083.二つの夜
星の全く無い空。簡単な偽装を被って、地面に彼女は寝そべっていた。
脇には、寝るのに邪魔になるから外したウサ耳を詰めた鞄が転がっている。
ぴょこん、と白い綿毛を覗かせているそれは、この場所に酷く不似合いに
思えた。
思えた。
「誰にも出会わなかったか…」
それは幸運か、それとも単にやる気になっている人間が少ないためか。
まぁ、どちらにしても大差は無いのだが。本番は、これからだろう。
前者だとすれば、自分の幸運に感謝すれば良いだけだし、
後者にしても、人が死ぬペースが落ちれば必然的に、あのいけ好かない女が
何かを仕向けるだろう。
何かを仕向けるだろう。
焦る必用は無い。ゆっくりと殺ればいい。
のそり、と体を起こす。いくら偽装を施してあるとはいえ、見破る人間が
居ない訳ではない。
居ない訳ではない。
頼りすぎるのは禁物であった。周囲を警戒したまま眠らねばなるまい。
♀アサシンは、偽装を被ったまま、手近な木にもたれ掛かる。
重要なのは、むしろ明日からだ。
今は、体を休めておこう。
…
星の全く無い空。前記の暗殺者とは別の場所。
そこには二人、少年と女。
ぐーすかと、いびきを立てて眠っているノービスを♀剣士はパイクに身を
預けながら、眺めている。
預けながら、眺めている。
「今は、まだ眠っておけ、少年」
ぼそり、と呟く。
「食料が有って、十分に健康な時はいい。だが、問題はそれらが枯渇しだし
た時だ。
その時にこそ『本当の意味で』この茶番が始まる。前回もそうだった」
た時だ。
その時にこそ『本当の意味で』この茶番が始まる。前回もそうだった」
その横顔の奥に、潜む陰をうかがい知る事は出来ない。
只、女は一人独白に耽る。
「願わくば…間に合いたいものだな」
そんな言葉は露知らず、ごろり、とノービスは一度寝返りを打った。
まるで違う二つの夜。それらは徐々に更けていく。
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