ドイツ戦車

戦後に開発されたドイツ戦車の話題は、各国の戦車をご覧下さい。



wwⅡのドイツの戦車ですが,1号2号3号4号ときて5号パンター6号ティーガーとなってますが、ティーガーのほうがパンターより早く開発されてるのにナンで5号じゃないんでしょう?

設計開発が決まった順に番号がついているのです。
パンターは実戦配備されるまで、開発に時間がかかっただけです。
(2:607)

4号戦車の長砲身型(F2、G)がアフリカに配備されはじめたのって、いつからでしょうか?

1942年10月のエル・アラメインで50台参戦しているみたいです
生産が1942年3~7月ですから、造ってすぐに回したみたいです
(2:887)

2次大戦のドイツ戦車によく観られる”千鳥足転輪”アレって生産効率悪そうだし,整備も大変だったみたいだし、なにかメリットてあったんでしょうか?

戦車の転輪はチャーチル戦車のように小さくて数があったほうが、キャタピラにかかる圧力が均等になり、軟弱地盤での活動が容易と成る。しかし、日々の整備が殺人的になるし高速走行には向かないという欠点がある。
転輪を大型化したほうが高速走行に向くが、キャタピラにかかる圧力が偏り、軟弱地盤での活動に不利になる。また、転輪と転輪の間の間隔が大きくなるため、ここでキャタピラがたわんで、酷い場合には断裂する。
この問題に対するドイツ軍技術部の解答が複合転輪(千鳥足配置転輪)である。大型の転輪を2列に互い違いに配置することにより、キャタピラにかかる圧力を分散化させ、また、キャタピラのたわみによる断裂を防いだ。
ただし、内側の転輪を取り替える場合は外側の転輪2枚をはずさねばならないとか、外側の転輪を支える車軸が内側の転輪2枚の間にあって破損しやすいとか、内外の転輪がずれて動くため異物が挟まりやすいとか、新たな問題が発生。整備・補修のテマは酷かったらしい。
(hismed)

vk6501ってどんなの?

1939年当時ヘンシェル社が「最強戦車」を目指して作った大型戦車です
マイバッハのHL224型エンジンという600馬力のエンジンを搭載し、足回りとしてはヘンシェル初のトーションバー(棒バネ式)を採用しました
重量65tで目標最高速度は時速25~26キロ
旋回砲塔にはMG34と24口径7.5センチ砲が装備され、操縦席横の球形銃架にもMG34が搭載と言う構成で試作が進められましたが、
1942年にティーガーの試作の邪魔になった為中止されました

PanzerIVの発展型である、重量65トンの重戦車です。1939年にすでに開発計画はスタートしていましたが、実働機は製作されずに終わりました。

重量:65トン
乗員:5名
エンジン:マイバッハHL224、12気筒、600馬力
速度:20-25km/h
全長:7m
全幅:3.2m
全高:2.92m
武装:75mm/L24 KwK37 + MG34×2
装甲:前面80mm~100mm

の予定でした。
(7:267-268)
1941年に軟鋼製の試作車台一両のみヘンシェルで作られたもので、VK3001(H)
(後の6号戦車)の更に重装甲型として開発されました。
特徴は多砲塔(主砲塔に7.5センチKWK L/24と7.92ミリ機銃、副砲塔に7.92ミリ
機銃)であること。
輸送用に3分割出来ることです。

試作車は軟鋼製なので余り意味はありませんでしたが、80ミリの装甲を有し、
生産型では100ミリの装甲を持つ予定でした。

なお、これの組立用にファウン社製のクレーン車も開発されています。
(10:名無しさん@眠い人 ◆ikaJHtf2)

ディーゼルエンジンを発明したのはドイツ人だけどドイツの戦車は何故ディーゼルを採用しなかったのですか?

現代の戦車はディーゼルかタービン、昔の戦車はガソリンが普通です。
基本的には車載可能なレベルへの小型化、特に補機の小型化と信頼性が問題だったような気がします。

二次大戦中に戦車にふさわしい大出力ディーゼルエンジンを実用化して
いたのはソ連だけ(日本のは小出力)だったはずです。
(8:system)
合成ディーゼル油を実用化するまでドイツではディーゼル油の備蓄量がガソリンの
三分の一であった為、ディーゼルエンジンに重きをなす訳にはいかなかったというのも
要因の一つのようです
合成ディーゼル油を実用化後は開発を再開したのですが、着手するのが遅かったのと
補給上の混乱を恐れた為に実際には使われなかったのではないでしょうか
(8:400)

友達に、ドイツの4号戦車F2型というのは実は存在しなかったと聞いたのですが本当ですか?

