パワパーク@Wiki オリックス退団選手名鑑(投手 > part2)


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本来安定してくるはずのベテラン期に崩れてきたのが痛い

FireSnow (Snow)
158(大)~178オリックス
最多勝利(169)、ベストナイン(158)、新人王(158)
1年目からいきなり2点台の防御率に11勝の好成績を収めたSnowさんオリックス復帰後2代目となるピッチャー。当初はサイドから繰り出すフォークが決め球の不思議な右腕で、その変則っぷりが相手打者を幻惑させたのか。3年目の160期は早くも先発昇格を果たし防御率3点台の安定感ぶりを見せ、次期エース候補へと大きく名乗りを上げた。期待のホープとして一気に名実を高めていたが、5年目162期に防御率6点台に15敗の大乱調。悪化はシーズンを跨ぎ164期は再び6点台の防御率。リーグ優勝を果たした165期も貢献することなく、この4シーズンで実に60敗近くも喫してしまった。しかしこの不振を脱すると166期は先発で初の防御率2点台に14勝とようやく巻き返し、翌シーズンも15勝と勝ち頭に。球種もいつの間にか5つ目をマスターし、課題だった被本塁打も大きく下がった。12年目の169期は14勝ながら、パは先発難とあって初タイトルとなる最多勝を獲得。この頃は不安要所が消え、エース誕生かと思わせたが、13年目の170期からジリ貧傾向に。14年目171期には鉄腕を習得したものの、奪三振率は前期より低下。さらには与四球がぶり返して防御率も5点台近い大不振のシーズンに。15・16年目は2桁勝利に勝ち越しと復調したものの、その後は防御率も悪く、大きく負け越し続き。176期の防御率4.03に11勝がまだ良かったほうで最後まで成績が上向くことは無かった。10年目前後は輝いていたが、超特能の選択が痛かったか。
158 2.82 11 5 2 137.1 75 169 3.10 14 8 0 206.1 112
159 4.90 3 3 3 112 53 170 4.35 10 14 0 186.1 102
160 3.86 11 11 0 174.2 97 171 4.85 9 11 0 176.1 91
161 4.97 13 8 0 172 100 172 3.55 10 8 0 187.2 100
162 6.87 6 15 0 145.1 69 173 3.50 10 8 0 182.2 86
163 5.15 9 14 0 173 88 174 4.00 5 13 0 171 74
164 6.56 7 15 0 157.2 97 175 5.13 7 13 0 156 88
165 4.88 9 15 0 179 94 176 5.99 7 11 0 148.2 69
166 2.92 14 8 0 203.1 98 177 4.03 11 12 0 158.2 81
167 4.28 15 5 0 185 96 178 5.51 3 12 0 130.2 71
168 4.32 9 8 0 181.1 78 (21) 4.48 193 217 5 1819

カモにされ続けていた投手だったが、13年目以降別人になったような主力投手に

阿姆羅 (vgundum)
156(大)~176オリックス
最多勝利(170)
入団時からコントロール・スタミナの高さが特徴の先発型。当初は球速は130㌔台、変化球はさほど落ちないフォークのみとやや苦しい能力だが、3年目から先発に定着。とにかく目立った弱点が明らかな球威不足で、ある程度の制球力はあるもそれ以上に平凡なストレートに少ない球種とあってすっかり伸び悩んでしまう。157期は中継ぎ起用にも関わらず、被本塁打28本を記録してしまい、翌158期の先発入りには大いに不安が募ったが、なんとその声を丸ごとひっくり返すチーム最多の13勝をマーク。あまりにノーマークだったのか衝撃的な先発1年目だった。しかし翌159期からは大きく低迷。先発1年目のブレイクははっきりフロックに終わってしまった。その後も足踏みどころか以前の状態に戻った感じで、全く改善の兆しは見られず。素質としては抜群の投手なのだがどうも打者に力負けしてしまっている感じ。ほとんどが負け越すシーズンで先発失格の内容が続いた。166期に自己新の防御率3.40の好成績を収めるも、翌167期はチーム史上ワースト記録となる18敗となかなかしっくりこない状態。長く暗い低迷期が続いていたが、13年目の168期に重い球習得で一気に安定感上昇。わずかな勝ち越しだったが自己ベストの3.26で優勝に貢献。するとその後も続けて3点台の防御率でまとめていくと、15年目の170期は14勝挙げ最多勝を獲得。16年目以降は3期連続防御率2点台と抜群の安定を見せた。シーズン毎のムラが無くなり、安定感が急上昇し最も頼れる先発へと上り詰めた。しかし174期は久々の乱調で防御率は6点台オーバー。ノックアウト続きで14敗と7期ぶりに負け越し。翌175期は勝敗タイも19期ぶり、先発では初の規定投球回割れとなりここに来て急激に衰えてしまった。長年活躍してなかったせいか衰えの幅も緩やかであったが、さすがに限界が見えてきた様子。ラストイヤーの21年目はそれまでの不振を跳ね除け、負け越しながら3点台の防御率と意地を見せた。当初の乱調投手ぶりを考えると、ベテラン期の挽回は考えられない程見事なもの。しかしさすがに膨れ上がった借金は完済できず通算200敗超。
156 5.06 3 4 3 105 54 167 5.32 6 18 0 171.0 98
157 7.18 5 6 3 150.1 71 168 3.26 12 10 0 207.1 120
158 3.67 13 7 0 174 73 169 3.95 11 7 0 177.2 81
159 5.24 7 11 0 156.1 74 170 3.45 14 9 0 195.2 109
160 5.17 5 15 0 162 96 171 2.77 14 4 0 185 93
161 4.63 10 8 0 167 87 172 2.54 13 8 0 191.2 97
162 4.92 7 11 0 175.2 91 173 2.86 12 9 0 185.2 106
163 4.85 9 16 0 180 79 174 6.03 5 14 0 140.1 77
164 4.30 9 9 0 194.2 107 175 5.62 8 8 0 139.1 109
165 5.70 4 14 0 170.2 99 176 3.95 5 10 0 157.1 107
166 3.40 11 12 0 204 108 (21) 4.36 183 210 6 1936

