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シリアス3


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戦場は拍子抜けするほど静かだった。

聞こえてくるのは味方の部隊が行軍する音と、遠くからぼんやりと響いてくる偵察用ヘリの飛行する音くらいである。他には、ステラの知らない言語で何やら話し合う声、かちかちと肩にかけたライフルを指で叩く音、そんなものである。

「何も居ねえじゃん。つまんねえ」

ぽつりと、独り言のように隣を歩いていたアウルが呟いた。
油断なく銃剣を構えているのだが、その顔にいつもの訓練時のような鋭さはない。

それはそうだろう、とステラは思った。彼女もまた、先程トラックで貰った45口径に定期的に触れることによって、どうにか緊張を維持しているという状態だった。

そうでもしないと、神経が歩き辛い地形を踏破するのに回されてしまいそうだったのだ。

「……というか、暑いな。たまんねえ」

一歩前を行くスティングがぼやく。
がっちり着込んだ軍服の合間に覗く、彼の首筋は汗に濡れて光っていた。

ステラも確かに暑いのだが、それ以上にたまらないのが湿気だ。
亜熱帯気候、というらしい。赤道連合についての事前知識はラボの研究員たちから暗誦できるくらいに教え込まれたが、実体験はまた別の話である。

加えて少し前に雨が降ったらしく、空は晴れているが足元はぬかるんでいて冷たい。
膝の辺りまである草を踏み分けて進む傍ら、靴の中が湿って心地が悪かった。

「おい、ちゃんと前見てろ。何が出てくるか分かんねえぞ」

ふと、背後から知らぬ間に俯きがちになっていたことを指摘される。
はっとして肩越しに振り返ると、両腕でサブマシンガンを構えた例の金髪の彼――オルガというらしい――が、1メートルほど距離をあけて殿に控えていた。

「ご、ごめんなさい」

ステラが謝ったのは、ほとんど反射のようなものだったが、そこで何故か傍らのアウルが不満そうに鼻を鳴らした。彼は大仰な動作で銃剣を構えなおすと、

「つっても、実際、何も出てこねえじゃん。ピリピリしっ放しは無理でしょ、センパイ」

センパイ、の部分を殊更強調する彼の口調は、ステラから見ても喧嘩を売っているとしか思えなかった。案の定、オルガの片眉がぴくりとはね上がる。

だが、そこへ前の方から反論が飛んできた。

「ばぁーか。何の為にそっちを警戒してると思ってんだよ」

顔を半分だけこちらに向けて、親指で右の方を示したのは、
先程クロトと名乗った赤毛の彼である。彼がそっち、といった方には、5メートル以遠が見通せない程度の森林が広がっている。

確かに、昼なお暗いその森からの奇襲を警戒して、ずっと隻眼のシャニが熱感知スコープ越しにそちらを哨戒しているのはステラも気付いていた。

「分かってるさ、それくらい。何せ相手はテロリストだからねえ」

むっとしたように――たぶん馬鹿と言われたのが気に食わなかったのだろう――アウルが言い返す。今日の彼はいやに攻撃的だ、とステラは思った。

「おい、止せ。何をそんなにイライラしてんだよ」
同じことをスティングも思ったのか、若干の戸惑いを含んだ声がアウルをいさめる。

それにアウルは鼻を鳴らすと、「別に」と呟いたきり黙り込んでしまった。
――かと思えば、不意に思い出したようにステラの二の腕を肘で小突いてくる。

「……なに?」
「お前もほいほい謝ってんじゃない。腰低すぎ。上官でもあるまいし」

不満そうに言う声は小さく、二人の間でしか聞こえない程度のものである。どうやら、彼はステラが非を認めたことがそもそも気に入らないらしかった。

しかしステラとしては、そんなこと言われても、と思うしかない。
曖昧に言葉を濁すと、アウルは愛想を突かしたようにそっぽを向いてしまった。

ステラには、アウルの気が立っている理由が分かっていた。彼には対抗意識がある。
彼が「母さん」と呼ぶ女性の為に、今回の任務には特に意気込んでいるのだ。それは事前に本人も言っていたことであるので間違いない。

だが、正直なところ、ステラには具体的にどう「母さん」たちの期待に応えれば良いのか分かっていなかった。優秀さを示せ、と言われても、彼女は普段の訓練と同じことをするしかない。それしか教わっていないのだから当然だ。

しかし、とスティングが暑さに耐えかねたように軍帽を脱いだ。

「それにしても、流石にもうそろそろ出くわす頃じゃねえか? こう静かだと不気味だぜ」

誰にともなく呟かれた科白に、後ろを行くオルガが考えるような声を漏らす。

「どうだろな。クロト、今どこらへんまで来てる?」

その声に応えて、クロトが腰ポケットに丸めて突っ込んでいた地図を引き抜いた。
ばさりと今時珍しい紙媒体が広がって、くすんだ茶色の地形が現れる。その上を滑らせるように指でなぞって、彼はそのまま斜め前方を指差した。

「あのでかい木を越えたら敵陣だね。そろそろ気を引き締めないとやばいぜ?」

科白の後半は恐らく、アウルへの皮肉だろう。反発してクロトに噛み付くアウルの姿をステラは予想したが、果たしてそれは半分だけ当たった。

ちっ、という彼の舌打ちを聞き取ったのは、恐らく彼女だけだっただろう。

「……ふん、分かったよ」

仏頂面で、髪を帽子にしまい直す彼の姿に、心なしか緊張した面持ちで成り行きを見守っていたスティングがふっと肩の力を抜いた。だが、すぐさま表情を硬くして小銃を抱えなおす。彼らに倣って、ステラは自分も45口径をホルスターから抜こうとし――

「……あれ?」

不意に違和感を覚えて足を止めた。

「どうした?」

前を歩くステラが立ち止まったので、
必然的に歩みを止めざるをえなくなったオルガが訊ねる。とはいえ足を止めたのはステラだけではなく、右隣を歩いていたシャニも同様である。

不可解さに眉を寄せながら、ステラは彼とオルガの顔を交互に見た。

「ねえ……どうして、こんなに静かなの?」

え、と意表をつかれたようにオルガが目を瞬く。背後の異変に気付いて、スティング達が揃って立ち止まる気配がした。「なに?」とアウルが彼らを代表する。

ステラは、胸の内に湧いた違和感をどうにか形にしようと試みたが、
しかしそれは他人によって果たされた。

「――銃声が聞こえない。先頭はとっくの昔にあそこを越えた筈なのに」

熱感知スコープを掌で押し上げ、隻眼を露にしながらそう言ったのは、シャニだった。

誰かが、ごくごく短く息を呑む気配がした。

一瞬で表情を険しくしたオルガが、愕然としたように口元を手で覆う。亜熱帯の暑熱で汗ばんだ額から、つうっと一筋、透明な汗が顎まで滑り落ちた。

「……そうだ。俺達は隊の殿に居る筈なんだ。先頭はどこまで行った? どれだけ隊列が伸びてる? どうして誰も襲ってこないんだ?」

スティングが、瞠目したまま早口で自問を繰り返す。顔から血の気が引きつつあった。

アウルとクロトは、一瞬、不可解そうな表情でお互い顔を見合わせ、

「――あ!」

と、お互いを指差して大きな声を上げた。

そこでようやくステラも気付いた。この戦場が静かなのは当たり前だ。
何のことはない、騒がしくしては意味がないから、敢えて静かにしていたのだ。

オルガが血相を変えて飛び出し、手で拡声器を作って絶叫する――

「おい戻れ! こいつは罠だ!」

次の瞬間、轟音と共に灰色の閃光が空を引き裂いた。
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