播磨・備前(美作)の国境石  09/09/29

<赤穂・鷆和の国境標石記事>  @天和駅近傍 6~8尺級
~~鷆和までお連れしました。この道標は、ハリマセラミック(現黒崎播磨の赤穂工場)の手前にあります。 左側に「是従西備前国」、その反対側には「是従東播磨国」の文字が...
   東経133度21分33.5秒= 21分43秒<日本測地系>
   北緯 34度44分30.6秒= 44分42秒<日本測地系>

   画像

<別の記事>  同じ標石か?
 かつては標高40mの鳥打峠が、備前(岡山県)との国境であった。江戸時代に建てられた「従是西備前国・従是東播磨国」の国境石が残っているが、現在は鷆和が兵庫県の最西端ではない。西方に隣接する岡山県日生町福浦地域の一部が、昭和38年に赤穂市へ合併して標高100mの福浦峠が県境になったからだ。

<第3の記事>  
 * 赤穂市天和綱崎の浜、入り口近くに建っている碑の前に案内していただいた。
 * 或る悲恋物語から名づけられた「恋の浜」。何とロマンチックな地名であろうか。
 * また、この碑の7~8m先には、播磨と備前国境の地であるという国境石が建っ
       ていた。
 *  取揚島とこの国境石を結ぶ線上の東側が播磨で西側が備前だということは、2月
       の例会で大鹿氏に教わっていたことなので、改めて感慨深い思いがしました。

<熊註>
 岡山縣史料に依ると;-
福浦村網崎取揚島に設置していた仮目標杭が大風で流失したので、
石柱を建てたい(金呉れ!)~~ 明治九年十二月九日 具申

それに先立って;-
M9.10.04付けで、国境の境界杭の設置報告・代金請求がある
その中に、「明治九年七月建立 / 旧北条|飾磨境界
       吉野郡中山村|佐用郡大畠村」の杭が含まれている



=== 余談ごと:いずれも ~ 以下はWEB記事からの引用

 ~周南市と防府市の境である。国道南側の小高い道に「従是東都濃郡 従是西佐波郡」と刻まれた嘉永六年(1853)に再建された石碑

 ~坂を上りきったところに「従是東玖珂郡」「従是西熊毛郡」の境界石が立っている。ここで岩国市から周南市に入ることになる

 ~愛媛県側には『従是西伊豫國宇和島支配地』(貞享4年(1687)建立)、高知県側には『従是東土佐國』(貞享5年(1688)建立)の標石が建っている。 松尾峠@一本松町
  これにはさらに余談があって、「藩」 と刻まれているのは、明治のものだという。 実は、元の碑が、宇和島小山の公園に保存されています。 しかも、1基は再利用され普通の道しるべに~~

 ~  @192号得沿線?   この石柱からは
従是東徳島縣三好郡/至愛媛県川之江町 四里七丁/
徳島縣廳 貳拾参里五丁/三好郡役所 参里参拾五丁

これらの文字を読み取ることができる。 建立は大正5年のようです。