166.不意打ち
♀セージ、♀ウィズ、♂アーチャー、♀クルセの四人は街道沿いに歩を進めていた。
歩きながら、♀セージが♀ウィズに呟く。
「……気付いてるか?」
「ん? 何?」
♀セージは大地を見下ろす。
「この世界……生物の数が極端に少ない。いや、むしろ居ないと言ってもいいぐらいだ」
♀ウィズは♀セージの振ってきた話題に興味を示したようで、話の先を促す。
「バランスが悪いのだ。自然を形成するモノが……あるべき物が無さすぎる。
これでは自然は成り立ちえない、なのにこうして草木は生い茂っている」
瞬時に思考を巡らす♀ウィズ。
「ここの世界はここの世界なりの法則があるんじゃない?」
即座に否定する♀セージ。
「ならばここの世界なりの動植物が居てしかるべきだ。
建物、自然、元居た世界と寸分違わぬが、それを構成するのに必要なはずの物が無い。
ならばこれらは存在しえぬはずだ」
ちなみにこの二人の会話中、♀クルセと♂アーチャーはほへーといった顔で聞いているだけだ。
♀ウィズは頷く。
「水、大地、そして日の光はあるわ。
でも……昆虫、動物が居ない。
これじゃ遠からずこの世界は植物で埋め尽くされるわね」
「そうだ。まるで、瞬時に今まで居た動物達が消え失せてしまったかのように……
いや、そもそもこの世界に動物なぞ居たのか?」
既に♀ウィズは♀セージの言いたい事に気付いている。
そして更に一歩思考を進めてみる。
その内容は敢えて地面に書き記した。
『私達がここに連れてこられた理由、それを考えれば……
この世界を作ったのが私達を連れてきた誰かだとしたら、ここを長期に渡って維持する必要は無い』
♀セージは肯く。♀ウィズは続けた。
『世界の構築。これにどれだけの労力が費やされるかわからないけど、それを完全に行う必要が無い場合、それをしない。
つまり、世界構築に費やす事が出来る労力には限りがある?』
♀セージは肩をすくめる。
『相変わらず話が早いな。
つまり神に等しいと思われる連中の力にも限界があるって事だ……あくまで推理の域を出ないがな』
そこで♂アーチャーがおずおずと話に加わる。
「え~っと、つまり、その、それって良い事? 悪い事?」
♀セージと♀ウィズは揃って顔を見合わせて笑う。
「どっちだろうな? ……私にもわからん」
そう言う♀セージ、だが♀ウィズは♀セージの言葉を否定する。
「良い事よ、もちろんね」
言葉に続けて地面に文字を記す。
『不完全な世界、それ故に隙はあるって事よ。大丈夫、私達は戦えるわ』
♀ウィズの言葉に♂アーチャー、♀クルセは安堵する。
だが、言葉には出さなかったが、♀セージには別の懸案があった。
『仮に、何らかの手段でこの不安定な世界を崩す事が出来たとして、それが必ずしも私達が元の世界に戻る事とイコールにはならない』
それは♀ウィズにもわかっているであろう。
だが、それでも♀ウィズは勝利への可能性に賭け、まっすぐにその可能性を追求し続ける。
『……そこが、私がこいつに敵わない所だな』
一人苦笑すると、♀セージは三人に向かって言う。
「悪いが少し先に行ってもらえないか?
一つ確認しておきたい事がある」
いきなりの単独行動の申し出に一同戸惑うが、♀セージは淡々と言う。
「私は足が速いんだ。
簡単な調べ物だから、先に行ってもらってもゲフェンまでには追いつく」
若干リスキーなのは自身でも承知しているが、無駄話に費やしてしまった事もあるし、今は少しでも時間が惜しい。
♀ウィズは渋い顔をしていたが、三人は♀セージの言葉に従い先に進む事にした。
♀セージは街道沿いの見晴らしの良い丘を登る。
微かに見えたそれはやはり見間違いではなかった。
眼前には一人の少女が倒れ伏していた。
「アリス……モンスターか。だが、人型であるのなら……」
アリスの衣服を剥ぎ、自らの衣服を止めている金具を外す。
そして、おもむろにアリスの皮膚を金具で傷つけ始めた。
「あるのならば、それに越した事は無い……
他の皆は反対するだろうから敢えて言わなかったのだが、いきなり見つかるとは重畳だ」
首輪外しの成功率を上げる為の触媒、心臓を遺体から抜き出す♀セージ。
手際良くそれを体内から抜き出すと、プラントボトルの一つを空け、そこに心臓を入れる。
これなら、早々は皆にもバレたりはしないだろう。
「まったく、こういう事ばかり巧くなっていく気がするな……」
♀アサシンは♂プリーストより先行して街道を進んでいた。
♂プリーストが色々言ってきたが、開けた場所に出る時はまず♀アサシンが先に行き、その後を♂プリーストが進むという形で定着していた。
そして、♀アサシンの異常に発達した視力が、丘の上の♀セージを発見したのだ。
「……人が倒れてて、その側にもう一人……」
そこまで確認すると、後からついてくる♂プリーストに一言も無しにその場から駆け出す。
接敵前まで来るとクローキングでの移動に切り替えて、現場の様子を探る。
折しも♀セージがアリスから心臓を抜き取っているその時であった。
『おーけい識別完了、敵ね。セージ……か』
♀セージは、ボトルに心臓を詰めた後、それをバッグに収め、そして♀アサシンが大地を蹴る微かな音に気付いた。
