「シロがいないゾ」(2012/08/14 (火) 18:44:10) の最新版変更点
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*シロがいないゾ ◆TPKO6O3QOM
埼玉県春日部市。とある日曜日の、とある一角にある、とある一軒家で――
「しんちゃーん。シロにごはんあげてきてー」
「ええー!? もう、まったく人任せにして~。ちゃんと自分で面倒見るっていったくせに、結局オラが世話することになるんだゾ」
「それはこっちの台詞じゃ~~~~~」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり…………
「はぁぁうぅぅ~……」
…………………………
「シロー、ごはん持ってきたぞー。まったくー、おまえがごはん食べに来ないから朝からオラが怒られ……あれ?」
しんのすけの目の前にはからっぽの犬小屋があった。
「かーちゃーん。シロ、いなーい」
「はぁ? そんなはずない――って、あらほんとね」
「これは家出ですなー。やっすいドッグフードから高級チョコビに変えろという、シロからの身体を張ったメッセージ……」
「んなわけあるか! 大体ママはしんのすけと違ってちゃんとシロのこと考えて日々世話しています」
「セール品なのに?」
「う……それは家計のためよ。シロにも協力してもらってるの!」
「またひろしに内緒で無駄なダイエット食品を大量に注文したくせに?」
「…………。ぱ、パパがシロのこと知ってるか聞いてこようっと」
みさえの足音が遠ざかっていく。
「ふ、逃げたな。ひまはシロ見なかった?」
「たぁー?」
「あかンぼに聞いたオラがバカだったゾ……。シロー?」
庭を歩き回るしんのすけの耳に、みさえとひろしの会話が入ってくる。
「あなたー、シロ見なかったー?」
「いや、見てないぜ。いないのか?」
「そうなのよ。迷い犬の貼紙作ろうかしら」
「腹が減ればそのうち帰ってくるよ」
「でも、前に誘拐されそうになったことあったじゃない? 逃げ出したにしては、紐だけ残してるのは変だし」
「んなもん、そう度々あってたまるかよ。なんなら、しんのすけ連れて公園とか見てくるか?」
「ふー……やれやれ。こんなに心配かけて、シロはわるい子ですなあ……今出てくれば許してあげるゾー」
しんのすけは家の縁の下を覗き込んだ。
「いがぐり頭君。そんなところを覗きこんでも、シロくんはいないんじゃないかな?」
突然、見知らぬ声が背中にかかる。振り向くと、細面の青年が小指をおっ立てて佇んでいた。
「おにーさん誰?」
「ミーは人倫の伝道師ウシワカ。物の怪を斬り続ける、孤独でミステリアスな男さ」
その男、さらさらの金髪に烏を模した面を被り、桃色の狩衣を纏いし――
「おにーさん、足短いね」
「…………。ふふ。そんなことでミーの魅力はこれっぽっちも失われたりはしないよ。ソーリィ。子供のユーが分かるにはまだ早すぎる大人の色気だったね」
「竹馬みたいな靴はいて必死ですな」
「…………」
ウシワカと名乗る青年は沈黙した。
「しんのすけー、シロ探しに行くぞー」
「しんちゃーん、誰と話し――あなた誰!?」
「……丁度良かった。いがぐりボーイ相手じゃ埒が開かなくてね。ミーは人倫の伝道師ウシワ――」
「あなたー! あなたー! やたら足の短い変質者が庭にー!」
「なにぃ!? ――みじかっ!」
「………………」
「短いと大変だよねー」
「たぁいたぁい、へっ」
「…………ゆ、ユーたちはシロ君のことを知りたくないのかい?」
ぷるぷると腕を震わせながらウシワカが叫ぶ。
「お?」
「あなた、知ってるの!?」
「なるほど。おまえが犯人なんだな!? よし待ってろ。今警察呼んでやる」
