フォーミュラ1


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1950年に公式の選手権としてはじまった、モータースポーツのトップカテゴリ。通称『F1(エフワン)』。
車両やエンジンの開発費(場合によっては、年間300億円とも言われている)だけでなく、全世界からの注目度も非常に高く、様々なスポンサーがこぞって集まる為、『走る広告塔』とも言われている。
『フォーミュラ』とは、『規格』のことで、その全世界のレース規格の最高位である「1」が付くことから、世界最高峰であると言うことが分かる。
主に使用されるのは、オープンホイール形式のレーシングカー。

歴史


フォーミュラ1(以下、「F1」とする)のはじまりは、1922年にレラントンフで行われた性能比較走行。
当時はまだ非公式であったため、地方の警察への申請が必要であった。
当時の呼び名は「Grande Preixir(現地語で「走行会」の意)」だった。
その後1948年、戦時中だったが、その走行会に簡単なレギュレーション(規則)が用いられ、その規則に則ってレースが行われたのがF1の始まりであるといわれている。

現代F1の特徴


燃料と燃費

現在のF1は、世界的な石油危機によって、化石燃料が非常に高価であり、人工光合成によって生成されたエタノール燃料が主流となっている。
2006年からF1も環境対策を謳っていて、2012年に石油燃料からエタノールを原料とした亜酸化窒素化合燃料に転換、本当の意味で『環境にやさしい』モータースポーツとなっている。
最終的には2006年までターボエンジンだったものが、2007年から完全NA化(2019年からはスーパーチャージャーエンジンが各チームの自己責任の上で使用することが可能となっている)され、環境対策に貢献。
エタノール燃料の登場した2012年は、燃料についても新たなレギュレーションが登場する。
2012年から2019年までは、燃料内の亜酸化窒素(ニトロ燃料(「ナイトラス・オキサイド」または「NOx」とも言う)濃度は20%以内、2020年から2024年までは10%以内、2025年から2027年までは5%とされ、2028年より3%以内と定められた。
また、エタノール燃料による高出力化によって2019年には『F1史上最悪の死亡事故』が発生したことで、2020年に新機構のエンジンがレギュレーションで定められ、燃費はそれまで780m/だったものが、2011年の2000m/へ向上した。
また、2025年には更なる空気抵抗の抑制が進み、2100m/まで燃費が向上している。

空力開発

公式のレース、すなわち『グランプリ』が始まった1950年は、所謂『葉巻型』と呼ばれる特徴的な形であり、現代のような流線型など関係しなかった。
1970年代に入ると、車体を地面に押さえつける『ダウンフォース』を採用したマシンが登場する。
また、1983年には車体底面が平らでなくてはならない『フラットボトム構造』が登場し、1988年になると空力開発が本格的に行われるようになる。
1995年にはフラットボトム構造からステップドボトム構造へ転換され、2009年には大幅な空力のダウングレードが成され、現在に至る。

革新的技術


グラウンドエフェクト構造

1976年にセラムが持ち込んだ、F1初のエアロダイナミクス概念。
1結局1勝も挙げることはできなかったが、1979年には初タイトルを獲得、80年代のトレンドになる。

セミオートマチックトランスミッション

1979年にセラムがECU(エンジン制御ユニット)と共に持ち込んだ技術。
走行中のクラッチ操作を省くことで、ドライバーの体力の温存に貢献した。

アクティブサスペンション

1977年にセラムが持ち込む。
コーナリング中の車体ジオメトリーを限りなく中立化することでコーナリングスピードを上昇させるものだったが、当時はコースに合わせて動作をプリセットしなければならない手間のかかる幼稚な作りだったが、2010年には路面状況を自動で感知してジオメトリー及び車高を最適化する『フルアクティブライドハイトコントロールシステム』に進化した。

エネルギー回生システム

1994年にPWF1(現・RMロックフォート)が持ち込んだオーバーテイクツール。
通称『KERS(カーズ)』
減速時に発生する熱エネルギーをバッテリーに蓄積することによって一時的に出力を上げるもので、2009年に初めてルールに組み込まれた。
当時はこれに関するレギュレーションは存在せず、全てのチームに衝撃を与えた。
初開催となったシュリフコスカGPのフリー走行で初めて使用されるが、感電事故によってクルーが負傷するという事態が発生したため、予選と決勝での使用はされず、その後の投入も見送られたため、2009年までに実戦導入はされなかった。