間髪入れずにFWを唱える♀セージ。
♀アサシンも感づかれた事に気付くと、作戦を変更する。
手に持っていた木の枝をFWの前に放り投げる。
それは、うまい事地面に垂直に立つ。
もちろんそれも一瞬ですぐに倒れてしまいそうだが、♀アサシンはその一瞬の内に枝の上端に飛び乗り、更にその枝を蹴って大きく飛び上がった。
『何っ!?』
♀セージが驚くのも無理は無い、FWはまともにやって人が飛び越せるような高さでは無いのだ。
しかし、♀アサシンは見事FWを飛び越え、♀セージへと迫る。
『セージならFWの後はボルトかHD! 撃つのがHDなら地面に居なければ当らないっ! 痛いボルトなら詠唱間に合わないっ!』
そうして空中から着地ざまに♀セージに斬りかかる。
かわそうと動いた♀セージの左腕に吸い込まれるようにTCJが突き刺さる。
♀セージは痛みに顔をしかめながらも、術の詠唱に入る。
『私が目の前に居るってのにそんな真似させるもんですか!』
詠唱中は♀セージは無防備……と思っていた♀セージからいきなり顔面めがけて拳が飛んで来た。
『んなっ!?』
予想外の出来事、からくもかわした♀アサシンに向かって♀セージは更に裏拳を打ち込む。
後ろに下がると思っていた♀セージが前に出た事で、♀アサシンは虚をつかれ、♀セージの裏拳をまともに喰らう。
『っ! ……って軽い? ええい、コケおどしなんかにっ!』
だが、直後に♀アサシンめがけて炎の矢が降り注ぐ。
『なんとー!?』
肩を焦がされた♀アサシン、ここぞとばかりに連打で♀アサシンを追いつめる♀セージ。
防戦一方の♀アサシン、時々拳に合わせて炎の矢が降り注ぐのが不可解で、いいように攻撃を受け続ける。
『何!? なんなのこれ! こんなの私知らないっ!』
拳自体は軽い、それこそ無視してもいいぐらいだが、時々降り注ぐ炎の矢が、かわしようが無い。
しかも当の♀セージは詠唱を続けている真っ最中、詠唱は終わっていないというのに炎が降り注いで来る。
♀セージはこのチャンスを逃す気は無かった。
『アサシンか……まったく、このゲームには最適の人間だな』
下段のローキックを放つと♀アサシンはそれを飛び越え、中空からTCJを振り下ろそうとする。
『終わりだ』
♀セージの詠唱が終わる。そして今までとは比べ物にならない程の数の炎の矢が♀アサシン目がけて降り注いだ。
「くうっ!」
初めて♀アサシンが悲鳴を上げる。だが、即座にクローキングで姿を消すと、その場から撤退した。
♀セージは絶好の機会を逃し舌打ちを禁じ得なかったが、しかしまた別の可能性も考えていた。
「……誤解か? 私がアリスを殺したと……ふむ。あくまでその可能性があるという程度だな」
アサシンという職柄、いきなりの不意打ちである事、それらを考えるとどうしてもそう考えざるを得ない♀セージであった。
♀アサシンは全身焼けこげた状態で♂プリーストの元に戻ると、その場にひっくり返った。
「ごめん……負けちゃったよ」
慌ててヒールをかける♂プリースト。術の効果は薄いが、それでも傷は塞がるし、少しは体力も回復する。
「何があったんだ! 誰かに襲われたのか!?」
「ううん、敵っぽかったから仕掛けたら返り討ちにあっちゃった」
即答する♀アサシンに♂プリーストが唖然とする。
「……っぽいって、お前そいつと話しなかったのか?」
「うん、だってそいつ死体から心臓抜き取ってたし。なんかヤバ気な奴だったから」
♀アサシンの言葉に、♂プリーストは渋そうな顔をする。
「お前さあ、そういう時は俺も呼べよ。一緒にやってくんじゃなかったのか?」
♂プリーストの言葉に♀アサシンはきょとんとした顔になる。
「え? ……ああ、そっか。
そうだよ……うん、一緒に戦うんだった……ごめん」
怪訝そうな顔になる♂プリーストに♀アサシンは言い訳がましく言う。
「だって、私あんまり人と組んだ事無かったから……」
そう言って赤面する♀アサシン。
♂プリーストは溜息をついて話題を変えた。
「頼むから次は気を付けてくれよ……しかし、お前をそこまでにするってな相当な使い手だな。ウィズか?」
♂プリーストの言葉に、♀アサシンは首を横に振る。
「ううん、セージ。それもすんごい変な奴。
殴りかかってきたと思ったら、いきなり何処かしらからか魔法が飛んで来るの。
しかも詠唱しながら殴ったりもーわけわかんない」
♂プリーストはそういったセージに心当たりがあった。
「FCAS(フリーキャストオートスペル)セージだなそりゃ。
今お前が言ったそれが特徴だ……良くもまあそんな珍しいのに当ったもんだな。
俺も一度しかお目にかかった事ないぞ」
♀アサシンは勢いこんで♂プリーストに聞く。
「対策は?」
♂プリーストは少し考えてからこう返事した。
「相手の大物魔法が撃ち終わる前に速攻で倒すか……もしくは二人で戦うかだ」
♀アサシンは♀セージの案外俊敏な動きを思い出して、自らのTCJを見る。
「これあるからなんとか……でも、二人で倒そう。うん、そうしよう」
♂プリーストは満足げに頷く。
「そうだ、それが正解だ」
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