日清戦争



日清戦争で清国兵はどんな残虐行為を働いたんだ?

  • 捕虜の処刑
(戦後送還された日本軍の捕虜はわずか兵士1名と軍夫10名に過ぎません…)
  • 日本兵に対する残虐行為・死体の損壊
(死体から略奪したとか、死体をバラバラにしたとか…)
虐殺された日本兵を目撃した兵隊は皆復讐を誓ったと
上記「凱旋紀念帖」には記載されています。
(65:名無し軍曹)

日清戦争の時の旅順攻略で日本軍の第二軍の第一師団は本当に虐殺を行ったのでしょうか?

結論から言えば、確かに日本軍は市街で殺戮を行っています。
日本側の証言として野沢三等軍医の日記に聞き書きとして旅順港陥落後に
民間人が老若男女を問わず惨殺されていたことが記されています。
また、この殺戮に関して陸海軍士官素養会が発行した「凱旋紀念帖」では、
市街の家屋に紛れ込んだ敵兵が軍服を脱いで民間人に偽装していたためやむを得ずそれらしき
人間を引きずり出して処刑したことを外国人が誤り伝えたものと著述しています。
上記「ワールド」の記事などもありこの行為は外交問題になっていました。そのため
国内では極秘扱にされていましたが、実際は「万朝報」や「中央新聞」といった新聞でも
報道されていました。もっとも、清国側の残虐行為に対する報復として
国内的にはまったく問題にならなかったようです。
(以上ソースは「日清戦争」檜山幸夫著・講談社刊)
(65:名無し軍曹)

日清戦争当時の日本はいわゆる三景艦を建造しましたが、3000トン級の艦を四隻建造するのではなく、5000-7000トン級の艦を2-3隻建造するという案は検討されなかったのでしょうか?

明治初期の日本は清国を仮想敵国として整備しました。

ところが、戊辰以来日本は戦乱続きで、しかも他の近代化のための国内資本を
整備する必要に迫られて、軍費に回す余裕が無く、明治十五年に天皇のご沙汰を
三条太政大臣を通じて諸大臣に通知し、諸費倹約して漸く、軍費に回すことが出来ました。

その結果、高千穂、浪速、畝傍の三隻の巡洋艦を発注出来た訳です。

以後、海軍は毎年のように、甲鉄艦の新造を要求し、明治18年に甲鉄艦8隻を
要求して削られ、次いで6000t級の海防戦艦2隻と、4000t級海防艦4隻を要求して
これもまた政府に容れられず、明治21年に6,500tの海防艦1隻、2,000t級モニターを
4隻を要求しました。

明治18年の要求については、妥協の結果、三景艦を建造することで折り合いが着いた訳です。
(74:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

日清戦争の時に、清軍は辮髪をしていたために髪に火がついて悪戯に死者を増やしたためそれから辮髪を廃止したって本当ですか?

辯髪は清朝を築いた満州族(女真族)の風習で、清内の漢民族にも強制されました。
戦闘など激しく動く作業の時は、頭に巻いて邪魔にならない様にしていました。

辯髪が廃れたのは清朝が倒れて風習を強制していた満州族が力を失った為で、戦闘で火が点きやすかったからと言うワケではありません。
(475:593)

「西太后が清朝を滅ぼした」という言い方は正しいの?


 最近の中国史研究では,従来語られてきたような西太后の悪事とされてきたことの多くが,根拠の無い流言であったとこが明らかになってきており,むしろ西太后の存在が当時の清朝の安定装置となっていたことが注目されてきている.