(以下、編集中)

シーズンとレギュレーションの移り変わり


1950年

  • グランプリ第1回開催
  • 6.5リッターNA規定導入
  • 初勝利:ヤーン・マール(ESV) 初戴冠:ジョー・マン(VIN)

1951年

  • 4リッターNA規定導入
  • ロックフォートがF1参戦

1952年

  • スーパーチャージャー解禁

1953年

  • 4.5リッターエンジン規定導入
  • F1史上初の死亡事故発生

1954年

  • フィエストリアGP初開催(レラントンフ・リコナイリンク)

1956年

  • コンストラクターズチャンピオンシップ導入

1957年

  • 3.5リッター規定導入
  • ミッドシップエンジン初登場

1958年

  • ヤルトGP初開催(レラントンフ・ローゼンハイムリンク)

1960年

  • 空力規定の改定
  • モノコック初登場

1961年

  • ビスタトロニアGP初開催(ビスタトロニア国際サーキット)

1962年

  • ダブルウィッシュボーンサスペンション初登場

1963年

  • 3.5リッターNA規定導入
  • CJTがF1撤退

1964年

  • PMPがF1参戦
  • 大手タイヤメーカー・レイブリッグがF1参戦

1966年

  • アルミモノコック初登場
  • フロントウィング初登場
  • エルダ・C・グロック(ESV)、F1デビュー

1968年

  • V12エンジン初登場
  • ロックフォートがF1チーム撤退

1969年

  • ウィングカー(グラウンドエフェクトカー)初登場
  • スーパーチャージャー再登場

1970年

  • 3リッターエンジン規定導入

1972年

  • V4エンジン廃止
  • ロックフォートがF1から完全撤退

1973年

  • 2.7リッターNA規定導入
  • F1史上初のウォーレリア人ドライバー、ジャスティン・マーレイがデビュー
  • F1史上初のセシリア人ドライバー、ルビヤール・トゥルックがスポット参戦

1975年

  • セシリアGP初開催(エストリアサーキット)
  • F1史上初のセシリア人フル参戦ドライバー、ハンザ・ラゥドがデビュー、同年初勝利
  • セラムがF1参戦

1976年

  • 3リッターエンジン規定導入
  • セシリアGPでサレラーフ・フィッツジェラルドが事故死
  • 6輪F1マシン登場

1977年

  • ターボエンジン初登場
  • ファン・H・トルカシュライフェ(CIN)がF1デビュー
  • エストラルGPでジャスティン・マーレイ(WRL),フォン・ミラボー(VIN)が事故死
  • アクティブサスペンション初登場
  • ダブルフロントウィング初登場

1978年

  • グラウンドエフェクトカー時代全盛期
  • 3.4リッターエンジン規定導入
  • ミドルウィング初登場

1979年

  • フルアクティブカー初登場
  • 電子制御式クラッチシステム(セミオートマ)初登場
  • コンピュータ搭載F1マシン初登場
  • エアロダイナミクス(航空力学)概念が初登場
  • ハンザ・ラゥド初戴冠
  • マドックスがF1撤退

1980年

  • サイドスカートの装着禁止
  • 2リッターエンジン規定導入
  • ミドルウィングと6輪タイヤの禁止
  • 可変フラップ初登場
  • ヒル・ケンヘルマッチがF1参戦

1981年

  • ダウンフォースバトル発生

1982年

  • エストラルGPでアンディ・トスカーナ(CIN)が観客30人以上を巻き込んで事故死
  • グラウンドエフェクトカー終焉
  • サウザーがF1参戦
  • アマルフィアGP初開催(オーバランスサーキット)
  • トレガンテス・ドッペンガルマー(AMR)がF1デビュー
  • フィエストリアGP開催地がレラントンフ・リコナイリンクからセシリア・セオドアリバーサーキットに移行