全盛期短く起用転々ながらも、細く長く投げ続けた

蛇魂王Ⅵ (ナーガ)
156(大)~176オリックス
最多勝利(164)
前回の選手(Ⅳ)は13期在籍したのにも関わらずベテラン期突入後も成績が伸び悩み今度の転生に踏み切ることになった。2年目の157期はリード時・敗戦処理問わずとにかく投げまくり、防御率6点台ながら160弱のイニング数にチーム最多の10勝を挙げるタフな活躍をした。翌158期は前期多かった四球を大きく減らし防御率も一気に改善。159期はわずか2敗に再び規定投球回超と中継ぎ時代は無尽蔵のスタミナが際立っていた。実績を積んだところで5年目160期からは先発になり、負け越したものの防御率3点台12勝の活躍。162期まで3期連続の2桁勝利と防御率3点台とし、投壊現象が続いている中で安定感が輝った。150㌔オーバーの速球に高速スライダーを織り交ぜる本格派タイプでエースの貫禄を窺わせるようになり、163期は打線爆発の恩恵もあって防御率3点台ジャストで19勝を挙げ最多勝を獲得。200イニングを突破し、登板した中で勝敗がつかなかったのがわずか2試合と抜群の完投能力を見せ付けた。20勝目をかけた最終登板では相手もエース級で惜しくも大台には届かず。この頃は一線級投手として活躍していたが、翌165期は大きく勝ち星を減らすと途端に劣化。166期は先発転向後ワーストの防御率5点台に終わり、キレ○を習得した168期も5点台近い防御率、169期はチームワーストの13敗と不振続き。チーム長年の課題だった弱体先発陣がようやく力を付けてきたのに対してどうも足を踏み外してしまった印象。15年目の170期はついに先発から降ろされ中継ぎに。そこでも4点台前後の防御率と短いイニングでも力を出せなくなってしまった。173期は再び先発に戻ったが、やはり目立った成績は残せず7勝止まり。与四球が多くスタミナ面でも不安あり、さすがに先発をやるにはちょっとギリギリの成績。174期は三度中継ぎへと戻ると、最後まで起用法は変わらなかった。若いうちに台頭したのに、そこで頭打ち。先発・中継ぎとコロコロ変わってしまったのは便利屋というより、使いどころに悩んでしまう印象があったからだろうか。
156 4.65 6 6 4 122 73 167 4.16 10 10 0 188.1 94
157 6.16 10 10 0 159.1 92 168 4.86 11 9 0 177.2 97
158 4.58 9 6 1 139.2 75 169 4.53 9 13 0 169.0 88
159 4.38 9 2 5 156 77 170 3.99 6 4 2 117.1 69
160 3.89 12 14 0 180.2 82 171 4.88 11 2 3 114.1 58
161 3.91 11 7 0 179.2 96 172 4.07 6 6 3 108.1 44
162 3.63 10 8 0 183.1 103 173 4.43 7 7 0 146.1 73
163 4.41 12 13 0 187.2 110 174 3.72 7 3 3 130.2 63
164 3.00 19 7 0 204.1 112 175 2.90 6 2 4 130.1 73
165 4.07 10 7 0 188 96 176 4.05 4 4 1 124.1 59
166 5.54 9 10 0 169 90 (21) 4.27 194 150 26 1724

先発2年目165期の成績がキャリアハイ。ベテラン期の安定感で主戦投手に

β野球浪人β (野球浪人)
160(大)~オリックス
MVP(165)、最優秀防御率(165)、最多勝利(165)、ベストナイン(165)
150期以来実に10期ぶりにオリックスに帰ってきた野球浪人さんの新選手。当時消えた後は横浜で中継ぎを務めていたが、在籍期間が短く結果を出せず。そしてドラフト指名を経てようやくオリックスへ復帰を果たした。今度も速球型ナックルボーラー。中継ぎをやるにあって嬉しい勝ち運持ちで1年目から結果を出した。しかしその後は常に4点台といまいち冴えない投球が続いていた。5年目の164期に先発転向も中継ぎ時代とさほど変わない成績に終わり、しばらくはこの状態が続くと思われたが、165期に突然の大ブレイク。シーズン通じて防御率1点台の安定ぶりで勝利を重ね18勝をマーク。最優秀防御率に最多勝とMVPまで獲得し、建て直しが図れない先発陣にあって最高の働きを見せた。ノーヒットノーランも達成し非常に充実したシーズンを送った。しかしさすがにこの活躍は出来すぎで、その後はとんとん拍子。常に勝率5割前後の状態ですっかり印象が薄くなってしまった。169期開幕前には尻上がりを習得したのはちょっともったいない感じ。しかし172期からは防御率3点台前後と安定、ここに来て落ち着いてきた印象だ。174期には鉄腕を習得したがFireSnow同様なぜか奪三振率の向上は見られなかった。安定感にかけてはチームの先発陣では一番と言え、とにかくまとまっており信頼出来る。しかしここで何故か転生を決断。まだまだ一線級の先発として働けるレベルだったが、成績が頭打ちだったのが要因か。
160 3.71 5 2 1 102 48 171 4.16 10 11 0 175.1 103
161 4.52 5 3 2 99.2 47 172 3.11 11 6 0 179.1 91
162 4.50 6 4 6 138 70 173 2.51 10 6 0 194 106
163 4.26 8 4 1 133 68 174 3.46 9 8 0 166.1 90
164 4.72 8 9 0 152.2 79 175 3.23 12 8 0 170 89
165 1.82 18 3 0 197.1 94
166 4.04 7 8 0 171.2 97
167 3.38 10 11 0 178.1 96
168 4.41 10 11 0 173.1 94
169 3.68 12 6 3 173.2 104
170 3.25 11 8 0 182.2 107 (16) 3.59 152 108 10 1383