「待ちたまえ。ミーもまた、ユーたちと同じ被害者の一人さ。大切なものを奪われた、ね」
「あなたもって、そんなに犬が誘拐されているの?」
「ああ、そうさ。あらゆる“世界”で、ね」
「世界中で!? ニュースでもやってねえぞ」
「ノンノン。この世界ではシロ君だけさ。“異世界”、“パラレルワールド”、“平行世界”……言い方は様々だけど、君たちの生きる“地球”とはまた別の時空にある世界で多くの動物たちが攫われているんだ。その中には世界の有様や歴史に関わるような、特別な役割を担った存在が含まれている。
ミーはね、ユーたちを見込んで一緒に来てもらいた――」
「……やっぱり警察呼ぶか?」
「救急車じゃない? ねえ、あなた保険証持ってる?」
「…………。やっぱり信じてもらえないかな? 不思議な体験を数多くしてきたユーたち――野原ファミリィなら分かってもらえると思ったんだけど」
「そりゃ無暗矢鱈としてきたが……って、なんで知ってるんだよ! その話が本当だとしても、てめーが怪しすぎるだろ!」
「そうよ! 第一SFは嫌いなのよ!」
ずっと黙っていたしんのすけが顔を上げた。
「オラ、おにーさんのことを信じる。シロのこと知ってるんなら、なんでも信じる。シロはどこ? 知ってるんでしょ!?」
「しんのすけ……」
「しんちゃん……」
「ねえ、シロはまたひどい目にあってるの? いたい思いしてるの?」
「それについては……後で話すよ。いがぐり頭君。まずは、一緒に来てほしいんだ……時間の最果てにね」
ウシワカは杖状の機械と無線機のようなものを取り出した。
「時間の果てって言われても……明日会社あるし」
「ノープロブレムさ。事が済めば、すぐにここへ帰ってこられるよ」
「オラ、行く! シロを連れ戻すまで絶対帰らないゾ。シロは家族だもん!」
「……なら、私も行くわ。息子を一人で行かせられるもんですか」
「たーいたい!」
「おい、みさえ。ひまわりまで……。ああ、ちくしょう。いいよ、行ってやるよ。コンチクショー! 野原一家、ファイヤー!」
『ファイヤー!!!』
「やっぱり、ユーたちも見込んだ通りだよ。それじゃ、時の果てへ――ヒアウィーゴー!」
青白い光が、ウシワカと野原一家を包んでいった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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一家を覆っていた青みがかった闇の波間が段々と薄れて行く。それと同時に、複数の声が囁きのように聞こえてくる。
「――ところで、エルルゥさんたちも穿いてないんで――」
「こ、バカやめろ!」
「は、はいて――?」
「な、なんでもねーっすよ。なんでも。アハハハハー」
「……帰ってきたか」
次第にそれは耳を澄まさずとも聞きとれるようになった。
「なによ、ここ……」
「ほっほーい。秘密基地みたいだゾー」
「たぁい、たう、ほー」
辿り着いたのは柵に囲まれた空間だった。中央に街路灯が一本だけ立ち、辺りをその温かい明りで仄かに照らしている。それ以外は、一寸先も見えないような闇だ。
虚空に、この一角だけが浮島の如く存在しているのだ。
そこには先客がいた。服装から見るに、二つのグループであるらしい。
一つは仮面をつけた男と、それに寄り添う二人の少女。姉妹と思われる二人の耳は獣毛に覆われ、尻尾まで生えている。三人とも、アイヌのような意匠の着物を身に付けている。
もう一つは制服姿の八人の少年少女たちだ。
「ソーリィ。待たせてしまったね」
「その四人で最後なのか?」
「ミーの担当はね。実はまだあったんだけど、呼べる状況じゃなかったよ」
