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シリアス12


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「訳分かんねえ」

クロトがぼそりと呟いた。その彼に押し付けられた大砲を担いで、
アウルは横合いから相手を覗き込んだ。

「何だって?」
「馬鹿が無線を切り忘れて転んだんだって。まあとにかく無事らしいよ」

そう言いつつクロトは無線を切る。

ふうん、と適当に相槌を打ち、アウルは前に居る二人組に視線を戻した。
背の高い方が大西洋で、低い方が赤道連合の兵隊である。

ふと、背の高い方が振り返ってきた。

「どうだ」
「一応、問題なさそうです。何かあるようなら、また何か言われるでしょ」

淡々とクロトが答える。大西洋の表情は目深にかぶった帽に隠れてうかがえない。
彼は一言「そうか」と頷くと、軽く手を振って再出発を促した。

アウルはしんがりからそれに続く。

「もう少しで道が二手に分かれます。まずないとは思いますが、外れると
発電所の正面に出るルートになるので注意してください」

先頭を行く赤道連合が、流暢な共通語で言った。訛はアウルをして一切感じさせない。
恐らくワシントンのバー辺りに混じっていても気付かれないだろう。

(どっちも普通の軍人じゃないよなあ。何でこんなのばっか出てくんのかね)

およそただの偵察――アウル達にこの砲を渡した男は威力偵察のつもりだろうが――に
借り出される人材ではない。あのリーという男にしてもだ。

「……なあなあ」

小声でアウルはクロトに声をかけた。クロトが顔半分だけ振り返る。

「なに?」

彼の声は音になっていない。読唇しろと言いたいらしい。

「あいつらさ、どの筋の人間だと思う? やっぱブルーコスモスかな」
「じゃねえの。『陰謀』ってやつだね」

ふざけたような物言いとは裏腹に、クロトは少しも楽しそうでない。
だがアウルがそのまま黙ってしまうと流石に気になったのか、問い返してきた。

「……にしても、なに? いきなり」

アウルは砲を担ぎ直しながら肩をすくめた。

「別に。ただどこにでもブルーコスモスは居るんだと思ってさ」
「はあ。まあ今の盟主が国家権力とがっちり癒着しちゃってるし。ロゴスとしてだけど」

クロトがそんなふうに返してくる。アウルは写真でしか見たことのない、
服装センスの悪い白人男性を思い浮かべた。

「ムルタ・アズラエル?」
「そう、それ。いけ好かない奴だけど頭だけは死ぬほど切れる。
逆らわない方が身の為だろうね」

音もなく吐き捨てるクロトは、そこで少し不機嫌になったようだった。
その、話題の男と顔見知りであるような物言いに、アウルは首をひねった。

「あれ、知ってんの?」
「2、3回だけ会わされたことがあってね。話したことないけど。
……まあ、結局、あの白衣とかの無茶が通るのも大抵はあいつの力だから。
あんまりありがたい男じゃないことは確か。痛い目みるのは僕らだし」

と、クロトは小さく嘆息した。気付けばいつの間にか彼はアウルの真横まで
下がってきており、こちらに歩調を合わせていた。

「ふうん……」

ぼそりと小さく声に出し、アウルはふと手にした無反動砲に目を落とした。

馬鹿のように図体だけ膨れた大砲だ。

(……でも、分かんないんだよね)

あの白衣の男の、白いシルエットを思い出しながらアウルは考えた。
彼らはやたらとこの種の「実験」をしたがるが、それでどんな結果が出したいのかと。

そういう意味ではあの白衣は単なる趣味人だ。やりたいからやる。
それがあの男の真相だろうが、金を出しているムルタ・アズラエルはそうではなかろう。

(あんまり考えたこともなかったけど……)

自問する。自分たち強化人間を、彼らはどこへもって行きたいのか。

つまるところ自分が「どうあるべき」と期待されているのか、ということだ。

「――結構切実じゃね? そういうの」
「はい?」

知らず声に出していたアウルに、クロトが頓狂な声を上げた。

あ、しまった、とアウルはばつの悪い気分になる。彼は少しだけ考えてから、

「あー、その。顔色うかがい続けるのも面倒だなって話」

と誤魔化した。

クロトは怪訝そうに顔を歪めていたが、
しばらくすると「しょうがねえだろ」と言って肩をすくめた。
恐らく、話の流れから、ムルタ・アズラエルのことだと思ったのだろう。