43口径という中途半端な大砲がなんともいえず好きだったんですが・・・。
うろ覚えだが、「F2型」という呼称が存在しなかったという意味だったと思う。
(長砲身型は全てG型に区分だったかな?)43口径は初期G型も同じですよ。
(8:621)

「G型登場後、F2型も運用上G型に統合して扱う事になった」が一部マニアに誤解され
「F2型なんて形式は存在しない」に化けてしまっただけです。
長砲身砲搭載F型は間違いなく製造時には「F2型」でしたし、
部隊に配布された取り扱い説明書の表紙には「Ausf.F2」と明記されてます。

1号F型と2号J型の側面に脱出口みたいなのがついてますよね。でも、キャタピラが丸出しで危険だと思うんですがどうなんですか?

また、どうしてキャタピラ丸出しなんですか?
え~と、どうもこの側面ハッチは非常口ではなく、1号戦車F型では、
操縦手の、2号戦車J型では操縦手、無線手のそれぞれ、出入口だったようです。
つまり、小さな車体に極限まで装甲を厚くしたため、砲塔の口径が大きく
なり、上面にハッチが取り付けられなくなった。
 → さりとて砲塔部分は、一人用なので、車長が出入りするのがやっと。
 → 仕方ないから側面にハッチ取り付け。
 → でも、大柄なアーリア人が出入りするには、直径が足りないので、
    泥除けを切り取り(まぁ、泥除けの機能を果たすのは前と後にあれば
    いいから)。
 → ウマー(・д・)

てな感じではないかと思います。
(10:名無しさん@眠い人 ◆ikaJHtf2)

1号戦車F型のほうが2号戦車J型より重いのはどうしてですか?

車体構造が1号戦車の方が一回り大きいのと、開発に1年間のブランク
があったため、転輪、懸架装置の構造に見直しが為されている可能性がある。

あと、80ミリの前面装甲の使用面積も重量に関係してくるのではなかろうか。
(10:名無しさん@眠い人 ◆ikaJHtf2)

ドイツのⅠ号とⅡ号、どっちが性能良いですか?

7.62mm機関銃2門の一号よりも20mm機関砲2門の二号の方が多少使いではあったけど、ポーランド戦の時点では火力のなさや
装甲の薄さで既に問題続出だった。
ドイツ陸軍としては本当は三号と四号で戦うつもりだったのに、ヒトラーが思ってたよりも早く戦争を始めちゃったからな。
その割には開戦後に機関銃2門しか積んでないのに前面装甲80mmという、何をしたかったのかよくわからない1号戦車F型
なんていうのを作ってもいるが。
(354:201)

ドイツの4号戦車の砲で、75ミリ43口径の物があったと思いますが、それは75ミリ48口径と砲弾は同じなのでしょうか?

また、できましたらロシアのT34/76の砲弾は、全バージョンで同じだったかどうかも教えて頂けませんでしょうか?
43口径、48口径とも砲弾も同じ物を使用します。
T34/76もL-11、F-34、ZIS-5、全バージョン同じ砲弾を使用します。
(9:28)
基本的に同じ物を使用する。ただし野砲で使っても、
T-34では使わない砲弾もあるようだ。
(9:47)

旧ドイツ軍戦車で最後まで現役に就いていたのは何でしょうか?

(あくまでナチスドイツ製ということで戦後のヘッツアーは対象外と見なしてます…)
IV号戦車は、1939~64年までスペインが、1945~68年頃までシリアが
それぞれ使用しています。
トルコはIII号とIV号を使っていましたが、NATO加盟時に米式装備に
改変したようです。
(11:名無しさん@眠い人 ◆ikaJHtf2)

パンターは、D型より後に開発された型が、なぜ「A」型と名づけられてるんですか?