そんな会話を無視して、しんのすけは女子高生の一団に突撃する。
「へいへーい。尻尾のおねいさんに、赤毛のおねいさーん。オラ野原しんのすけ五歳。お名前は? 納豆にはネギ入れるタイプー?」
「我が息子ながら切り替え早ーな」
「………………」
「……へっ」
ひろしは呆れたように呟き、みさえは頭を抱え、ひまわりは毒づく。当の少女たちは困惑した表情を浮かべている。
「え、エルルゥですけど……な、なっとう?」
「……私は桐条美鶴だ。ところで、君も大切なものを奪われたんじゃないのか?」
「はっ。シロのことコッテリ忘れてた」
「それー、うっかり」
それでもしんのすけは二人の間に座りこむ。
「これでコロちゃんのこと、教えてもらえるんですよね?」
思いつめたように喋った青髪の少女を、茶髪の少女が押しとどめた。
「ちょっと待ってよ! 風花はあいつのこと信用するの!? 彼に押し切られる形でこんなとこまでついて来ちゃったけど、なんにも分からないんだよ!」
「確かに信用できる要素はありません。ですが、コロマルさんの手掛かりがまったくないのも確かです」
「だからって……こんなスカした短足野郎を――!」
「どうでもいい。大切なのは、僕たちの仲間が何者かに奪われたってことだよ」
食い下がる少女を遮ったのは、物静かな外見の少年だ。その声は決して大きくないのだが、とてもよく通った。それに銀髪の少年が同意する。
「ああ、こいつの言う通りだ。仲間を失う痛みは、もうたくさんだろう」
「ゆーかりっち。あいつを信用してないのはオレっちも一緒だぜ。でもさ、仲間がいるじゃねーか。今、少し減っちまってるけど。なんかありゃあ、ぶちのめしゃいいんだよ。な、アイちゃん?」
「避けるべき事態ですが、必要ならば容赦はしません」
帽子の少年と金髪の美少女が物騒な言葉を重ねる。
「そういうことだな、ゆかり。ただし、我々には悠長にしていられる時間がそれほど残されていないのも確かだ。せめて、事態の説明をして欲しい。これ以上延ばすようなら……処刑だな」
「……ユーたちが予定された世界の終焉に立ち向かっていることは分かっているよ。その日が間近に迫っていることもね」
「他人事だと思って!」
「他人事なんかじゃないさ。一つの世界の滅びは、その世界で終息するほど小さなものじゃない。ある世界の愚行は、他の世界へ確実に影響を与えていく。将棋倒しのようにね。そして――それはリセットなんて出来はしない」
切なげにウシワカが首を振った。
「なんというか、私たちの所は平和でよかった」
「それは度重なる危機をユーたち一家が救ってきたからだ。偶然にもね。それは本当に幸運なことなんだよ。羨望を覚えてしまうぐらいにね」
「頻繁に滅びかける世界ってのは絶対幸せじゃねーだろ」
半眼でぼやいたひろしを他所に、仮面の男がウシワカに尋ねた。
「言い方からすると、あんたの世界も滅びかけているのか?」
「……そうさ。それもミーは滅びの引金を引いてしまった男だよ。ユーと同じようにね」
「……確かにヤマユラは戦になっているが、だいぶ大袈裟な言い方だな」
「今のユーにはそうだろうね」
「それはどういう――?」
訝しげに首を捻った仮面の男に、ウシワカは意味深な笑みを返した。
「いずれ分かるよ。さて、説明に移ろうか。予め断って置くけど、ミーもすべてを知っているわけじゃない。ミーの知識と、他の者から得た情報の全てを話すつもりではいるけどね」
「全てを話してくれているって証拠は?」
「ないよ。だから、ユーたちに信じてもらうしかない。そして、ミーには信じてもらうことしかできない」
「………………」
ひろしとみさえを含めた大部分の面々が不満げな表情を浮かべた。しんのすけは口をとがらせる。