別に間違いではないが、特に訂正する気にもなれなくてアウルが黙っていると、
クロトはまた口だけぱくぱくと動かし始めた。

「まあ、このご時世じゃ、一日3食メシにありつけるだけでも恵まれて――ん?」

かと思えば、唐突に彼は動きを止めた。
その視線が固定されている方に目を向けると、大西洋がこちらへ戻ってくるのが見えた。

「ブエル一等兵」

大西洋はクロトを呼ぶと、自分の耳につけた無線機を指差した。

「本部がさっきから君に呼びかけているようだが、応答がないと言っている。
無線が壊れたなら私のを貸すが?」

声が単調な所為で分かりにくいが、台詞の後半は「ちゃんと聞いていろ」という
意味の皮肉だろうとアウルは思った。クロトが決まり悪そうな顔をする。

「……壊れてません。申し訳ありません。
――本部、こちらイエロー2。聞こえてる。どうぞ」

すると、待ち構えていたかのように、アウルの無線がじじ、と音をたてた。

『もう少し早く気付いて欲しかったぞ。まあ、私は構わんが』

続いて飛び出したのが予想外の声だったので、アウルは咄嗟に耳を押さえて目を丸くした。
彼はリーが喋り出すものと思っていたのだが、声の主は例の白衣だったのである。

嫌悪のようなものにクロトの顔が歪んでいくのを、アウルは見た。

「……そこで何してんの、あんた」

ここへきて、彼の機嫌は一気にどん底へ落ち込んだようだった。そんな声色である。

『聞いての通り無線を使わせてもらっているのさ、イエロー2。
アウ――いや、イエロー1も聞こえているな?』

だが白衣は意に介した様子もなく、それどころか妙に楽しそうでさえあった。

いささかげんなりしてアウルは答えた。

「聞こえてるけど……なあ、大尉は?」

本来、今白衣が居るところには、リーの姿がなければならない筈である。だが、

『彼なら別件で少し席を外された。こんな時でもないと私は入れてもらえんからな』

白衣は事もなげに言い放った。

思わずぽかんと呆気に取られて、アウルはクロトと顔を見合わせた。
少しばかり荒らげた声で無線先を問いただす。

「は!? ちょっと待った、じゃあアンタ勝手に忍び込んでる訳?」
『そうだな。そういうことになる』

アウルは絶句した。前々から頭のおかしい男だとは思っていたが、
まさかこうも常識がないとは。いやこれは分かっていてやっているのかも知れないが。

「……銃殺くらいは覚悟しときなよ。で、なに?」

長い嘆息の後に、クロトがぞんざいに白衣に訊ねる。
すると、マイクの側で白衣が少し笑ったのが分かった。

『いや、作戦内容を聞いてみたら、どうも話が違うようなのでな』

これでは重い物を持たせた意味がない、と独り言のように吐き出される白衣の言葉。

(……相っ変わらず話だけ長いやつ……)

嫌いな人間の話を聞くことは苦痛だ。辟易しながらそう思う。

アウルはいつもの無駄口だと思って聞き流していたが、
次の瞬間その油断は粉々に吹き飛ばされた。

『お前たち、目標地点に着いて、敵が居るようなら建物に突入して制圧しろ』

目の前でクロトの表情が凍りつく。

アウルも口元が引きつるのを感じた。白衣の声は自分たちにしか聞こえていないのか、
揃って顔色を変えたこちらに大西洋と赤道連合が怪訝そうな顔をする。

(――や、待て、落ち着け僕。こいつが馬鹿なのは分かってただろ?)