オリックスで36Sを挙げたのは金刃以来45期ぶり、12Sで終わったのも集計以後初

Rivera (Rivera)
169(大)~175オリックス
最多セーブ(171・175)、新人王(169)
150㌔の速球に大きく落ちるフォークボールが武器のリリーフにうってつけの右腕。ドラフト入団し成績はそれほどでも無かったが新人王を受賞。その功績を評価され2年目は小Q比に代わってクローザーに。ストッパー2年目の171期は2点台前半と高安定。さらには126期の金刃以来となる36Sをマークし優勝に大きく貢献した。最優秀防御率を獲得したユウタとの鉄壁リレーは西武から僅差で逃げ切れた要因であり、驚異のものだった。しかし翌172期は20イニング投げて、自責点20点と大炎上。セーブ数12は今度は96期以降の抑え投手では最も少ない記録だった。わずか2シーズンで天国と地獄を体験し、5年目は元の中継ぎに。しかしまたこの1シーズンを経て再び抑えに。今度はそこそこの安定感を発揮し、7年目の175期は2度目の30セーブを記録。被本塁打はわずか1と速球に力強さがついてきた印象を受けた。今後もこのままストッパーで安泰かと思われたのもつかの間で、175期をもって残念なことに名無しに。久々の優秀な守護神誕生かと思われたが、わずか7シーズンで退団とは短すぎた。
169 4.73 3 2 2 70.1 37
170 5.45 0 4 29 38 27
171 2.43 1 3 36 40.2 16
172 9.00 4 2 12 20 9
173 4.81 2 2 2 91.2 46
174 3.98 2 4 23 31.2 12
175 2.47 0 3 30 40 17
(7) 4.47 12 20 134 164

171期の最優秀防御率が見事。不安定な先発陣を支えたリリーフエース

ユウタⅤ (ゆうた)
161(大)~175オリックス
MVP(171)、最優秀防御率(171)、ベストナイン(171)、ゴールデングラブ(171)
ゆうたさん5代目選手。前選手は500セーブを挙げる不動のストッパーだったが、今度は兎塚という既に先客がいる為中継ぎスタート。やや制球力は低かったが経験を重ねていくうちに克服。それより目立つのが速球派ということ。150㌔を超えるストレートにSFFと技というより力で打たせて取るのが今回の投手。大きく成長を遂げたのが4年目の164期で、このシーズンは中継ぎに新人2人が入団し、1人救援陣を支えた。後半は崩れたが、前半はオールスターに選ばれるほどの安定っぷりだった。その後も役割は変わらず、ここから3期連続防御率3点台とすっかり中継ぎエースに。168期はシーズンは初めて2点台の防御率で優勝に貢献。先発陣が安定してきてからも重要な継投の一人。170期は終盤悪化したもののほぼ1点台の防御率で推移する高安定ぶり。さらに翌171期はその不調がシーズン通して訪れることなく1点台に突入。先発陣が阿姆羅以外全員負け越しという不調であったが、その負担を一人で補う鉄腕ぶりで規定投球回数に到達し、中継ぎ投手ながら最優秀防御率を獲得。ポストシーズンでも10回1/3を無失点と勢いを持続させ、MVPやベストナインも手にする神がかり的な一年であった。とにかく中継ぎで収まるようなレベルではない投手なだけ逆に相手にすれば非常に厄介な存在。しかし13年目を迎えた173期、突如クローザーに任命。そこそこの成績を叩き出したものの、中継ぎエース不在となったことでチームの投手は崩壊。なんとか復旧を果たせたものの、序盤戦はとんでもない惨状になっていた。この事態ではさすがに翌174期は中継ぎに復帰し、3期ぶりの規定投球回到達でリーグ2位の防御率を記録。リリーフエースの真骨頂を見せてくれた。先発陣が強力では無いだけに、チームの命運を握るエースと言っても過言ではない。15年目の175期は中継ぎとしては9年目以来の防御率3点台に終わるとそのまま名無し退団。長年中継ぎ選手を輩出し続けたゆうたさんがついにチームを去ることに。
161 4.47 6 5 2 96.2 56 172 2.68 8 8 2 117.2 69
162 5.78 6 7 1 129.1 65 173 3.68 0 4 22 36.2 22
163 6.05 1 2 2 93.2 48 174 2.24 8 4 3 140.2 73
164 3.29 11 7 2 136.2 68 175 3.33 5 8 3 129.2 69
165 3.55 9 5 6 109 54
166 3.48 9 7 2 98.1 57
167 4.28 5 7 6 115.2 57
168 2.90 8 3 5 115.0 66
169 3.31 8 7 4 119.2 62
170 2.09 9 3 1 107.2 69
171 1.65 10 4 3 147.1 78 (15) 3.43 103 81 64 913