1983年

  • 1400ccターボ及び2リッターエンジン規定導入
  • 途中給油の禁止
  • フラットボトム規定導入

1984年

  • 最高出力1000馬力オーバーのターボエンジンが登場

1985年

  • ターボエンジンの最大加給気圧が7.0barに制限
  • レラントンフGP初開催(シロプルコ国際空港サーキット)
  • ツェントルージュがF1初参戦
  • ガルマンズがF1初参戦
  • セシリアGPでウダロイ・バレク(CAL)が予選中に事故死

1986年

  • シナダGP初開催(ツェリムリンク)
  • F1超高速時代が到来
  • カーボンモノコックが初登場

1987年

  • ターボエンジンの最大加給気圧が6.5barに制限
  • シナダGP専用スペシャルエアロダイナミクスが登場
  • プライムがF1参戦

1988年

  • ターボエンジンの最大加給気圧が6.0barに制限
  • V8ターボ登場
  • シナトラ・エイダー(EST)が事故死

1989年

  • エイダーの事故でツェリムリンクがコース改修
  • プライムが資金難でシーズン途中撤退

1990年

  • V10ターボエンジン登場
  • V6ターボ終焉
  • ターボエンジンの最大加給気圧が3.5barに制限

1991年

  • V12ターボエンジン登場
  • F1史上初のレラントンフ人ドライバー、マイケル・アンダーソンが最年少デビュー(19歳)、同年初勝利
  • ソラーレ・エンメリッヒ(CSR)がデビュー(ユーロアジアGP)
  • トレガンテス・ドッペンガルマー(AMR)炎上死
  • ヒル・ケンヘルマッチがマドックスに買収
  • アンヘドラルウィング登場

1992年

  • ドッペンガルマーの事故でツェリムリンクがコース改修
  • マドックスがF1復帰
  • ウォーレリアがF1初開催(フェニックスパーク周回道路特設コース)
  • ブースト非点火状態で1000馬力オーバーのターボエンジンが登場
  • OTB初登場(同年消滅)
  • マドックスにチーム内確執、離脱のアンダーソンがセラムへシーズン途中で移籍
  • 釣り下げ式ウィング初登場

1993年

  • ハイノーズウィング初登場
  • PWF1がF1参戦
  • フルアクティブサスペンションが登場
  • ユーロアジアGPがウォーレリアのカシューマルレイクサーキットで開催
  • ABS、TCS、ASM初登場

1994年

  • 3.5リッターエンジン規定導入
  • 給油再開
  • ロックフォートがF1復帰(エンジン供給のみ)
  • ウォーレリアGPの開催3年契約が終了
  • シュリフコスカGP初開催(セシリア・ランツァルドリンク)
  • 長期に及ぶ技術的な開発制限
  • ハイテク装備の禁止(シーズン後半に解禁)
  • マーク・ローランド(ESR)、ハンザ・ラゥド(CSR)が事故死
  • フラットボトム終焉
  • スキッドブロックの装着義務化
  • ブースト操作の禁止
  • エネルギー回生システム(K.E.R.S.)初登場(実戦投入は無し)
  • バージボード初登場
  • ディフューザー小型義務化
  • エアインダクションの開口義務化

1995年

  • ステップドボトム登場
  • ハイテク装備の開発費制限
  • セラムとアンダーソンが初戴冠
  • PWF1がロックフォートに買収

1996年

  • ロックフォートがF1復帰(RMロックフォート)
  • ブラン・カラム(WRL)がF1デビュー
  • スラントノーズ消滅
  • 16000回転オーバーのターボエンジン初登場
  • クリスチアーノ・ドーガン(EST)が初戴冠、セラムチーム2年連続ドライバーズタイトル獲得

1997年

  • ブースト操作解禁
  • RMロックフォートが初戴冠
  • クリスチアーノ・ドーガン(EST)がシュリフコスカGPで大クラッシュ、胸骨骨折,肺挫傷と重度の脳震盪で意識不明に
  • ドーガンの事故でランツァルドリンクがコース改修

