前田日明


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昨日の「HIROS」金子賢の挑戦を楽しみに見ていましたが、結果は予想通りの完敗でした。
 まあ相手は所英男、完敗は仕方ありません。

この所選手は前田日明の直弟子です。
 「本当にやるんなら芸能界を引退してから来い」
 「二度と俳優に戻れないようにボコボコにしろ」
 「俺が現役だったら半殺しにしている」
 「記者会見で俺に挨拶が無い」
久々に前田節が炸裂していました。今でこそ前田はHIROSのスーパーバイザーですが元は格闘家です。
 むしろ今のプライドやK-1の礎を築いた人です。
プライドで大活躍中のヒョ-ドルやノゲイラは、前田の率いるリングスで活躍していた選手です。   
 また今のK-1グランプリ(世界各国で予選を行い日本で決勝を行う世界ネットワークシステム)を最初に行ったのも前田のリングスでした。
 そこでこの前田日明と言う人物の事を書かせて頂きます。
前田は元々は空手家の出身で、初代タイガーマスクである佐山サトルからスカウトを受け、新日本プロレスに入団します。
 持ち前のガッツと190センチの体格であるにもかかわらず、スピードある動きであっという間に若手のエースに上り詰めます。
 前田の転機が訪れたのは5年目くらいの事からでした。アントニオ猪木がブラジルでのアントンハイセル(ブラジルでのコーヒーなどの事業)が大失敗に終わり選手からクーデターを起こされ、社長解任動機が持ち上がってたころです。
 猪木はフジテレビをバックにし、前田を新団体のエースにしようとしていました。これが後の旧UWFと言う団体です。
 前田を先に旧UWFに行かし、後で猪木も向かうと言うシナリオでしたが、これにあわてたテレビ朝日が猪木が社長降板なら放映しないと言う事で、結局猪木は社長にとどまりました。
 猪木が来ないので、フジテレビの放映は流れ、わずか3ヶ月で興業打ち切りとなりました。裏切られた前田はこのときから猪木に対し不信感を募らせていました。
 しかし前田はこのときからファイトスタイルが変わってきました。新日本プロレススタイルの組んでからロープに振るプロレスから、キック、関節といった格闘技スタイルに変身して行きます。
 それから新日本プロレスにUターンするのですが、ファイトスタイルが全くかみ合わず特に外国人選手から反感を買っていました。しかし人気は急上昇して行きました。
 全く妥協しない前田に対し、新日本プロレスはアンドレザ・ジャイアントにシュートマッチをしかけ前田を潰しにかかりましたが、逆にキックの妄執を浴び、アンドレは戦意喪失となり無効試合になってしまいました。当初テレビ放映の予定でしたが、中止になったマニアの中では有名な話です。
 結局前田は新日本プロレスを飛び出し、またもUWFを起こしますが、選手の中にスタイルの違う人がたくさんいたため、中途半端な印象が残りまたも崩壊します。
 そこで再び新日本プロレスに行き、長州力顔面襲撃事件が起こりました。タッグマッチでカットに入った前田が、無防備の長州の顔面を蹴り解雇処分となります。
 前田は新日本プロレスに絶対媚びない姿勢から(今後ファイトスタイルを変えれば解雇はしないと言われた)またもUWFを再開します。高田延彦、HIROSの解説にも来ていた船木誠勝などファイトスタイルが同じ選手での旗揚げです。
 ここで新生UWFは初めて花開きました。旗揚げの後楽園ホールはチケットが15分で完売しました。
 大会場でもすべて満員御礼の状態で、初めてテレビの付かない団体での成功でした。
 ちょっとした社会現象にもなったほどです。
一回では書ききれません。また来週。
 なんですってもういらん、そんな事言わないでくださいね。
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