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*川越城跡 かわごえじょうあと &FURIGANA(かわごえじょうあと) [[埼玉県]][[川越市]]にある、室町時代から江戸時代にかけて存在した城の跡。 江戸時代は川越藩の藩庁だった。 [[本丸御殿]]の一部が現存している。 |所在地|[[埼玉県]][[川越市]]郭町2-13-1| |地図|&HTML()| **概要 |別名|河越城、初雁城、霧隠城| |文化財区分| 埼玉県史跡 | |城郭形式|平山城| |遺構|堀・土塁・御殿の一部・移築物3棟| **歴史 ・1547年(長禄元年):上杉持朝が太田道真・道灌に築城を命じる。 ・1537年(天分6年):北条氏綱が奪取。以降北条氏の武蔵国支配の拠点となる。 ・1653年(承応2年):松平信綱により拡張され、寛文年間に完成。近代的城郭となる。 ・1848年(嘉永元年):松平斉典により、現在の本丸御殿が造営される。 ・1868年(明治元年):松平康英が、明治政府への恭順の意を示し堀を埋める。 ・1869年(明治2年):部分的取り壊しが始まる。 ・1873年(明治6年):[[廃城令]]に伴い、建物等が売却される。 ・1924年(大正13年):川越城跡が埼玉県指定史跡となる。 ・1967年(昭和42年):本丸御殿が埼玉県指定有形文化財となる。 ---- **関連項目 #RELATED ・タグ &TAGS() ----
*川越城跡 かわごえじょうあと &FURIGANA(かわごえじょうあと) [[埼玉県]][[川越市]]にある、室町時代から江戸時代にかけて存在した城の跡。 江戸時代は川越藩の藩庁だった。 [[本丸御殿]]の一部が現存している。 |所在地|[[埼玉県]][[川越市]]郭町2-13-1| |地図|&HTML()| **概要 |別名|河越城、初雁城、霧隠城| |文化財区分| 埼玉県史跡 | |城郭形式|平山城| |遺構|堀・土塁・御殿の一部・移築物3棟| **遺構 ***本丸御殿 玄関、大広間、家老詰所 ・竣工:1848年(嘉永元年) 当時は16棟、1025坪の規模であったが、多くの部分は明治時代に解体された。 玄関・大広間部分は、入間県県庁、入間郡公会所、煙草専売局淀橋支局川越分工場、川越武道奨励会修練道場、市立第二中学校校舎・屋内運動場として使用された。 家老詰所は、上福岡市(現ふじみ野市)の民家に移築されていたものを再移築した。位置は以前とは異なっている。 **歴史 ・1547年(長禄元年):上杉持朝が太田道真・道灌に築城を命じる。 ・1537年(天分6年):北条氏綱が奪取。以降北条氏の武蔵国支配の拠点となる。 ・1653年(承応2年):松平信綱により拡張され、寛文年間に完成。近代的城郭となる。 ・1848年(嘉永元年):松平斉典により、現在の本丸御殿が造営される。 ・1868年(明治元年):松平康英が、明治政府への恭順の意を示し堀を埋める。 ・1869年(明治2年):部分的取り壊しが始まる。 ・1873年(明治6年):[[廃城令]]に伴い、建物等が売却される。 ・1924年(大正13年):川越城跡が埼玉県指定史跡となる。 ・1967年(昭和42年):本丸御殿が埼玉県指定有形文化財となる。 ---- **関連項目 #RELATED ・タグ &TAGS() ----

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