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「Crossfire」(2010/08/08 (日) 23:01:50) の最新版変更点
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*Crossfire ◆TPKO6O3QOM
(一)
時計の長針がまた頂点へと戻り、またすぐに旅立っていった。秒針の規則正しい足音が淡々と刻まれていく。
その微細な調べが響くほど、駅構内は静謐さを保っていた。太陽はとうに昇っている。この規模の駅ならば、常なら行き交う人々の急いた足音に包まれているはずである。
そのことをいぶかしむ様に、空調はずっと唸り声を上げていた。
その唸り声の足元に、真っ白い美しい獣が一頭、床で丸くなっている。獅子のような鬣を持った、犬とも猫ともつかぬ生き物だ。僅かに上下する胸部が、その獣に生命が宿っていることを知らせている。閉じられた双眸から、薄らと金色の光が漏れていた。
夢でも見ているのだろう。鱗に覆われた長い尻尾が時折、嬉しそうに振られる。
プラットホームより吹き込んだ風が改札口の間を通り抜け、途中で地下から吹き上がってきた風と合わさっては獣の体毛を弄りつつ外へと駆け抜けて行く。
獣は深い沼に沈む様な眠りに身を埋めていた。沈んだ身体は穏やかに、浅い呼吸を繰り返すばかりである。
あるとき、地下からの風に血が混じっていたのだが、獣は鼻を蠢かしただけで目を覚まさなかった。それに含まれる死臭をも嗅ぎ取っていたのだろう。
死体ほど無害なものはこの世界にはない。そのことを獣は知っていた。
それより前に、辺り一帯を瘴気に満ちた闇が覆ったことがあった。そのときも、獣は目を覚まさなかった。
怨嗟そのものが害をなすことはない。怨嗟に影響を受けた事物が害をなす。そのこともまた、獣は知っていた。何しろ、怨嗟に満ちた世界は獣のゆりかごであったのだから。
幾つもの電車が来訪し、そして去って行った。その間も、獣はただただ眠っていた。刻み付けられた傷を癒すために。挑むべき戦いに臨むために――。
そして――獣は双眸を見開いた。
一瞬、獣の瞳には喜色による輝きがあった。だが、その輝きは急速に褪せて行ってしまった。
くぅんと物寂しげに獣は泣いた。呼応するように尻尾はしな垂れ、股の間に挟まってしまう。その様は親と逸れた子犬のようだ。
だが――。
突然、水を打ったように獣の全身が静まり返った。しかし、その深淵の奥底には狩人としての惨忍さが汚泥の中で首をもたげていた。
程良い緊張が獣の身体に沁みいっていく。
何が自分の目を覚まさせたのか、獣は気づいたのだ。
外より吹き込む風が、彼に獲物の来訪を知らせていた。
ゆったりと、だが迅速に獣は四肢を滑らせて通路を進んでいく。彼の鼻も耳も、ただ一方に集中している。床から振動が響いてきたが、風には生命の匂いが残っている。
獣は改札口を通り抜け、プラットホームへと続く階段の影に身を潜ませた。獲物は絶対にここを通る。
獲物の訪れを、獣はただじっと待ち続けた。
西へと去っていく車体をギロロは見送った。微かな陽光を受けてはいるものの、車体のにび色は一層くすんで見える。先程までの青空は分厚い雲に覆われつつあった。
次の列車が来るのは二十分後だ。
時間を有効に使うならば、その間にこの駅の捜索を終えなくてはならない。もっとも、駅ビルを有しているわけではないし、ここの捜索も程なく終わるだろう。それに間に合わなかった所で大きな不利益があるわけではない。
とはいえ、その二十分間は電車という格好の逃走手段が使えないということでもある。仮令敵が列車に乗り合わせてしまった場合でも、狭い車内はガトリングガンにとって有利に働く。
広い場所でも外すような真似はしないが、先の“銀”という犬を撃ち漏らした記憶がギロロの自負の中にしこりとなって残っていた。
「何かありましたか?」
立ち止ったギロロを不審に思ったのか、階段を少し上った所でユーノがこちらを見つめてきている。手振りでなんでもないと返し、ギロロは階段へと足を掛けた。
先行するユーノの尻尾をなんともなしに視界に収めながら、一歩ずつ階段を上っていく。
中ほどまで行った時、ふいに身体を悪心が走りぬけて行った。酷く居心地が悪く、それでいて嗅ぎ慣れた空気がここに流れている。
近くに敵意をもった何者かがいる――。
目を周りに走らせるも、両脇とも壁に囲まれている。様子を窺うことなどできない。
だが、何者かは既にこちらの存在を嗅ぎつけている。そして、こちらに害意の鉾を向けている。そうならば――。
(階上で待ち構えている!)
ユーノは何も感じないのか、揚々とした足取りで階段を上り切ろうとしていた。
ギロロは二段飛ばしに階段を駆け上がると、ユーノの尻尾を引っ掴んだ。悲鳴を無視してギロロがユーノを引っ張り下ろすのと同時に、白影が階上を駆け抜けた。戛と、刃が打ち合ったような音が聞こえた。
勢い余って、ユーノが階段の角に顎をぶつけカエルが潰れたような苦鳴を漏らす――が、それも無視する。
ギロロは右手のガトリングガンを階上に向かって掃射した。銃弾の牙に喰らいつかれた壁や床が悲鳴を上げながら砕け散って行く。そのまま威嚇射撃を続けながら階段を駆け下りようとするが、頭上を白い影が舞った。襲撃者が脇手より飛びだしてギロロたちの階下に降り立ったのだ。
最も近い退路は防がれた。逃げるならば、あとは狭い駅構内を駆け抜けるしかない。一人ならいざ知らず、今はユーノがいる。それに、すくなくとも階段で立ち回るのは賢いとはいえない。
そうと分かっていたが、すでに身体は階下へと動き出していたために、判断に身体が追い付いていない。
崩れそうになる体勢を懸命に踏み留めさせながら、右手のガトリングガンの照準だけは襲撃者に合わせることに成功した。獅子のような姿の白い獣を照星越しに見やる――。
他の参加者に出会った際に、最初に対応するのはユーノの役目だったことを思い出したのは引き金を絞り切った後だった。
激しい閃光の向こうに白影が躍ったのが見えた。初弾を獣は階段を降りることで回避したようだ。その後も、獣は巧みに射線から逃れ続けた。
それを追尾しようとするも、片手ではガトリングガンの制御は甚だ難しかった。砲身は反動で跳ね上がり、上へ上へと照準がずれて行ってしまう。排莢の奏でが空しく階下を転げ落ちて行く。
埒が明かぬ。それに、相手が疲弊するよりも銃の弾が尽きる方が早い。
