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174.目覚める少女 [2日目午後~夕方]


どべしゃっ

うす暗い森の中で、少女は転倒した。はげしく顔面を打ちつけて、目から火花を飛ばした。
木の根や、石につまずいたわけではなく、驟雨がもたらしたぬかるみに足をすべらせたわけでもなかった。
確かにいたるところに泥濘ができており走りづらくはあったものの、少女が泥を浴びることになった原因はそれらではなかった。

全身を泥だらけにした少女はうめきながら立ち上がろうとして、今度は濡れた土にずるりと手を取られた。
慣用句で言うなら「泣きっ面にミストレス」だ。
ふたたび少女は泥水をはねあげ、勢いよく地面に口付けした。
口の中にまで泥を入れてしまった少女は、そのときになってようやく、雨が降っていたことに気づいたのだった。

(いつのまに、こんなに雨が降ってたの?)

無理もなかった。少女はここまでの道を、ひたすらに逃げることだけ考えて走ってきたのだ。
自分を守ってくれるはずだった♂アサシンを失い、その♂アサシンを殺した非道なウィザードから逃げ切ることだけを考えていたのだ。
どれくらいの時間を走っていたのかもわからない。どこまで走ってきたのかもわからない。
自分自身にひたすら鞭打って、ここまで走り続けてきたのだった。

それでも少女はおぼろげに、あのウィザードの追跡から逃れることはできたのだろうと思った。
すくなくともウィザードである彼よりは体力があるに違いない。そう信じて少女は逃げ続けたのだった。

四肢に力が入らなかった。からだはもうとっくに限界を超えていて、立ち上がることができなかった。
泥の風呂に、さらに雨のシャワーのおまけ付きという最悪の状態ではあったけれど、どうにもできなかった。
島に送られてくる前に教えこまれた応急手当の知識を思い出しながら、うつ伏せのまま、肉体の回復を待つのが精一杯だった。
さっきまでならこんなことにでもなれば、♂アサシンが背負ったり、抱きかかえたりしてくれたのに───

(死んじゃった。本当に死んじゃったんだ。♂アサシンさん・・・)
(守るって言ったのに・・・生きて帰してくれるって、言ってくれたのに・・・)

自分の頬を伝う雨に涙をまぜて、少女は声を殺したままその身をふるわせた。
哀しみのままに少女はもぞもぞと背中をまるめた。

(どうしたらいいの・・・私・・・)
(わからない・・・わからないよ・・・♂アサシン・・・さん)

どれだけの時間をそうやって費やしたのだろう。少女のふるえは先ほどよりも酷くなっていた。
雨に濡れたため、からだが完全に冷え切ってしまったのだ。
このままこうしていたら、死んじゃう。そう思い、四足のまま泥中を這うように、手近な木までにじり寄った。
やっとのことで背を木の幹に預けて、少女は目線を上げた。

飛び込んできた映像は、少女の目を大きく見開かせた。眼球が目からこぼれ落ちそうなほどだった。
目線の先に人間がひとり、横たわっていたのだ。
それは先ほど少女を転倒させた原因だった。すでに事切れたシーフの少女だった。少女がはじめて殺した人間だった。

(私が殺した・・・ひとだ・・・)
(この島に放り出されて、わけもわからないままに・・・気がついたら殺してしまったひとだ・・・)

結局少女はもどってきてしまったのだ。自分がはじめて両手を血に染めた場所に。
♂アサシンと出会った、はじまりの場所に。

(ひとりぼっちに・・・もどっちゃった・・・)
(なんにもできない・・・ひとりに・・・)

うなだれて少女は泣いた。止められないほどに涙があふれ、ぽろぽろとこぼれた。
顔は汗と泥と涙にぐしょぐしょだった。
泣きながら♂アサシンのことを思い出した。最期の最期まで少女を守ろうと手をさし伸ばした彼の姿を思い出した。

(あの手が逃げろって言ってた・・・逃げて生き延びろって・・・)
(ほんとうに最期まで、私の心配ばかり・・・・してくれて・・・)
(なのに私は・・・逃げることしかできなくて・・・・・・なんの力もなくて・・・・・・)

寂寥感に寒さが加えられて、少女はふるえる自分の肩を自分で抱きしめながら、泣き続けた。
泣くことくらいしか少女にはできなかった。仇を討つ力も、自分自身を守る力さえ、少女は持っていないのだから。

無力感にさいなまれながら、涙が枯れるまで、少女は泣き続けた。

いい加減泣くこともできなくなった頃、少女のおなかが音を鳴らした。
ここまでずっと飲まず食わずだったのだ。胃袋としては当然の欲求だった。

(やだな・・・こんなことになってるのに・・・おなかはちゃんとすくんだ・・・・・・)
(どうしようもないのに・・・私なんかが生き残れるはず・・・ないのに・・・)

それでも何も食べない苦しさに耐えられるはずもなく、少女は背負っていた鞄を外し蓋を開けて、手持ちの食料を確認した。
干し肉もパンも、水筒もそろっていた。まだ2日程度は食べていけると思える量が残っていた。

干し肉をゆっくりと噛みながら、少女はふたたび視線を上げてシーフの死体を見た。
彼女を見つめながら、干し肉を噛み締めた。
舌が泥だらけになっていたせいで味はよくわからなかったけれど、自分が生きているということだけは、はっきりと自覚できた。

『もうお前は人殺しなんだよ。普通の人間じゃあない』

♂アサシンと出会い、最初に言われた言葉が少女の頭の中を横切っていった。
少女は干し肉を噛み続けた。

(そうだ・・・私は人を殺したんだ・・・)
(怖かったけど・・・わけがわからなかったけど・・・・・・殺したんだ)

少女は尚もじっと物言わぬシーフから目をそらすことなく、干し肉を噛み続けた。

(私は・・・殺せたんだ・・・・・・ノービスの私でも・・・殺せたんだ・・・・・・)
(自分が生きるために・・・殺すことができたんだ・・・・)

雨は弱まりはじめ、森の中にもわずかながら光が射しこんできた。
少女はそのことに気づいて、噛んでいた肉を飲みこんだ。

(私はたしかに、この人を殺した・・・)
(だったら私はもう・・・立派な人殺しだ・・・・彼と同じ・・・人殺しなんだ・・・・・・)

泣くだけ泣いて、哀しむだけ哀しんで、怯えるだけ怯えて、食べるだけ食べた少女はもう、前を向くしかなかった。
ようやく自分が人を殺したという事実を受け入れることができたのだ。
ゆっくりと茜色の晴れ空が、森から覗きはじめた。まるで自分の気持ちみたいだと少女は思った。

(この雨は、いままでの私を洗い流してくれたんだ。だから今からの私はアサシンだ)
(力はまだ足りないけど、人を殺すことに迷ったりなんてしない。だって私は、人殺しなんだから)

決意を胸に、少女は鞄の中から最後の希望を取り出した。

「底には希望が入ってる。だってこれは彼が遺してくれた、たったひとつのものなんだから」

そう言って少女はその古くて青い箱を開けた。
箱の中には1本の短剣が入っていた。取り出して握ると、刃が夕日を受けて紫色のきらめきを放った。
ポイズンナイフ、別名河豚毒ともいわれるそれは、刀身そのものが毒性をもった恐るべき短剣であった。

たしかにそれは非力な少女をアサシンに変える、希望だった。


〈♀ノービス〉
現在地 E-8(E-7に程近い)
所持品 ポイズンナイフ
スキル しんだふり 応急手当
外 見 ノビデフォ金髪
備 考 どろだらけ。 人殺しとしての決意新たに!



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