チームが低迷期に突入、遅咲きというのも重なりついに200勝に届かず

飛羽丸 (may)
146~166オリックス
新人王(146)
元通算最多勝利保持者mayさんの新選手。退団後1期は他球団に居たがオリックスへ復帰。防御率3.34の好成績で新人王を獲得したあたりはさすが。2年目は制球に苦しみ防御率5点台と安定しなかった。3年目の149期、野球浪人αの引退で先発枠に空きが出来たため抜擢される。しかし与四球が3桁を超す等、まだ技術自体が落ち着いてない為防御率5点台後半でチームワーストの12敗を記録してしまった。翌150期は飛翔に代わり再び中継ぎに。歯車はさらに狂ってしまい内容はさらに悪化。防御率は自己ワーストの6点台に終わった。151期も18被弾を浴びる等、中継ぎとしては異例の11敗を記録。ノビ×を持っているせいか、もしくは打ち取るしかパターンが無いのが幅を狭めている様子。152・153期の2シーズンで15勝2敗と一躍中継ぎエースとなり翌154期に再び先発復帰を果たす。しかし転向後5期連続で二桁敗戦を記録する等、前回に比べ大きな進歩は見られず。それでも158期に先発として初の勝ち越しを決めると、翌159期は自己最多の14勝をマーク。ようやく安定感が身につき、若い投手陣を引っ張っていく存在になってきた。160期は先発8年目にしてようやく初の一桁敗戦を記録。防御率は常に3点台半ばで完全に安定。しかし球速は既に140㌔台そこそこと衰えも目立ち始めてきており、163・164期はともに防御率5点台と苦しい投球が続くようになってきた。それでも165期には3期ぶりの防御率3点台と復調し一人で貯金11を叩き出し優勝に貢献。翌166期は引退の年となり2桁勝利には及ばなかったが、中継ぎ時代を含め自身初となる防御率2点台でシーズンを締め、有終の美を飾った。尚mayさんが保持していた勝利記録はソフトバンクの球史最高のエース・ルドルフ将軍によって破られた。
146 3.34 7 6 6 86.1 35 157 4.98 7 11 0 171.2 72
147 5.48 12 3 4 111.2 33 158 3.57 11 10 0 186.2 110
148 4.44 9 3 4 103.1 41 159 3.63 14 10 0 183.1 84
149 5.91 8 12 0 150.2 58 160 3.52 12 8 0 194.1 110
150 6.33 5 8 1 106.2 36 161 3.47 10 9 0 187 94
151 4.85 6 11 3 102 31 162 3.91 7 14 0 175 79
152 3.75 6 1 3 98.1 35 163 5.00 11 12 0 163.2 80
153 3.11 9 1 3 136 57 164 5.03 10 9 0 157.1 76
154 5.00 7 14 0 187.1 100 165 3.89 14 3 0 169 74
155 3.52 10 11 0 197 107 166 2.99 9 8 0 180.1 77
156 4.91 10 12 0 174 91 (21) 4.25 194 176 24 1480

着実に実績を積んでいたが、前選手同様9シーズンで退団

山田久志2 (yamata)
154~162オリックス
前選手が9シーズンで名無し化したものの、次のドラフトで指名され1シーズンで復帰。今度もキレ×持ちだが1年目は防御率3点台と健闘した。3年目の156期に早くも先発に廻ったが、防御率6点台に3勝止まりと全く成果を挙げられず。その後も大きく負け越すシーズンが続き、159期には通算にして20以上の借金を背負ってしまう程の勝てない投手だったが、160期は11勝4敗と高勝率をマーク。伸びだしてきたストレートがカーブだけという投球の単調さを解消。161期は先発転向後初めて防御率を3点台に留めた。ようやく結果を残せる投手になってきたが、162期を持って名無し化に。前の選手と同じく9年で退団という形になってしまった。
154 3.94 6 5 4 109.2 50
155 4.23 8 5 2 115 52
156 6.47 3 12 0 136.1 69
157 5.54 6 15 0 146.1 84
158 4.66 3 9 0 158.1 82
159 5.08 10 11 0 166.2 70
160 4.93 11 4 0 157 85
161 3.53 11 9 0 170.2 63
162 3.81 10 10 0 175 97
(9) 4.67 68 80 6 652

ムラが多かったものの、オリックスのセーブ記録を塗り替えた息の長いクローザー

ユウタⅣ (ゆうた)
140~160オリックス
最多セーブ(140~142・144・152・153他)、ベストナイン(141・150・156)
ルーキーながらいきなりセーブ王を獲得したオリックス不動のクローザー。転生前の選手が抑えで、転生後もその配置は変わることなくシーズンイン。当時武器はまだ何も持っておらず中継ぎでもひやひやするレベルで、案の定防御率5点台で抑えとしての役目はとても果たせなかった。その後も起用法は変わらず、141期は防御率を3点台と大幅良化したものの翌142期は6点台と炎上癖が収まる気配はまったく見えてこない。それでも他球団が勝ち星自体なかなか挙げれていないのが追い風となり、142期まで3期連続、144期とセーブ王を入団5期で4度受賞する幸運ぶり。佐々木のような圧倒的球威で勝負するタイプでは無く、スライダー・シュートの横の揺さぶりを駆使し制球で勝負する抑えでは数少ない高津のような軟投派タイプ。通算防御率4点台半ばを考えると後ろを任せるにはあまりにもの足りないが、それでも務まるのがこれまでにユウタさんが築き上げてきた信頼ということか。そして153期以降5シーズンで4度防御率2点台4度とようやく安定し、すっかり信頼できる守護神に。158期にはついにオリックスの最多セーブ記録の466を更新。翌159期はチームで史上初の500セーブを記録。153期に7度目のセーブ王となり、最多9度を受賞しているレイナウド(楽天)に並ぶチャンスが出てきたのだが、その年を最後に158期まで30セーブすら無く結局最後までノンタイトルに終わった。最終年となった160期は投手陣崩壊の影響を受け、序盤に打ち込まれ防御率6点台に終わったものの、通算セーブ数では9位にまで進出した。通算防御率4点台でのセーブランキング入りは史上初。
140 5.79 0 1 24 28 11 151 5.46 2 3 21 28 10
141 3.25 1 2 25 27.2 8 152 5.40 1 3 28 35 18
142 6.49 2 4 26 34.2 17 153 2.65 1 0 33 34 16
143 4.75 3 2 22 30.1 16 154 2.79 1 2 25 29 12
144 4.04 0 3 31 35.2 10 155 4.12 0 3 16 24 16
145 6.60 1 1 21 30 15 156 2.04 2 1 28 35.1 19
146 4.01 0 3 28 33.2 20 157 2.60 2 1 22 27.2 13
147 4.12 1 2 17 19.2 16 158 3.34 1 2 29 32.1 13
148 4.54 0 2 27 33.2 16 159 3.10 2 3 30 40.2 19
149 4.86 1 4 28 33.1 15 160 6.55 1 4 23 33 13
150 4.02 2 3 29 40.1 21 (21) 4.30 24 50 533 314