「おにーさんたちの言っていることが何にも分からないゾ。けっきょく、シロはどうなってるの?」
「アルルゥも、ムックルのこと、知りたい」
「そうだね。まずそこから話そうか。簡潔に言おう。攫われた動物たちは殺し合いをさせられている……らしい」
『殺し合い!?』
複数の声が重なった。
「そんなに驚くことじゃないだろう? ユーたちの世界にも闘犬や闘牛があるじゃないか。さらに遡れば、人間同士でもね。競馬も似たようなものさ」
「だからって――」
「だけど、これはその数段悪趣味なものだよ。怖気が奔るぐらいに忌まわしい」
「シロ、死んじゃうの!?」
「コロちゃんは!?」
「ムックルは、ムックルは生きているんですか?」
矢継ぎ早にかかる疑問に、ウシワカは静かに首を振った。
「悪いけど、それはミーにも分からないんだ」
「だから何だ! 殺し合いって分かっているならのんびりなんてしてられねえだろ! 早くシロを助けに行けないのか!?」
「野原さんの言う通りだ。待たされた間にコロマルが死んでみろ。貴様のことを許さんぞ!」
ひろしと銀髪の少年が怒鳴る。それに対し、ウシワカは肩をすくめただけだ。
「助けられるならミー独りでとっくに行ってるさ。まだ、何も手立てが見つかっていない。闇雲に突っ込んでも、返り討ちに遭うのがオチだよ」
「………………」
「……順平さんのいつものパターンですね」
「そうですね」
「く……順平と同じ行動を……」
「なんで!? 口挟んでないのに流れ弾で致命傷なんですけど!?」
「おとーさん……」
和服を着た少女が、仮面の男の袖を心配そうに引っ張った。仮面の男は、手を少女の頭に優しく乗せる。大丈夫とでも言うように。
ただし、視線は鋭くウシワカに向けられていた。
「それで、今助けにも行けないのなら、あんたが私達に話す情報とは一体なんだ?」
「ことの発端だよ。語るには長い物語さ。今のミーたちにはお誂え向きのね」
ウシワカはぽつりぽつりと、長い物語を語り始める――。
*シロがいないゾ ◆TPKO6O3QOM
埼玉県春日部市。とある日曜日の、とある一角にある、とある一軒家で――
「しんちゃーん。シロにごはんあげてきてー」
「ええー!? もう、まったく人任せにして~。ちゃんと自分で面倒見るっていったくせに、結局オラが世話することになるんだゾ」
「それはこっちの台詞じゃ~~~~~」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり…………
「はぁぁうぅぅ~……」
…………………………
「シロー、ごはん持ってきたぞー。まったくー、おまえがごはん食べに来ないから朝からオラが怒られ……あれ?」
しんのすけの目の前にはからっぽの犬小屋があった。
「かーちゃーん。シロ、いなーい」
「はぁ? そんなはずない――って、あらほんとね」
「これは家出ですなー。やっすいドッグフードから高級チョコビに変えろという、シロからの身体を張ったメッセージ……」
「んなわけあるか! 大体ママはしんのすけと違ってちゃんとシロのこと考えて日々世話しています」
「セール品なのに?」
「う……それは家計のためよ。シロにも協力してもらってるの!」
「またひろしに内緒で無駄なダイエット食品を大量に注文したくせに?」
「…………。ぱ、パパがシロのこと知ってるか聞いてこようっと」
みさえの足音が遠ざかっていく。
「ふ、逃げたな。ひまはシロ見なかった?」
「たぁー?」
「あかンぼに聞いたオラがバカだったゾ……。シロー?」
庭を歩き回るしんのすけの耳に、みさえとひろしの会話が入ってくる。
「あなたー、シロ見なかったー?」
「いや、見てないぜ。いないのか?」
「そうなのよ。迷い犬の貼紙作ろうかしら」