ギロロは銃撃を止め、階段を駆け上がった。背後に、爪が階段を掻く音を聞く。
上り切った所でギロロは振り返り、襲撃者を迎え撃とうとし――階段中央で四肢を踏みしめた獣の口から洩れる炎の燻りを目にした。
咄嗟にギロロは身体を横に投げ出した。一呼吸前まで身体があった場所を紅蓮の奔流が貫いていく。
受け身を取るが、その際にユーノの尻尾を手放してしまった。床を転がったユーノが目を回しながらもしっかりと立ち上がったのを見てとり、ギロロは視線を階段に戻した。
「ユーノ! おまえは先に逃げろ!」
叫んだ後で、ユーノの持つ手榴弾のことが頭をよぎる。手榴弾は素早い相手に有効な手段だが、この狭い構内でこちらが安全な位置を取ることは困難だ。相手が何処ぞの怪獣王よろしく火炎放射をしてくるのだから、更に使用は難しくなる。最悪自爆の懼れも出てくるだろう。
やはり自分の判断は間違っていない。
ユーノは一瞬だけ何か言いたそうに目を光らせたが、すぐに身を翻して入口へと走って行った。
反論している時間はないと察したのだろう。ギロロは小さく笑みを浮かべた。
階段周辺は残り火が燻り、溶けだした壁や床が異臭を放っている。火災を知らせる警報器がけたたましい音を立てていた。
獣が姿を現すのと同時に狙撃できるよう、階段口に照準を合わせる。右腕を左手で抑えながら、ギロロは待った。
相手も警戒しているのか、中々姿を現さない。警報の中で、獣が床を掻く音を探り取ろうと耳を欹てる。
すぐに求めていた音は見つかった。だが、音の出所は目の前の階段ではない――。
「ちィ――ッ!」
獣はもう一つの階段の方を駆け上がってきたのだ。生意気にも裏を掻いてきた。
ギロロが照準を変えるよりも、獣が炎の渦を口より放つ方が早い。床を転がって回避するが、足や腹部の肌に痛みが広がっていく。熱風からは完全に逃げられなかったようだ。
身を起こしたギロロの目に、こちらに飛び掛かろうとする獣の姿が見えた。迎え撃とうと銃口を向けるが、跳んだ獣は途中で柱の一本を蹴って軌道を変えて来た。再度照準を合わせるのはもう不可能だ。
ギロロに出来たのは、顎の一撃を砲身で受け止めることだけだった。
戛と音を立て、砲身に獣の牙が喰らい付いた。圧し掛かろうとする獣を、引き金を引いて、その反動と熱で振り払おうとする。案の定、回転した砲身に獣は思わず口を放した。
すぐさま銃口を獣に突き付けるも、砲身はギロロが引き金を引く前に獣の前足で払われ、更に右腕を抑え込まれてしまった。そうなっては、体重で勝る獣に対してギロロに出来ることはない。それでも足掻こうとしたのだが、腹を右前足で抑えられ完全に動きが止まる。
爛とした獣の金色の瞳に、ギロロの憎々しげな顔が映っていた。
獣の口に紅蓮が灯るのを、ギロロはただ睨みつけることしか出来ない。
一呼吸後――。
構内に迸ったのは獣の悲鳴だった。
(ニ)
辺りに響くけたたましい音は目の前の建物から聞こえてきていた。心をざわつかせる、なんとも気持の悪い音だ。その前にも、あのクロとかいう獣が使っていた武器と似た音が聞こえてきていた。この建物の中で参加者同士が戦っているようだ。
建物は二階建てだが、一階は殆ど壁に覆われていない。二階から一階まで一部壁に覆われた部分があるが、おそらく階段か何かだろう。覗き窓のようなものが幾つかある。
一階は代わりに細い柱が何本も東西に立ち並び、柱同士は上部が細い糸のようなもので繋がれている。そういえば、少し前に直方体の物体が走っていったのもこの辺りだったはずだ。
風に飛ばされないよう、引き寄せたマントを胸元で抑え込みながらラルクは鼻面に皺を寄せた。
空は既に分厚い雲に覆われ、吹き付ける風には雨の匂いが強くなっている。もう間もなく雨が来るだろう。そうなれば砂の上に残った足跡は元より、臭いまでも消えてしまう。
奇怪な音に気を取られている暇はない。先程見つけたオーボウの仲間たちのものらしき足跡を追って仕留めなくてはならない。そうしなければ、シエラに類が及んでしまう。それを子供のような好奇心で歩みを止めてしまうとは――。
苛立たしく息を吐き、ラルクは建物に背を向けた。
「そ、そこの方! 待って……待ってください! 手を貸して欲しいんです!」
突然の声に、ラルクはマントの中でナイフを構えながら振り返った。その際に手が緩み、引き寄せていたマントは風に大きく舞い上がる。
一瞬声の主が見つからなかった。しかし、すぐに建物の近くに小さな獣の姿を認める。尻尾が妙な形に折れ曲がっていた、茶色い胴長の獣だ。
「お願いします! 手を貸してください。中で襲われて――仲間がまだ戦っているんです!」
こちらが気付くのを待っていたのだろう。小さな獣はもう一度繰り返した。女か、まだ声変わりのしていない子供のような声だ。
風に弄ばれるマントを、わざと時間をかけて手繰り寄せる。
今なら難なく、この小さな獣は殺せるだろう。また、相手をせずに立ち去ってしまっても、こちらに損など全くない。迷っている間に雨が降ってくるかもしれない。そうなれば、シエラを害するものたちの貴重な手がかりが消えてしまう。
早急に追跡へ戻るべきだ。当然の結論が導き出される。
しかし、あの忌々しいオーボウの言葉が同時に蘇ってくる。
――誰かを助ければ、その感謝はシエラにも向かう。
この言葉だけは強く耳に残っていた。彼の言葉に心動かされていたこともあるだろう。今思えば苦々しいが、それは確かだった。
だが、助けたものがシエラに害を及ぼすものであれば無意味だ。
ラルクは小さな獣を見やった。
露わになった手の中のナイフを見ても、小さな獣からは微塵も同様が見られない。代わりに、その小さな体に見合わぬ勇気が伝わってくる。少なくとも、ただ逃げて来たものの姿ではない。
それに――。
(助けて。ではなく、手を貸せ。だったな)
他者に依存する言葉ではなかった。ラルクは胸中で小さく笑みを刻んだ。
オーボウの言葉に惑わされてみるか。そういう気持ちになった。
あの足跡が向かうのは、おそらくG-4にある豪邸だろう。そうでなくとも、行けば何かしらの装備を調達できるかもしれない。
助けようが助けなかろうが、自分に損はない。
それならば――。
少しぐらいの寄り道がシエラを救うことに繋がるかもしれないのならば――。
「いいだろう」