元々は順番通りでした(A型~D型)。
この4種は同時期に設計開発が行われ、最初にD型が完成し、
A型がD型の設計の良い点を取り入れて、D型より後に完成した、という話らしいです。

情報かく乱や書類上のミス、といった説もあるみたいですが。
(12:495)
F型は、ほんとうはA型(D型の後のA型)の次に生産される予定でしたが、
A型~D型よりも設計が大きく変更され生産が遅れてしまう、
という理由で、暫定タイプとしてG型が先行したらしいです。
(12:499)
パンターはD型以前にプリ・プロダクションモデルが存在しました。
それぞれⅤ号A/B/C型重戦車と呼ばれましたが、生産されたのはA型のみです。
D型の生産が始まったときそれはD1型と改称されました。
D型の次がE型でなくA型になったのは、敵に対する欺瞞のためとされています。
(32:24)

ヴィルベルヴィントが英軍地上部隊に向かって、ぶっぱなしている映像を見た事が有るんですが、これって反則ではないでしょうか?

大口径機関砲による地上掃射は歩兵にとってもっとも恐ろしい攻撃のひとつです。
榴弾による砲撃よりもはるかに制圧効果が高く、
そのうえ歩兵の身で用意できる遮蔽物はすべて役に立たない。
(13:10)

マウスが実戦投入されたとか・・・・・本当ですか?

そのような説もありますが、確たる証拠は現状で出てきていません。
(23:173)

ドイツ軍では特にバリエーションの多い駆逐戦車・突撃砲・自走砲・砲戦車といった戦車の亜種ともいえる兵器群の存在意義とは何なんでしょうか。

兵科により車両の用途が異なり、突撃砲や自走砲は砲兵科、戦車と駆逐戦車は機甲科の所属となっています。
例えば、ドイツの場合では突撃砲は歩兵用の支援兵器として開発されましたが、
戦局の悪化と共に対戦車戦闘にも投入され、おまけに生産が容易なので戦車師団にも配備される様になりました。
又、事実上は突撃砲でも「駆逐戦車」と位置付けられた車両もあります。

ソ連やアメリカでは、ドイツ以上に生産の統一化を図っていますが、車体の流用のみに留まっています。
(28:266)
1.運用する部隊が異なった事。
2.目標に対して手持ちの器材を利用して対処しようとしたが、目標の能力がインフレーションを起こした事。
等が原因かと。
 突撃砲は、歩兵の火力支援を行なう野砲を部隊に随伴出来る用に自走・装甲化した物です。
ところがこれの代表三突が対戦車戦闘に有効であった事から、後の駆逐戦車への流れが出来ました。
マルダーの様な対戦車自走砲は、歩兵の運用した対戦車砲を手近なシャーシに載せて自走化したもの。
敵が強力になって辛くなった戦車も、カーマゼットでより大きな砲を搭載出来るようにして駆逐洗車に。
手持ちの器材で増大する要求をこなそうとした事が、逆に多種多様な車種を生んでしまったかと。
(28:269)

4号の初期型など大口径短砲身の戦車がどうして「歩兵支援」になるのか

榴弾砲です。
初速が高い砲は、発射した榴弾の信管が作動する前に土等にめり込んでから爆発する為、
歩兵支援には向かないのでは? と考えられていました。
実際にはそれ以上に敵の戦車等の脅威に対処するため、初速の早い野砲や対戦車砲ベースの戦車砲が主流になります。
(28:ばばぼん♪)
マシンガンデストロイヤー。直接照準で機銃座を狙うと、当然打
ち返される。歩兵に追随できる機動力と必要な防御力を持たせた歩
兵砲(ドイツの場合は75mm短榴弾砲)という訳。
(28:291)

WW2のドイツの戦車についてる「Sマイン発射機」ってのは「対人地雷発射機」なんですか?

対人地雷を戦車の上で爆発させる。そうすると、パチンコ玉みたいのが
飛び散って戦車に張り付いている敵兵を一層する。
(31:353)

ドイツ軍の戦車の砲塔横に3ケタの番号がありますがどのような基準でつけているのでしょうか。

123だとすれば左から中隊・小隊・号車です。
この場合は第1中隊第2小隊3号車、0は小隊長、中隊長などを表します
800なら第8中隊長車というわけで

Sは重戦車(シュタールパンツァー)のSだと思われます。
大隊内の重戦車中隊のため特有のものを当てています。
似たようなものとしてはR01などで連隊(レギメント)本部をあらわす場合もあります。

いずれにせよ、厳密に定まっているわけではありません。
色などは連隊などにより変えていたようですが、その辺は写真資料を当たることをお勧めします。
(33:272)

WW2時代のドイツ軍戦車で通信手と操縦手はお互い行き来できたんかのぅ?

