230-B.epilogue
プロンテラの一角、賑わう大通りから少し外れた広場に、必ず現れる男がいる。
楽器を手に日が暮れるまで演奏していくが、金は取らずにいつも下ばかり向いている暗そうな男だ。
どうしても気になってしまって、今日はついに声をかけてしまった。
楽器を手に日が暮れるまで演奏していくが、金は取らずにいつも下ばかり向いている暗そうな男だ。
どうしても気になってしまって、今日はついに声をかけてしまった。
「いい音してるのに……もったいないね」
突然目の前に出てきた私に、彼はとても驚いた様子だった。
何か用か、と控えめに尋ねてくるので、常々からの疑問を投げかける。
何か用か、と控えめに尋ねてくるので、常々からの疑問を投げかける。
「なんでさぁ、あんた歌わないの? バードでしょ」
聞くと、いつもとは対照的に、恥ずかしくなるほどこちらの顔を見つめてきた。
あんまり真っ直ぐなので、綺麗な目だなぁ、なんて思考がずれる。
あんまり真っ直ぐなので、綺麗な目だなぁ、なんて思考がずれる。
「歌わないと、おかしいかな」
妙なイントネーションの口調は、フェイヨンあたりから来た人なんだろう。
成り立てのアーチャーには良くある話だと聞く。転職するまで直らないのは珍しいことではあるが。
成り立てのアーチャーには良くある話だと聞く。転職するまで直らないのは珍しいことではあるが。
「おかしいっていうか、歌があればもっと素敵だと思うよ。その曲」
素直な感想だった。バードと言えば弾き語りにしろ歌唄いにしろ、無言で曲を弾くものは居ない。
ダンサーの伴奏を務める場合だって、演奏とともにその声を披露するものだ。
(もしかしてこの人、すごい音痴なのかしら……)
返事を待つが、こっちを見てはいるものの口を開こうとはしない。まぁいいか、と話題を変える。
何故いつもここにいるのか、金は取らないのか、他の街には行かないのか。
とりとめもなく聞いて、わかったのはこの広場が好きらしいということだった。
確かに、ここからプロンテラ城、そしてギルド砦と続く眺めは見事なものだ。
今は日も高く、王城と砦が誇らしげにそびえる様子が良く見える。夜になれば、無数にある部屋に明かりが灯され、その輝きは夜空の星々にも見劣りしない。
画家の卵が写生に良く利用するくらいだから、バードにとっても曲の発想を得るのに良い場所なのだろうか。
ダンサーの伴奏を務める場合だって、演奏とともにその声を披露するものだ。
(もしかしてこの人、すごい音痴なのかしら……)
返事を待つが、こっちを見てはいるものの口を開こうとはしない。まぁいいか、と話題を変える。
何故いつもここにいるのか、金は取らないのか、他の街には行かないのか。
とりとめもなく聞いて、わかったのはこの広場が好きらしいということだった。
確かに、ここからプロンテラ城、そしてギルド砦と続く眺めは見事なものだ。
今は日も高く、王城と砦が誇らしげにそびえる様子が良く見える。夜になれば、無数にある部屋に明かりが灯され、その輝きは夜空の星々にも見劣りしない。
画家の卵が写生に良く利用するくらいだから、バードにとっても曲の発想を得るのに良い場所なのだろうか。
「そういえば、それ。なんていう名前の曲なの?」
「……battleROyale」
「それって、モンクのやるアレ? そんなに血生臭い曲には聞こえないけどな」
バトルロワイアルといえば、拳闘場で行われる試合形式のひとつだ。
数人が一斉に闘いを始めるので、勝者の予想がしにくく賭け試合として人気も高い。
けれどこの曲は、「郷愁」とか「悲哀」なんかの言葉が似合いそうな、感情に訴えるもののように思う。
気づけば、いつのまにか隣に座り込んで話してしまっていた。どこか物悲しい曲に物騒な名前をつけたこの男。
いつも下ばかり向いて演奏しているくせに、話すときはこっちを真っ直ぐに見つめてくる。
口数は少ないものの、笑顔で迎えてくれているところを見ると、私を疎ましいと思ってはいないらしい。
新しい発見に、もっと知りたい、と自然と心が弾んだ。
数人が一斉に闘いを始めるので、勝者の予想がしにくく賭け試合として人気も高い。
けれどこの曲は、「郷愁」とか「悲哀」なんかの言葉が似合いそうな、感情に訴えるもののように思う。
