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シリアス10


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遠くで野犬の声がする。

おおん、とどこかで一匹が鳴くと、またおおん、とどこかで違うものが鳴く。
この応酬が、かれこれ一時間近く続いている。
何か密に連絡を取り合う必要があるのか、
しかしステラには彼らの意図までを量ることはできなかった。

(犬が一匹、犬が二匹、犬が……たくさん)

とりとめもなく、遠吠えの主を数えかけて、すぐに数え切れないことに気付く。
もう何度目かになる、思考の停滞に再び没入しつつ、ステラは膝を抱えなおした。

彼女がその身を押し込めているのは、大の男が3人がかりで手を伸ばして、ようやく
周りが囲えるかという巨木のウロである。

シャニは居ない。先刻――数分前かも知れないし、数時間前かも知れない。暗すぎて
時間の感覚が覚束ない――偵察に出て行ったきり、彼はまだ戻ってこない。

とりたてて銃声や、人が騒ぐような音は聞こえないから、無事でいることは分かる。
分かるのだが、他に考えることがない上に、彼女は少し悲観的なたちである。

崖から落ちたかも知れない、声を出せないうちに殺されたかも知れない、ステラのことを
見捨てて行ってしまったかも知れない――などといった不吉な想像を巡らせるうち、
彼女は不毛さのあまり思考を停止することにした。

(……もう少ししたら帰ってくる。まだ、もう少し)

