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■11月6日

サイト開設!果たしてどこまで充実できることやら

以前のブログよりもかなり勉強ノート色を強くしました。人生常に勉強!
個人的には大盛りの店特集を充実していきたいのですがダイエットとの
兼ね合いに気をつけないとなぁ。

■11月7日

快晴、早速第二次減量総合計画に基づき6kmのロードワーク

走るのは気持ちがいいものです。街中でジョギングしている人を見ると
「よし!(オレも走んなきゃ)」と勝手に意気込んでおります。大学の文化祭で
以前、ボランティアでお世話になったある地方議員の方とばったり会い
「ずいぶん変わりましたね(やせた意味)」で言われたときは少々うれしかった。

■11月8日

柿食えば、腹が出るなり、法隆寺

今日は用事があったので早稲田の方まで出たのですが、おいしそうな食事処が多いこと多いこと、ここで住んだら一気にブクブクで人生終了だなとゾッとする。
卒論も総仕上げをしなければならず、タスクが溜まりつつあります。

■11月12・13日

戒厳状態

ここのところ、精神論的な議論が多かった。特に新人のが今後活動していく上での方針をめぐる議論です。なぜそのような議論になったのか?結論から言えばある新人の発言・行動が自分が是認しうる範囲を大きく逸脱し、それが深刻なデメリットを各所に生み出すものとの判断をくだしたからでした。各員は徹底して掘り下げた質問を新人になげかけ、相当な言葉で現状に警告を発したのです。現在はその新人の行動を注視している段階ですが、予断を許さない事態であることに間違いはないでしょう。

■11月14日

情報とネットワーク

今日はソフトボールをしていました。まあその後、都内某所で懇親会を行ったのですが、いわゆる”人脈”なるものの形成過程をつぶさに見ることができました。それは恐ろしく日常的な行動から行われているものであり、極めて人間の本能的なものに根付いているということです。世の中インターネットやなんやら「情報の非対称」を解消される方向に時代は進んでいるというけれども、逆にその事象とはまったく逆で「情報の非対称性」を構築する方向も強くあることを実感しました。

■11月17日

冬将軍の偵察部隊来る?

ここ数日でぐ~と寒くなりました。ジョギング趣味にとってはきつい季節ですね・・・。なのにおいしい食べ物はたくさんあるわけで。歳入と歳出のバランスが難しいです。

■11月18日

近況報告

ここ最近サークルの活動の関係で昼夜ずっと起きっぱなしの状況が続いていて、あんまり家に帰っていません。経済の演習問題を解いたり、後輩の指導をしたり、で時間が過ぎています。最近スタ丼中毒になっており、減量計画は停滞中。後輩はここんとこ数日間ずーとスタ丼、ニンニク醤油中毒はいつ治癒することやら・・・。

■11月19日

経済の授業

土曜日ではあるけど、授業があるので出席する。大学4年間を過ごしてきたなかでもこの授業はかなりお気に入りの部類に入る。この日はマネタリストの貨幣数量説と日銀の量的緩和政策vsケインジアンの金融政策と伝統的金融政策、その後、バブル後の日本経済の話など、印象深いのは含蓄ある先生の言葉「経済学の思考は抽象的で、社会人になってすぐに役立つとは諸君は思えないかもしれないけど、抽象的な概念をじっくり学べるのは大学の時代が一番いい。なぜなら有限ではあるけども時間にあふれている、経済学を通じて物事を考え、現実と理論を往復して考えることは今後の人生をきっと面白くしてくれるはず」
卒業まで残り僅かになりつつある自分にとっては重い言葉だった・・・。

■11月20日

歴史学派

先日、後輩宅である弁論大会の打ち上げが行われた。ここ一週間極寒の中、徹夜徹夜の日々であっただけに振るわない結果だったのはなんとも悔しい。出場する弁士は常に最善をつくし、よく戦っている。しかし結果は振るわない(結果をめぐる議論もあるが・・・)
色々な要因が挙げられるがこの日は
◇最終的に訴える熱意があるのかないのか
◇現在の聴衆は新たな価値体系の現出を求めており、リアリズムな話は陳腐とみなされる。
◇言説を評価する人間の質の低下