1999年

  • エアインダクションの開口義務解除
  • ジル・F・アルバース(AMR)がデビュー
  • アンダーソンが大クラッシュ、長期休養へ
  • シナダGP・スペシャルエアロダイナミクス終焉
  • ツェリムリンクがバックストレートエンドにシケインを追加するコース改修を敢行

2000年

  • 3リッターエンジン規定導入
  • 予選フォーマットが変更、107%方式維持も予選落ち無し
  • スリックタイヤ禁止
  • マシンの最低重量を560kgに引き上げ
  • HANSの装着義務化
  • プロテクター装備義務化
  • EBDが登場

2003年

  • セシリアGPが北ニーヌ市街地で初開催
  • ハイテクの開発制限が解除
  • アンダーソンがシュリフコスカGPで大クラッシュ、重度の脳震盪で意識不明に

2004年

  • 予選フォーマットが107%規定から1アタック方式に変更
  • アンダーソンの事故でランツァルドリンクが大幅コース改修
  • ソラーレ・エンメリッヒ(CSR)事故死

2005年

  • 2.5リッターターボエンジン規定導入
  • ターボエンジンの加給圧制限解除
  • シュギーGP初開催(ノストフェラス国際サーキット)
  • 最大出力2000馬力オーバーのマシンが登場
  • ガルマンズがF1撤退
  • アンドレ・プルメイラ(XUG)がシュギー人F1ドライバー史上初の戴冠

2006年

  • 予選方式が1アタック方式からノックアウト方式に変更
  • ターボエンジンの最大加給気圧が6.5barに制限
  • タイハードがF1初参戦
  • カンポグランデがF1参戦
  • スラントノーズ復活
  • シナダGP・スペシャルエアロダイナミクス解禁
  • ジル・F・アルバース(AMR)事故死
  • 予選仕様2200馬力オーバーのマシンが登場
  • ターボエンジン終焉
  • ツェントルージュ,PMPがF1撤退

2007年

  • 2.6リッターNA規定導入
  • スーパーチャージャー使用禁止
  • エンジン最高出力が1200馬力に制限
  • アンダーソンが17戦全戦エンジントラブルでリタイア
  • セラムがドライバーズ,コンストラクターズ両選手権制覇、V12NAエンジン系列チームでは史上初の偉業

2008年

  • エンジン最高出力が1000馬力に制限
  • ECUの規格統一化
  • TCS,ABS,EBCなどのマシンコントロールデバイスが使用禁止
  • ダウンフォースバトル終焉
  • F1超高速時代終焉
  • アイレルリンクでのシナダGP長期開催の契約が締結
  • F1史上最多6人のタイトル争いが展開
  • リカルド・アルボレーゼル(CIN)が2勝で史上最少勝利数で戴冠、引退

2009年

  • 空力規定の大幅改定
  • 2.4リッターNA規定導入
  • エンジン回転数を18000RPMに制限
  • 長期間のエンジン,ハイテク開発の凍結
  • シナダGPがアイレルリンクで開催続行
  • エネルギー回生システム(K.E.R.S)が初の実戦投入

2010年

  • エンジンの最高出力が960馬力に制限
  • 2リッターNAエンジン規定導入
  • ギャバッツィーニ・ドゥパイエ(VIN)がF1デビュー、初レースで初勝利

2011年

  • エンジンの最高出力が930馬力に制限
  • 石油燃料時代終焉
  • ギャバッツィーニ・ドゥパイエ(VIN)が初戴冠

2012年

  • 燃料規定変更、エタノール原料の水素及び亜酸化窒素化合燃料へ転換
  • エンジンの最高出力を1100馬力未満に引上げ
  • 全エンジンに3リッター未満のエンジン規定を義務化
  • F1史上初のナイトレース開催
  • アデレードGP(アマルフィア・ダイバーズート市街地コース)が初開催
  • ダブルフロア構造の禁止

2013年

  • 2リッターNA規定導入
  • 予選フォーマットがノックアウト方式から107%規定に変更
  • V12エンジン廃止
  • マイケル・アンダーソン(LEL)がドライバーズタイトル連覇

