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NG2-11

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another  盾と剣と殺し屋と



 とかかかかっ。
 道を進んでいた男は、不意に針で木を細かく叩いたかの様な音を聞いて立ち止まる。
 幸運にもここまでの道行きで殺人者に出くわさなかった♂クルセイダーが、木々のざわめき以外に初めて聞いた音だった。
 空耳ではない。誰かが誰かに弓を射掛けているのだろう。だが、彼の胸中には迷いが生じていた。
 見捨てるべきだ。それが誰かは知らないけれども。悪魔が彼にそう囁いていた。

 ♂クルセは目を瞑る。そこに写るのはかつての過ち。
 彼は、自らの恋人を悪魔の囁きで手にかけた事があった。
 彼の恋人は、生きながらにして、赤くおぞましい巨大な虫共に、貪られたのだ。
 その時♂クルセは、余りにも数の多い蟲共に恐れをなして、逃げ出した。
 耳にへばりついているのは、悲しむ様な彼を責める様な、そして痛みと絶望に満ちた絶叫だった。
 振り向いた時に見たものは、群れ集まった蟲共の中から助けを求める様に天に伸びた彼女の手だった。

 彼が送った指輪が光る、その手だけだった。

 蟲共の注意を引くので、叫びさえ上げられなかった。
 残らず蟲共の腹に収まった彼女は、復活する事さえままならなかった。
 だから。♂クルセイダーは思う。俺には、あんな物を持つ資格は無い。投げ捨てた銀の指輪を思い出しながら考える。

 それ以来、彼は誰もから罵られるようになった。その結果が、この喜劇への招聘。
 それはいい。自業自得という物だ。

 だが。
 これは。この感情は。後悔と言うべきか。それとも自戒と言うべきか。
 一体、これは何であったか。胸を焼く、この炎は。
 俺は。今一度、こうして過ちを繰り返すべきか?

 ──否。

 そして理解した。今、手にかけなければならないのは──過去の、過ちだ。
 償うべきは、己の罪だったのだ。
 ぴん、と彼の見えない足かせが、音を立てて外れた気がした。
 止まっていた彼の時間は、皮肉にもこの場所で動き出した。

 ♂クルセは目を開けて、悪魔をその手で捻り殺す。
 そして、音の源目掛けて駆け出した。この手に、あの日送った指輪を取り戻す為に。

 それは──率直に言えば、一方的な嬲り殺しの構図だった。


 ♀騎士は、突然の襲撃者に盾を構え、次々と絶え間なく飛んで来る矢を防ぐので精一杯であった。
 襲撃者であると理解するのに一瞬だけかかる。

「やめてっ!!私は戦いたくなんか無い!!」
 そして、今はただひたすらに混乱し、逃げ回りながら、姿を見せない襲撃者を説得すべく言葉を投げ続けていた。
 既に盾で防ぎきれない矢が何本か肩に、足に突き立っている。酷い激痛が彼女を苛んでいた。
 だが、当然ながら既にやる気になっている相手にその様な言葉が届く筈も無い。
 何処から射掛けているのか判らないにも関わらず、射手は正確に彼女を狙ってくる。
 致命傷こそ盾で防いでいるものの、このままでは死んでしまう。
 ややもすれば、悲鳴を上げそうになる痛みを堪えながら彼女は考えをめぐらせる。

 死ぬ。死ぬ。それこそ何一つ意味は無く。
 ♀騎士は、自らの無力を呪っていた。父親の言葉を思い出し、弱き者の盾を望み、しかしながらそれは風前の灯だ。
 けれど、それでも彼女は目の前の襲撃者を殺す、と明確に殺意を抱く事が出来なかった。
 考えようとしただけで吐き気がこみ上げてくるので。
 虚ろな目の、頭のはぜ割れた、彼女が手にかけた子供が♀騎士を嬉しそうに手招きしていた。

 襲撃者を止める事は今の彼女にはとんでもない難事である。
 武器になりそうなものと言えば、盾と彼女に突き刺さっている矢だけ。
 けれど、彼女は小さな鏃でも、人を害する事は出来ないので。
 そして、騎士であり武器のもてない彼女は魔導師などの様に遠距離からの威嚇手段も持っていないので。
 つまるところ、いずれキャラメルの様に全身に矢を生やして息絶える事は間違いが無かった。
 かと言って、背を向けて逃げ出せもしない。
 手詰まりだった。
 無念の余り、知らず♀騎士の目からは涙が流れる。

 きぃん、と刃と刃が打ち合う音を彼女が聞いたのは、その時だ。
 がさっ。♀騎士の左斜め正面。そこから、剣を切り結んだ二人の男女が踊りだしてきた。
 一人は見覚えのある制服に身を包んだ女、グラリス。彼女までがこの舞台に立たされたのか。
 そして、もう一人は彼女が全く見覚えの無いクルセイダーの男だった。
 男は、肩でカプラ職員に体当たりし、後ろ跳びに間合いを離して彼女の前で片手剣を構える。

「…名前は?」
 油断無く剣を構え、グラリスと相対している男が全くの出し抜けに♀騎士に問いかける。
 一瞬呆気にとられるものの、彼女は直ぐに自分の名を応えた。
 男は言葉を続ける。

「何故、剣を執らない?戦わない?」
「私は──剣を握れないんだ。その資格も無い」
 グラリスが。冷たい人切りの気配に満ちた両手剣を持ったまま、じり、と二人との間合いを詰める。
 氷の様に冷たい目を、男は僅かに顔をゆがめながら受け止めていた。
 そして、剣を握れぬ♀騎士は震える声で言う。

「けど。それでも。私は──誓ったんだ。お父様に。弱き人々の盾になる、って」
 ♂クルセイダーは。はっきりとした声で。

「なら、俺は。償うために。きっと貴女の剣になってやる」
 そう彼女の言葉に答えた。

 剛、と風を切りながら眼鏡のカプラ職員が、脇に両手剣を構え、そんな言葉を呟いた彼に突っ込んできた。
 荒い息をしている♀騎士を突き飛ばし、♂クルセイダーは『今は逃げてくれ』と叫んでいた。
 物凄い。それこそ何故一介のカプラ職員に過ぎない女がそれ程の技量を持つのか不思議と思える剣戟を、
♂クルセイダーは頭上に翳したシミターで受け止めていた。

 ──そして今。♀騎士は木陰に腰掛けて顔を歪めながら、刺さった矢を抜いて、服の裾を破った布を傷に巻きつけている。
 きん、かきんと彼女は未だ続く遠くの剣戟の音を聞いていた。

 但し、彼女はあの眼鏡の女性もまた、誰かの為に戦っている事を知らない。

<♀騎士 状態:矢による負傷 持ち物変化無し 東南部、海岸線よりの森の中>
<♂クルセイダー グラリスとの戦闘開始 持ち物:連弩は♂クルセと最初切り結んだ受けた場所に 場所は同上>
<グラリス ♂クルセイダーとの戦闘開始 場所:グラリス&♂クルセから少し離れた所>



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