仏と性癖 ◆matsuriqaE


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

224 名前:仏の性癖 ◆matsuriqaE 投稿日:2007/12/01(土) 14:06:32  
ところで、一見何もおかしいところなどなく、極めて普通の椅子であるが、所謂「イワクツキ」の品であった。
造られた年月日は事細かに記されていたが、その「イワクツキ」になった理由や、
その話がいつ頃から始まったことであったかなどは一切不明である。
その椅子を愛しすぎた持ち主が誰にも座らせたくないために、その椅子に呪いをかけた、とか
人間に喚びだされた悪魔が置いていった地獄の処刑器具であったとか、
その椅子からは未知の菌やらウイルスやらが発せられていて、人間の遺伝子を破壊するとか───、
 とにかく、不老不死や宇宙進出の時代にまでも手をつけはじめた時代であるのに、
そういった程度の噂しかなく、十分な根拠や信憑性などがある話は誰一人として知らないのであった。
ただ、この椅子に座った者が、唐突に、不自然に、面白いほどに、例外なく皆死んでいった事実だけが独り歩きして、
噂に尾ひれをつけ、足を生やし腕を生やし、さらには生やした翼を羽ばたかせ世界中に飛んでいったのであった。
以上、説明終り。

 さて、そんな胡散臭い椅子の現在の所持者は、今俺の目の前にいる、いかにも偏屈そうな爺さん、蓮谷光昭氏である。
この爺さんは何を考えているのか、この椅子をウチで引き取ってくれと、
こんな時間(まだサラリーマンが満員電車に揺られ、小学生が登校する時間だ)に押しかけてきた。
「ですからウチなんかより、コレクターや博物館やらに譲ってあげほうがよろしいのではないでしょうか?」
目は半開き、頭は働いてない、半レム状態でもこの程度の対応はできる。
「それではダメなんだ。今、此処で、君に引き取ってほしいのだよ。」
「いやぁ、ウチなんかでは扱いに困りますのでねぇ。転売してもよろしいのであれば…」
「それもダメなのだ。君に引き取ってほしいのだ。」
もうやだこの爺さん。さっきからこればっかり。

 少し戻って、話は蓮谷氏がなぜこんな椅子を持つことになったのか、というところから始まった。


366 名前:仏と性癖 ◆matsuriqaE 投稿日:2007/12/09(日) 16:30:05
224
 蓮谷家といえばこの区内の人間では、まず知らない者はいなかった。知らない者がいれば新たに引っ越してきた者だろう。
蓮谷の家は屋敷という言葉がよく似合った。宅の門の隙間から見える庭には、小さいながらも薔薇園があり、
塀越しに見られる本宅には時代に似合わない尖塔があった。蓮谷家は代々大地主だったが、
戦後の農地改革の余波によって土地を安く切り売りする羽目になり、今では当時の半分ほどになっていた。
しかし、それでも平均的な、極平凡な、単なる一般人には、どれほどの努力をもってしても、宝くじで一等を当てるほどの運があったとしても、得られる物ではなかった。
蓮谷光昭は土地を切り売りするだけではなく、土地貸しを主な生業としていた。先祖の土地を売ることを申し訳なく思っていたからであった。
長いつき合いになると、その土地を借りた者が不義理な行動にでることもあったが、蓮谷光昭はそれを見逃し許すことはなく、
それが親身になった相手であろうと断じてきた。そういった者が増えつつある中で、稲田政夫は良い側の者であった。

稲田家は30年ほど前から商店街で家具屋をやっている。時代に取り残された商店街で、コンビニ以外に繁盛している店はない。
稲田政夫は10年前、父の政盛が亡くなって店を引き継いだ。それ以前は駅前の銀行で働いていた。
政夫は齢三十半ばを過ぎたあたりであったが結婚はしておらず、また、交際している相手もいなかったという。
銀行で働いている頃から勤務熱心な態度と意欲的な行動は目立っており、政夫は仕事と結婚をした男と言われていた。

政夫が店を引き継いだ時、これまでの経営ではやっていけないと、すぐに悟った。
現代では、このような寂れた商店街で、百貨店などと同等な価格で家具を買うような者がいないことは明白であり、地元の人間もわざわざここで買うような真似はしない。
しかし、その品揃えや品質は良かった。それを知って稀に来る客が多数いたからこそ、店は残っていたのだ。
政夫は店内を改装し、自宅部分までをも削り倉庫にし、店頭での販売を中止して、全てをネットでの通信販売にした。
最初は一か八かと考えていたが、店の名が多少知られていたおかげで、数年で元は取れることとなった。
政夫は更に店を良くしたいと思い始めていた。