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NG2-16

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another 本当に護りたいモノ


赤銅色の炎、揺らめく蛍火を目指し♂剣士は暗い夜の森を独り、懸命に駆けていた。

気が付けば、♂剣士は飛び出していた。
森の深層に突如灯った明かり。それを目にしたとき、♂剣士の胸中を得も知れぬ感情が襲ったのだ。
悪魔に手招きされたような、それでいて天使に囁かれたような、そんな相反する感情の撹拌が♂剣士の心を揺らしたのだ。

もし光の先にあるものが自分たちに危害をもたらすものだったら、自分は剣士として、
人を護るためのツルギとして立ち向かわなくちゃいけない。
もし光の先にあるものが自分たちに助けを求めているものだったら、やっぱり自分は剣士として、
人を護るためのツルギとして立ち向かわなくちゃいけない。

そう思うと♂剣士は居てもたってもいられなくなったのだ。

『焦る必要はない。お前はお前の精一杯で、お前が護りたいと思ったものを護ればいいのさ』

♂剣士は走りながら記憶の中にあるマスターの言葉を再生する。
♂剣士が護りたいモノ、それは争いのない世界、そして争いのない世界を求める心優しい人。
♂剣士は胸いっぱいに溢れそうな喜びを抱え、森を走る。

でもねマスター、僕は見つけたんだ。
この島で最初に出会った人、ちょっといじわるだけど、彼女は僕に言ったんだよ。
頼むって、僕に言ったんだ。

嬉しかったな、ホント、すごく嬉しかった。
クルセイダーはよく自分が盾となるに相応しい相手にめぐり合えたとき、
その相手に全てを、自分の血肉、心、魂、その全てをささげる契約をするっていうけど、
僕がもし、クルセイダーだったら僕は迷わず彼女と契約をしただろうな、なんて思ったくらいに嬉しかった。

でも僕は剣士で、だから盾にはなれない。
剣士は、いや、僕が憧れる騎士は人を護るためのツルギなんだ。
だから僕は今、彼女を護るためのツルギとして、こうやって走っている。

──────

♂剣士がその場所に辿り着いたとき、炎は既に消えていた。
焼け焦げた何かが放つ強烈な臭い、そしてその何かが燻っている音。
そろりそろりと近づいて目を凝らしては見たものの、♂剣士にはそれが何であるか、検討もつかなかった。
それが自分と同じ剣士の成れの果てだなんてことに♂剣士は気付くこともなかった。

♂剣士は臭いにむせ返りながらも、慎重に丁寧に周辺を探り始める。
もしここに人が居たのだとしたら、何か残しているかもしれない。
そう思ったのだろう、その両脚で、その両手で、周囲の様子を舐めるように調べた。

その行動こそが、彼の失敗であった。

♂剣士は見つけてしまったのだ、未だ燻り続ける何かの脇に転がっている一本の槍を。
そう、災厄の元凶である槍、ヘルファイアを。

手にした槍はズシリと重く、♂剣士は思わぬ武器の獲得にほんのり口もとを緩め、喜ぶ。
これで木刀よりはマシに戦うことができる、と。
そのとき、突如穂先に灯る炎。輝きも色も先ほど見た蛍火と同じ輝きに、♂剣士は思う。

(そっか、さっき見た明かりの正体はこの槍だったんだ)

槍を両手でしっかりと持ち直し、腰を落とし重心を低くする。
足場を確認し、大地をぐっと踏み締め、えいやっ、と突きを繰り出してみる。
流れるように突き出される槍、そして、自分がそんな風に槍を扱えることに♂剣士は驚く。

(あれ? 僕ってこんなにうまく槍を使えたっけ?)

まるで自分の体ではないみたいに無駄なく美しく動く自分の体に♂剣士は戸惑う。
けれどその疑問は槍を自在に扱えるという喜びを前に、次第に失われていった。

(すごい、すごいや。どうしちゃったんだろう、楽しいゾ、これ)

何かにとり憑かれたように一心不乱に槍を振るう♂剣士の表情に悦が浮かぶ。
いや、このとき♂剣士は既にとり憑かれていた。
地獄の業火、その名を冠する両手槍の悪魔に♂剣士の心はすっかり魅了されていたのだ。

『ナルホド、オマエガ新シイマスターカ』

どこからか聞こえた声に♂剣士は首を横振り、周囲を見渡す。が、そこには誰も居ない。

う、ぐッ──────

♂剣士の頭を突然の頭痛が襲う。
脳をナイフで刺されたような、そして、そのままぐりぐりと抉られたような、痛み。
およそ体感したことのない痛みが♂剣士の頭を襲った。

♂剣士の頭に流れ込んできたのは、何百、何千という死のイメージ。そして、血の渇望。

コロセ、コロセ、コロセ、コロセ
チヲ、ニクヲ、タマシイヲ

あぁぁアああァぁぁァァ───

───♂剣士は声を張り上げ叫ぶ──────叫んだはずだった。

(声が、出ない。 どうして、声が出せない)

できないのは声を出すことだけではない。
先ほどまで羽根のように軽かった手足も、眼球の動きすら、今の♂剣士には動かすことができない。

(息が、息ができない。 苦しい、く、苦しいよ、どうして)

コロセ、コロセ、コロセ、コロセ
ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク

脳を埋め尽くす言葉の奔流に♂剣士の理性が飲み込まれる。
けれど♂剣士はまるで蝋人形のようにその場に固まったまま動けない。
死神に心臓を握られているかのような恐怖が♂剣士の全身を駆け巡る。

(僕は剣士だ。 殺すなんて、できるはず、ない)

コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ
コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ

♂剣士は意識が白く染まっていくのを懸命に耐える。
剣士であるという誇りを胸に、人を護るツルギという信念を心に。

ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク
ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク

狂ったような槍の声に、脳が侵されていく。
瞳は深淵のように暗い黒、焦点はズれ、どこを見ているのか分からない。
口からはぼたりぼたりとよだれがこぼれ落ちる、クスリで壊れてしまったヒトのように。

そして彼は、ヒトを護るツルギであった♂剣士の心は───

『コロサナイナラ、オ前ガ死ネ』

その一言で砕けた。
目の前にはいつの間にか自分を照らす明かりが1つ。くるくる回る狐火が捉える♂剣士の瞳は炎を帯びた黒。
突然現れた♀セージ。彼女の声に♂剣士は約束を思い出す。

───護らなくちゃ、僕は護らなくちゃいけないんだ。

何かを言おうとした♀セージに対し、ありったけの想いをこめて、両手に握った槍を突き出す。
♀セージの体が後ろに、横に、♂剣士の槍を寸でのところで回避する。

───護らなくちゃ、護らなくちゃ

穂先には炎、命を奪う赤い炎。どうか彼女に当たりますように、そう願って解放する。
ざざっと横飛びして焔球をかわした彼女、瞳には僕が映っている。
僕に何かを訴えてるみたいな困惑を湛えた瞳。

その瞳を見て、僕は笑う。笑いながら彼女を串刺しにする。
何度も何度も、彼女の命が尽きるまで、僕は彼女を串刺しにする。
そのとき、彼女の体が炎に包まれた理由を僕は知らない。知りたいとも思わない。

けれど僕は何度も何度も、彼女の体が消し炭になるまで、彼女を刺し続ける。
彼女の右手が何かを求めるように宙に差し出されたけれど、僕はそれを気にも留めず彼女を刺し続ける。

だって僕は自分の命を護らなくちゃ、いけないんだから。
そう、僕はやっと見つけたんだ。

本当に護りたいモノを。


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