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2-063

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063 白い夢


 思えば。
 私のこれまでは、何時だって否定しかなかった。
 否定する事で私は成り立っていた。自分自身が、自分自身を否定で無限に分割する事で成り立っているという矛盾。
 例えば。奴隷同然の境遇は私が、ごく普通の人間である事を否定した。
 例えば。何時かの私を貫いた醜いものは私の純粋性を否定した。
 例えば。どうしようも無い憎しみは私が他の全ての人と理解し合う事を否定した。

 数え切れない何かおぞましくて目にしたくないものが私を苛んでいた。
 それで出来上がったのが私と言う生き物なのです。
 はて。しかし、それでは。
 神様。判らないのです。私、と言うのは一体どんな生き物だったのでしょう?
 肉欲と。強欲と。憤怒と。高慢と。憤怒と。怠惰と。それから支配欲。
 八つの大きな罪に塗れていない私は、一体どんな人間だったのでしょうか?
 そして、何故私はかくも茨の道を歩んだのでしょうか。

 しかし。全て人の子は運命の奴隷にて候。
 死は人の後ろにて鎌を振り上げその首を刈りて候。
 ──女の意識は、夢想から現実へと帰還する。

 ♀アルケミストは、目の前の男を見ないまま、道を歩いている。
 彼は、女の言葉に従って女の前を歩いている。
 未だ誰一人見つける事は無い。けれど彼女は何も思わなかった。
 日の光が、吐き気がする位に眩しい、とだけ。
 男は今は彼女の虜。そして彼女の手足。
 誰かが来れば間違いなく彼女の胸元をだらしない目で見ながら、知らせに飛んでくるだろう。
 本当の下僕って、自分が下僕って事にも気づかないのよ、と付け加える。
 特に彼を可愛いとも思わない。

 ──また、彼女は思い出し始めていた。夢想だ。白昼夢と言ってもいいかもしれない。
 自分の体の機能を預けた経験の数多い彼女にはよくある事。世界の裏側に続く扉。
 さあ、私は私を切開しよう。

 そう。私は誰だったのでしょうか?
 私は何がしたいのでしょうか?
 或いは、ここに呼ばれたのは。ひょっとしたらこの狂気が。誰かに見破られていたからなのかも知れない。
 そう。狂気だ。私は私を否定するしかなかった。否、否定された自分を肯定するしかなかったので。
 ああ。今までは。ずっとずっとずっと、ただ一番下から這い上がるだけだったから。
 自らの狂気を観測できなかった。狂気は前には無い。側面に広がっている。
 目的と言う目隠しを嵌めなければ。私は直ぐに貪られてしまう。
 けれど、それも心地よい。私は狂気が心地よい。

 なぜならば。その狂気は私の正気なので。
 余りにも滑稽で、直視しているとクスクスと笑いを噛み締めてしまうので。
 丁度、終わらない道化芝居を見ているような気分。
 暇つぶしには、丁度いい。何にも無いから、それぐらいが私の趣味。
 全てを否定して全てを閉じて、何も感じなくなった末に行き着いた場所。
 だって、そうしないと。醜さに絶えられなかったんだもの。仕方ないでしょう。

 けれど。
 そうやって考えるばかりでも退屈なので。
 早く誰かこないかな。と♀アルケミストは思った。
 このどうしようもない退屈を癒せる様な事が早く起こらないかな。
 だってここは殺戮の庭だもの。私は何時だって、腕力には自信が無かったから内に閉じこもってきたけど。
 この場所だったら、少しばかり制限はあるけど好きに出来るもの。それに、私には下僕もいるもの。
 押し倒されるだけが女という訳じゃないわ。

 ──そこで彼女は声を聞く。男の声。誰かが近づいてくる、と告げていた。
 あら。早速ね。と女は心の中で、鈴を鳴らすみたいな綺麗な声で呟いた。
 白昼夢から醒める。
 そこまでの思考。いや白昼夢で、結局彼女は外科的に弄んだ自らと言うモノがついぞ解りはしなかった。

 覚めた思考で、その来訪者。恐らくは不幸な人間を藪の中から見遣る。
 (彼女達が居るのは、木々の中を走る獣道だった)
 やって来たのは♂ローグだった。♀アルケミストは、その目を覗き込んだ瞬間、ああこいつは。と思った。
 見慣れた目の色だ。欲深くて、醜い色の。濁った目だ。
 誰かを殺したらしい血を拭いもしていない。馬鹿な男ね。長生きできないわ、それじゃ。

 ちょいちょい、と♂BSが彼女の服の裾を引く。
 意見を求めているのか。一瞬迷う。だって、折角篭絡した手駒だ。
 果たしてこの場で、彼の男にさし向けて使い潰すのが賢明といえるか。
 仮に使い潰すとして、溶け込める程。言い換えれば十分に利用できるだけの連中に出会えるか。
 出来れば単純なのがいいけれど、それなりに演技には自信がある。
 ♀アルケミストは脳裏に化学薬品の調合みたいな数式をすぐに思い浮かべた。
 女という物は現実的な生き物だ。
 尚、♂ローグも下僕にしてしまう、という手段は話にならない。
 仲違いをするものなのだ。そういうのは。

 ちら、と♂ローグが何処か別の方向を向いて(彼は、実のところ彼女達ではなく、その向こうにいる♂ハンターを見ていたのだが)。
 にたり、と嬉しそうに笑った所で彼女は決断を迫られた。
 殺すか、それとも逃げるか。
 夢から覚めれば彼女は何処までもリアリストだった。

 仕方が無い。彼女は、♂BSの耳元に唇を寄せると、睦言を言うみたいに甘く囁いた。
 『もし、こっちにきたら私を守って。あのローグの人、きっと人を殺してるわ』
 実に単純な事に、♂BSは鼻息も荒く頷いていた。
 どうやら、この男は彼女のことしか目に入っていないらしい。

 さて。忙しくなりそうね。
 まぁ、何も殺す必要はないわ。せいぜい追い払ってもらいましょう。

 胸中で呟き、既に♂BSからは目線を外していた♀アルケミストは脳裏に地図を思い浮かべて、
ひとまずは何処に行けば未だこのゲームを理解していない人間が居るのか。
 彼らをどうやって欺いてやろうかを考え始めていた。

 勿論、利用する為に。


<♂BS&♀アルケミスト ♂ローグに遭遇 場所:H5>
備考:♂ローグは、実のところ♂ハンターPTを狙っている
  ♂BS&♀アルケミはそれに気づいておらず、また♀アルケミは、♂BSに自ら「だけ」を守らせるつもりでいる。
  戦闘が開始されても、♂ハンターPTの援護には向かわない。



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