ラルクはそう応え、建物に走り寄った。小さな獣は礼を述べると、先行して建物の中に飛び込んで行く。案の定、入口からすぐに二階へと続く 階段があった。それを一足飛びに駆け上がる。耳をつんざくような音と炎の中、通路の中ほどに白い獣が赤い亜人に馬乗りになっているのが目に入る。炎の中で白毛を煌々と輝かせる獣に、亜人は今にも噛み砕かれんばかりという状態だ。
「白と赤、連れはどっちだ?」
「赤い方です!」
言いながら、小さな獣は自分のバッグから金属製の球体を取り出していた。
ラルクは獣の首を狙い、この地ですっかり馴染んでしまった動きでナイフを投擲した。銀光が煙と炎を切り裂きながら一直線に飛んでいく。
白い獣はこちらを認知していなかったはずだが、それでもナイフの接近に気づいた。獣の勘というものだろうか。身を捻ったために、ナイフは首筋を浅く切り裂いただけに終わる。
それでも白い獣は動揺したようだ。そのために拘束が緩んだのか、亜人は腹部を抑えつけていた足から逃れた。そして、亜人は白い獣の腹部を思い切り蹴り上げた。
獣の喉から悲鳴が迸る。体躯からしてそれほど効いたとも思えないが、事実、白い獣は亜人の上から後退して苦悶の表情を浮かべている。
「ギロロさん!逃げてください!」
足元の小さな獣が、取り出していた球体を白い獣の方に放り投げた。球体は落ちた後も床の上をころころと転がって行く。
「あなたも階段の方に下がって!」
訳が分からなかったが、声に含まれた真剣味に押されてラルクは指示に従った。階段を三段ほど下り、身をかがめる。
二呼吸後、凄まじい炸裂音が響き渡った。振動と共に大量の粉塵が流れて来る。
視界が効かない内は下手に動かない方が賢明だろう。マントで鼻と口を覆い、呼吸だけは確保する。
しかしながら、ここには未知の――そしてロクでもない道具が複数存在しているようだ。
あの小さな球体がここまでの威力を有しているとは誰も想像できまい。
小さな獣は、あれを以前から知っていたのか。それとも、この地で使って知ったのだろうか。使ったのだとしたら、何に使ったのか。進んでか、それともやむを得ずか。
姿の見えない小さな獣に考えを巡らせていると、突如炎の道が煙を斬り払った。轟と迸った紅い奔流は南の壁を舐めつくし、その熱に大きな窓の硝子が砕け散った。そうして出来た新たな逃げ道に、粉塵と煙が吸い込まれていく。それに混じって白い何かが外へと飛び出していくのが垣間見えた。
(分が悪いと逃げ出したか)
あの動きからすると、あの爆発でも致命的な傷は受けていないようだ。白い獣もまたどうにか凌いだらしい。
まだ判断しがたいが、あの白い獣が殺し合いに乗った獣であるならばシエラの脅威になるだろう。しかし、武器のない状態で追うのは賢こい選択ではない。
もう一つ出口が増えたせいか、粉塵は思ったよりも早く晴れて行った。穴の付近には血が零れている。量からして、あの首の裂傷だけの出血ではないように思える。
「大丈夫ですか?」
既に小さな獣がギロロに駆け寄っていた。ギロロは柱の陰に隠れて爆風をやりすごしたようだ。右腕に筒状の装甲を嵌めている。クロが持っていた武器と同じような穴が、その先端には幾つも穿たれていた。
クロの得物よりも上等な代物に見える。あの穴から同時に攻撃する武器なのだろう。
「連れが無事で何よりだが……オレは別にいらなかったんじゃないのか?」
鎧やマントについた汚れを払いながら、ラルクは二人に声をかけた。
室内は酷い有様になっていた。爆風で飛び散った破片が当たりの壁や天井に突き刺さり、設備を破壊している。けたたましい音も止まっていた。どうやら音を発していた仕掛けも爆発で壊れたらしい。
炎はまだ燻っているが、燃えるものがないせいか鎮火しつつある。延焼の心配はなさそうだ。
ひとまずナイフを探そうと、ラルクは奥へと歩みを進めた。
「いえ、あなたが白い獣の気を引いてくれたから上手く行ったんですよ。ありがとうございます……えっと、すいません。まだ名乗っていませんでしたね。僕はユーノ・スクライアという者です。彼はギロロさん」
聞き流しながら、床に視線を滑らせる。
ナイフは存外あっさりと見つかった。血を払って確かめると、使用に遜色はない状態だ。あの爆風の中で運がいいと、ラルクは表情を緩めた。
「あの、あなたは――?」
「ん? ……ああ、ラルクという」
ナイフを仕舞いながら、ラルクは二匹をそれぞれそれとなく観察する。両方とも見たことのない生き物だ。
「……俺からも、まあ、なんだ……その、礼を言うのに吝かではないぞ」
ギロロという亜人はあまり面白くないのか――それとも恥じているのか、ぶっきらぼうな口調だ。子供のような態度に、ラルクは失笑した。
「こっちも下心がなかったわけじゃない。礼はいらんよ」
「下心? ……貞操か!? 夏美を狙っているのか!? 貴様、渡さんぞ! そんな悪趣味なマントを着ている輩を夏美の半径一キロ以内近づけさせてなるものか!」
「なにを言っている? それと、この格好は不可抗力だ」
いきなり騒ぎ立て出したギロロを半眼で見つめる。情緒不安定となると、シエラの負担になるかもしれない。やはり、殺しておくべきだろうか。
「すいません。偶に発作が起こるらしくて……」
まだ何か喚いているギロロを見やって疲れたように告げるユーノに、ラルクは肩をすくめて見せた。こっちはまともなようだ。
ユーノは咳払いを一つすると、ところでと話を切り出した。
「ラルクさんは、これからどうするんですか? 特に決まってないなら僕たちと――」
予想の範囲内の台詞だ。不安からか、ここの参加者は徒党を組みたがる傾向があるようだ。ユーノの言葉を手を軽く上げて遮る。
「詳しく言うつもりはないが、急ぎの用があってな」
「……そう、ですか」
ユーノは尻尾を垂らして、俯いてしまった。その姿に少し気まずいものを感じなくもなかったが、相手の都合に構っていられる暇はない。穴から除く空は今にも雨が降り出しそうだ。
彼らに協力した目的を早く果たしてしまおうとラルクは口を開いた。
「ひとつ頼まれごとをしてくれ。下心とは、そのことだ」
ユーノが顔を上げる。喚くのをやめて夢の世界にいっていたらしいギロロも、こちらに視線を向けたのが分かった。
「なんですか?」
「……その前に一応確認するが、お前たちは殺し合いに乗っていないな?」
二人が頷くのを待って、続ける。
「もし、シエラという女に会ったとき、彼女が困っていたら力になってやって欲しい。薄紫の髪で、純白の体毛を持った女だ」
「お前の女か」
そう訊いてきたのはギロロだ。視線だけを向けて答える。
「いや、オレの姉だ」
「シスコン? やはり夏美に繋がるではないか! この変態マント狼め!」