衝動的に怒鳴り出しそうになる唇を噛んで、アウルは深呼吸を一つした。
そうして、唸るように低音を出す。

「たった4人で拠点制圧? 真面目に仕事してろよ、てめえ」

口調がいささか乱暴になるが、白衣は特に気に留めなかったようだった。

『私は至って大真面目だ。心配いらん、お前たちは優秀だ。何とでもなる』
「……ええと」

流石についていけず、アウルは目眩のようなものを覚えて眉間を押さえた。

白衣の言っていることは、無茶苦茶である。そもそも人員が足りないし、
敵の数も分からない。発電所の構造はテロリストの増改築で変わっている可能性があり、
古い図面はあてにならない。加えて、制圧用の装備も持っていないのだ。

断言してもいい、不可能である。

「ちょっと、ねえ……どうする、これ」

マイクを口から離して、アウルはクロトに助けを求めた。
クロトは唇を固く結んで黙っていたが、やがて無線に向かって反論を始めた。

「一応、訊くけどさあ。一度始まった作戦を、途中で勝手に変更する権限が
アンタにあんの? 大尉の許可は? 今の指揮官はあの人だろ」
『彼か。彼なら問題ない』
「問題ない?」

妙に自信たっぷりに断言する白衣に、クロトが目を丸くした。

作戦変更と聞いて目の色を変えた大西洋が、説明しろとばかりにアウルの肩を
小突いてきたが、とりあえず手で制しておく。

ああ、と白衣が頷いた、ような気がした。

『彼のことなら“気にしなくていい”。
プライバシーに関わるから詳しくは言わんが、あの男はどうせ私には――』

そこまで白衣が言った時、不意に無線の奥で、ガタン、と大きな音がした。

続いて大勢がざわめく気配。だが、それも水を打ったようにすぐかき消える。
一瞬、アウルは驚いて息を止めていた。

『そこで何をしておられるのですか』

マイクが抑揚のない声を拾う。リーだった。

ふ、とかすかに白衣が笑う声を無線が伝えた。

『見ての通り、彼らに指示を出していました』
『馬鹿にしないでいただきましょう か』

リーの言葉には、爆発寸前の怒りの空気が漂っていた。次いで、がたがたと、
何かを蹴り飛ばすような足音がマイクに近付いてくる。

『……そんなに怖い顔をしないで下さい。誰も逃げはしませんよ』
『当たり前です。――おい、何故ここへ入れた。誰も通すなと言っておいただろう』
『そ、それが――は、理事の――』
『入れないと……だと――が――すると仰って……』

大勢の声が、小さなスピーカーから漏れ出して錯綜する。聞き分けることが困難になり、
アウルは顔をしかめた。神経を耳に集中する。

ややあって慌しいのがおさまると、今度は無線がリーの声を吐き出した。

『……私だ。さっきの「指示」とやらを復唱してもらえるか』
「え、ああ……はい」

いささか気後れしながら、アウルは言われた通りに白衣の言ったことをリーに伝えた。

すると案の定リーは言葉を失ったようで、暫し沈黙が落ちる。
だが彼は思ったより早くその状態を脱すると、軽蔑したような声を白衣にぶつけた。

『何を考えておられるのです。何も分からぬなら何も言わぬがよろしい』
『心外ですな。私ほど彼らのことを知る者はおりませんよ』

対する白衣は飄々と、どこか的外れた感のある反論をする。

『彼らなら可能です。そういうふうに作りましたから』
『可能不可能の問題ではありません』
『可能ならした方が良いではないですか。……ああ、勿論、
貴方がたを巻き込むつもりはありませんよ。制圧は奴らだけにやらせますから』

うげ、とアウルは舌を出した。最早ほとんど罰ゲームの域である。
ただし、ゲームの種類は弾が全て詰まったロシアンルーレットであるのだが。

ふと、誰かが――恐らくリーが――呆れたような溜め息を吐いた。

『だから何です。なおさら彼らが危険でしょう』
『……ふむ。どうやら、話が噛み合っていないようですな』
『は?』

意表をつかれたらしく、リーがそんな声をあげる。
そうですねえ、と白衣がどこか楽しそうに言い淀む。適切な言い方を探すように。

少しだけ、嫌な予感をアウルは覚えた。自分に対することではない。
ただ経験上、白衣が次に言うであろう言葉は、リーの逆鱗に触れる気がしたのだ。

『彼らは強化兵ですよ、大尉。一体何を躊躇なさっておられるのですか』

無線機の向こうで、軽いどよめきが起こった。下衆野郎め、と
アウルは胸中で舌打ちする。あの男のいつもの言い分だが、良い気分はしない。

『……兵士は消耗品ではありません、人間です』

リーの反論からは、感情らしい感情が読み取れない。
だが、白衣は薄く笑って、こんなふうに言葉を替えた。

『ではこうしましょう。あれらは生体兵器ですよ、大尉』

無線機のスピーカーを、「がしゃん」と何か派手に物が落ちる音が割った。

鼓膜に痛みが走り、反射的にアウルは無線を耳からむしり取りかけた。

『大尉!』

誰かの叫び声。そこへ更に、何か物が倒れるような音が続く。

(え、ちょっと……なに? 何が起こったの?)