気づけば、いつのまにか隣に座り込んで話してしまっていた。どこか物悲しい曲に物騒な名前をつけたこの男。
いつも下ばかり向いて演奏しているくせに、話すときはこっちを真っ直ぐに見つめてくる。
口数は少ないものの、笑顔で迎えてくれているところを見ると、私を疎ましいと思ってはいないらしい。
新しい発見に、もっと知りたい、と自然と心が弾んだ。
そのとき、久々にゆったりと流れる時間を邪魔するものが、突然現れた。
馬の甲高い嘶きと、少女の悲鳴。空気が騒いでいるのが、こんなに離れていても分かる。
テロだ。それも、かなりの規模だろう。すぐに援護に向かわなくては、立ち上がり
そのまま駆け出そうとする私の視界で、しかし彼は動かなかった。
馬の甲高い嘶きと、少女の悲鳴。空気が騒いでいるのが、こんなに離れていても分かる。
テロだ。それも、かなりの規模だろう。すぐに援護に向かわなくては、立ち上がり
そのまま駆け出そうとする私の視界で、しかし彼は動かなかった。
「何やってんのよ? 助けに行くなり逃げるなりしなさいよ!」
早口でまくし立てる私を、きょとんとした顔で見てくる。ノービスじゃあるまいし、
何を言われているのか分からない、とでも言うつもりか。
何を言われているのか分からない、とでも言うつもりか。
「とにかく私は行くから、あんたも気をつけんのよ!」
走る視界の中でどんどん小さくなる姿は、やはり動こうとはしていなかった。
半時間ほどたってひとまず大通りのテロは落ち着いた。取りこぼした魔物も居たという話だが、
一匹ならさほどの脅威にはならないだろう。こっそりと拾ってきた戦果に顔をほころばせながら、
さっきのすっとぼけ野郎の所に向かう。
一匹ならさほどの脅威にはならないだろう。こっそりと拾ってきた戦果に顔をほころばせながら、
さっきのすっとぼけ野郎の所に向かう。
「まだぼーっと座ってればの話だけど……」
居た。さっきの場所でさっきの格好のまま、大通りのほうを見ている。
その、バードの向こう側には
その、バードの向こう側には
「危ないッ!後ろ!!」
我ながら少し恥ずかしいくらいの大声を出してしまった。いや、実際に危機的な状況なんだからいいとして。
私に気づいた彼は、満面の笑みを見せて手を振っている。そして背後に迫る影はその手の得物を振り上げた。
私に気づいた彼は、満面の笑みを見せて手を振っている。そして背後に迫る影はその手の得物を振り上げた。
「早く逃げなさい!!」
私のほうを、少し困ったような顔で見て立っている。そうじゃない、怒ってるんじゃなくて。
そうか、この人、もしかして耳が―――
そうか、この人、もしかして耳が―――
瞬間、最上段に振り上げられた剣は息をのむ速さで落下し、思わず目を覆ってしまった私の耳に届いたのは、
風を切る音と石畳が砕ける音だった。
バードを真っ二つにしようとしていた剣は、しかし何も捉えられずに地面にめり込んでいる。
風を切る音と石畳が砕ける音だった。
バードを真っ二つにしようとしていた剣は、しかし何も捉えられずに地面にめり込んでいる。
「いつの間に……」
完全に後ろを取られた攻撃を、男はあっさりと避けていたのだ。そしていつ手にしたのか、その手に弓を引き絞っていた。
「ダブルストレイフィング!」
ゼロ距離からの二重撃に、魔物はあっさりと崩れ落ちて形を失う。
一瞬の攻防に、すっかり見入ってしまった。
一瞬の攻防に、すっかり見入ってしまった。
「あんた、凄いんじゃん……」
呟く私に、やはり男は、笑っていた。
「歌わない、のって、それが、原因?」
言って耳をつつくと、彼は静かにうなずいた。ゆっくりで良ければ聞いてくれ、と身の上話をぽつりぽつりと話し始める。
ある事故で聴力を失ったこと、それでもどうしても伝えたい物語があったこと。アーチャーだった彼は、それでバードを目指した。
楽器に傷ひとつ付いてない理由は、戦いの道具ではないからだそうだ。
そうして転職して、楽器の扱いを必死に練習した。耳が聞こえなくても、どうにか演奏は形になった。
いつも下を向いていたのは、別に性格が暗いわけじゃなく、常に手元を見てないと間違いに気づけないからだ。
けれど、歌はそうも行かない。こうして話している今も、自分がきちんと喋れているか不安になるという。