「……貴様とは一度本気で決着を付けねばならんようだな」
「本っ当に病気なんです。勘弁してあげてください」
ギロロはまた良く分からないことをつらつらと並べ立てている。どういう経緯か分からないが、内容は夏美とやらへの惚気に変わっているようだ。
半眼で呻きながら、ラルクは嘆息と共に苛立ちを抑えた。
果たして、自分の判断は間違っていなかったのか。自信がなくなってくる。オーボウの妄言に惑わされた自分が憎らしく思えて来た。
(とっとと追跡に戻ろう……疲れる)
もう一度嘆息してから、手ぶりで別れを告げて二人に背を向けた。と、そこにユーノの声がかかった。
「あ、待ってください。ケロロとザフィーラという名前に心当たりは?」
「ないな」
返答すると、今度はギロロが声を掛けて来た。踏み出そうとした足が、またもや止められる。
「ラルク、お前の得物はナイフ一本だけか?」
「そうだが? 貴様には関係のないことだろう」
苛立ちを隠さずに答えると、ギロロはこちらを無視してユーノに指示を出した。
「ユーノ、ラルクに手榴弾を二、三分けてやれ」
「え? ああ、了解です」
バッグを手に、ユーノがこちらに走り寄って来た。ユーノが手渡してきたのは、先程の球体だ。ギロロを見やると、彼はそっぽを向いている。
「渡されても、オレはこいつの使い方を知らんのだが……」
「そいつの上にあるピンを抜くと、六秒ほどで爆発する。その頃合いを計算して投擲してくれ。威力はさっき見ただろう。そいつは爆発よりも、その爆風で吹き飛ぶ破片で攻撃する武器だ。威力を高めたいなら、狭くて散らかった場所で使え。此処みたいな、な」
「……分かった」
一呼吸で説明し終えたギロロに対し、ラルクは苦笑を浮かべた。受け取り、鎧の隙間に収める。威力からして使いどころが難しそうだが、ナイフよりは有効な戦力となるのは確かだ。
それらとは別に、走り書きも渡された。二人の出会った危険な参加者とそうでない参加者の特徴が書かれているようだ。
素直に礼を述べ、それも鎧の中に納めた。
「こっちが世話になってしまったな。シエラのこと、頼む」
別れを告げ、ラルクは今度こそ建物を後にした。
砂の上にはラルクとは別に新たな足跡が刻まれている。あの白い獣のものだ。足跡だけでなく、血痕も点々と続いている。
どうやら、白い獣もオーボウの仲間たちと同じ方向へ向かったようだ。
好都合と、ラルクは口端を引き上げた。
すぐにも泣き出しそうな空を見上げ、ラルクは追跡を再開した。
【F-5/F-5駅内/一日目/正午】
【ユーノ・スクライア@リリカルなのはシリーズ】
【状態】:顎に打撲(小)
【装備】:なし
【道具】:支給品一式、手榴弾(7/12)@ケロロ軍曹、消火器数本
【思考】
基本:打倒主催。
1:F-5駅を一応捜索。消火もする?
2:対主催のメンバーを集める。
3:てゐの捜索。
4:ケロロ、ザフィーラとの合流。
5:F-3、D-2、C-2、B-4の順に駅を回る。
6:シエラに会ったら協力する。
【備考】
※参加者を使い魔か変身魔法を用いた人間だと思っています。
※会場はミッドチルダではないが、そこよりそう遠くない世界だと思っています。
※首輪について
人間化は魔力を流し込むことによって、
結界魔法などは魔力を吸収することによって妨害されています。
※銀、カエル、グレッグルを危険な獣と認識しました。
※東方世界の幻想郷について知りました。しかし、てゐのせいで正確性には欠いています。
【ギロロ伍長@ケロロ軍曹】
【状態】:疲労、脚部等に軽い火傷、腹部と右腕部に爪傷(小)
【装備】:ガトリングガン@サイボーグクロちゃん(残り50%)、ベルト@ケロロ軍曹
【道具】:支給品一式、バターナイフ、テーブル、キュービル博物館公式ガイドブック・世界編
【思考】
基本:死ぬ気はさらさらないが、襲ってくるものには容赦しない。
1:F-5駅を捜索。
2:対主催のメンバーを集める。
3:てゐの捜索。
4:てゐに少し違和感。
5:ケロロ、ザフィーラとの合流。
6:F-5、F-3、D-2、C-2、B-4の順に駅を回る。
7:シエラに会ったら協力する。
【備考】
※銀、カエル、グレッグルを危険な動物かどうか、判別しかねています。
※ユーノを女と思っています。
※A-6やF-2の駅付近の建物に疑問を感じています。
【F-5 /一日目/正午】
【ラルク@聖剣伝説Legend of Mana】
【状態】軽度の凍傷、左腕に銃創(小)、低温状態(大分回復)
【装備】スティンガー@魔法少女リリカルなのはシリーズ×1、派手な外套@うたわれるもの、手榴弾(3/3)@ケロロ軍曹、ユーノのメモ
【道具】支給品一式、不明支給品0~2(確認、武器は無し) 、オーボウの支給品(食料、水を除いた支給品一式、不明支給品0~1(確認、武器は無し))、ウマゴンの支給品一式、巨大キノコ@スーパーマリオシリーズ
【思考】
基本:キュウビの打倒に対し、シエラの障害になる者は殺す。役に立ちそうな相手なら、場合によっては多少協力する。
0:シエラが無事であってほしい
1:足跡をたどって、オーボウの仲間とパスカルを殺す。
2:武器が欲しい。出来れば斧
3:シエラとは戦いたくない。そうなる可能性があるので、会うのも避けたい。
4:派手なマントは目立つし何より恥ずかしいので、さっさと代わりの物を見つけて捨てたい。しかし、もう諦めてもいいかなとも思っている。
※参戦時期はドラグーン編の「群青の守護神」開始より後、「真紅なる竜帝」より前です。
※ここが自分の世界(ファ・ディール)ではないと気付いていません。
※また、死ねば奈落に落ち、自分は元あった状態に戻るだけだと考えています。
※伝説の剣@ハーメルン が武器として使い物にならないことを知りました
※第1放送を完全に聞き逃しました。禁止エリアの場所について知りません。
※メモはギロロたちが駅に貼っているものと同種です。
【パスカル(ケルベロス)@真女神転生】
【状態】:内臓負傷、疲労、腹部の傷(ミュウツーにやられたものが少し開いた。出血中)、首に裂傷(小。出血中) 、G-4方面に移動中
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式、まんまるドロップ@聖剣伝説Legend of Mana(二個)、ラスタキャンディ@真女神転生if...(一個)
【思考】
基本:ゲームに乗る
1:????????????