アウルは思わずクロトと顔を見合わせた。状況がのみ込めない。
ふと、取り残されていた大西洋が、痺れを切らしたようにこちらの肩を掴んでくる。

「おい、結局どうしたんだ。作戦は変更されるのか?」
「知らないよ! 聞こえないからちょっと黙っててくれよ」

その手を振り払ってアウルは語気を荒くした。スピーカーを耳に押し当てる。
騒音に混じって、不明瞭なリーの声が聞こえてくる。

『毎度、強化兵だの、兵器だのと――世迷言を! 今は私の部下で、
私が責任を負うべき者です。どうして、そんな無用の危険を強いることができましょうか。
いい加減にしないと、ここままここから出て行っていただきますぞ!』

軽い驚きを覚えて、アウルは動きを止めた。

無線の繋がる先は、それきり急に静かになる。アウルは耳をそばだてた。

『……ふふ、ふ――』

白衣が笑う。何かに喉が圧迫されている時の発音だ。

『さて、貴方にそれが、出来ますかね?』

背筋に冷たいものが走るのをアウルは感じた。

何か、とにかく良くない類の感情に、それまで単調だった白衣の声が粘つく。
無線越しに聞いているだけのアウルでさえそう感じる、ひどく嫌らしい言い方だった。

『なにを……!』

リーは声がほとんど殺気立っており、尋常ではないものを感じさせる。
数キロ彼方の緊張が、電磁波を伝わってアウルの動悸まで速めるようだった。

白衣がねっとりと口を開く――

『貴方に、私は裁けない。“上”は、貴方より、私の方を重視している』

――複数の人間が息を呑んだのが分かった。

(……え?)

咄嗟にアウルはクロトの方をうかがった。
クロトはただ無表情に目を伏せているだけだった。

『何が言いたいのです』

何かを押し殺したような口調でリーが問う。対する白衣は笑っていた。
彼の声からは、既に圧迫の気配が取れていた。

『おや。貴方ならお分かりかと思っていましたが。
……それとも今度は大尉ではなく、下士官にでも降格してみますか?』

指先から血の気が引くような錯覚をアウルは覚えた。
白衣の言葉から、大したことが分かった訳ではない。詳しい事情は全く知れない。

ただその陰気な声音が、何より雄弁に発言の趣旨を伝えていた。

何故なら、その声は、アウル達に「ゆりかご」での生命維持を盾に
無理難題を押し付ける時のそれと、まるきり同じトーンをしていたからである。

(……何だよ。あんたも脅されてたって訳?)

失望とも落胆ともつかぬ感情にアウルが硬直していたのは、実際1秒にも満たなかった。

『貴――様ぁああ!』

若い男の怒号がした。再び盛大な物音と共に、無線の向こうが騒ぎ出す。
ガラスらしきものが砕け、硬いものが落下するような音がスピーカーを震わせる。

『止せ、ハミルトン! 落ち着け!』

女の悲鳴まで聞こえてくる中、リーが鋭く制止を叫ぶ。

ハミルトンと呼ばれた男の反応は、悲鳴を通り越して、ほとんど絶叫だった。

『放してください大尉! こいつがッ、俺たちは、こんな奴らが居るから……!』

語尾は無線のノイズに呑み込まれ、アウルには聞こえない。
ただ何となく想像はついた。

白衣が、首でも絞められていたのか、咳き込みながらぼそぼそと喋り出す。

『……ジョン・ハミルトン少尉……』

聞き取り辛い発声とは裏腹に、そこには妙な自信が――何か、圧倒的優位な立場に
あるという確信のようなものが――滲んでいた。

そこでアウルも確信した。この男は、リーたちを「見下して」いる。

『こんな方をご存知ですか。
クリス・ジョーンズ、当時23歳。大西洋連邦軍、元南米方面軍所属。
68年9月、現地武装勢力との戦闘中に戦域離脱、
敵前逃亡のうえ大洋州連合に亡命を求めるも、難民申請は却下。
12月には本国に強制送還され、脱走兵として軍法会議で死刑判決を受けるも、
刑の執行前に行方不明――現在も消息は知れず』

