家財政が破綻するのは避けられません。そのため、団塊世代は孫の世代から借金をして国を破産させたのですから、本来ならむしろ申し訳ないと謝まるのが道理です。
 一方で、一部の若者は目先の小銭に目が眩んで堕落した老人に媚びを売り、老人の側の詭弁を弁護し、同じ仲間であるはずの若者を罵倒する事さえあります。これは極めて卑劣な裏切り行為であり、同時に子供達の未来を食い潰す卑劣な利己主義です。そのため、儒教的な敬老思想を盾に詭弁を弄して、養老ばかり主張して育児を軽視する若者は、最悪な偽善者です。そもそも、彼らは口先では老人を尊敬しているフリをしていますが、現実には老人と人して見ずに、金儲けの道具とみなしている側面があります。例えば、老人福祉の名目に行われている末期医療とは、医者と製薬会社が儲けるために行われている経済行為であり、その内容は極めて非人道的なものであると言わざるをえません。例えば、末期医療の現場では、余命いくばくもない昏睡状態の老人を管だらけにし、高価な薬物を大量に投入する事が常習的に行われています。私はこういった末期医療は、倫理面でも財政面でも誤ったものだと考えます。したがって、安楽死は早急に合法化すべきであると主張します。
 そもそも、社会的地位において勝る老人が、下の世代の若者に苦言を呈すのは簡単です。しかし、若者が堕落する原因は上の世代が模範を示して来なかったからに他なりません。いくら謙虚になれ、尊敬しろと下の世代に一方的に命令した所で、それがただの理不尽な驕りに過ぎなければ、若者の側は態度を硬化させるだけです。そのため、口で説教を言うのではなく、なるべく身を以て下の世代に模範を示すべきです。つまり、早期退職して利子生活に入りたがるより、身体が動く限りは生産活動に従事して社会貢献しつづける意志を持つ事が大切です。少なくとも、国家破産後は老人の側が若者の重荷になる事を恥じて、孫の世代のために米を作るといった奉仕精神を持って頂かなければ、一国の財政が持続できるわけがありません。私自身、定年退職後は孫のために米をつくる事を現時点で既に覚悟しています。いつの時代でも、最優先すべきは子供の未来であり、若者の育児です。したがって、私もいずれ必ず老いるのですが、ギリギリまで若者の育児を支援する老人でありたいと願います。そして、もし私が堕落した老人となった場合には、正義感のある若者に刺し殺されるのが本望です。なぜなら、そういった気骨のある若者が育ってくれているのであれば、この国の将来は安泰だからです。

第五節 日本経済批判

土地私有制


 ここからは、日本国内の資本主義の問題点について指摘させて頂きます。以下の土地本位制の金融制度についての指摘は、2006年初版発行の平松朝彦氏著『亡国マンション』を参考にしたものです。まずは、土地私有に関する問題です。前提として、日本の銀行は、融資の際に土地を担保として提出する事を債務者に要求する商慣行を持っています。そのため、過去には日本の事業主は銀行に融資して貰うために、土地を血眼になって確保して来たわけです。これが土地バブルにつながったのは言うまでもありません。それに加えて、三代相続すれば無一文になると呼ばれたほどの高い相続税によって、日本の私有地は権利者が代替わりするたびに細分化されました。特に地価の高い都市部では土地の細分化が進んでしまっています。そのため、空港建設など計画的な国土開発が非常に困難になりました。その結果、再開発には常に暴力団による地上げが必要な構造が出来上がったのです。このように、土地私有の容認は、社会の中で世代交替が進むたびに国土開発を困難なものにさせる原因にもつながるのです。
 この日本での土地私有の歴史を遡ると、明治政府による地租改正にまでたどり着きます。明治政府は近代国家を築く上で、米によって年貢を支払う従来の税制から、貨幣によって税金を支払う新しい税制を導入せねばなりませんでした。そのため、地価の一部を税金として現金で支払う仕組みを作ったのです。この地価というのは、市場における需給関係で決定されたものではありません。これは、官僚が期待した税収を得るために、全国を回って一方的に土地の評価額を決定し、その土地の地価と定めたのです。つまり、地価があがればそれに比例して税収が増える構造が明治政府によって作られたのです。言い換えれば、日本では税収確保のために国策で地価を上昇させてきた側面もあるのです。この構造があるため、日本の銀行は土地を最も確実な金融商品とみなし、融資の際には土地を担保として提出することを、債務者に求めたのです。そのため、日本の銀行は土地の質屋の異名を持ち、日本の金融制度は土地本位制と呼ばれてきたのです。
 その結果、日本では経済成長と地価の上昇がほぼ完全に比例する構造が出来上がりました。むしろ経済成長率よりも、地価の方が日本の経済状態を表す指標としては信頼性が高いのではないでしょうか。例えば、土地バブル崩壊後に、日本の地価が下がり続けている点から見ると、日本の経済が確実に衰退している事が伺えます。この事実から演繹すると、日本が財政破綻した場合には、土地私有を基本とした金融制度が破綻してしまうため、恐らく地価が劇的に暴落する事が予想されます。これは原油バブルの破裂によってドルが信用崩壊する構造に非常によく似ています。これらが、土地私有を基にした日本式資本主義の正体です。
 そのため、日本においては、資本主義とはそれイコール土地私有であるとさえ言えます。しかし、この制度がいかに欠陥だらけであっても、日本の国民はこだわり抜くはずです。特に団塊の世代で、マイホームをもっている人は断固として土地私有に固執するはずです。それもそのはずで、団塊世代の多くは三十年の住宅ローンを組み、毎日往復三時間の通勤に耐えて、マイホームを手に入れて来たからです。私は土地の評価額が目減りしてマイホームの価値が一挙に毀損する問題を、マイホーム問題と名づけています。これは日本の金融や財政に直接根ざした構造的な問題であるため、米国のサブプライムローンの焦げ付きなどとは全くわけの違う、非常に深刻な問題です。かの三島由紀夫は、マイホーム主義を小市民的な夢として蔑視し、当時顰蹙を買ってきました。しかし、彼は東大法学部卒で大蔵官僚の経歴を持ち、日本の法律と金融に知悉していたため、マイホームが将来日本を揺るがす大問題に発展する事を既に予知していたのです。それは彼の作品である『豊饒の海』のシリーズ最終作で『五人五衰』における描写から分かる事です。
 ちなみに、欧州では国土はもともと国王のものであり、現在でも国民は土地を一時的に政府から占有する形をとっています。そのため、土地バブルが起こる素地が最初からなく、しかも政府による計画的な国土開発が行えるのです。その結果、欧州では後世の世代に不動産という形で財産を残す事ができるのです。転じて、私有地が細分化する一方の日本では、土地の上に載っている建物の殆どは使い捨てであり、孫の世代まで残る建物が驚くほど少ないです。そもそも、フランスの人口は約六千万人で日本の約半分であり、ドイツの人口は約八千万人で日本の約三分の二です。加えて、日本は国土が山がちで、人口の大半は沿岸部の土地に集中しています。こういった理由から、非常に人口密度の高い日本で土地私有を容認するのは、物理的にも問題が多すぎます。そのため、土地私有に対しては制限を加え、国有地化して政府の管理下に置くべきです。これらが土地私有に関する批判ですが、日本の金融にはそれ以外にも大きな問題があります。それはリコースローンと連帯保証人制度です。

