日本縦断をしようと決めたのは2010年の暮れだったと思う。
しかし家庭教師のバイトをしていたものの、手元にお金がほとんどなかったので、
春休みに短期のアルバイトをすることにした。
始め、引っ越しのバイトをしようと思い、面接して合格したが、ネットでみつけ
た「ブラックバイトランキング」みたいなのに、かなり上位にランクインしてい
たので怖くなって一回も働かずにバッくれた。我ながらすばらしい判断だった。


いろいろ悩んで、一番ホワイトそうな大学生協の配達のアルバイトを友達と一緒にすることに
した。
仕事内容は、ライセンに届いたパソコンやプリンタなどの商品を研究室へ配達す
るというものだった。
年度末に研究費が余ってると回収されてしまうので、各研究室が揃って本当に必
要なのか正直怪しいものなんかも含めてガンガンお金を使うのだ。
ひたすら研究室に荷物を運ぶだけなので、楽しくはなかったが、各学部のいろい
ろな研究室をみれたのは面白かった。お菓子をくれる優しい教授もいた。

最終的に、家庭教師とライセンと派遣やその他単発のバイトの掛け持ちというハ
ードワークで25万を稼いだ。(このうち10万くらいは春休みの東海道ツーリングやバンドなんかに使った。)





これで大丈夫かと思っていたのだが、当時はまだ自転車以外の装備を何も持って
いなかった。

新しく買わなければならないものを書き出して計算してみたら、テントや寝袋や
サイドバックなど全部合わせて14万円は必要だった。

新しいバイトも始めたが、旅費を考えるとどう考えてもお金が足りない……。
最近母親が家計簿をつけながらよくため息をついていたし、できるだけ親の力は
借りたくなかったが、背に腹はかえれず、親に10万ほど貸してほしいとメールし
た。

すると、父親から思いもよらないメールが返ってきた。

「了解。
10万円貸します。
無事に帰ってきなさい。











尚、無事佐多岬に到達したら返済無用。」

最近あまり話をしていなかった父親からのメールに目頭が熱くなったのを覚えている。
後で聞いた話によれば、母親はお金を出すのに賛成ではなかったらしいが、父親が「出そう」といったらしい。


全額自分の資金でいくことはできなくなってしまったが、何はともあれ資金はなんとかなった。




そして出発の日を7月26日と決め、着々と準備を進めていった。
しかし、ひとつ問題が起きた。

「実験レポートが終わらない。。」

予定では、25日に提出して悠々と出発するつもりだったのだが、だらしなさに定評のある津吹がそんなに計画通りにレポートを進められるはずもない。
結局25日の夜から朝かけて徹夜で終わらせてそのまま出発することにした。

だが、そこは忍耐力の無さに定評のある津吹、一晩中集中してレポートをやるなどできるはずもない。

結局朝になっても終わらず、見送りの友達に謝罪のメールを送って出発を一日ずらし、7月27日、僕は北海道へと旅立った。


添付ファイル