「腹が減ればそのうち帰ってくるよ」
「でも、前に誘拐されそうになったことあったじゃない? 逃げ出したにしては、紐だけ残してるのは変だし」
「んなもん、そう度々あってたまるかよ。なんなら、しんのすけ連れて公園とか見てくるか?」
「ふー……やれやれ。こんなに心配かけて、シロはわるい子ですなあ……今出てくれば許してあげるゾー」
しんのすけは家の縁の下を覗き込んだ。
「いがぐり頭君。そんなところを覗きこんでも、シロくんはいないんじゃないかな?」
突然、見知らぬ声が背中にかかる。振り向くと、細面の青年が小指をおっ立てて佇んでいた。
「おにーさん誰?」
「ミーは人倫の伝道師ウシワカ。物の怪を斬り続ける、孤独でミステリアスな男さ」
その男、さらさらの金髪に烏を模した面を被り、桃色の狩衣を纏いし――
「おにーさん、足短いね」
「…………。ふふ。そんなことでミーの魅力はこれっぽっちも失われたりはしないよ。ソーリィ。子供のユーが分かるにはまだ早すぎる大人の色気だったね」
「竹馬みたいな靴はいて必死ですな」
「…………」
ウシワカと名乗る青年は沈黙した。
「しんのすけー、シロ探しに行くぞー」
「しんちゃーん、誰と話し――あなた誰!?」
「……丁度良かった。いがぐりボーイ相手じゃ埒が開かなくてね。ミーは人倫の伝道師ウシワ――」
「あなたー! あなたー! やたら足の短い変質者が庭にー!」
「なにぃ!? ――みじかっ!」
「………………」
「短いと大変だよねー」
「たぁいたぁい、へっ」
「…………ゆ、ユーたちはシロ君のことを知りたくないのかい?」
ぷるぷると腕を震わせながらウシワカが叫ぶ。
「お?」
「あなた、知ってるの!?」
「なるほど。おまえが犯人なんだな!? よし待ってろ。今警察呼んでやる」
「待ちたまえ。ミーもまた、ユーたちと同じ被害者の一人さ。大切なものを奪われた、ね」
「あなたもって、そんなに犬が誘拐されているの?」
「ああ、そうさ。あらゆる“世界”で、ね」
「世界中で!? ニュースでもやってねえぞ」
「ノンノン。この世界ではシロ君だけさ。“異世界”、“パラレルワールド”、“平行世界”……言い方は様々だけど、君たちの生きる“地球”とはまた別の時空にある世界で多くの動物たちが攫われているんだ。その中には世界の有様や歴史に関わるような、特別な役割を担った存在が含まれている。
ミーはね、ユーたちを見込んで一緒に来てもらいた――」
「……やっぱり警察呼ぶか?」
「救急車じゃない? ねえ、あなた保険証持ってる?」
「…………。やっぱり信じてもらえないかな? 不思議な体験を数多くしてきたユーたち――野原ファミリィなら分かってもらえると思ったんだけど」
「そりゃ無暗矢鱈としてきたが……って、なんで知ってるんだよ! その話が本当だとしても、てめーが怪しすぎるだろ!」
「そうよ! 第一SFは嫌いなのよ!」
ずっと黙っていたしんのすけが顔を上げた。
「オラ、おにーさんのことを信じる。シロのこと知ってるんなら、なんでも信じる。シロはどこ? 知ってるんでしょ!?」
「しんのすけ……」
「しんちゃん……」
「ねえ、シロはまたひどい目にあってるの? いたい思いしてるの?」
「それについては……後で話すよ。いがぐり頭君。まずは、一緒に来てほしいんだ……時間の最果てにね」
ウシワカは杖状の機械と無線機のようなものを取り出した。
「時間の果てって言われても……明日会社あるし」
「ノープロブレムさ。事が済めば、すぐにここへ帰ってこられるよ」
「オラ、行く! シロを連れ戻すまで絶対帰らないゾ。シロは家族だもん!」
「……なら、私も行くわ。息子を一人で行かせられるもんですか」
「たーいたい!」