2014年

  • 2.4リッターV8及びV10NA規定導入
  • ツェントルージュがF1復帰

2016年

  • シナダ内戦勃発、余波で2017年以降の開催中止を決定
  • 3リッターV8,V10NA規定導入
  • エンリケ・ビルドハイム(VIN),セグノール・ダメンディーニ(ESV)がF1デビュー
  • マイケル・アンダーソン(LEL)がF1史上初の母国グランプリ6連覇達成

2017年

  • 3リッターV10NA規定導入
  • ケーニッヒ・ウルフ(CSR)がF1デビュー

2019年

  • 2.7リッターV8,V10NA規定導入、スーパーチャージャーが任意許可
  • クリスチャン・ジェラルド(ESR),ジョージ・リスター(ESR)がF1デビュー
  • マイケル・アンダーソン(LEL)が事故により無期限休養
  • クリスチャン・ジェラルド(ESR),アーノルド・カラム(WRL),セグノール・ダメンディーニ(ESV),マイク・ジェンスキー・ニューウェイ(EST)ら12人が事故死
  • F1史上異例の緊急事態によって、全18戦中12戦で打ち切り、シーズン無効に
  • 超軽量F1時代終焉

2020年
  • 大幅な空力規定改定
  • 2.5リッターV8,V10規定導入
  • エンジンの回転数制限、V8は18000RPM、V10は16500RPMに
  • レンセン・クルーニー(LEL)がF1デビュー
  • レラントンフGP、ヤルトGPが開催中止、全16戦シーズンに減少

2021年
  • 予選方式が107%方式からワンアタック方式に変更
  • 燃料レギュレーションが大幅変更

2022年
  • トニー・ワイエス(BUR)がF1デビュー
  • タイヤレギュレーション変更、コンパウンド数が5スペックから3スペックに減少
  • ギャバッツィーニ・ドゥパイエ(VIN)が引退、IRLへ移籍

2023年
  • 燃料規定改定
  • エンジンレギュレーションが1レース1エンジン方式に改訂
  • エンリケ・ビルドハイム(VIN)が現役引退
  • トニー・ワイエス(BUR)初戴冠

2024年
  • エンジンレギュレーション改訂、回転数制限解除
  • ポールホルトがF1初参戦
  • タイヤレギュレーション改訂によりグルーブドタイヤ再登場
  • タイヤ無交換義務化
  • エンリケ・ビルドハイム(VIN)がシーズン開幕前合同テストで事故死
  • F1の既存安全技術が決壊
  • トニーワイエス(BUR)がチャンピオンシップ2連覇、チームも2007年以来のダブルタイトル獲得
  • タイハード,カンポグランデなど計4チームが撤退
  • ヤン・D・グロック(ESV)が引退

2025年
  • ビルドハイムの事故によってレギュレーション自体が大幅に改訂
  • 予選方式がワンアタック方式からツーアタック方式に変更
  • エステラルビンモノコック初登場
  • CAMSがF1参戦、完全異業種コンストラクターとして世界中から注目
  • バックウォードがF1参戦
  • 22000回転オーバーのエンジンが初登場
  • アレクサンドロフ・グラインシンガー(ESR)がデビュー
  • ソラム・グラトリード(WRL)がレラントンフGPからグラインシンガーに代わりデビュー、初レースでいきなりハットトリックを達成
  • シュギーGPの長期開催契約が終了
  • トニー・ワイエスがチャンピオンシップ3連覇、1966年のL.コムハイネン(1962~66の5連覇)に続く歴代2位記録
(以下編集中)

2029公式レギュレーション

2025年版の公式レギュレーションでは、前年度(2024年)のレギュレーションのおよそ96%も改定されるという、史上最大のレギュレーション変更となった。これに伴い、前年までは11チームあったが、資金調達が出来ない4チームが撤退、新たに2チームが参入するが、全9チーム18人のドライバーと言う少数での開催となっている。
その後も数々のレギュレーション変更によって、よりシビアな戦いとなっている。
そんな中で、大幅にルールが改定された2029年シーズンのレギュレーションの一部を紹介する。

