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連合国立ドミニオン学園 6日目」(2005/12/07 (水) 12:33:16) の最新版変更点

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ムルタ「ここは空の上。しかし昔は最新の船が海の上を走っていきました。     冒険心というのは、人類の知恵の発達に大いに貢献されてきたといわれています」 オルガ「船って、イージス艦みてーな?」 ムルタ「違いますよ。帆船。つまり、風や波の力で動く船です。もっとも、ガレーという人力を使う船もありましたが…     前回、ジャンヌ・ダルクについてやりました。今回はその後起こった、大航海時代をやります。     ここはロマンあふれる世界でして、歴史は好きじゃないけど、ここは好きという人もいるそうです」 シャニ「大航海時代ねぇ。俺達は大後悔時代だよ」 ムルタ「はい。そんな日本語圏でしか通用しないギャグは禁止です。     さて。大航海時代とは、具体的にどこからどこまでということはできません。     なぜなら、船で移動というのは既にやっているからです。しかし、ある時、転機は訪れます。     それがあるいは大航海時代の発端だったんでしょうか…     技術の進歩により造船技術は巧みになり、強度が増しました。そしてついに。ヨーロッパの人間が     ケープタウンにまで着いたのです」 スティング「質問。ケープタウンのあたりの岬を、喜望峰と呼ぶのはなぜ?」 ムルタ「ああ。いい質問です。このケープタウン近くの岬を越えればアフリカ大陸の東をとおり、     イスラム圏を牽制したり、インド圏に商業しにいけたりと便利なことは分かっていましたが、     この岬。波は荒く、嵐が良く起こり、当時の帆船では非常に危険で、越えた者はいませんでした。     いえ。仮にいたとしても、かえってこれなかったのかも知れませんね。しかし、そこで2人の人物が登場します。     エンリケ航海王子と、バルトロメゥ・ディアスです。ディアスは王子の支援を受け、ついにケープタウンを越え、     それをポルトガルに報告したのです。するとどうでしょう。そのルートが行けると分かった今、     そこは船の墓場ではなく、喜びと希望が見える岬になったじゃないか!!ということですね。     そして、このディアスの発見により多くの人々が大洋へと帆をあげました。     この当時、東南アジアを香辛料諸島といい、ヨーロッパでは香辛料。特に胡椒ですか。を大金で交換してくれていました     しかし、それを売っていたのはイタリアの商人だけ。当然値段を吊り上げ、より利益を得ようとするのが     人間の卑しいところです。しかし、航海術の発達により、多量の香辛料がヨーロッパにもたらされるようになったのです」 ステラ「そんなに重要なことなの?」 ムルタ「ああ。ステラ君。ならば君は牛肉でいいから塩のみで焼いて食べて、おいしいと思いますか?」 ステラ「それなりにおいしいけど、もう少し味付けとか調理とか…」 ムルタ「そういうことです。もっとも、イスラム圏の牽制はスレイマン1世のカリスマ性により効果は薄くなりましたが。     さて。喜望峰を通ることによって、インドへの道が開けました。そこで、ヴァスコ・ダ・ガマがインドへと向かいました。     170人で行って、帰ってきたのは70人以下。それでも、費用の60倍を越える利益を得ました」 クロト「スゲー。でも、乗組員は使い捨てかよ」 ムルタ「そうですね。しかしこの当時の乗組員。特にディアスやガマのような冒険航海は乗組員に犯罪者が     使われることが多かったようです。     しかし、海の上というのは想像以上に厳しく、『沈みゆく船はまずは鼠から逃げる』という言葉もこのあたりから     来ているそうです。さて。ここにもう一人。重要な人物が登場します。その名をクリストファー・コロンブス」 アウル「卵」 ムルタ「ふむ。コロンブスの卵ですか。それは、『後では簡単に見えても、最初にやって見せるのは凄く困難』という故事です。     さて。このコロンブス。ヨーロッパ、ジブラルタル海峡からインドへ喜望峰を廻るルートより、このまま西へ進み、     インドへ直通で行けば近くなる。と考え、はじめはイタリアで支援を受けようとしましたが、拒否されました。     