「おい、みさえ。ひまわりまで……。ああ、ちくしょう。いいよ、行ってやるよ。コンチクショー! 野原一家、ファイヤー!」
『ファイヤー!!!』
「やっぱり、ユーたちも見込んだ通りだよ。それじゃ、時の果てへ――ヒアウィーゴー!」
青白い光が、ウシワカと野原一家を包んでいった。
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一家を覆っていた青みがかった闇の波間が段々と薄れて行く。それと同時に、複数の声が囁きのように聞こえてくる。
「――ところで、エルルゥさんたちも穿いてないんで――」
「こ、バカやめろ!」
「は、はいて――?」
「な、なんでもねーっすよ。なんでも。アハハハハー」
「……帰ってきたか」
次第にそれは耳を澄まさずとも聞きとれるようになった。
「なによ、ここ……」
「ほっほーい。秘密基地みたいだゾー」
「たぁい、たう、ほー」
辿り着いたのは柵に囲まれた空間だった。中央に街路灯が一本だけ立ち、辺りをその温かい明りで仄かに照らしている。それ以外は、一寸先も見えないような闇だ。
虚空に、この一角だけが浮島の如く存在しているのだ。
そこには先客がいた。服装から見るに、二つのグループであるらしい。
一つは仮面をつけた男と、それに寄り添う二人の少女。姉妹と思われる二人の耳は獣毛に覆われ、尻尾まで生えている。三人とも、アイヌのような意匠の着物を身に付けている。
もう一つは制服姿の八人の少年少女たちだ。
「ソーリィ。待たせてしまったね」
「その四人で最後なのか?」
「ミーの担当はね。実はまだあったんだけど、呼べる状況じゃなかったよ」
そんな会話を無視して、しんのすけは女子高生の一団に突撃する。
「へいへーい。尻尾のおねいさんに、赤毛のおねいさーん。オラ野原しんのすけ五歳。お名前は? 納豆にはネギ入れるタイプー?」
「我が息子ながら切り替え早ーな」
「………………」
「……へっ」
ひろしは呆れたように呟き、みさえは頭を抱え、ひまわりは毒づく。当の少女たちは困惑した表情を浮かべている。
「え、エルルゥですけど……な、なっとう?」
「……私は桐条美鶴だ。ところで、君も大切なものを奪われたんじゃないのか?」
「はっ。シロのことコッテリ忘れてた」
「それー、うっかり」
それでもしんのすけは二人の間に座りこむ。
「これでコロちゃんのこと、教えてもらえるんですよね?」
思いつめたように喋った青髪の少女を、茶髪の少女が押しとどめた。
「ちょっと待ってよ! 風花はあいつのこと信用するの!? 彼に押し切られる形でこんなとこまでついて来ちゃったけど、なんにも分からないんだよ!」
「確かに信用できる要素はありません。ですが、コロマルさんの手掛かりがまったくないのも確かです」
「だからって……こんなスカした短足野郎を――!」
「どうでもいい。大切なのは、僕たちの仲間が何者かに奪われたってことだよ」
食い下がる少女を遮ったのは、物静かな外見の少年だ。その声は決して大きくないのだが、とてもよく通った。それに銀髪の少年が同意する。
「ああ、こいつの言う通りだ。仲間を失う痛みは、もうたくさんだろう」
「ゆーかりっち。あいつを信用してないのはオレっちも一緒だぜ。でもさ、仲間がいるじゃねーか。今、少し減っちまってるけど。なんかありゃあ、ぶちのめしゃいいんだよ。な、アイちゃん?」
「避けるべき事態ですが、必要ならば容赦はしません」
帽子の少年と金髪の美少女が物騒な言葉を重ねる。
「そういうことだな、ゆかり。ただし、我々には悠長にしていられる時間がそれほど残されていないのも確かだ。せめて、事態の説明をして欲しい。これ以上延ばすようなら……処刑だな」