エンジン


  • 気等数はV10及びV8のNAまたはスーパーチャージャーを使用可能とする。
  • 最高出力は980bhpを上限とする(但し、補助動力装置により加算される出力の合計ではない)。
  • 最高回転数は設けないが、18000RPM~22500RPMを目安とする。

車体および空力


  • マシンの全幅はホイールベースを含め1780mm以内、全高は850mm以内とする。
  • 形状はハイノーズ、ローノーズ、スラントノーズを使用できる。ただしこれらはすべてステップドボトム構造でなければならない。
  • その他空力パーツはウィングレット及び小型のメゾネットウィングのみ使用可能とする。但し、メゾネットウィングは決勝のみ使用不可とする。
  • カナードをウィングステーに装着することは禁止する。
  • 重量は、車体自重、ハイテク、エンジンなどを合わせて530kg以上でなければならず、また、車体重心は、前36%、後64%で統一することを義務とする。
  • ディフューザーの使用は一切禁止とする(但し、いかなる場合においても意図的に空気流動を変更しない物は使用可能とする)。

その他オーバーテイク要素やハイテク等

  • 可変フラップはフロントおよびリアウィングに装備できるものとする(以後、フロントはVFW、リアはDRSと表記するものとする)。
  • 動力エネルギー回生システム(KERS)は前後車輪に使用でき、全チームの導入義務はないものとする。
  • KERSの1周当たりのシステム出力は2輪または4輪合わせて200kw、エネルギー蓄積容量および使用範囲は1,600kJとする。これはおよそ267馬力の出力を8秒間利用できるものに等しい。


エントリーリスト(2025開幕時)


Northrop Madox F1 Racing Team


チーム代表:マーク・フェルナンデス-Mark Fernandes-
使用空力名:CP25F
使用エンジン:Madox JV30FA V10 SuperCharger
1st:ケビン・バックレー-Kevin Backley-(ESR)
2nd:アレクサンドロフ・グラインシンガー-Alexandrov Greinsingur-(CAL)
TD:ソラム・グラトリード-Sorums Gratrido-(WRL)
ファクトリー所在地:エストラル・アイレル
デビュー年:1950年・エスタンピアGP
予選最高位:PP(281回)
決勝最高位:1位(487回)
コンストラクターズチャンピオン回数:22回

Formula Ceram F1 Team Parkmaden


チーム代表:カネーレ・ガルト-Caneles Garto-
使用空力名:AX25F
使用エンジン:Ceram VM3-WHJ8 V10 SuperCharger
1st:トニー・ワイエス--Tonny Wyeth-(BUR)
2nd:ケーニッヒ・ウルフ-Koenig Ourph-(CSR)
TD:グスタフ・ウィンストン-Gustav Winston-(ESR)
ファクトリー所在地:セシリア・グリスゴールコーゲン
デビュー年:1975年・エストバニアGP
予選最高位:PP(297回)
決勝最高位:1位(164回)
コンストラクターズチャンピオン回数:3回

RM-Rockfort F1 Racing Team


チーム代表:ロビン・マクウィリアムズ-Robin McWilliams-
使用空力名:RM3-29
使用エンジン:Rockfort DFR-225G V10 NA
1st:ジョージ・リスター-George Lister-(ESR)
2nd:ケルベ・クルーニー-Qerbe Crouney-(LEL)
TD:セバスチャン・カラム-Sebastian Karam-(WRL)
ファクトリー所在地:セシリア・ストラッグラー
デビュー年:1996年・フィエストリアGP
予選最高位:PP(93回)
決勝最高位:1位(128回)
コンストラクターズチャンピオン回数:6回

Zentrouge Formula 1 Team Standenseyzheilug


チーム代表:ロマン・ツェントルージュ-Romain Zentrouge-
使用空力名:ZLC225
使用エンジン:Souther JR35F V8 NA
1st:ジャック・ビクトリー-Jacques Victrie-(EST)
2nd:ジョン・ホプキンス-John Hopkins-(ESR)
TD:ジョナサン・ムーグ-Johanthan Moorg-(ESV)
ファクトリー所在地:エストバニア・シュトゥンルッヒェ
デビュー年:1985年・フィエストリアGP
予選最高位:PP(1回)
決勝最高位:3位(67回)
コンストラクターズチャンピオン回数:0