【備考】
※深夜に見た満月を疑っています。
※第一回放送を丸々聞き逃しました。
※F-5駅で小規模の火災が発生しました。煙が遠目から見えるかもしれません。また、今のところ電車、地下鉄両者の運行に支障は出ていません。
※F-5駅構内の二階部分の窓が壊れています。
*時系列順で読む
Back:[[白い兎は歌う]] Next:[[stray]]
*投下順で読む
Back:[[雨がくる風がたつ]] Next:[[stray]]
|075:[[異界の車窓から]]|ギロロ伍長||
|075:[[異界の車窓から]]|ユーノ||
|044:[[飴と機知]]|パスカル||
|076:[[闇の梯子]]|ラルク||
*Crossfire ◆TPKO6O3QOM
(一)
時計の長針がまた頂点へと戻り、またすぐに旅立っていった。秒針の規則正しい足音が淡々と刻まれていく。
その微細な調べが響くほど、駅構内は静謐さを保っていた。太陽はとうに昇っている。この規模の駅ならば、常なら行き交う人々の急いた足音に包まれているはずである。
そのことをいぶかしむ様に、空調はずっと唸り声を上げていた。
その唸り声の足元に、真っ白い美しい獣が一頭、床で丸くなっている。獅子のような鬣を持った、犬とも猫ともつかぬ生き物だ。僅かに上下する胸部が、その獣に生命が宿っていることを知らせている。閉じられた双眸から、薄らと金色の光が漏れていた。
夢でも見ているのだろう。鱗に覆われた長い尻尾が時折、嬉しそうに振られる。
プラットホームより吹き込んだ風が改札口の間を通り抜け、途中で地下から吹き上がってきた風と合わさっては獣の体毛を弄りつつ外へと駆け抜けて行く。
獣は深い沼に沈む様な眠りに身を埋めていた。沈んだ身体は穏やかに、浅い呼吸を繰り返すばかりである。
あるとき、地下からの風に血が混じっていたのだが、獣は鼻を蠢かしただけで目を覚まさなかった。それに含まれる死臭をも嗅ぎ取っていたのだろう。
死体ほど無害なものはこの世界にはない。そのことを獣は知っていた。
それより前に、辺り一帯を瘴気に満ちた闇が覆ったことがあった。そのときも、獣は目を覚まさなかった。
怨嗟そのものが害をなすことはない。怨嗟に影響を受けた事物が害をなす。そのこともまた、獣は知っていた。何しろ、怨嗟に満ちた世界は獣のゆりかごであったのだから。
幾つもの電車が来訪し、そして去って行った。その間も、獣はただただ眠っていた。刻み付けられた傷を癒すために。挑むべき戦いに臨むために――。
そして――獣は双眸を見開いた。
一瞬、獣の瞳には喜色による輝きがあった。だが、その輝きは急速に褪せて行ってしまった。
くぅんと物寂しげに獣は泣いた。呼応するように尻尾はしな垂れ、股の間に挟まってしまう。その様は親と逸れた子犬のようだ。
だが――。
突然、水を打ったように獣の全身が静まり返った。しかし、その深淵の奥底には狩人としての惨忍さが汚泥の中で首をもたげていた。
程良い緊張が獣の身体に沁みいっていく。
何が自分の目を覚まさせたのか、獣は気づいたのだ。
外より吹き込む風が、彼に獲物の来訪を知らせていた。
ゆったりと、だが迅速に獣は四肢を滑らせて通路を進んでいく。彼の鼻も耳も、ただ一方に集中している。床から振動が響いてきたが、風には生命の匂いが残っている。
獣は改札口を通り抜け、プラットホームへと続く階段の影に身を潜ませた。獲物は絶対にここを通る。
獲物の訪れを、獣はただじっと待ち続けた。
西へと去っていく車体をギロロは見送った。微かな陽光を受けてはいるものの、車体のにび色は一層くすんで見える。先程までの青空は分厚い雲に覆われつつあった。
次の列車が来るのは二十分後だ。
時間を有効に使うならば、その間にこの駅の捜索を終えなくてはならない。もっとも、駅ビルを有しているわけではないし、ここの捜索も程なく終わるだろう。それに間に合わなかった所で大きな不利益があるわけではない。
とはいえ、その二十分間は電車という格好の逃走手段が使えないということでもある。仮令敵が列車に乗り合わせてしまった場合でも、狭い車内はガトリングガンにとって有利に働く。
広い場所でも外すような真似はしないが、先の“銀”という犬を撃ち漏らした記憶がギロロの自負の中にしこりとなって残っていた。
「何かありましたか?」
立ち止ったギロロを不審に思ったのか、階段を少し上った所でユーノがこちらを見つめてきている。手振りでなんでもないと返し、ギロロは階段へと足を掛けた。
先行するユーノの尻尾をなんともなしに視界に収めながら、一歩ずつ階段を上っていく。
中ほどまで行った時、ふいに身体を悪心が走りぬけて行った。酷く居心地が悪く、それでいて嗅ぎ慣れた空気がここに流れている。
近くに敵意をもった何者かがいる――。
目を周りに走らせるも、両脇とも壁に囲まれている。様子を窺うことなどできない。
だが、何者かは既にこちらの存在を嗅ぎつけている。そして、こちらに害意の鉾を向けている。そうならば――。
(階上で待ち構えている!)
ユーノは何も感じないのか、揚々とした足取りで階段を上り切ろうとしていた。
ギロロは二段飛ばしに階段を駆け上がると、ユーノの尻尾を引っ掴んだ。悲鳴を無視してギロロがユーノを引っ張り下ろすのと同時に、白影が階上を駆け抜けた。戛と、刃が打ち合ったような音が聞こえた。
勢い余って、ユーノが階段の角に顎をぶつけカエルが潰れたような苦鳴を漏らす――が、それも無視する。
ギロロは右手のガトリングガンを階上に向かって掃射した。銃弾の牙に喰らいつかれた壁や床が悲鳴を上げながら砕け散って行く。そのまま威嚇射撃を続けながら階段を駆け下りようとするが、頭上を白い影が舞った。襲撃者が脇手より飛びだしてギロロたちの階下に降り立ったのだ。
最も近い退路は防がれた。逃げるならば、あとは狭い駅構内を駆け抜けるしかない。一人ならいざ知らず、今はユーノがいる。それに、すくなくとも階段で立ち回るのは賢いとはいえない。
そうと分かっていたが、すでに身体は階下へと動き出していたために、判断に身体が追い付いていない。
崩れそうになる体勢を懸命に踏み留めさせながら、右手のガトリングガンの照準だけは襲撃者に合わせることに成功した。獅子のような姿の白い獣を照星越しに見やる――。
他の参加者に出会った際に、最初に対応するのはユーノの役目だったことを思い出したのは引き金を絞り切った後だった。
激しい閃光の向こうに白影が躍ったのが見えた。初弾を獣は階段を降りることで回避したようだ。その後も、獣は巧みに射線から逃れ続けた。
それを追尾しようとするも、片手ではガトリングガンの制御は甚だ難しかった。砲身は反動で跳ね上がり、上へ上へと照準がずれて行ってしまう。排莢の奏でが空しく階下を転げ落ちて行く。