6年目を最初に20勝は2度。150期以降は苦しい時期が続くも238勝を積み上げた

UnderSnow (Snow)
137~157オリックス
新人王(137)
投手でも打者でも俺ペナ界で様々な記録を打ち立ててきたSnowさんの新選手。元々オリックスに長年在籍していたこともあって非常に頼もしい復活戦力。その実力はやはり只者でなく、いきなり防御率3点台に二桁10勝と20人近くいた新人王レースをぶっちぎりで駆け抜けた。翌138期は防御率2点台前半とさらに安定感上昇。さすがに順調にいきすぎたか139期はそのツケが回ったかのような防御率7点台に被本塁打18と滅茶苦茶なシーズンに。それでも140期はしっかり防御率を3点台、141期は2点台に留め着実に成長を果たす。142期は蛇魂王Ⅳが突如先発から外され、当初の予定より1期早く先発に回ったが防御率2.75の好成績でなんと20勝をマーク。翌143期は18勝を挙げ、144期は2期ぶりの20勝。しかし防御率は段々悪化の一途を辿り、被本塁打も毎期20を超える等不安はところどころあり146期は防御率5点台近くの大乱調で10勝12敗と入団以来初の負け越しになってしまった。翌147期も二桁敗戦を喫するも防御率は改善。野球浪人の引退やベロシティーが衰えだしてきた149期にチーム最多の15勝をマークすると一躍エースへ。151期は20勝した142期を上回る自己ベストの防御率2.61を記録。チームが低迷期突入後、常に不安定だった先発投手陣では唯一と言っていいほど安定し確実に勝利を稼いできたが、153期に中継ぎ時代も含めて自己最少の4勝に終わると、それ以降は39勝47敗とかつての黄金右腕も急劣化。ラストイヤーは規定投球回にすら届かず、ひとつの目安であった250勝も結果的には遠く及ばず。ベテランになってからはエースとして満足いく成績を挙げれなかったのは残念であるが、生涯貯金100弱というのは凄い数字。次に転生した場合は今回以上にきつい状態になりそう。
137 3.56 10 4 4 83.1 48 148 3.55 16 9 0 198 90
138 2.21 4 2 2 85.2 52 149 3.43 15 7 0 191.1 83
139 7.79 5 3 3 67 31 150 3.43 10 8 0 191.2 108
140 3.91 11 4 4 92 42 151 2.61 16 8 0 196.2 118
141 2.31 4 3 6 93.2 55 152 3.02 12 9 0 184.2 109
142 2.75 20 2 0 216 129 153 4.48 4 9 0 150.2 79
143 3.69 18 6 0 190 85 154 3.27 10 8 0 176 95
144 4.17 20 3 0 190 114 155 3.92 10 10 0 167.2 101
145 3.51 15 3 0 195 113 156 3.31 8 7 0 157.2 85
146 4.91 10 12 0 176 100 157 4.58 7 13 0 139.2 83
147 3.22 14 10 0 206.2 112 (21) 3.60 238 140 19 1832

300勝投手、飛翔Jr.、ブレイク間近で退団に

飛翔2代 (flyhigh)
148~155オリックス
通算304勝を挙げた飛翔(127-147)の2代目となる投手。入団時の球種はフォークのみ。1年目のオフにフォークからパームになり、それが功を奏したのか149期は防御率を3点台とした。150期は3年目にして先発となり11勝を挙げ、辛うじて1つ勝ち越し。丁度中継ぎに入れ替わった歴代最多勝コンビのmayさんを抜く格好となった。153期(6年目)は他チームの絶好のカモとされ防御率5.98・16敗(チーム歴代ワースト)・被弾30発と大乱調。翌154期(7年目)まで3期連続の防御率5点台と結果が出ない状態が続いたが、155期は4期ぶりに防御率3点台に二桁勝利とようやく落ち着きを取り戻した。しかしここで名無し化となり退団。ようやく力をつけてきただけに何とも惜しまれる形となった。名無し状態で迎えた156期は18勝を挙げる大ブレイクを果たし皮肉の結果に。
148 5.04 5 4 0 105.1 47
149 3.89 5 1 4 115.2 48
150 4.15 11 10 0 173.2 90
151 3.71 11 7 0 184.1 75
152 5.02 9 13 0 177.1 77
153 5.98 7 16 0 164 65
154 5.13 8 12 0 182.1 77
155 3.49 12 8 0 198.2 106
(8) 4.52 68 71 4 585