ある事故で聴力を失ったこと、それでもどうしても伝えたい物語があったこと。アーチャーだった彼は、それでバードを目指した。
楽器に傷ひとつ付いてない理由は、戦いの道具ではないからだそうだ。
そうして転職して、楽器の扱いを必死に練習した。耳が聞こえなくても、どうにか演奏は形になった。
いつも下を向いていたのは、別に性格が暗いわけじゃなく、常に手元を見てないと間違いに気づけないからだ。
けれど、歌はそうも行かない。こうして話している今も、自分がきちんと喋れているか不安になるという。
「歌は、もうなくても構わないんだ。俺はこんなだし、だからって他人に代わりに弾いてもらうなんてな」
そういう彼の瞳は何かを思い出すように歪み、悲しい色が見え隠れした。
ああ全く。駄目だ、私は捨て犬とか放っておけないタチなんだってば。
ああ全く。駄目だ、私は捨て犬とか放っておけないタチなんだってば。
「なら、あたしが、歌って、あげるわよ」
伝えたい物語があるっていうのに、もっとちゃんと伝えなくてどうするのか。やっぱりこの人馬鹿かなぁ、と思う。
放っておいたらひたすら孤独に生きるんじゃないか、そんな気がして、ついつい悪い虫が出てしまった。
放っておいたらひたすら孤独に生きるんじゃないか、そんな気がして、ついつい悪い虫が出てしまった。
「え?歌?いや、だから俺は別に」
「とりあえず、コンビ結成、ってことで、あのお城に、乾杯、するわよ!」
「とりあえず、コンビ結成、ってことで、あのお城に、乾杯、するわよ!」
なおも言いよどむバードを、懐からぶどうジュースを取り出しまくし立てて黙らせる。
見上げれば、既に日は落ち夕焼けで空が赤く染まっていた。
城も砦も真っ赤に燃えていて、まるでノーグの火山でも噴火してしまったみたいだ。
見上げれば、既に日は落ち夕焼けで空が赤く染まっていた。
城も砦も真っ赤に燃えていて、まるでノーグの火山でも噴火してしまったみたいだ。
「……あの赤い砦にも、乾杯してやってくれ」
観念したのか、気が変わったのか、やっぱり諦めただけか、ともかく了承は取れたようだ。
「ヴァルキリーレルムに、乾杯!」
「俺達の旅と、あいつらの想いに」
「俺達の旅と、あいつらの想いに」
数ヵ月後、ある2人組の話は静かに世界に広まっていった。
神出鬼没のバードは、耳の聞こえない演奏者としてその名を知られることになる。
そして、彼のオリジナルの曲もまた、多くの人の耳に届くところとなった。
神出鬼没のバードは、耳の聞こえない演奏者としてその名を知られることになる。
そして、彼のオリジナルの曲もまた、多くの人の耳に届くところとなった。
「この詩の内容、夢で見ただけだとか言ってたけど、絶対ウソだね」
「あー、いや、まぁ……その、」
「いつか気が向いたら、話してくれればいいけど。そうだね、あと1年くらいの内がいいかな」
「あー、いや、まぁ……その、」
「いつか気が向いたら、話してくれればいいけど。そうだね、あと1年くらいの内がいいかな」
今日も狩りと興行を終え、酒場でグラスを傾ける。
モロクの夜は早いが、冒険者たちで賑わう酒場は明け方まで火を消さない。
他の人間のぬくもりが、日々命を削りながら生きる彼等にとって心休まるのだろう。
モロクの夜は早いが、冒険者たちで賑わう酒場は明け方まで火を消さない。
他の人間のぬくもりが、日々命を削りながら生きる彼等にとって心休まるのだろう。
「お前は……俺の知ってる人達に、良く似てるよ」
「それはそれは、余程おせっかいな人なわけね」
「それはそれは、余程おせっかいな人なわけね」
明日はプロンテラに向かってたくさん歩くから、しっかり寝ておかないと。
そういって酒を切り上げ、それぞれの部屋に戻った。
彼らは月に一度、どこに居ても必ずプロンテラに戻る。
そして、ヴァルキリーレルムのベンチで一晩中曲を奏でるのだ。
そういって酒を切り上げ、それぞれの部屋に戻った。
彼らは月に一度、どこに居ても必ずプロンテラに戻る。
そして、ヴァルキリーレルムのベンチで一晩中曲を奏でるのだ。
「明日は久しぶりの宴会だな」
彼らを懐かしんで見上げる空に、まだプロンテラは見えない。
battleROyale……人間たちの物語
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