喉頭マイクで会話は出来たハズです。
行き来は…… 戦車によって違うと思うんだけど、難しかったんじゃないかな~
戦車被弾、脱出って時に、砲塔の位置の関係でハッチが開かず、通信手や操縦手
が脱出できなかった、って話は良く聞きますもの。
(36:ベタ藤原 ◆MNjfnp0E)

何故ドイツ戦車の車体前方機銃は最後までMG34だったのでしょう?

MG42が登場して、MG34は生産中止になったわけではないのです。
1942年以降多少数が減ったものの、
終戦に至るまで生産が続きました
例えば1944年にMG42は21万丁余り、MG34は6万丁余り作られています。

ここからは想像ですが、ではMG34を何処に配備するべきか。
もちろん機関銃は複雑で小火器にしては整備に手間がかかる
交換用銃身は初めとして交換部品の補給上なるべく、部隊
ごとに統一したい、MG42は汚れへの耐性が改良され
歩兵部隊向きである、また量産向きで数を確保できる。
逆にMG34の弱点、汚れへの弱さは車載する事で軽減できそう。
また比較的コンパクト
何より、戦車部隊に供給する機関銃は統一してどの戦車(ある物は
何でも使ってた)でも使い回しが聞いたほうが良いに決まっている。
いちいち付け替え改造なんでやってられないからでは。
MG34も十分世界水準を越える機関銃だし
(37:機甲自転車)
単純にバレルジャケットの大きさと銃身の強度の問題では?
MG42をボールマウントに差し込むには無理がある…。
(37:894)

ツィメリットコーティングについて質問なのですが素材は何色なんでしょう?

コンクリートだからコンクリ色
(40:242)

スペイン内戦に派遣された二号戦車はどのタイプが何両ぐらい派遣されたんですか?

A/B/C型の15両ほどがスペインに送られたようです。
(41:眠い人 ◆ikaJHtf)

キャタピラ・シューってのは増加装甲によく使ってる予備のキャタピラのことでしょうか。

多分予備キャタピラのことでしょう。
戦車整備中隊は鉄道での移動を基本とし、現地で修理不可と判断された場合
即本国もしくはK工場と呼ばれる占領地の戦車修理工場へ送り返すシステムが
東部戦線のドイツでは整っていました。
とはいえ一番苦労したのは現地の戦車回収小隊なんだろうけど。
(41:572)

M10偽装パンターについて教えて下さい。

アルデンヌ攻勢は知ってますよね?
あの作戦で米軍の後方にSSのオットー・スコルツェニー中佐率いる特殊部隊を侵入させ
米軍の後方攪乱や、独軍主力部隊の先導をさせようという作戦(グライフ作戦)が考案されました。
そのため米軍の装備(銃、軍服、ジープ、戦車等)を集めようとしましたが、予定数に足りなかったため
パンターをM10に偽装して使うことになりました。
しかし少数の攪乱部隊の侵入には成功したものの、M10を装備した部隊は普通の戦車部隊として使われたそうです。
大日本絵画「バルジの戦い」上巻に作戦準備から結果まで詳しく載っていますので、どうぞ。
(43:296)

ドイツのパンサーがあんなに大きな車体になってしまったのは何故なんでしょうか?

  • エンジンが高さ方向に大きい
  • エンジン冷却系も意外に容積を食っている
  • 馬鹿食いする燃料のための燃料タンクが大きいし、ディーゼルエンジンのソ連
戦車みたいに補助タンク外付けには出来ない
  • でかい砲弾を大量にしまっておくスペースもでかい

などの理由によるみたいだよ。
(44:ごっぐ ◆Cs6PCFec)
当初、T-34と同等のものを作ろうとしていたが、結局T-34より強いものを
作りたくなって巨大化したということもあるようだ。

内燃機関の背が低くなるのは、実は、80年代くらいであり、
それまでは、オイルパンだのカムシャフトのスペースだの、今じゃ考えられないくらい、
エンジンの背が高かったのもあります。

また、
●T-34にはついていない、砲塔バスケットを採用したこと。
●T-34は、エンジンもギヤボックスも車体の後部にあるのに対し、
パンターのギヤボックスは前方のため、後ろから前方にドライブシャフトを設ける必要がある。

この二つで車高が高くなったことも付け足しておきます。
(44:541)

WWⅡのドイツ戦車等についてるシュルツン(?)って何のために付いてるのでしょうか?