履歴書をそのまま読み上げるように、一息でそこまで言った白衣は、
そこでいったん言葉を切った。そして更に、こんなことをぽつりと付け加える。

『ふむ。少尉、貴方はこのジョーンズ氏によく似ていらっしゃいますね』

ひっ、と細い悲鳴が上がった。

『……何がしたいのです。こんなことをして、何になるというのですか』

感情を慎重に隠すようにして、リーが白衣を問いただす。
白衣は楽しげに答えた。

『実験ですよ。始めからそういう話だったでしょう』

ふっ、とアウルの視界が一瞬揺らいだ。目眩がしたのだ。
胃から額まで一気に熱いものがこみ上げ、頭に血がのぼるのを自覚する。

(――待てよ、コラ)

握り締めた拳が震える。それに気付いたのか、クロトが少し眉を寄せたのが見えた。

『――大西洋連邦もお終いだな。貴様のような輩が、我が祖国を腐らせた!』

唾棄するように言い捨てるリーは悔しげだった。
後悔を感じている声だった。己の無力を噛み締めている声だった。

だが対する白衣の男は、そんなリーを明らかにあざ笑っていた。

『腐るのを容認したのは貴方がたです。
ならば最早そこに順応して行くしかない。……そうでしょう?』

その瞬間、アウルは、ある種の「メーター」の針が振り切れるのを感じた。

どくんと大きく心臓が脈打ち、顔面の毛細血管が一瞬で膨張する。そうして喉の奥から
せり出してくる、先程からずっと感じているこれは猛烈な――

「いい――ッ加減にしやがれ!!」

怒りだった。

突然叫び出した――傍目にはそう見える――アウルに、大西洋と赤道連合が
ぎょっとした様子で目を丸くする。構わずアウルは怒鳴り散らした。

「もういい! 僕らが行きゃいいんだろ、それでてめえは満足なんだろ!
分かったから今すぐ大尉の言う通りそっから出てけ!!」

ノンブレスで一気に言い放ち、そこで大きく息をつく。

気付けば本部は静まり返っていた。ぽかんと口を開けて、呆然としたように
固まっていたクロトが、我に返ったのか溜め息をつく。

呆れたのだろう。そんな仕草だった。

『……おお。聞こえていたのか、イエロー1』

若干の驚きと共に、白衣が冗談めかしてそんなことを言う。

「丸聞こえだったね。性能の良い耳に“作ってくれて”ありがとよ!」

言いながら、恐らくこの皮肉は相手を喜ばせるだけだろう、とアウルは思った。
案の定、ほう、と白衣が漏らした声は弾んでいた。

『それは素晴らしい。精神操作(エクステンディング)でも知覚精度の向上があるのか。
ラボに戻ったら詳しく調べて――』
「うっさい黙れ! 長話はもう聞き飽きたってんだよ!」

