UWF 船木誠勝

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

31日の大晦日「K-1ダイナマイト」にて船木誠勝が
7年ぶりの復活を果たします。

今から18年前に僕の青春「UWF」が誕生します。

新日本プロレスのアンチテーゼとして生まれた
この団体は、従来のプロレスと違い、キック
サブミッション(関節技)を中心としたスタイルです。

テレビ局のつかない団体は無理という、プロレスの
常識を覆し、旗揚げ戦はチケット15分で完売という
記録まで作ります。

どこの大会場でも超満員札止めの記録を作り
社会現象にもなったほどです。

その中心にいたのが、「前田明」「高田延彦」「船木誠勝」の
3人でした。

個性の強い選手の集団の為「前田RINGS」「高田UWFインター」
「船木パンクラス」と分派していきます。

それから一年後、プロレス界に大激震が走ります。

パンクラスの最強外人のケンシャムロンクが
アメリカのUFC(何でもありの大会)であっさりと
負けてしまいます。

ホイスグレイシーという無名のブラジル人でした。

グレイシー柔術というのが初めて日本に届いた瞬間でした。

しかし、ホイスのこの一言で事態は変わります。
「私が負けたとき?兄のヒクソンが敵をとってくれるでしょう。
 兄は私より10倍強いですから」

UWF系のこの3団体はヒクソングレイシーに
狙いを定めます。

高田率いるUWFインターのNO,2である安生洋二が
ヒクソンに道場破りを仕掛けますが、110発殴られた挙句
の失神KOたる散々な結果に終わります。

この決着が高田VSヒクソンにつながります。

これが「プライド」という団体の始まりです。
このプライドにて高田は2度敗北します。

船木率いる「パンクラス」は打倒グレイシーを掲げます。

「パンクラスの向かう道にヒクソンがいるならば
 俺が戦わなくてはならない。このままではUWFが
 グレイシーに負けたことになる」

両者は今から7年前についに激突しました。

船木がチョークスリーパーによる失神KO負けでした。
(ちなみにこの試合のリングサイド6列目までの
 チケット代は18万円という破格でした)

「えー皆さん15年間ありがとうございました」
敗れた後すぐにマイクを持ち引退宣言をしてから
東京ドームを去ります。

それから7年たちます。こう言い放ちました。

「引退してから見えないものが見えた。もう一人の
 自分が見えた。どこまで出来るか分からない。
 もう一回だけリングに立つ」

大晦日、桜庭和志との一戦を迎えます。

勝つことは難しいでしょうが、何かを見せてくれると
思っています。

|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|



- 人目のお客様
- 人目の本日のお客様


更新履歴

取得中です。

Google
Webhelp.atwiki.jp