対戦車榴弾対策。アレに当たって信管が作動して爆発するが、
本当の装甲板までは隙間があってメタルジェットが拡散して効果がなくなるって感じ。
(45:875)
対戦車銃の銃弾の被帽(軟鉄のキャップ。装甲との衝突の時に潰れて、弾が兆弾するのを防ぐ)を、
シュルツェンを貫通するときに潰させて、内側の装甲には兆弾させるためにつくられた。
対戦車榴弾に対する効果もあるが、これは偶然で、もともとそのためのものでは無い。

ティーガーは装甲が厚いから無い。
パンターには車体下部を守るためにシュルツェンついてる。
(45:876)

シュルツェンは元々は対戦車ライフル対策として採用された。
対戦車ライフルは戦車の主装甲を貫通できなくても、
その弱点(のぞき穴・転輪基部等)をピンポイントで狙うことにより効果を上げていた。
しかし、対戦車ライフルは口径が小さいため、薄い鉄板などでもその威力を大幅に減じることが出来る。
このため、薄い鉄板を主装甲の外側に吊り下げたのがシュルツェンである。

その後、成形炸薬弾(HEAT)のジェット噴流を拡散する効果が確認される。
戦争末期には、対戦車ライフルが減少したことと、資源節約のためにシュルツェンは金網になった。
成形炸薬弾(HEAT)だけの対策であればこれで充分だった。
(hismed)

III号戦車は後期のものは起動輪側の車体内部にキャタピラのアジャスターがついてたってホント?

あと、転輪のサスペンション部でキャタピラの張りの調整することもあったってのもホントっすか?
調節とゆうか転輪自体を加工する、具体的には歯車を削ったりしたそうです。
(6:507)

WWⅡドイツ戦車の車体番号はどのような法則でついてるのでしょうか?

一桁目は中隊、二桁目は小隊、三桁目は車両ナンバーです。
一桁目がRの場合連隊本部(Rが付かずに二桁しかない場合もあり)
ローマ数字の場合大隊本部の車両です。
二桁目が0の場合は中隊本部車両です。
(50:854)

なぜドイツは鋳造砲塔、車体の戦車を作らなかったのでしょう?

ドイツの四号戦車などを見ると、小さな装甲板の溶接で出来ていて素人目に見ても構造的に弱そうで、生産性も悪そうですが
ドイツの冶金技術は意外と低くて、シャーマンのような滑らかな被弾径始を持った
砲塔は量産できなかったからだと言う話を聞いたことがありまつ
(54:617)
大型の鋳物製造設備(蒸気機関車や造船関連)に空きが無かったのだと。
(54:620)
鋳造で戦車の車体を作れるのは、当時のアメリカでもリマ・ロコモーティブ等ごく僅かです。
それでM4も鋳造はM4A1のみで、M4以降は溶接になっています(生産はM4よりM4A1の方が先)。
普通の自動車会社や機械工場では、とても生産できません。
(54:622)

二号Fは砲塔後部にゲペックカステンを装備していたのでしょうか?

Ⅱ号戦車はフェンダー上(右中央部と左後部)に工具箱がありますんで、
わざわざ砲塔後部につける必要はないっす。
(61:392)

T-34のコピーを作ろうとしたのに何でパンターみたいな大物ができたんでしょうか?

縦に高いエンジンを積んで、大きな主砲を3人乗り砲塔に収めたらあの大きさに。
(61:950)
競作された物には、まんまT-34のコピーも有ったのですが、ドイツのオリジナリティー
を取り入れたい&確実にT-34を撃破出来る物を、と言う事でああなりました。
(61:954)

旧ドイツ軍の4号戦車はいつ頃まで生産を行っていたのでしょうか?