通算勝率5割を切る等成績奮わず再転生へ

蛇魂王Ⅴ (ナーガ)
143~155オリックス
143期入団のスクリューボールを武器とする左腕。3年目までは防御率6点台前後と完全に戦力外だったが146期からは3点台に留め中継ぎとしての信頼感が確実に上昇。そして148期に先発に転向し防御率4点台ながら12勝9敗とそこそこの数字を残した。オフに威圧感習得し翌149期、特能の効果で内容は格段に良くなり防御率はチームトップの3.32に良化。11勝はチーム2位だったものの、序盤は低迷していた投手陣を引っ張った。着実に成長を遂げ近いうちにエースの座を手中に収めそうな気配だったがここからまさかの不振。150・151期はともに防御率4点台に勝利数は1桁止まり。152期(10年目)は防御率5点台の大乱調で5勝14敗と大きく負け越し。翌153期(11年目)は辛うじて勝ち越したものの、154期(12年目)は6勝13敗でまたも大きく負け越してついに通算勝率が5割を下回ってしまった。翌155期もわずか5勝に終わりベテランの域に入っても先が見えてこないことから転生することに。結局先発2年目の149期の数字を超えることはなかった。
143 5.51 5 4 4 83.1 34 154 4.94 6 13 0 167.2 91
144 6.69 3 7 6 74 36 155 4.39 5 14 0 172.1 94
145 6.88 6 4 5 103.1 64
146 3.97 4 4 2 111 60
147 3.67 7 1 9 132.1 75
148 4.24 12 9 0 169.2 77
149 3.32 11 8 0 181.2 110
150 4.84 9 6 0 178.1 104
151 4.43 8 10 0 178.2 104
152 5.45 5 14 0 173.1 99
153 4.32 12 11 0 187.1 100 (13) 4.66 93 105 26 1048

中継ぎ10年を経て144期に24勝のウルトラブレイクを果たし一気に濃い現役生活に

ベロシティー (dumas)
134~154オリックス
MVP(144)、最優秀防御率(144)、最多勝利(144)、奪三振王(144)、ベストナイン(144)
全ての能力において、平均的な能力のピッチャー。1年目は防御率7.07と派手に打ち込まれ、投球回数に迫る66個の四球病に悩まされたが、翌135期は投球回はそのままで与四球を35と大きく下げ、防御率も4.00ジャストと投球内容を大幅改善させ、ようやく戦力といった形に。136期はやや防御率悪化も、翌137期は四球病の再発するも初めて防御率を3点台に留めた。138・139期には続けて防御率を2点台としたが、140期以降はいずれも3点台以上と成績に打ち止めがかかった模様。どうももう一歩抜けれない状況だったが144期に先発に転向したのが大当たり。チーム新記録の233投球回を投げ史上2人目のシーズン24勝をマーク。中継ぎにしてはもったいない無尽蔵のスタミナが職場を変えた途端に輝きだした。しかしさすがに出来すぎだったか翌145期は防御率3点台に16勝、146期は17勝と能力通りの成績に。147期はブレイクしてから3期連続で続けていた200投球回を下回り、防御率も7期ぶりに4点台と不振だった。とはいえこれだけの数字を挙げれば先発として充分すぎる程の出来。20勝とまでは言わないまでも15勝は期待できる投手。
 148期は気迫を習得し4期ぶりに防御率2点台以下、16勝で負け数わずか2で乗り切りチームのエースとして君臨した。
 チーム最年長投手になった149期は大乱調。昨期習得した気迫の効果より衰えが上回り防御率4点台、11勝したがイーブンの11敗と安定しなかった。
 150期は2期ぶりの防御率2点台を果たすも援護に見放され、9勝止まりでなんと負け越しという結果に。
 翌151期(18年目)は自己2番目の防御率を残すもその後は悪化の一途を辿り、契約最終年の21年目(154期)は中継ぎ降格。しかしセットアッパーとして安定したピッチングを展開。8勝を挙げ通算200勝を無事突破し、通算勝率6割6分台のハイアベレージで現役生活を終えた。
 タイトル歴は144期だけ。
134 7.07 3 5 2 71.1 35 145 3.44 16 5 0 201.1 124
135 4.00 7 2 2 72 43 146 3.49 17 5 0 201 115
136 4.58 5 4 4 76.2 44 147 4.28 14 9 0 176.2 100
137 3.53 8 4 1 79 47 148 2.25 16 2 0 204 102
138 2.57 6 2 4 84 57 149 4.23 11 11 0 174.1 91
139 2.46 4 5 4 84 45 150 2.91 9 10 0 179.2 90
140 4.05 5 1 7 73.1 30 151 2.37 12 5 0 182.1 79
141 3.71 3 2 6 70.1 45 152 3.38 12 8 0 175.2 86
142 3.66 5 4 4 71.1 36 153 4.46 12 9 0 149.1 63
143 3.20 7 5 7 138 90 154 2.76 8 4 1 120.2 49
144 1.58 24 2 0 233 146 (21) 3.31 204 104 42 1517

前回の選手は勝利の神様だったが、今度は9シーズンで勝ち越しわずか12に終わる

山田秋親 (yamata)
144~152オリックス
144期入団のシュートピッチャー。球の速さはそこそこだがこの変化球で打者の懐をぐいぐい攻める。3年目の146期には早くも先発を任され8勝9敗と負け越したものの、年齢を考えると充分上出来。147期は若干ながら防御率を改善させ13勝を挙げた。
 148期は入団後初の二桁敗戦を喫するが、防御率はこれも初めてとなる3点台に留めた。
 149期のオフに威圧感習得。キレ×は消さずこのままで勝負していくか。
 150期も防御率は3点台中盤と悪くなかったがついに3期連続の二桁敗戦に。年々湿ってきている打線の中苦しいシーズンが続いた。
 151期、特に内容は変わった様子は無かったが自己最多の15勝。続いていた2桁敗戦もようやくストップ。
 しかし152期(9年目)、先発崩壊が起こり山田も巻き込まれ自己ワーストの15敗を喫する。ここで名無し化となってしまいわずか9期で引退となってしまった。そして翌々期のオフにドラフトで新選手として復帰を果たすことになる。
144 5.18 5 4 3 83.1 44
145 4.32 9 6 6 127 66
146 4.74 8 9 0 163.1 77
147 4.35 13 6 0 167.2 83
148 3.45 13 11 0 182.2 73
149 4.04 10 11 0 176 75
150 3.46 11 10 0 192.1 88
151 3.87 15 8 0 190.2 106
152 4.90 8 15 0 172.2 88
(9) 4.17 92 80 0 700