「……ユーたちが予定された世界の終焉に立ち向かっていることは分かっているよ。その日が間近に迫っていることもね」
「他人事だと思って!」
「他人事なんかじゃないさ。一つの世界の滅びは、その世界で終息するほど小さなものじゃない。ある世界の愚行は、他の世界へ確実に影響を与えていく。将棋倒しのようにね。そして――それはリセットなんて出来はしない」
切なげにウシワカが首を振った。
「なんというか、私たちの所は平和でよかった」
「それは度重なる危機をユーたち一家が救ってきたからだ。偶然にもね。それは本当に幸運なことなんだよ。羨望を覚えてしまうぐらいにね」
「頻繁に滅びかける世界ってのは絶対幸せじゃねーだろ」
半眼でぼやいたひろしを他所に、仮面の男がウシワカに尋ねた。
「言い方からすると、あんたの世界も滅びかけているのか?」
「……そうさ。それもミーは滅びの引金を引いてしまった男だよ。ユーと同じようにね」
「……確かにヤマユラは戦になっているが、だいぶ大袈裟な言い方だな」
「今のユーにはそうだろうね」
「それはどういう――?」
訝しげに首を捻った仮面の男に、ウシワカは意味深な笑みを返した。
「いずれ分かるよ。さて、説明に移ろうか。予め断って置くけど、ミーもすべてを知っているわけじゃない。ミーの知識と、他の者から得た情報の全てを話すつもりではいるけどね」
「全てを話してくれているって証拠は?」
「ないよ。だから、ユーたちに信じてもらうしかない。そして、ミーには信じてもらうことしかできない」
「………………」
ひろしとみさえを含めた大部分の面々が不満げな表情を浮かべた。しんのすけは口をとがらせる。
「おにーさんたちの言っていることが何にも分からないゾ。けっきょく、シロはどうなってるの?」
「アルルゥも、ムックルのこと、知りたい」
「そうだね。まずそこから話そうか。簡潔に言おう。攫われた動物たちは殺し合いをさせられている……らしい」
『殺し合い!?』
複数の声が重なった。
「そんなに驚くことじゃないだろう? ユーたちの世界にも闘犬や闘牛があるじゃないか。さらに遡れば、人間同士でもね。競馬も似たようなものさ」
「だからって――」
「だけど、これはその数段悪趣味なものだよ。怖気が奔るぐらいに忌まわしい」
「シロ、死んじゃうの!?」
「コロちゃんは!?」
「ムックルは、ムックルは生きているんですか?」
矢継ぎ早にかかる疑問に、ウシワカは静かに首を振った。
「悪いけど、それはミーにも分からないんだ」
「だから何だ! 殺し合いって分かっているならのんびりなんてしてられねえだろ! 早くシロを助けに行けないのか!?」
「野原さんの言う通りだ。待たされた間にコロマルが死んでみろ。貴様のことを許さんぞ!」
ひろしと銀髪の少年が怒鳴る。それに対し、ウシワカは肩をすくめただけだ。
「助けられるならミー独りでとっくに行ってるさ。まだ、何も手立てが見つかっていない。闇雲に突っ込んでも、返り討ちに遭うのがオチだよ」
「………………」
「……順平さんのいつものパターンですね」
「そうですね」
「く……順平と同じ行動を……」
「なんで!? 口挟んでないのに流れ弾で致命傷なんですけど!?」
「おとーさん……」
和服を着た少女が、仮面の男の袖を心配そうに引っ張った。仮面の男は、手を少女の頭に優しく乗せる。大丈夫とでも言うように。
ただし、視線は鋭くウシワカに向けられていた。
「それで、今助けにも行けないのなら、あんたが私達に話す情報とは一体なんだ?」
「ことの発端だよ。語るには長い物語さ。今のミーたちにはお誂え向きのね」
ウシワカはぽつりぽつりと、長い物語を語り始める――。
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