最後(最期?)まで作っています。
といっても完全に終戦まで、ということではありませんが。
爆撃で工場が止まったり、占領されたり、はたまた記録が混乱で残っ
ていなかったりで、基本的にドイツの戦車生産は45年4月以降は停
止状態でした。
ともあれ4号戦車は最後まで作り続けていたということは言えます。
(62:437)
437に付け加えるならば、Ⅳ号戦車はコストがⅤ、Ⅵ号と比べかなり安いです。
ファミリーも多く、信頼性もまずまずのものがあります。
Ⅴ号は重く、整備に多大な労力を要し、Ⅵ号は駆動系の信頼性がありませんでした。
(62:439)

パンターのカマボコ型防盾は、下部に砲弾が当たると砲弾が滑って戦闘室を破壊するといいますが、戦闘室を破壊されて放棄されたパンターの写真を見た事がありません。

本当の話なんでしょうか?
手元の資料をめくると、「シュトルム&ドランクNo.5 パンター」の111ページに
米第703戦車駆逐大隊が鹵獲したパンターに対し90mm砲で試験射撃を行った写真が
掲載されています。
それを見ると、1~5と番号が書き込まれた命中痕のうち1・2番が正面装甲を貫通。
3番が防盾下部に命中の後無線手席上面を貫通、4・5番が防盾を叩き割っています。
また、104ページには戦闘室上面の吹き飛んだパンターの写真も掲載されています。

G型後期から防盾下部を垂直に近い形状に変更したという事実からしても、跳弾による
戦闘室への被害は実際にあったとみて何ら不思議はありません。
そもそも戦争末期の混乱の中で無意味な設計の変更がなされるはずもないですし。
(559:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)

WWII のドイツ戦車は優秀だが生産性の低いのが欠点、ということがよく言われますが、

T32 を鹵獲、模造して大量生産するようなことをしていれば、その後の戦局を多少なりとも有利に展開できたんでしょうか。
逆に、資源の問題から、少数精鋭の設計をせざるを得なかった、というような面はあるのでしょうか。
とりあえずドイツでは不足してたアルミニウムがエンジンに使われてたのでT-34のコピーは無理
でもパンターは相当T-34の影響を受けてる
シャーマンやT-34みたいな鋳造砲塔は生産性がよいが、冶金技術が高いわりに何故か鋳造がヘタなドイツにはそれができなかった
あとレアメタルの不足から装甲に表面硬化処理をせねばならずそれも工数を増やしていた
まあ確かにドイツ人は凝り性だったが(挟込式転輪とか)生産性を気にしてなかったわけではない

それに大きな装甲板の溶接が行える設備のある工場や砲塔に必要なベアリングの供給が最初から限られているので、
ヘタに性能を落として生産性を上げてもあまり意味が無いどころか戦力低下につながる恐れがある
主力の戦車の生産ができない工場では突撃砲や駆逐戦車を大量生産して戦車数の不足を補っていたので数を気にしていなかったわけではない
(573:396)

大戦中のドイツの駆逐戦車は視認性が悪いようですが

ヤクトパンター、ラング、ヘッツァー等の駆逐戦車にはキューポラが付いていません
三号突撃砲の代用で出た筈のヘッツァーなど、ハッチを閉めると車長席からは後方しか視認出来ません
駆逐戦車は基本的に前しか見えなくてOKだから。

装甲の厚い前面を敵に向けながら、主に待ち伏せ攻撃す為の車両だしね。
例え全週視界が確保されてても、砲をすぐに横に向けたりはできないから
あんまり意味がないし。

とは言え戦車兵達には不評ではあったようだ。

ただ、姿勢が低く発見され難いのがメリットの一つの駆逐戦車にキューポラを
設けると、発見される確率が高まるとは言える。
ヤクトパンターのように「今更そんなこと気にしてどないすんねん」みたいな
バカでかい車両もあるが・・・。
(326:586)

四号短砲身や三号NのHEAT弾に対する乗員の評判ってどんなもんでしたか?