とりわけ最後の可能性は、様々な感情を喚起して彼女の喉を詰まらせた。

置いていかれることは悲しい。敵地にいる不安や、脱出の可能性の高い低いではなく、
あの少し丸まった背中に置いていかれることが悲しかった。

早く、早くと、口の中で小さくステラが呟いた時、
不意に近くで草を踏む音がした。前触れもなく、唐突に。

それが足音を殺すことを止めた待ち人の到来であることを悟り、
ステラは思わずウロから頭を出した。

「――お前、意外と耳いいんだ」

待ち人ことシャニは少し驚いたふうに、紫の隻眼を瞬いていた。

笑いもしない彼の姿に、自分はきっと顔を輝かせているに違いないとステラは思った。

「おかえり、おかえりなさい」
「ただいま。……ああ、いいよ出てこなくて」

言いながらステラを手で制し、シャニはのっそりと巨木に近寄ってくる。

出て行った時と変わらない挙動。怪我もしていないようだ、と彼女が安堵していると、
ふと彼はウロに手をかけた体勢で動きを止めた。

「なに?」

不思議に思って見上げるステラに、シャニは意味ありげに笑んでみせた。

その途端、ばらばらと、何か丸いものが沢山ウロの中に落ちてくる。

「土産だよ。食っていいぜ」

うわ、と咄嗟に身を引いた彼女に、シャニがそんなことを言った。
みやげ、の意味が理解できないまま、
反射的に手を伸ばしてステラはその丸い物体を掴み上げた。

「おみやげ……果物?」

見上げると、シャニはウロに入ってくるところだった。
そうして、ステラの向かいに腰を下ろす。

「その辺で取ってきた。蛇ぶちのめして踊り食いするよりマシだろ?」

塩もねえし、火はおこせないし、と果物の一つを手に取る彼に、ステラは首を傾げた。

「蛇、食べるの?」
「食べるよ。食べないの?」

むしろどうして食べないのだ、とでも言いたそうな様子の彼は、服の袖で果実を数回
磨くと、おもむろにそれをステラに投げてよこした。

慌ててそれを受け取ると、彼女は難しい顔をつくってその実を凝視した。

「……食べたことない」

ふうん、とシャニが気の抜けた相槌を打つ。

「不味いよ。ものすごく」
「そうなの?」
「うん」

無表情に首肯して、自らの分と思しき細長い果実を手に取る彼を、
ステラはぼんやりと眺めた。
最初の無口さが嘘のように、彼は多弁だった。

どんな心境の変化だろうと思いつつ、気を取り直して手の中の果実を一かじりする。
意外に柔らかい果肉がはじけて、口の中に甘い汁が広がった。

「……甘い。おいしい」
「そりゃ、良かったね」

そのシャニの声音の苦々しさに、ステラは疑問符を浮かべて顔を上げた。
シャニは口をもぐもぐと動かしながら、苦りきった視線で例の果実をねめつけていた。

「不味いの?」

口にものを入れたままステラは訊ねた。

「味がしない。砂食ってるみたい」
「……ステラの、あげる?」
「……要らない」

嘆息と共に呟いて、シャニは脇へその果実を放り捨てた。

同時に、口の中のものが嚥下される。ごくりと上下する喉仏――これがスティングに
あって、アウルにないことを指摘すると彼は怒る――をステラは見ていた。

そうして彼は足元から新たに楕円形の果物を取り上げると、かぶりついた。

「……おいしい?」

シャニはしばらく果肉を噛み砕いてから、ぼそりと答えた。

「まあまあ」

そうして、残りの半分を一気に口の中に放り込んでしまう。
膨らんだ彼の頬に、ステラは実験用に白衣の一人が飼っていたラットを連想した。

だが口に出してネズミ扱いする訳にもいかないので、とりあえず彼女は
手の中の果実を片付けることに専念した。

「ああ、そういえばさ」

シャニが不明瞭な発音で話し出す。

「一通りまわったけど、目ぼしいものは何もなかったよ」

ステラは果肉を呑み込んでから、首をかしげた。

「目ぼしいもの?」
「敵の本陣とか、本拠地っぽいとことか。流石に暗すぎて分かんなかった」

そんな遠くまで行かなかったけど、とくぐもり声でシャニ。
ステラは最後の一片を口に入れると、少し目を伏せて考え込んだ。

敵との遭遇が多いことから、敵本陣の近傍に居るのではないかと言い出したのは彼だ。
それゆえ、現在位置が分からないならせめて敵との相対位置を、と偵察に出たのだが、
確かにこの暗さでは専用装備がないと厳しいだろう。