埒が明かぬ。それに、相手が疲弊するよりも銃の弾が尽きる方が早い。
ギロロは銃撃を止め、階段を駆け上がった。背後に、爪が階段を掻く音を聞く。
上り切った所でギロロは振り返り、襲撃者を迎え撃とうとし――階段中央で四肢を踏みしめた獣の口から洩れる炎の燻りを目にした。
咄嗟にギロロは身体を横に投げ出した。一呼吸前まで身体があった場所を紅蓮の奔流が貫いていく。
受け身を取るが、その際にユーノの尻尾を手放してしまった。床を転がったユーノが目を回しながらもしっかりと立ち上がったのを見てとり、ギロロは視線を階段に戻した。
「ユーノ! おまえは先に逃げろ!」
叫んだ後で、ユーノの持つ手榴弾のことが頭をよぎる。手榴弾は素早い相手に有効な手段だが、この狭い構内でこちらが安全な位置を取ることは困難だ。相手が何処ぞの怪獣王よろしく火炎放射をしてくるのだから、更に使用は難しくなる。最悪自爆の懼れも出てくるだろう。
やはり自分の判断は間違っていない。
ユーノは一瞬だけ何か言いたそうに目を光らせたが、すぐに身を翻して入口へと走って行った。
反論している時間はないと察したのだろう。ギロロは小さく笑みを浮かべた。
階段周辺は残り火が燻り、溶けだした壁や床が異臭を放っている。火災を知らせる警報器がけたたましい音を立てていた。
獣が姿を現すのと同時に狙撃できるよう、階段口に照準を合わせる。右腕を左手で抑えながら、ギロロは待った。
相手も警戒しているのか、中々姿を現さない。警報の中で、獣が床を掻く音を探り取ろうと耳を欹てる。
すぐに求めていた音は見つかった。だが、音の出所は目の前の階段ではない――。
「ちィ――ッ!」
獣はもう一つの階段の方を駆け上がってきたのだ。生意気にも裏を掻いてきた。
ギロロが照準を変えるよりも、獣が炎の渦を口より放つ方が早い。床を転がって回避するが、足や腹部の肌に痛みが広がっていく。熱風からは完全に逃げられなかったようだ。
身を起こしたギロロの目に、こちらに飛び掛かろうとする獣の姿が見えた。迎え撃とうと銃口を向けるが、跳んだ獣は途中で柱の一本を蹴って軌道を変えて来た。再度照準を合わせるのはもう不可能だ。
ギロロに出来たのは、顎の一撃を砲身で受け止めることだけだった。
戛と音を立て、砲身に獣の牙が喰らい付いた。圧し掛かろうとする獣を、引き金を引いて、その反動と熱で振り払おうとする。案の定、回転した砲身に獣は思わず口を放した。
すぐさま銃口を獣に突き付けるも、砲身はギロロが引き金を引く前に獣の前足で払われ、更に右腕を抑え込まれてしまった。そうなっては、体重で勝る獣に対してギロロに出来ることはない。それでも足掻こうとしたのだが、腹を右前足で抑えられ完全に動きが止まる。
爛とした獣の金色の瞳に、ギロロの憎々しげな顔が映っていた。
獣の口に紅蓮が灯るのを、ギロロはただ睨みつけることしか出来ない。
一呼吸後――。
構内に迸ったのは獣の悲鳴だった。
(ニ)
辺りに響くけたたましい音は目の前の建物から聞こえてきていた。心をざわつかせる、なんとも気持の悪い音だ。その前にも、あのクロとかいう獣が使っていた武器と似た音が聞こえてきていた。この建物の中で参加者同士が戦っているようだ。
建物は二階建てだが、一階は殆ど壁に覆われていない。二階から一階まで一部壁に覆われた部分があるが、おそらく階段か何かだろう。覗き窓のようなものが幾つかある。
一階は代わりに細い柱が何本も東西に立ち並び、柱同士は上部が細い糸のようなもので繋がれている。そういえば、少し前に直方体の物体が走っていったのもこの辺りだったはずだ。
風に飛ばされないよう、引き寄せたマントを胸元で抑え込みながらラルクは鼻面に皺を寄せた。
空は既に分厚い雲に覆われ、吹き付ける風には雨の匂いが強くなっている。もう間もなく雨が来るだろう。そうなれば砂の上に残った足跡は元より、臭いまでも消えてしまう。
奇怪な音に気を取られている暇はない。先程見つけたオーボウの仲間たちのものらしき足跡を追って仕留めなくてはならない。そうしなければ、シエラに類が及んでしまう。それを子供のような好奇心で歩みを止めてしまうとは――。
苛立たしく息を吐き、ラルクは建物に背を向けた。
「そ、そこの方! 待って……待ってください! 手を貸して欲しいんです!」
突然の声に、ラルクはマントの中でナイフを構えながら振り返った。その際に手が緩み、引き寄せていたマントは風に大きく舞い上がる。
一瞬声の主が見つからなかった。しかし、すぐに建物の近くに小さな獣の姿を認める。尻尾が妙な形に折れ曲がっていた、茶色い胴長の獣だ。
「お願いします! 手を貸してください。中で襲われて――仲間がまだ戦っているんです!」
こちらが気付くのを待っていたのだろう。小さな獣はもう一度繰り返した。女か、まだ声変わりのしていない子供のような声だ。
風に弄ばれるマントを、わざと時間をかけて手繰り寄せる。
今なら難なく、この小さな獣は殺せるだろう。また、相手をせずに立ち去ってしまっても、こちらに損など全くない。迷っている間に雨が降ってくるかもしれない。そうなれば、シエラを害するものたちの貴重な手がかりが消えてしまう。
早急に追跡へ戻るべきだ。当然の結論が導き出される。
しかし、あの忌々しいオーボウの言葉が同時に蘇ってくる。
――誰かを助ければ、その感謝はシエラにも向かう。
この言葉だけは強く耳に残っていた。彼の言葉に心動かされていたこともあるだろう。今思えば苦々しいが、それは確かだった。
だが、助けたものがシエラに害を及ぼすものであれば無意味だ。
ラルクは小さな獣を見やった。
露わになった手の中のナイフを見ても、小さな獣からは微塵も同様が見られない。代わりに、その小さな体に見合わぬ勇気が伝わってくる。少なくとも、ただ逃げて来たものの姿ではない。
それに――。
(助けて。ではなく、手を貸せ。だったな)
他者に依存する言葉ではなかった。ラルクは胸中で小さく笑みを刻んだ。
オーボウの言葉に惑わされてみるか。そういう気持ちになった。
あの足跡が向かうのは、おそらくG-4にある豪邸だろう。そうでなくとも、行けば何かしらの装備を調達できるかもしれない。
助けようが助けなかろうが、自分に損はない。
それならば――。
少しぐらいの寄り道がシエラを救うことに繋がるかもしれないのならば――。
「いいだろう」
ラルクはそう応え、建物に走り寄った。小さな獣は礼を述べると、先行して建物の中に飛び込んで行く。案の定、入口からすぐに二階へと続く 階段があった。それを一足飛びに駆け上がる。耳をつんざくような音と炎の中、通路の中ほどに白い獣が赤い亜人に馬乗りになっているのが目に入る。炎の中で白毛を煌々と輝かせる獣に、亜人は今にも噛み砕かれんばかりという状態だ。
「白と赤、連れはどっちだ?」
「赤い方です!」