12年の潜伏期間を経てスターターへ復帰した叩き上げ

野球浪人α (野球浪人)
131~148オリックス
ベストナイン(140・141)
131期入団した左腕。前回の選手はナックル一本の投手だったが、今回はそれに高速シンカーも交え投球の幅を広げることが狙い。だがそれと引き換えに非常にノーコンで投球内容はなかなか安定しなかった。1年目は6点台近い防御率で、2・3年目も防御率5点台で先発転向も7勝を挙げたのが精一杯。いずれのシーズンも規定投球回にすら届かず、戦力にはならなかった。投球回数に迫る四球の多さが致命傷だが少しずつ解消されつつある。134期からは先発陣の枠が埋まってしまい中継ぎのシーズンが続き、136期は防御率5点台と攻略され、137期は4点台と不振が続いたが、その後は安定した中継ぎエースに。先発が充実していたせいもあって登板機会は限られていたが、138期は3期ぶりに防御率を3点台に戻し、翌139期は防御率を初の1点台、140~142期は2点台としっかりと抑え続けた。先発をやめてから丁度10期が経過し144期からは再び先発に再転向し、同シーズンは防御率3点台に16勝と今度は実績も信頼も以前とは違う姿を見せた。146期は防御率2.35のキャリアハイのシーズンに。投手陣最年長としてベテランらしい投球術でチームを引っ張っていったが、148期に先発再転向後最少の10勝に終わると複数年契約が残っているも引退を決意。内容自体悪化していないまでも平均投球回数が落ち込んでいるあたり限界を感じたか。
131 5.70 7 6 2 102.2 48 143 3.07 9 3 3 135 83
132 5.19 7 7 0 130 66 144 3.03 16 6 0 181 111
133 5.26 7 9 0 71 145 3.68 10 7 0 161.1 92
134 3.67 4 2 9 88.1 45 146 2.35 16 5 0 188 107
135 3.87 8 2 7 102.1 69 147 3.54 15 6 0 165.1 82
136 5.61 2 6 3 69 44 148 3.81 10 8 0 148.2 70
137 4.10 8 3 5 101 70
138 3.51 4 2 3 59 41
139 1.86 5 3 4 77.1 42
140 2.82 8 2 5 99 61
141 2.25 7 4 3 80 52
142 2.19 8 1 2 94.1 48 (18) 3.60 151 82 46 1202

生涯先発を貫いて、史上2人目の300勝達成

飛翔 (flyhigh)
127~147オリックス
MVP1度(141)、最優秀防御率1度(141)、最多勝利2度(141他)、奪三振王9度(135~143)、ベストナイン1度(141)、新人王(127)
オリックスでは非常に珍しいドラフトで入団した投手。コントロール・スタミナBに加え威圧感持ちと非常に高い完成度を誇ったルーキーで、蓋を開けてみても評判通りに高い素質は変わりなく13勝を挙げ堂々の新人王に。先発での防御率3点台というところが評価できる点で内容も良く、少ない球種ながら相手打者をのらりくらりとかわした。翌128期は14勝、さらに129期は16勝を挙げ、もう一歩で最多勝のところまできた。ただ順当に来ているとはいえ、打ちにくい投手といった感じではなく、130期はチーム最多の13勝も防御率4点台後半と不安定であった。さらに翌131期は絶不調で防御率5点台と大荒れでシーズンわずか4勝に終わってしまった。2桁勝利に届かなかったのは入団後初めてで、ここまで順調に来ていた分、ひとつ自分の投球を見つめなおすいい機会となったか。132期に16勝を挙げ復活すると以後完全に安定。134期は初めての防御率2点台をマーク。そして鉄腕習得後135~143期までずっと奪三振王を獲得し堂々のタイトルホルダーに。奪三振王独占というのは野球浪人Xを彷彿とさせる。131期は思わぬスランプだったが結局振り返ってみると沈んだシーズンはそれだけ。137期を除いて134期から139期は毎年200投球回を突破し、まさに油の乗り切っている時期だった。11年目の137期に通算150勝達成。138期はチーム記録の194奪三振を記録。防御率は抜群に良くはなく安定感にはやや欠け、チームには貴重な豪腕型といった感じの投手だったが、141期は初めて1点台の防御率で22勝をマークし自身初のMVPを獲得。突如成績が良くなったのは被本塁打が半減したのが大きいか。翌142期も自身2番目のベストとなる防御率2.50を記録し17勝。この頃は飛玉丸の引退、趙雲子龍に衰えが見え出してきていることで存在感はかなりのものだった。しかしかつての9期連続奪三振王もさすがに年には勝てず、最後4シーズンは無冠に終わった。21年目の契約最終年に史上2人目の通算300勝を達成。奪三振2769は歴代6位。
127 3.72 13 8 0 162 138 3.88 14 7 0 201.2 194
128 3.80 14 11 0 177.2 139 3.07 15 4 0 205 181
129 3.55 16 8 0 190.1 87 140 3.55 17 3 0 198 179
130 4.71 13 10 0 179.2 92 141 1.72 22 2 0 219.2 189
131 5.59 4 11 0 161 86 142 2.50 17 4 0 198 151
132 3.06 16 7 0 197.1 108 143 2.95 13 6 0 180 143
133 4.14 12 8 0 116 144 2.98 17 3 0 184.1 125
134 2.67 16 5 0 202.1 106 145 2.91 13 5 0 173 126
135 3.13 15 6 0 204.1 149 146 3.76 13 6 0 165.1 131
136 3.17 17 4 0 210 166 147 3.17 13 6 0 156.1 128
137 4.14 14 5 0 193.2 146 (21) 3.40 304 129 0 2769