金融制度


 これも日本に限っての事例ですが、金融における法的責任に関して大きな問題があります。実は日本の銀行は焦げ付きの際に、損失を自腹で補填する法的義務がなく、債権者とその連帯保証人が全てのリスクを負う形が常態化してしまっています。これでは債権者と債務者の法的責任があまりにも不平等です。これは法の下の平等という近代法の大原則に反する事であり、本来許される事ではありません。そもそも、銀行の側がリスクを被る構造がないと、銀行が無謀な貸し付けを行って、不良債権を山のように築く結果にもつながりかねません。この日本の金融制度の事をリコースローンと言います。実は、バブル経済の後に、膨大な不良債権の山が残された原因は、このリコースローンにあると言われています。
 加えて、もう一つの問題は連帯保証人制度です。この連帯保証人制度とは、全くもって前近代的で、非合理極まりない制度です。そもそも、ただ連帯保証のサインを書いただけで負債を全額肩代わりさせられる事になるため、これは常識的に考えてみても明らかに異常です。法的に見た場合、民間経済における契約は、双方の合意の下で行われるという事になっています。そのため、連帯保証人も合意の上でなっているため、法的責任が課せられるという事になってします。しかし、実際に融資を受けたわけでもない人物が法的責任を問われるのは、どう考えてもおかしいのではないでしょうか。転じて、欧米においては貸し付けが焦げ付いた際には、提出された担保を銀行の側が没収して終わりです。それで焦げ付きが補填できなくても、銀行の側が自腹を切るのが常識です。これは債権者と債務者が対等にリスクヘッジする仕組みです。これはモゲージローンと呼ばれています。これが資本主義経済の中での正常な金融です。そもそも、貸し付けを焦げ付かせないために、債権者が債務者を支援する方が、銀行にとっても長期的な利益につながるのです。そのため、債権者と債務者との法的な関係は、対等な協力関係にすべきです。

おわりに


 このように、マクロ面では米国中心のグローバル経済、ミクロ面では日本での連帯保証人制度に至るまで、日米の経済機構は包括的な行き詰まりに直面しています。これは高度経済成長が終焉した結果、富を再分配しない資本主義が従来どおりに稼働しなくなってしまったことに原因があります。そのため、日米の市場原理主義は近々決定的な破局を迎えることが結論づけられます。これにより、日本は経済大国としての地位を決定的に失う事となります。
 しかしながら、2008年現在において、米国の破産は認めるものの、日本の実質的な破産を認めない人が非常に多い事には今更ながら驚きます。これは政府による情報統制も原因としてあるのでしょうが、日本人の隠れた自惚れも原因として潜んでいるのではないでしょうか。この自己への買い被りは、独力で経済復興を成し遂げたという認識が元にあります。確かに日本人の優秀性、勤勉さは疑いようがないのは事実ですが、完全に独力だけで経済復興を成し遂げたと見るのは早計です。
 そもそも、日本は反共の防波堤として優遇されて来た過去を持つ国です。そのため、円安レートで固定されて対米輸出でドルを稼ぐ事が許され、米国の核の傘に守られて軍事費負担もまぬがれる事が出来たのです。加えて、朝鮮戦争とヴェトナム戦争という米ソの代理戦争で、日本は大きな利益を得た経緯がありました。したがって、ここまで好条件が重なれば、経済が繁栄して当然です。そのため、戦後の日本が経済的繁栄を独力で成し遂げたと見るのは、率直に申し上げると同意しかねる部分があります。現実には、戦後の日本は米国の下請として発展して来たの事は否定できないのです。したがって、米国が破産すれば日本も破産するのは当然の事です。そして、日米の破産は世界秩序の再編と、日本の内政の変化へとつながるのは言うまでもありません。したがって、第二章ではその後の世界における復興計画について包括的に論じさせて頂きます。
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