 西太后の功罪としては,以下のことがあげられるだろう.
功績
 ・19世紀最大の内戦の1つである太平天国戦争(戦死者5000万人)を鎮圧し,アロー号戦争や打ち続いた内戦や経済危機で屋台骨の傾いだ清朝を再建することに成功
 ・国内勢力の調停者として内政を安定させつつ,近代化政策である洋務運動の推進者たちの後援者となった.
 ・従来,政権中央から排除されていた漢人官僚の勢力を取り入れることで,国内政治の活性化に成功.
 ・義和団戦争後,抜本的近代化政策である「新政」を実施,これは現代中国の各種制度の基本となる画期的なものであった.
 彼女の統治が40年清朝の寿命を延ばしたと,いう指摘もある.


 ・バランサーであるがゆえに,なかなか抜本的な改革が出来なかった.清朝の旧態依然とした構造が保持されることになる.
 これは,宮廷内で排外勢力が台頭した際に,八カ国に宣戦布告することを止めることが出来なかったことにも繋がる.
 ・皇太后が政治を取るという非常事態を恒常化させてしまったこと,
 そのため,政治系統が複雑化し,彼女自身は引退したかったにも拘らず,自身の存在が不可欠になってしまい,死後の混迷の原因をつくった.

 ただし抜本的な近代化は,清朝が清朝でなくなる危険性のあるものだった.
 結果として,20世紀初めに実施された「新政」は,ソ連のペレストロイカと同じく,政権の屋台骨を崩してしまった.
 すなわち,清朝の最後の10年間に行われた,明治維新をモデルとした改革運動である「新政」により,中央への権力回収はかなりのレベルまで進展していた.
 後に皇帝を称する袁世凱は,改革の最大の推進者であった.
 しかし皮肉なことに,地方政府の力を弱めるという改革の成功のため,地方で発生した革命を抑えることができなくなってしまった.
 それが辛亥革命による清朝政府の瓦解へとつながることになる.

(軍事板)

日清戦争における清国側の勝利条件は何だったのでしょうか?

清は朝鮮に於けるその宗主権を認めさせることが最大の目的でした。
元々、数度の事変によって、日本軍は敗北とは言わないまでも、清国軍相手に撤退を繰り返して
いました。
このため、清としては、この際はっきりと領有権を主張し、清による朝鮮半島の領有を実現すると
いうのが最終目標でした(英国もロシアの南下を阻止するために、清国に期待していた節もあり
ますし)。
(201:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

戊辰戦争で榎本武揚が艦隊を率いて脱走した際の旧幕府の海軍力について,よく「東洋一」と表現されているのですが,明治政府の海軍力は清より劣っていて,日清戦争当時でも劣勢だったとも言われています.清が1870~80年代にかけて急速に,海軍力で日本を凌駕したということですか?


 【回答】
 まったくその通り.
 清国には李鴻章という人物がいて,彼によって清国の海軍は建設されたといっていい.
 彼が1870年に直隷総督と北洋大臣(北の海の海軍大臣)に任命されてから,関税収入を利用して北洋海軍を急速に拡張している.
 特に1885年に購入して北洋艦隊に配備された戦艦「鎮遠」と「定遠」の2隻は,世界的にも大艦と呼んでもいい立派な戦艦で,日本海軍にとって脅威だった.

(軍事板)

捕虜になったら死んだほうがマシと思えるようなことをされた事件って?

日清戦争に於いて、1894年11月8日、旅順~大連間の双台溝と土城子の近郊で、日本軍
騎兵隊が清国軍に襲撃され、戦死者11、負傷者35の損害を出しました。
この時、中萬中尉などの首は切断され、死体に陵辱を受ける事件が発生していますので、
多分このことが発端かと思います。
(123:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

日清戦争の時日本は遷都したとか?

明治27年、日清戦争の指揮のため一時的に大本営、帝国議会など首都機能が広島に移転、天皇陛下も広島入りしました。
翌年までの225日間、日本の首都が広島になっていたことになります。

(346:295)

日清戦争で日本が勝った要因は何なんでしょうか?

