2007年3月6日(火)

春プレ2日目 輪行、松山、内子→大洲

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始発に乗るために5時起き。



車窓からの景色。

海沿いの国道196号は、三年前の春合宿アフターで走った。



途中下車して松山駅に荷物を置いて、松山を観光。



まずは朝ごはん。松山駅の上の食堂で朝定食。



坊っちゃん列車に乗って、道後温泉まで



外観だけでなく、内装や制服も再現されている坊っちゃん列車。

朝一番の列車だったため、貸切。



道後温泉駅に到着





坊ちゃん列車と道後温泉駅とたくさんの小学生。


道後温泉へ向かう。

そうですか。



三年前の合宿のとき、安藤が自分の寝屁で目を覚ましたベンチ。



道後温泉本館。正面。



道後温泉本館の周囲の美装化の工事中だった。

朝風呂に入る。
道後温泉にも小学生がたくさんいた。







伊佐爾波(いさにわ)神社への石段。

また小学生がたくさん。遠足かな。



石段の上から





道後温泉駅から路面電車に乗って、松山城へ。
思い出深い、道後公園停留所。



大街道停留所で下車。



萬翠荘を見たかったけど、今日は休館日。松山城へ歩く。



愛媛県庁本館。1929年の建築。



松山城へ登る。



戸無門。

戸が無いので戸無門。形式は高麗門。現存の門で重要文化財に指定されている。



左に180度まわって、筒井門。

木造で復元。この門をくぐると、本丸の南曲輪。



筒井門の前から見た松山。



太鼓門。



その右側、巽櫓。

太鼓櫓、太鼓門、巽櫓が連なり、本丸前の防衛線。
これらは松山空襲で焼けたが、木造で復元されている。



太鼓門をくぐると、本丸。

本丸の南部から見た天守曲輪(本壇)。



正面が大天守。左が小天守。
右の一ノ門から入る。

大天守、小天守、一ノ門櫓の三方向から攻撃できる堅い守り。



一ノ門。

脇戸付きの高麗門で、現存。重要文化財



左に曲がって、ニノ門。

脇戸付きの薬医門で、現存。重要文化財



左に180度回って、三ノ門。

高麗門で現存。重要文化財



三ノ門をくぐって、右を見る。小天守と筋鉄門。どちらも木造の復元。
小天守の手前の塀、筋鉄門東塀は現存で、重要文化財



筋鉄門をくぐって、中庭へ。

大天守と内門。どちらも現存で、重要文化財



玄関。木造による復元。

通ることはできず、大天守の石垣から入るようになっている。



小天守から見た、南櫓。



大天守から見た、本丸南部。



大天守から見た、小天守と南櫓。



大天守で集合写真



本壇から出て、紫竹門。

高麗門で現存。重要文化財



紫竹門をくぐると、本丸北曲輪。

北曲輪から見た、本壇石垣と南櫓。



乾門。

木造による復元。



山から下る。



お堀端を歩く。



西堀端停留所から、松山駅へ。



再び電車で移動。

伊予大平駅。



車窓から。



内子駅で輪行解除して走り始める。

って言ってもすぐに内子の観光だけど。



内子座
大正時代に建てられた芝居小屋。



二階席から見た舞台。



舞台から見た観客席。



内子座付近の町並み。



内子座から、町並み保存地区の八日市・護国へ向かって歩く。

内子町立図書館。
元は内子警察署。



内子町児童館。
元は小学校の校舎。



商いと暮らしの資料館。



本町通り。かつて六日市と呼ばれていた地区。



歴史的町並みが良く残っている、八日市・護国重要伝統的建造物群保存地区へ。

町屋資料館。
1793年築の典型的な商家の町屋を復元。



坂をのぼっていく。
このあたりは、坂町と呼ばれていた地区。



枡形。



枡形の先は、八日市地区。



江戸末期に建てられた大村家。



本芳我家の土蔵。

内子は黄漆喰が特徴。



本芳我家。

木蝋生産で財をなした豪商の家。



現在は木蝋資料館となっている、上芳我家住宅重要文化財



上芳我家。



残念ながら休館日。



駄菓子屋に近所の子供たちがたくさん集まってた。

甘酒がとてもおいしかった。



平日の夕方なので、観光客はほとんどいなかった。



ほとんど移動していないのに、日が暮れてきた。



内子の町をあとにする。



大洲に向かい、国道56号を走ってたけどつまらない道だったので、途中からほぼ平行に流れている矢落川沿いにいい道をみつけて走る。



3年前に行った、肱川河川敷の菜の花畑へ。



菜の花。



セルフタイマー撮影。

遠いのでダッシュ。北條間に合わずに失敗。



菜の花と自転車。

このあと、大洲の町で買出し。



今日のお風呂、臥龍の湯

このあと、冨士山公園にあるキャンプ場へ向かう。
真っ暗な坂を登らされ、しかも道を間違え、キャンプ場ではない方向に。
キャンプ場に行くのはあきらめ、広場に泊まることに。

2007年3月7日へ続く。


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最終更新:2018年11月05日 02:10