昨日の友は明日の…

右近の橘 (蓮琥)
140~143阪神、144~145オリックス、146~楽天
ベストナイン(144)
元阪神の軟投型投手。わずか2年の在籍だったが中継ぎで大きく貢献。特に144期は防御率1点台10勝無敗の成績。前のチームではストッパーとして成功していたこともあり、若いながらピッチングスタイルがほぼ完成されていたのが魅力だった。自分の投球を磨くため、もがき苦しむ低迷中の楽天へ移籍。同リーグということもあり厄介な強敵になりそう。
144 1.68 10 0 6 107.1 46
145 3.91 12 6 4 117.1 58
(6年) 3.36 31 20 96 198

バリバリの時期にオリックスへやって来た頼もしい右腕

趙雲子龍 (蜀)
125~133巨人、134~145オリックス
MVP2回(136・138)、最優秀防御率1回(134)、最多勝利3回(136・138・139)、ベストナイン4回(136・138他)
旬の時期に巨人から移籍してきた右腕。速球・変化球・制球とどれをとっても一級品レベルで、移籍初年度から防御率2.33と非常に安定したピッチングで15勝をマーク。136期はリーグ最多の17勝を挙げ防御率も3シーズン続けて2点台中盤を維持。137期は初めて防御率3点台とやや精細を欠いたが、翌138期は自己最高の防御率に初の20勝を挙げ2期ぶりのMVPに。さらに139期も連続20勝を達成。140期は防御率・投球回数ともに移籍後最悪でやや衰えが見え出してきたが、141・142期はともに16勝に防御率2点台としっかり修正。巨人時代から“負けの少ない”投手として活躍していたが、オリックス移籍後もそのスタイルは変わらず。唯一五番手がいなかったオリックス先発陣を穴埋めどころか完璧なものに仕立て上げた救世主ともいえる存在。ここまで高レベルの次元で安定していたが143期防御率4点台後半と大乱調。残す2年も成績こそ挽回したがスタミナ面等、全盛期にほ程遠い状態になってしまったのは残念。通算275勝を挙げ歴代14位にランクイン。これだけの勝ち星を挙げていながら負け数は2桁なのは見事。
134 2.33 15 7 0 193 113
135 2.72 15 7 0 191.2 111
136 2.48 17 4 0 196.1 112
137 3.30 13 8 0 185.1 92
138 2.14 21 3 0 202.1 120
139 2.18 20 2 0 198 101
140 3.52 17 5 0 174 83
141 2.79 16 4 0 187.1 96
142 2.72 16 1 0 175.1 95
143 4.65 12 5 0 151 72
144 2.63 12 4 0 157.1 89
145 3.80 13 7 0 147 70 (21年) 2.95 275 98 18 1833

球史始まって以来の300勝投手!

飛玉丸 (may)
123~143オリックス
MVP4回(139・140・142・143)、最優秀防御率4回(139・140・142・143)、最多勝利6回(129・140~143他)、ベストナイン4回(139・140・142・143)
123期入団したスライダー主体のオーソドックスなタイプの右腕。あけペナ史上唯一のシーズン24勝の記録を持つ。1年目は泣かず飛ばずの防御率4.98だったが、2・3年目は防御率3.5前後に留め中継ぎの一角として及第点の働きを見せ、4年目126期に先発転向。防御率は悪化してしまったもののチーム先発陣最多の13勝を挙げしっかり結果を残した。翌127期は100を超えていた四球が減り防御率も3点台中盤と大幅改善。128期はさらに防御率を良化させ自己最多の15勝をマーク。翌129期はさらに良くなり16勝挙げ最多勝を獲得。しっかり先発の役目を果たし投球回数も増え着実に進歩してきた。130期は防御率5点台と投壊の一途を担ってしまったが、133期は18勝でわずかに3敗と驚異的な数字を残し、その後も非常に安定した成績。通算防御率が低さが安定感の高さを物語っている。これだけの実績でタイトルは129期の最多勝を獲得を最後に遠ざかる不運にも見舞われた。それを象徴するのが138期で防御率2.10に20勝の好成績もいずれも惜しくも2位に終わってしまった。しかし翌139期に防御率1.93で実に11期ぶりのタイトル獲得(最優秀防御率)。140期にはMVPや最多勝等4冠でここに来て一気に荒稼ぎ。さらに翌141期はなんとシーズン負けなしであけペナ史上長い間抜けない記録として残っていたシーズン23勝を打ち破る24勝をマーク。とにかく一発を絶対的に打たれない投球術を持っており攻略はかなり困難。143期のラストイヤーまで4シーズン連続の20勝達成。20年目にして史上初の300勝を達成し最後は実に321の勝ち星を積み上げ歴代最多勝投手として君臨。生涯勝率は7割り5分近くを誇る驚異的な数字となっている。
123 4.98 6 4 3 123 135 3.01 17 4 0 197.1 93
124 3.45 11 4 3 127.2 136 2.69 16 4 0 204.1 117
125 3.49 3 8 5 123.2 137 3.43 15 3 0 178.2 85
126 4.22 13 5 0 162 138 2.10 20 5 0 205.1 119
127 3.69 10 7 0 180.2 139 1.93 19 3 0 210 112
128 3.23 15 9 0 192.1 140 2.10 19 5 0 206 110
129 3.04 16 6 0 192.2 92 141 1.73 24 0 0 207.2 98
130 5.42 12 9 0 162.2 95 142 1.92 21 2 0 197 96
131 3.30 15 9 0 188 89 143 2.09 20 6 0 185.1 87
132 2.80 16 6 0 196.1 99
133 2.98 18 3 0 109
134 2.85 15 8 0 208.2 129 (21年) 2.97 321 110 11 1975
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