しかし、その後、ポルトガルのイサベル女王の支援を受けられ、インド。そして『東方見聞録』のジパングへと向かいました。     サンタ・マリア号という船で海の上を進み、ついに地面を見つけました。     彼はそこをインドだと信じ、終生、数度現在の北米大陸に行きましたが、原住民をインドの人だと思っていたため、     インディオ。と呼んでいました。ちなみに始めに着いた島を西インド諸島と行っていましたが、それは     現在のバハマ諸島です。そして始めについた島を、「サン=サルバドル(聖なる救済者)島」と名づけました」 シャニ「凄いけど、アメリカだったんだ。なんか抜けた気がするな」 ムルタ「アメリカとは、コロンブスの発見の後、アメリゴ・ヴェスプッチが探検し、新大陸であるということを     明らかにしたことより、彼の名をとったといわれています」 スティング「コロンブスねぇ。やってくれるよな。昔の帆船でよく海に出れる。海の男とはいったもんだ」 ムルタ「さて。実はそれをさかのぼること500年。当時ヴァイキング呼ばれる、ゲルマン民族が優れた航海術で     交易、戦争といったことで、勢力を広げていましたが、彼らの内、極一部はアメリカ大陸に既に着いていたといわれています」 オルガ「へー。大航海時代の500年前って、いくらそいつらが優れた技術保持者でも、相当無理だろ」 ムルタ「さて。話を戻しまして、その後。マゼランという人物を筆頭に出発した船団が、これまた偉いことをやらかします。     人類初の世界一周航海。コースはリスボンから、新大陸へ向かい、南アメリカ大陸の南端。そこを廻っていくんですが、     その後その南端の海は、マゼラン海峡と呼ばれるようになります。さて、マゼラン海峡を抜けたマゼラン一行は、     現在の太平洋へ進んでいきます。太平洋を横断し、インドネシアに着くんですが、フィリピンのラプラプ王との一騎打ちで、     やむなくマゼランは帰らぬ人となります。しかし、他の乗組員はその後航海を続け、喜望峰をとおり、リスボンへと帰還しました。     ちなみに、太平洋ですが、これはマゼランが、この海を通っているときに、一度も嵐に襲われたことがないとこから、     静かな海。太平な海。ということでマゼランが名づけました」 クロト「南太平洋、オーブはまったく太平じゃないな…」 オルガ「それ。俺達のせいだろ…」 シャニ「orz」 ムルタ「ま、まぁまぁ。私が一番悪いでしょうが…ええと、続けますか。     さて、コロンブスといい、マゼランといい。彼らはある考えに賛同し、それを実証したといえます」 ステラ「考え?」 ムルタ「地球球体説です」 アウル「地球って…丸いじゃん。何言ってんの?」 ムルタ「正確には多少楕円ですが…当時は紙の地図のような世界を想像していたわけですね。ヨーロッパ大陸から     西へ向かうと、この地図の端の様になっていて、そこから先は、下が見えないほどの滝になっていて、     生きては帰れないという想像の世界だったわけです。ちなみに、コロンブス以前の世界地図には、     アメリカ大陸はなく、ゆえにコロンブスは真っ直ぐ西へ向かい、着いたところをインドだと思ったわけです」 スティング「で?マゼランが横に1周したから、ああ、地球はつながっていたのか。って分かったわけだ」 ムルタ「そうです。そして、それからすぐに、「地動説」という説が、極わずかに出てきましたが…まぁ、時間もないので     このくらいで…問題です。次のうち、正しいのはどれ?」 『インドネシア諸島は当時なんと呼ばれたか?   1.香辛料諸島   2.太平諸島   3.マゼラン諸島   4.西インド諸島   5.ラプラプ島            』 オルガ「簡単だぜ」 クロト「OK。簡・単!!」 ムルタ「では答えを…まずはステラ君から」 ステラ「1.こうしんりょうしょとう」 ムルタ「ふむ。ではアウル君?」 アウル「ぷっ。ぷくく。5番の名前が…ぷくくくく…ああ。答えは1ですが…くくっ」 ムルタ「はい。笑わない。ではシャニ君」 シャニ「は?インドネシア諸島だろ?それ以外ないじゃん」 ムルタ「だから、当時なんと呼ばれていたかですよ?」 シャニ「じゃあ…インドネシア諸島」 ムルタ「…お前まじめに授業受ける気ないだろ」 グダグダになってきても続く…

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