Souther F1 Racing Team


チーム代表:アラン・ミタル-Alain Mittal-
使用空力名:SWF225
使用エンジン:Souther BNC6VR V10 SuperCharger
1st:ローダン・アルボレーゼル-Roëwan Arvolaither-(CIN)
2nd:ニコール・ロイテマン-Nicoal Roiteman-(ESR)
TD:ロティル・W・トルカシュライフェ-Rotilles Werch Torcascheleife-(CIN)
ファクトリー所在地:エストラル・サルト
デビュー年:1982年・エストラルGP
予選最高位:PP(92回)
決勝最高位:1位(143回)
コンストラクターズチャンピオン回数:5回

Peaulhort Formula 1 Racing Team


チーム代表:イルグ・フェンネル-Jyrghes Zennayir
使用空力名:FNP02
使用エンジン:Peaulhort DVJ518 V10 NA
1st:セバスチャン・クローブ-Sevastien Crove-(FIN)
2nd:ビットリオ・アグネッティ-Vittrio Agunetti-(EST)
TD:ベルトラン・ドッペンガルマー-Bertorand Doppengalmar-(AMR)
ファクトリー所在地:セシリア・トライスター
デビュー年:2024年・セシリアGP
予選最高位:8位(3回)
決勝最高位:12位
コンストラクターズチャンピオン回数:0

Backward GP Formula1 Team


チーム代表:ヴェイル・バックウォード-Wail Backward-
使用空力名:WB01
使用エンジン:Souther JR35F V8 NA
1st:ザナルディ・リックバイソン-Zanardie Rickbyson-(CAL)
2nd:エマーソン・セナ-Emerson Senna-(ESV)
TD:マイケル・アンダーソン-Michael Andersson-(LEL)
ファクトリー所在地:タンフォード・クニット
デビュー年:2025年・セシリアGP
予選最高位:---
決勝最高位:---
コンストラクターズチャンピオン回数:---

(以下編集中)

特筆すべきシーズン、激動の2030年


この年のF1は、過去のどのシーズンから見ても異彩を放つシーズンであったとも言える。
2013年以来となるV12エンジンの復活に、超ハイテクF1時代最後のシーズンとなった2030年は、すべてのチームにおいて文字通り『集大成』のシーズンとなった。
開幕戦で開催される予定だったグランゼラム市街地は、開幕直前に大規模な交通事故が発生し開催不可能となり、その代わりにセシリア市街地にてF1の初開催、また、東海原市街地で開催される『ガエリアGP』も初開催となり、F1のセシリアラウンドが最重要化された年でもあった。
開幕前の合同テストから圧倒的な速さを見せ付けたセラムチームに、ドライバーズ選手権2連覇を目指すアンダーソンチームの独壇場となることはある程度予測できていたかもしれない。
開幕戦から勝利を奪い合うこの2つのチームの戦いは記憶に残るドラマチックな展開となった上、第2戦・アマルフィアGPでポールホルトが初表彰台,第5戦・エストラルGPではCAMSにとって初入賞というセシリア系F1チームにとっても飛躍のシーズンとなった。
また、第7戦のウォーレリアGPでは、ソラム・グラトリードが自身初の地元グランプリ制覇を達成した。
最終戦までもつれ込んだチャンピオンシップ争いはアンダーソンのペドロ・グルイヤールがあわや初戴冠になるかと思われたが、最終ラップの最終コーナー、最後の直線でセラムのソラム・グラトリードがRMロックフォートのレンセン・クルーニーを豪快に抜き去り、逆転王者に。
シュリフコスカGP時点でコンストラクターズ選手権の獲得が決定していただけに、チームにとって2025年シーズン以来、5年ぶりの両選手権制覇をもたらした。
このシーズン限りで、近年開発コストがエンジン開発費を上回る勢いを見せていたアクティブサスペンションの使用が禁止されたことにより、F1のハイテク化の波は徐々に引きはじめることになった。
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