まず最初に要因だが、これは会員各自の内心の様態、人生の経過によるものと思う、ただし徹底的に自己の考えなどを掘り下げることが必要条件だが。秋口に入ってからの出場する新人弁士に対して、今年は非常に厳しい姿勢で自分は臨んでいる、練弁会、日々の指導でいつも怒鳴りっぱなしだ。なぜなら彼らはまるで温室ハウスで育ち、厳しい現実をあまりにも知らない人生だからである。良くも悪くも普通の”小市民”が小市民的日常を小市民のように語ったところで何の価値があるのか?徹底的に”何故君はそれを語るのか?”という点を突き詰める必要が出てくるのである。そして新人が困惑する時こそが彼が成長するときであり、表層でしか捉えてこなかった人生や自分の考えを根底から見直す契機につながり、タフな人格形成に資する。会員各自の個性や人生の個別性はここにおいてついに発揮されるのである。この過程を経ないと本当の”熱意”なるものは生まれてこないのではないか?
次の新たな価値体系の現出については、今の会活動をより教養的な面を掘り下げる必要がある。一番腹立たしいのはM氏が指摘したように本当に新しい価値体系を現出せしめていない張りぼての言説が評価されていることである。これは次の項目にもつながるが・・・、新たな価値体系と言っても無から完全に生まれるわけではなく、様々な事象・か価値体系の経緯、そして劣化から、代替として新たなものが生まれるのである。したがって深く歴史や関連する理論を深く学ぶ必要がある、またリアリズム(現実に立脚する)姿勢は今後も保つことは必要になる。安易な理想主義は人間を惑わし、現実とのギャップにより苦痛をもたらし、欺瞞に活用されたときは個々人の尊厳すら奪う危険なものだからである。極左共産主義と極右ナショナリズムが大きな過ちを繰り返したのは理想主義の悪用の典型例。リアリズム的な思考がどうもこの世界の人間にはなかなか理解できないようである。脳内妄想だらけの言説は正直害悪である。(ただ言論の自由は害悪も認めるバランスをもたらす)
三つ目評価の質の低下、これが大問題だ。腐りきった評価人は叩き潰さねばならない。評価の質が上がらなければいつまでたってもこの世界に流れるのは汚濁に満ちた死臭漂う言説である。社会人という理由にかまけて勉強をしない人間がなんとも多い、そして彼らは過去の栄光にしがみついて、誇示することによってその正統性を保とうとする。最近では過去の栄光すらもみられない腐ったいかがわしい判断も多い(女だが頑張ったby中年男性審査員)、まずは本会の審査員に向けて学生からの審査基準を早急に提示する必要がある。この世界の存亡がかかっている。

■11月20日

久々です

 ここのところ卒業論文の関係で非常に忙しくしており、大学のコンピューター
に張り付き状態でした。段々落ち着いてきたので、また再開していきたいと思います。
今頑張ってDrazenのPolitical Economy in macroeconomicsを読んでいますが随分骨が折れます。大学院への留学を考えるとこれぐらいはスラスラ読めなければ・・・。あとMullerのPublic Choiceも。加藤寛先生の邦訳があるらしいけど、
原書を読みましょう。

■12月19日

勉強

 いろいろな人から情報を収集したところ、役人として働く上でやはり英語と民法が極めて重要であるとの認識にいたった。そこで早速OECDとWTOの資料を読んだり、内田民法の通読を再開し始めました。このサイトの政治学の部分も早く充実させていくぞ

■12月21日


 サークルのノートに”与党税制改革大綱”の記事を数ページに渡って、紹介した。ねらいは政策を考える上での”税”の重要性である。特に大綱の要旨は幅広く様々な税制の改正について書いてあるので、どのような税が今回変化したのか分析して欲しい。税は世に連れ、人に連れである。
http://www.jimin.jp/jimin/seisaku/2005/seisaku-018.html

自民党の税制大綱と重点予算の二つがアップされているので熟読されたし。

■12月27日

読書の冬

 哲学好きの後輩から影響を受けて、本を読み始めた。
フリードマンの「選択の自由」
キッシンジャーの「外交」
サミュエルソンの「経済分析の基礎」
伊東光晴の「ケインズ」
トクヴィルの「アメリカのデモクラシー」
伊藤元重の「国際経済入門」
R.マートンの「ファイナンス論」
根井雅弘「経済学88物語」

本棚にない奴は後で紹介します。
大学近くの古本屋には結構品揃えが充実していたのには感動した。
古典的な本は神保町にいかないとだめだが・・・。
神保町の近現代史を扱っている書店は歴史好きの自分にとってはたまらない店だった。

■2006年1月1日

謹賀新年

 明けましておめでとうございます。
今年は例年にもまして、、ゆったりとした正月を過ごしています。
阿川知之の「米内光政」昨晩は一気に読破して、感動。
本は二度・三度と読み直すことでさらに味わいがふかまります。

■2006年1月2日

首痛い

 正月早々に寝違いました。首が痛いです。ホントはがっつり12kmジョギングして都心をぶらぶらしたかったのですが、今日は6kmジョギングして、カレーライスを食して、会室で会室ノートに書き込みをして過ごしました。今日は本棚にもある「経済白書で読む、日本経済の歩み」をパラパラと読み直していました。興味深かったのは高度経済成長を巡る経済論争の部分、当時の池田首相のブレーンであった下村治氏は「成長」と「循環」を区別して考えて前者を新しい技術革新によってもたらされる利潤を誘引とする革新者投資を原動力とし、後者を市況によって変動する感応的な投資を原動力とするものとしたそうです。その上で下村氏は政策のスタンスを
「国民の活動を統制するのでなく、国民の創造力に即して、その開発と開放の条件を検討することである」としています。下村氏の話をいくつかの書物で読んではいるのですが、どれもがサプライサイダー(経済において供給力・生産力を重視するエコノミスト)の考え方に近いです。現在の経済政策と考えるとサプライサイド経済という点で共通しています。日本の経済政策の流れを考えると昔:ケインズ的政策、今:サプライサイド政策というような見方がかなり多いのですが、高度成長のサプライサイド政策に近い側面を学んで、固定観念のような思考を是正する方向にすすんでいけばと思いました。

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■2006年1月6日

最後のテスト

 大学生活、おそらく最後(?)になるであろうテストが明日から始まります。波乱なきよう万全を期して対処していく所存です。

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