強引に言葉を叩きつけて、アウルは相手の言葉を打ち切った。
これ以上話に付き合っていると、本気で彼を殺しに行きたくなりそうだったからだ。

存外素直に黙った白衣に向けて、興奮気味にアウルは続けた。

「いいさ……やってやるよ。敵の制圧だって? 上等じゃんか」
「お、おい……」

事態についていけない様子の大西洋が、焦って声をかけてくる。
アウルはそちらを一瞥してから、無線に更に問いかけた。

「で、他に何か条件は? 注文があるなら早く言えよ」
『いや、いや……』

何がおかしいのか、白衣はしきりにくつくつと忍び笑いを漏らしていた。

『さっきのが聞こえていたなら、私からは特に言うことはない。
……大尉、大尉からは何かありますかな?』

芝居がかった調子で、白衣がリーに話を振る。
クソ野郎、とアウルは口の中で呟いた。

ややあって、リーがマイクに近寄ったのが分かった。

『ニーダ、無茶をするな。冷静になれ』
「――」

アウルは反射的に言い返しかけて、
しかしこの通信は本部の全員に聞こえている筈だと思い至り、口を閉ざした。

代わりに少し考えて、こんな言葉を返してみる。

「……大丈夫、今はちょっとあれだけど、すぐ落ち着くって。
なあ、やらせてよ大尉。そういうことするように出来てるみたいだからさ」

そんなつもりはなかったのだが、どこか自虐的な言い方になってしまったことを、
アウルは少しだけ後悔した。哀れまれたくはなかったのだ。

リーはかなり長い間黙していたが、やがて一言、分かった、とだけ呟いた。

アウルはほっと息をつくと、「じゃあ通信終わり」と言って無線を切った。

そして、その場には沈黙だけが残る。

「ばぁーか」

気の抜けた調子で、クロトがごく簡潔な罵りを口にした。

「いきなりそれかよ」

アウルはむっとして彼を睨んだが、相手は軽く肩をすくめただけだった。

気に食わない態度だったが、暴走した自覚がある手前、アウルも強くは出られない。
だが、クロトはそれきり何も言わず、そのまま大西洋たちの方へ体ごと振り返った。

「あー、あんたらは気にしなくていいよ。あんたらの仕事に変更はないから。
まあ事情はさっぱり分かんないと思うけど、追求しない方が安全だろうね」

軍人二人は不思議そうにしていたが、クロトが安全と言ったあたりで少し顔色を変えた。
そのまま二人で顔を見合わせ、二人揃って首肯してみせる。

クロトはそれに頷き返すと、さっと腕を振って「行け」と彼らを促した。

再び最後尾から、無言でアウルはそれに続いた。

暫く黙々と歩き続けていると、不意にくるりとクロトが振り返った。

「……ったく、無茶なことにしてくれたね」

後ろ向きに進み続けながら、ごく小さく呟いた彼の顔には、皮肉っぽい笑みがあった。
てっきり彼が怒るものと思っていたアウルは、少し面食らって首を傾げた。

「あー……悪かったよ。でも、だってあれ、むかつくじゃん」
「まあね。それは認める」

クズだゴミだと思ってたけどまさかあんなにクソだったとはね、と早口で言い切ると、
クロトは「やれやれ」というふうに頭を振った。

アウルはまじまじと彼の顔を見つめた。

「……? 怒ってるんじゃなかったの?」
「別にぃ」

クロトはあっさりと否定する。先程まで暗い顔をしていたのが嘘のように、
彼は妙に上機嫌だった。そのまま愉快げにこんなことを言う。

「あの白衣にあれ以上変な注文つけられずに済んだんだから、上出来じゃねえの?
どうせお前が言わなきゃ、そのうち僕がキレてただろうしね」

アウルは思わず目を丸くした。

「え……何それ、お前も同罪じゃんかよ!」

そんなふうに不満を叫ぶが、クロトは飄々と顔を背けてしまった。
そして勝ち誇ったように唇を吊り上げると、

「ばぁーか。僕のは未遂、お前のは事後。こういうのは貧乏くじって言うんだよ」

と、駄目押しをした。アウルはがっくりと肩を落として、深い溜め息をついた。

「……ちょっともう、僕この後ぜったいブロックワードの刑なんですけど……」

ブロックワード、の意味はクロトには分からない筈だったが、
何となくニュアンスが伝わったのだろう。彼は軽く肩をすくめてみせた。

「そりゃご愁傷様。ま、何かヘマした訳じゃねえし、堂々としてれば?」
「は! 人事だと思ってさあ。たまったもんじゃねえんだか――ら?」

言葉尻を疑問系に吊り上げて、咄嗟にアウルは動きを止めた。

ん、とずっと後ろ向きに歩き続けていたのをやめて、クロトが怪訝な顔をする。
アウルは彼の背後を指差して、ぽつりと呟いた。

「……何あれ?」

そこでは、先頭を歩いていた筈の軍人二人が、全速力で駆け戻ってくる姿があった。

ああ、いつの間にか二人に離されていたのだな、とアウルが思ったのも束の間――

「ブエル! ニーダ! 変更もクソもない、作戦失敗だ!」

やけくそのように大西洋が叫んだ瞬間、
轟音と共に眼前の林を鋼鉄の巨人――モビルスーツ――が割って現れるのを目撃し、
アウルはクロトと揃って意味のない叫び声をあげた。
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