「月も隠れたし。しばらくここで動かない方がいい」

そんなことを言うシャニの声に、再び顔を上げた瞬間、
ステラは新たな果実を手に取った彼の姿を目にして声を上げた。

「――あ、待って」

かじりつこうと口を開けた状態で、シャニが動きを止める。

「なに? 欲しいの?」
「違うよ。それ、食べられない。ええと……」

ステラはそこで言葉を切ると、ウロの底に転がったいくつかの果実に目を走らせた。
それから、シャニの手にした物とよく似た一つを取り上げ、差し出す。

「こっちなら大丈夫。よく似てるけど、そっちは甘くないの」

シャニは目を丸くして、まじまじとステラと果実を見ていたが、
やがて果実を受け取った。持っていた物と比較するようにじっと見つめる。

「お前、分かるの?」
「うん。ゆりかごでね、覚えてきたの」
「ゆりかご?」

シャニが素っ頓狂な声を上げる。彼は首をひねって考えるような仕草をしたが、
ややあって足元からもう一つ、果実を取り上げた。

「じゃあこれは? 食える?」
「それは平気。でも、食べ過ぎると消化に悪い」

すると、シャニはその隻眼で真っ直ぐにステラの目を見つめてきた。
ステラは不思議に思って瞬きする。どこか探るような目つきだ、と思った。

「……ねえ、じゃあお前、他にどんなこと覚えてんの?」

ひとしきりそうやって沈黙してから、唐突にシャニは言った。

「他? ……他って?」
「地形とか、その辺の木の名前とか。ゆりかご? で、覚えてきたこと何でも」

ステラは胸の前で手を組んで、俯いた。何でも、と口の中で復唱してみる。
そうして少し記憶を探ってから、ステラは首を横に振った。

「ううん、今度のは、食べ物のことだけ。本当はコンディション・プレーンで
出したいけど、変なもの食べたらいけないからって」

これは白衣の一人の言葉を繰り返しているだけで、ステラもその意図を正しく理解して
いる訳ではないのだが、シャニは何か思うところがあるのか難しい顔をしていた。

やがて、彼は思い出したように果実をほおばった。

「……コンディション・プレーンねえ」

噛みながら喋るのは具合が悪いだろうとステラは思ったが、シャニはそのまま続けた。

「なあ、もしかして、戦ってて気持ち悪くなったらゆりかごに行く?」
「気持ち悪くなる?」
「ていうか、戦ってて気持ち悪くなった時のこと、覚えてる?」

シャニの質問は、内容ではなく単に言葉を変えただけのようで、ステラを戸惑わせた。

夕方に襲われた時も――思えばあれ以降だ、彼の口数が増えたのは――言われたが、
どうも彼の中では戦いとは気持ち悪くなるものであるらしい。

しかし、ステラにはよく分からなかった。

「――分からない。ステラ、覚えてない」

首を振って否定する。シャニは、

「……そっか」

と短く呟くと、それきり果実を咀嚼する作業に戻った。

訳が分からないのは、問われたままのステラだ。

(……なに? ゆりかごが、どうしたの?)

胸に疑問符を浮かべる。察することができれば良いのだが、生憎とステラは元より
他人の考えを汲み取るということは不得手である。

「ねえ……」

躊躇いがちに声をかける。シャニは目だけでこちらを向いた。

「ステラ、何かいけなかった? 戦うと、気持ち悪くなるものなの?」

するとシャニは一瞬、怒っているような、呆れているような、いわく言い難い表情をした。
だがすぐまた無表情に戻って、ふいと隻眼を閉じると顔を俯ける。

そうすると、本格的に彼の表情は読めなくなった。

「さあ。人によるんじゃねえ」

低音で吐き出されたシャニの声は、溜め息に近い。
何か彼の機嫌を損ねるようなことをしただろうかと、ステラは少し不安を覚えた。

「戦うとき、気持ち悪くならないといけないの?」
「そうじゃないと思うけど。お前だってならないんだろ。
感じないものを感じろって言ったって、しょうがねえじゃん」
「……シャニは?」

そこでようやくシャニは顔を上げた。

紫色の隻眼と目が合った瞬間、何故か不意に、ある種の息苦しさがステラを襲った。
それほど、不自然に彼の瞳は冷めていた。

「俺は――気持ち悪いっていうか、怖かった、と思う」

だが彼の言葉はそれ以上の衝撃をもって、ステラに驚愕を与えた。

「怖かった?」

おうむ返しに問い返す。事態がよく呑み込めない。
しかし、シャニは大したことではないように、あっさりと頷いてみせた。

「うん。刺したり、撃ったりする時とか、敵が死ぬ前にこっち向いて、
恨めしそうにこっち見てるのと目が合った時とか、不気味でさ」

ふと、暮れ時の戦闘で、胸を刺し貫いた男の顔がステラの脳裏をよぎった。

充血した双眸と、泥のように倒れた姿を思い出す。
その間にも、シャニは言葉を続けている。

「倒れた相手が、冷たくなって背中に乗ってる気がして、気持ち悪かった。
でも、“気付いたら何も感じなくなって”て、平気になったかな」

記憶を手繰るように、ウロの天井を見上げる彼の話は、
ステラに他人事を更に人づてで聞いているような希薄感を覚えさせた。

「……平気? 今も?」
「うん。今はもう何もないよ」

頷く、シャニ。彼はふとステラを一瞥すると身を乗り出し、

「もうずうっと昔の話」

と言って、ぐい、と指の背でステラの頬を押し込んだ。

結構な力で押しているのか、少し痛みを感じる。更には、そのままごしごしと
顔をこすり始めるので、流石にステラは顔をしかめた。

「何してるの」

咄嗟に相手の手首を掴んで、その暴挙を押し留める。
しかしシャニは特に悪びれる様子もなく、こんなことを言ってきた。

「だって、なんか泣いてるから」
「え?」

反射的に手を触れた先に、確かに水の感触があって、ステラは自分で驚いた。
本当にとめどなく溢れてくるので、拭った先から頬が濡れていく。

何故、とステラは半ば呆気に取られた。

「……あれ?」

唖然とする。その間に、シャニは掴まれていない方の手で――若干、
力加減を緩めて――再びステラの頬をこすり始めた。

ステラはただ、不可解だった。

理由も分からないまま、何故か涙は流れ続けた。
シャニはじっと黙ったまま、指の背でステラの涙を拭い続けた。
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