※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

柵原散策 By 片山薫 岡山文庫211 2001年初版 
           09/02/03 創始  09/02/11 加筆

  『やなはらの文化』 からの抜粋追加 09/06/13
==
 角倉了以:和気川の高瀬舟に啓発された 京都紫野大悲閣境内に碑
 「川中山王さん」 @押渕北部  高瀬舟曳き綱の跡
 「観音林の宝キョウ印塔(町指定)」 はどこ?
 柵原町の巨樹古木: 本山寺カゴノキ済み/羽仁渡しの榎亡失
   高城のエノキ       /  安井(百々の北)の一本杉
   高下(周匝隣接)・荒神さまのムクノキ 以上26号 H17記事
 夢中山・幻住寺禅寺(曹洞宗)
==

もう一つの「津山往来」:片上往来/西大寺道
      各地に、旧往来道が残る
   補足 「柵原の石造物」によれば道標有
       ↑ 所在地が連石なら記載はないが、書副(かきぞえ)なら、
        久米南・勝央線に自然石:右ふくもと/左くらしき道

坑道(跡) 
  戦時下の火薬工場(S20:未完)跡 <p73>

  火之谷トンネル(鑿跡が残る?)/殉職者碑

鉱石・鉱産物 
  山[さん]神社=鉱山事務所近く:産出鉱物を並べている二重記載
  休石地区には 「針吸い石」 の伝承!!
  「ちんちん石」:八神[ねりがみ]の十二社神社旧址
       十二社神社は塚角神社に合祀:神社址碑あり

高瀬舟川舟湊集落
  小瀬:12艘 / 栗子:14艘


片鉄  今はない柵原駅舎の影像が欲しい!

石碑 
  槙乢新道碑(M14:藤原久木間=津山西大寺道
  高山神社参道前に「右本山寺/左是里」 09/03/28
  大戸の地蔵坐像に「西大寺の寄進者(藤家)」
  
飯岡に行き倒れ人の 墓標(安永三年=1774 伊予の人)
  旧柵原庁舎跡に「戦時下 徴用労働者(北朝鮮籍)記念碑」

神社仏閣 
  黒田の地蔵菩薩/黒田の宝篋印塔
  藤原八幡(夏祭り)
  山[さん]神社=鉱山事務所近く:産出鉱物を並べる
     祭神:金山彦之命
  栗子の歩危地蔵・・・近隣に「甌穴」あり
  塚角神社(上山宮三社) 壮大  熊の記憶:算額あり?
  高比野[たかしの=高篠]神社
       この付近に旧道あり!  <p145>

  本山寺::本堂、三重塔は檜皮葺き/常行堂は茅葺
           仁王門に関しては記載なし   ・・・ 要調査 
        本堂前の石灯篭(葵紋) 萬延元年・津山城から移した
                       ↑影像あり(山鐘 

産業 
  炭焼き(本山寺付近)が細々
  柵原坑跡の「坑道農業」

動植物  
  羽仁橋東詰めにエノキ大木(350年):高瀬舟の目印
  安井の一本杉:百々の北(町指定 約350年)=高比野神社遥拝所 
  王子の荒神さまのムクノキ[百選]
  王子の大榎(王子と谷口[英田町]の境):倉敷往来  

「西大寺十二里」の関連記載 <p122>
  『百々 から宮山の名坂峠を通っていた』
     煤谷には旧道の名残り
    煤谷・平賀元義歌
      『美作やすすの山路を越えくれば
        谷の底えママに時鳥[ほととぎす]啼く』
      『すす谷をわが越えくれば 前しりえママ
        左右[ひだりみぎり]に時鳥なく』

    ===
        cf p125 :「十三里」の記述

中学跡地 S53年統合により閉校
  吉岡中学校(@小瀬) ⇒ 柵原西小学校 S57=1982開校
  双和中学校(@行信) ⇒ 柵原東小学校 H5=1993開校
小学校跡地 
  飯岡小学校跡 百年記念碑   
取材済YKさんくす!

 

施設
 
 久米南・勝央線に、エイコンパーク(図書館/野球場など)

美術工芸
  安藤広重浮世絵『美作山伏谷』=「栗子」説 <p85>