言いながら、小さな獣は自分のバッグから金属製の球体を取り出していた。
ラルクは獣の首を狙い、この地ですっかり馴染んでしまった動きでナイフを投擲した。銀光が煙と炎を切り裂きながら一直線に飛んでいく。
白い獣はこちらを認知していなかったはずだが、それでもナイフの接近に気づいた。獣の勘というものだろうか。身を捻ったために、ナイフは首筋を浅く切り裂いただけに終わる。
それでも白い獣は動揺したようだ。そのために拘束が緩んだのか、亜人は腹部を抑えつけていた足から逃れた。そして、亜人は白い獣の腹部を思い切り蹴り上げた。
獣の喉から悲鳴が迸る。体躯からしてそれほど効いたとも思えないが、事実、白い獣は亜人の上から後退して苦悶の表情を浮かべている。
「ギロロさん!逃げてください!」
足元の小さな獣が、取り出していた球体を白い獣の方に放り投げた。球体は落ちた後も床の上をころころと転がって行く。
「あなたも階段の方に下がって!」
訳が分からなかったが、声に含まれた真剣味に押されてラルクは指示に従った。階段を三段ほど下り、身をかがめる。
二呼吸後、凄まじい炸裂音が響き渡った。振動と共に大量の粉塵が流れて来る。
視界が効かない内は下手に動かない方が賢明だろう。マントで鼻と口を覆い、呼吸だけは確保する。
しかしながら、ここには未知の――そしてロクでもない道具が複数存在しているようだ。
あの小さな球体がここまでの威力を有しているとは誰も想像できまい。
小さな獣は、あれを以前から知っていたのか。それとも、この地で使って知ったのだろうか。使ったのだとしたら、何に使ったのか。進んでか、それともやむを得ずか。
姿の見えない小さな獣に考えを巡らせていると、突如炎の道が煙を斬り払った。轟と迸った紅い奔流は南の壁を舐めつくし、その熱に大きな窓の硝子が砕け散った。そうして出来た新たな逃げ道に、粉塵と煙が吸い込まれていく。それに混じって白い何かが外へと飛び出していくのが垣間見えた。
(分が悪いと逃げ出したか)
あの動きからすると、あの爆発でも致命的な傷は受けていないようだ。白い獣もまたどうにか凌いだらしい。
まだ判断しがたいが、あの白い獣が殺し合いに乗った獣であるならばシエラの脅威になるだろう。しかし、武器のない状態で追うのは賢こい選択ではない。
もう一つ出口が増えたせいか、粉塵は思ったよりも早く晴れて行った。穴の付近には血が零れている。量からして、あの首の裂傷だけの出血ではないように思える。
「大丈夫ですか?」
既に小さな獣がギロロに駆け寄っていた。ギロロは柱の陰に隠れて爆風をやりすごしたようだ。右腕に筒状の装甲を嵌めている。クロが持っていた武器と同じような穴が、その先端には幾つも穿たれていた。
クロの得物よりも上等な代物に見える。あの穴から同時に攻撃する武器なのだろう。
「連れが無事で何よりだが……オレは別にいらなかったんじゃないのか?」
鎧やマントについた汚れを払いながら、ラルクは二人に声をかけた。
室内は酷い有様になっていた。爆風で飛び散った破片が当たりの壁や天井に突き刺さり、設備を破壊している。けたたましい音も止まっていた。どうやら音を発していた仕掛けも爆発で壊れたらしい。
炎はまだ燻っているが、燃えるものがないせいか鎮火しつつある。延焼の心配はなさそうだ。
ひとまずナイフを探そうと、ラルクは奥へと歩みを進めた。
「いえ、あなたが白い獣の気を引いてくれたから上手く行ったんですよ。ありがとうございます……えっと、すいません。まだ名乗っていませんでしたね。僕はユーノ・スクライアという者です。彼はギロロさん」
聞き流しながら、床に視線を滑らせる。
ナイフは存外あっさりと見つかった。血を払って確かめると、使用に遜色はない状態だ。あの爆風の中で運がいいと、ラルクは表情を緩めた。
「あの、あなたは――?」
「ん? ……ああ、ラルクという」
ナイフを仕舞いながら、ラルクは二匹をそれぞれそれとなく観察する。両方とも見たことのない生き物だ。
「……俺からも、まあ、なんだ……その、礼を言うのに吝かではないぞ」
ギロロという亜人はあまり面白くないのか――それとも恥じているのか、ぶっきらぼうな口調だ。子供のような態度に、ラルクは失笑した。
「こっちも下心がなかったわけじゃない。礼はいらんよ」
「下心? ……貞操か!? 夏美を狙っているのか!? 貴様、渡さんぞ! そんな悪趣味なマントを着ている輩を夏美の半径一キロ以内近づけさせてなるものか!」
「なにを言っている? それと、この格好は不可抗力だ」
いきなり騒ぎ立て出したギロロを半眼で見つめる。情緒不安定となると、シエラの負担になるかもしれない。やはり、殺しておくべきだろうか。
「すいません。偶に発作が起こるらしくて……」
まだ何か喚いているギロロを見やって疲れたように告げるユーノに、ラルクは肩をすくめて見せた。こっちはまともなようだ。
ユーノは咳払いを一つすると、ところでと話を切り出した。
「ラルクさんは、これからどうするんですか? 特に決まってないなら僕たちと――」
予想の範囲内の台詞だ。不安からか、ここの参加者は徒党を組みたがる傾向があるようだ。ユーノの言葉を手を軽く上げて遮る。
「詳しく言うつもりはないが、急ぎの用があってな」
「……そう、ですか」
ユーノは尻尾を垂らして、俯いてしまった。その姿に少し気まずいものを感じなくもなかったが、相手の都合に構っていられる暇はない。穴から除く空は今にも雨が降り出しそうだ。
彼らに協力した目的を早く果たしてしまおうとラルクは口を開いた。
「ひとつ頼まれごとをしてくれ。下心とは、そのことだ」
ユーノが顔を上げる。喚くのをやめて夢の世界にいっていたらしいギロロも、こちらに視線を向けたのが分かった。
「なんですか?」
「……その前に一応確認するが、お前たちは殺し合いに乗っていないな?」
二人が頷くのを待って、続ける。
「もし、シエラという女に会ったとき、彼女が困っていたら力になってやって欲しい。薄紫の髪で、純白の体毛を持った女だ」
「お前の女か」
そう訊いてきたのはギロロだ。視線だけを向けて答える。
「いや、オレの姉だ」
「シスコン? やはり夏美に繋がるではないか! この変態マント狼め!」
「……貴様とは一度本気で決着を付けねばならんようだな」
「本っ当に病気なんです。勘弁してあげてください」
ギロロはまた良く分からないことをつらつらと並べ立てている。どういう経緯か分からないが、内容は夏美とやらへの惚気に変わっているようだ。
半眼で呻きながら、ラルクは嘆息と共に苛立ちを抑えた。
果たして、自分の判断は間違っていなかったのか。自信がなくなってくる。オーボウの妄言に惑わされた自分が憎らしく思えて来た。
(とっとと追跡に戻ろう……疲れる)
もう一度嘆息してから、手ぶりで別れを告げて二人に背を向けた。と、そこにユーノの声がかかった。
