友情と言う名の担保

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

すがすがしい月曜の朝からくだらん事を書くことにお許しを。

 最近僕の好きな考えがあります。「主観1割客観9割」という考え方です。

 前に3人の友人にお金を貸しすべて踏み倒されています。(別にご飯が食べられないほど困ってはいません)もちろん友情の借金ですから、金利なし、借用書なしです。
 返さなかった友人にかなり腹を立てたのを、今でも思い出すのですが、最近になって「僕が悪いことをしたな」と思うようになりました。

 友人が僕にお金を借りに来るのは、主観的な考えである「友情という名の担保」です。
 担保は約束が実行されなければ流れます。当然このケースでは友情が壊れる、ということになります。

 例えば僕と池田さんが銀行に同じ事業計画票を持って融資を申し込みます。
 銀行から「池田さんは誠実そうだから融資しますが、あなたはシャツが気に食わないので融資しません」
 などと言われれば僕はショックを受けるどころか、かなり激しい怒りになります。
 当然銀行はそんなことは言いません。「池田さんは預金100万円の担保があるので貸しますが、あなたは預金5万円の担保しかないので貸しません」と言われれば納得します。
 「では100万円ためれば貸すのですね」「もちろんです」となるでしょう。
 これが「客観」です。銀行は人を見て貸すなど絶対しません。人柄で即決は、「闇金の常套句」です。
 (まあ銀行も気に食わないことがたくさんありますが)

 僕がほかの友人にそのことを話したために、友人の間では誰からも信用されず、飲み会なども一切参加できなくなりました。今考えると本当に申し訳なかったと思っています。

 友情の担保は絶対にしてはいけないと思っています。僕が商売などで困っても友人からは借りません。
 その前に公的金融公庫に行きます。そこで借りられなければ「今の僕のやり方はだめなんだ」と客観的に判断して早いうちにお店を辞めます。

 友人がご飯も食べられないような状態なら助けるべきですが、お金を貸すのはよくないと思っています。
 かなり勉強になったことです。



|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|



- 人目のお客様
- 人目の本日のお客様


更新履歴

取得中です。

Google
Webhelp.atwiki.jp