当時の清の軍隊は満州族を中心とした「八旗」と漢人を中心とした「緑営」、さらにその中から
選抜した優秀な兵士による「練軍」、新たに募った志願兵による「勇軍」という四種類の軍隊が存在していた
そのため組織力や団結力が欠如しており、その上指揮系統が不統一、士気が低いなど軍隊としての質は最悪
さらに日本と清では戦争に対する意気込みが全く違い、武器の面でも日本が自国製の村田銃を全軍に支給して
いたのに比べ清では軍単位で小銃を緒外国からバラバラに輸入していたなど、
まぁ一言で言えば日本の勝利の要因は軍隊の質だったわけだ
(607:903)

旅順虐殺って実際にあったの?

事実です。
日本の外交文書にしっかり、「旅順口虐殺事件」という名称で書かれ、英米でも、
"Port Arthur Atrocities"あるいは、"Port Arthur Massacre"と呼ばれています。
後、「参謀本部歴史草案十七」には、この虐殺の経緯と第二軍の弁明が掲載されて
います。

但し、中国側見解の2万人虐殺は眉唾物というのが、現在の史学上の一般的な見解
で、実際には2,000名程度と言うのが妥当な数字と言われています。
(248:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

中国の今の国旗は五星紅旗ですが、日清戦争時代の清国海軍は軍艦にどんな旗印をつけていたのでしょうか?

1863年の海軍創設時は、皇帝の権威を表示するため、船首旗には黄地に青龍を置くことになっていましたが、
紆余曲折があり、緑地に黄色い聖アンドリュー十字が描かれ、中心部に三角の中に青龍が描かれる海軍旗が
制定されています。
ちなみに、緑地に黄色い聖アンドリュー十字は、海軍司令官に就任した英国人Charles Gordonの一門に伝わる
色だったり。
1872年11月10日に、この旗が清朝の公式海上用官用旗、海軍旗となりますが、1890年からは、中央の紋章部分
のみが取り出されて、矩形となり、黄地に青龍が描かれるだけの旗となりました。
これが、1912年の清朝崩壊まで続きます。

蛇足ながら、緑地に黄色の聖アンドリュー十字の旗は、中央に描かれた青龍が除かれ、海事税関旗となりました。

(248:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

清は経済力の点で日本を凌駕しているので、本気になれば日本を上回る大海軍を建設することができたでしょうか?

清朝の対日海軍増強策は後手後手に回って、予算要求に対して支払いが追いついていません。
対日艦隊である北洋水師は確かに最新最強の軍艦で固めてはいますが、
ほかにも南洋水師・広東水師・福建水師も並行して増強せねばなりませんから
とりあえず北洋水師を増強しつつ、型が古くなったら他の艦隊にお下がりする形式で増強をしました。

明治7年に沖縄の漁民が台湾の原住民に虐殺された征台の役において、
日本は即座に日進・筑波・孟春・龍驤を派遣しましたが、当時の清朝は対抗艦を持ちませんでした。
そこで翌年に、龍驤・虎威・飛霆・掣電の4隻をアームストロングから購入しますが
これは機動力のある日本砲艦とは正反対に、固定砲のレンデル砲艦でした。
レンデル砲艦は主砲が旋回しないので、多数の船がないと使い物になりません。
しょうがなく、明治12年に鎮東・鎮南・鎮西・鎮北、14年に鎮中・鎮辺・海鏡清を購入して糊口をしのぐ形になります。
ようやく明治14年に念願の定遠・鎮遠を購入して形勢逆転となるわけですが
予算不足で3隻目の甲鉄艦は断念して巡洋艦済遠で我慢しなければなりませんでした。
今度は来遠・靖遠・致遠などの巡洋艦、平遠・超勇・揚威などの本格的砲艦の整備に時間がかかりまして
日清戦争勃発時には、広東水師から広甲・広乙・広丙などをレンタルして補充するなどしているので
やっぱ足りてないと判断できるんではなかろうかと…。
(244:鷂 ◆Kr61cmWkkQ)


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