「あ、待ってください。ケロロとザフィーラという名前に心当たりは?」
「ないな」
返答すると、今度はギロロが声を掛けて来た。踏み出そうとした足が、またもや止められる。
「ラルク、お前の得物はナイフ一本だけか?」
「そうだが? 貴様には関係のないことだろう」
苛立ちを隠さずに答えると、ギロロはこちらを無視してユーノに指示を出した。
「ユーノ、ラルクに手榴弾を二、三分けてやれ」
「え? ああ、了解です」
バッグを手に、ユーノがこちらに走り寄って来た。ユーノが手渡してきたのは、先程の球体だ。ギロロを見やると、彼はそっぽを向いている。
「渡されても、オレはこいつの使い方を知らんのだが……」
「そいつの上にあるピンを抜くと、六秒ほどで爆発する。その頃合いを計算して投擲してくれ。威力はさっき見ただろう。そいつは爆発よりも、その爆風で吹き飛ぶ破片で攻撃する武器だ。威力を高めたいなら、狭くて散らかった場所で使え。此処みたいな、な」
「……分かった」
一呼吸で説明し終えたギロロに対し、ラルクは苦笑を浮かべた。受け取り、鎧の隙間に収める。威力からして使いどころが難しそうだが、ナイフよりは有効な戦力となるのは確かだ。
それらとは別に、走り書きも渡された。二人の出会った危険な参加者とそうでない参加者の特徴が書かれているようだ。
素直に礼を述べ、それも鎧の中に納めた。
「こっちが世話になってしまったな。シエラのこと、頼む」
別れを告げ、ラルクは今度こそ建物を後にした。
砂の上にはラルクとは別に新たな足跡が刻まれている。あの白い獣のものだ。足跡だけでなく、血痕も点々と続いている。
どうやら、白い獣もオーボウの仲間たちと同じ方向へ向かったようだ。
好都合と、ラルクは口端を引き上げた。
すぐにも泣き出しそうな空を見上げ、ラルクは追跡を再開した。
【F-5/F-5駅内/一日目/正午】
【ユーノ・スクライア@リリカルなのはシリーズ】
【状態】:顎に打撲(小)
【装備】:なし
【道具】:支給品一式、手榴弾(7/12)@ケロロ軍曹、消火器数本
【思考】
基本:打倒主催。
1:F-5駅を一応捜索。消火もする?
2:対主催のメンバーを集める。
3:てゐの捜索。
4:ケロロ、ザフィーラとの合流。
5:F-3、D-2、C-2、B-4の順に駅を回る。
6:シエラに会ったら協力する。
【備考】
※参加者を使い魔か変身魔法を用いた人間だと思っています。
※会場はミッドチルダではないが、そこよりそう遠くない世界だと思っています。
※首輪について
人間化は魔力を流し込むことによって、
結界魔法などは魔力を吸収することによって妨害されています。
※銀、カエル、グレッグルを危険な獣と認識しました。
※東方世界の幻想郷について知りました。しかし、てゐのせいで正確性には欠いています。
【ギロロ伍長@ケロロ軍曹】
【状態】:疲労、脚部等に軽い火傷、腹部と右腕部に爪傷(小)
【装備】:ガトリングガン@サイボーグクロちゃん(残り50%)、ベルト@ケロロ軍曹
【道具】:支給品一式、バターナイフ、テーブル、キュービル博物館公式ガイドブック・世界編
【思考】
基本:死ぬ気はさらさらないが、襲ってくるものには容赦しない。
1:F-5駅を捜索。
2:対主催のメンバーを集める。
3:てゐの捜索。
4:てゐに少し違和感。
5:ケロロ、ザフィーラとの合流。
6:F-5、F-3、D-2、C-2、B-4の順に駅を回る。
7:シエラに会ったら協力する。
【備考】
※銀、カエル、グレッグルを危険な動物かどうか、判別しかねています。
※ユーノを女と思っています。
※A-6やF-2の駅付近の建物に疑問を感じています。
【F-5 /一日目/正午】
【ラルク@聖剣伝説Legend of Mana】
【状態】軽度の凍傷、左腕に銃創(小)、低温状態(大分回復)
【装備】スティンガー@魔法少女リリカルなのはシリーズ×1、派手な外套@うたわれるもの、手榴弾(3/3)@ケロロ軍曹、ユーノのメモ
【道具】支給品一式、不明支給品0~2(確認、武器は無し) 、オーボウの支給品(食料、水を除いた支給品一式、不明支給品0~1(確認、武器は無し))、ウマゴンの支給品一式、巨大キノコ@スーパーマリオシリーズ
【思考】
基本:キュウビの打倒に対し、シエラの障害になる者は殺す。役に立ちそうな相手なら、場合によっては多少協力する。
0:シエラが無事であってほしい
1:足跡をたどって、オーボウの仲間とパスカルを殺す。
2:武器が欲しい。出来れば斧
3:シエラとは戦いたくない。そうなる可能性があるので、会うのも避けたい。
4:派手なマントは目立つし何より恥ずかしいので、さっさと代わりの物を見つけて捨てたい。しかし、もう諦めてもいいかなとも思っている。
※参戦時期はドラグーン編の「群青の守護神」開始より後、「真紅なる竜帝」より前です。
※ここが自分の世界(ファ・ディール)ではないと気付いていません。
※また、死ねば奈落に落ち、自分は元あった状態に戻るだけだと考えています。
※伝説の剣@ハーメルン が武器として使い物にならないことを知りました
※第1放送を完全に聞き逃しました。禁止エリアの場所について知りません。
※メモはギロロたちが駅に貼っているものと同種です。
【パスカル(ケルベロス)@真女神転生】
【状態】:内臓負傷、疲労、腹部の傷(ミュウツーにやられたものが少し開いた。出血中)、首に裂傷(小。出血中) 、G-4方面に移動中
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式、まんまるドロップ@聖剣伝説Legend of Mana(二個)、ラスタキャンディ@真女神転生if...(一個)
【思考】
基本:ゲームに乗る
1:????????????
【備考】
※深夜に見た満月を疑っています。
※第一回放送を丸々聞き逃しました。
※F-5駅で小規模の火災が発生しました。煙が遠目から見えるかもしれません。また、今のところ電車、地下鉄両者の運行に支障は出ていません。
※F-5駅構内の二階部分の窓が壊れています。
*時系列順で読む
Back:[[白い兎は歌う]] Next:[[stray]]
*投下順で読む
Back:[[雨がくる風がたつ]] Next:[[stray]]
|075:[[異界の車窓から]]|ギロロ伍長||
|075:[[異界の車窓から]]|ユーノ||
|044:[[飴と機知]]|パスカル|096:[[RAINLIT DUST/――に捧ぐ]]|
|076:[[闇の梯子]]|ラルク|096:[[RAINLIT DUST/――に捧ぐ]]|
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