独ソ戦の開戦当初は成形炸薬弾はトーチカなどにしか使用を許可されておらず、公式的な
記録はほとんどない。
戦車相手に特殊な榴弾を使ったとされる記録があり、成形炸薬弾のことだと主張する人も
居るが、短砲身75mm砲の場合、近距離なら遅発作動信管をつけた榴弾も非常に高い貫通力
を持つ(近距離では徹甲弾と逆転する)とする資料もあるため、そちらの可能性もある。

アフリカ戦では英軍の評価として、3号が75mm砲を搭載して危険な相手に戻ったとしている。
おそらく、ドイツ側でタングステンの使用制限がきつくなった時点で、3号の長砲身型
(MK3スペシャル)が硬芯徹甲弾を打ち尽くした頃合で3号の脅威度が低下。
成形炸薬弾で再び危険な相手に。ってことかと思う。
また、時期的に積極的な侵攻をしなくなっているので、アナグマの武器としては低初速でも
使い勝手は良かったのかも知れない。

東部戦線では、ティーガーの補助、軽量さを生かして偵察・通信・連絡などに就く。
が、組み立て中の車台を突撃砲生産材料に回している所から、言うほど使い道も無かったし、
運用上の制限も多いはずの突撃砲の方がまだ有益と言うレベルでしょ。

なお、突撃砲F8型のベースとして、M型車台が使われていると言う説は、車体前方上面の
ハッチは似ているだけで構造が異なる(防水シールの有無・開閉ではなく取り外し式)ことが
判明して誤りと判ったので、3号戦車が突撃砲に転用されだすのは5年ほど前あたりまで信じ
られていた説より少し後のタイミングらしいと言うことで注意されたい。
(607:264)

三号戦車の役割について。敵戦車を撃破するために作られたのですよね?

Ⅲ号戦車に求められたのは機動力を生かした敵戦線の突破・攪乱で、対戦車戦闘は二の次。
そもそも当初Ⅲ号戦車は3.7cm砲を戦車砲として搭載しており、5cm砲搭載型のG型が
生産されたのは1940年に入ってから。
グデーリアンは当初から5cm砲の搭載を主張していたが、兵器局に押し切られる格好で
3.7cm砲の搭載が決定した。しかし、ターレットリングを広く取っておく配慮がなされたため、
5cm砲の搭載が比較的容易にできた。
(321:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)

突撃砲と駆逐戦車って別な必要あるんですか?

突撃砲は元々歩兵支援のために対陣地・歩兵用の榴弾砲を搭載する車輌
駆逐戦車は元から対戦車砲を搭載して対戦車戦闘をする車輌
東部戦線のT-34ショックで対戦車火力の強化が急務となり、対戦車用の長砲身砲を搭載するだけのキャパシティがあった突撃砲が長砲身化されて駆逐戦車として使われるのが常態化してしまった

IFVはある程度の攻防力のある歩兵の移動手段であり、突撃砲や駆逐戦車とは丸きり異なる
敵MBTに対しても自衛戦闘くらいはできるようにATMを搭載したIFVはあるが、ATMを搭載することがIFVの必要条件ではない

今では全装軌で済ましている用途の車輌が半装軌式が一般的だったのは、その頃の技術では全装軌式の路上機動力と価格・生産性、全装輪式の路外機動力がそれぞれ非常に劣っていたので半装軌式にすることで弱点を補っていたから

シュトルムティーガーは駆逐戦車化する前の突撃砲本来の用途を任務とするより攻防力を強化された車輌
用途を限定しすぎてあんまり使えなかったが

APCにATM付けただけじゃIFVにはならない
機関砲ないし低圧砲を搭載し機関砲に耐える装甲を備えないとIFVとは言えない
(632:51)

ティーガー、パンターのお値段は?

ティーガーは300,000ライヒスマルク、Bf109の初期型でその半額くらい。
パンターは125,000ライヒスマルクとお買い得。
(639:34-40)

WW2後期のドイツ戦車についてなんですが、なんで車載機銃がいつまでもMG34だったんですか?

時期的に、MG42に変わっててもおかしくないのに。
バレルジャケットの強度や形状がボールマウントに適応していないため。
このため、同軸機関銃のみをMG42に換装して、前方機関銃はMP44突撃銃に
変更する予定だった。
(305:520)

パンテルの75mmはティーゲルの88mmよりも装甲貫徹力で勝っていたと聞きましたが、それなら何故ティーゲルに75mmを搭載しなかったんでしょうか?

そういうアイディアもあった。

実際ティーゲルのヘンシェル社案ではパンターのものによく似た砲塔に
75mmゲルリッヒ砲(超硬弾頭を使用した、砲口に行けば行くほど内径が細く
なっている砲。砲身内圧を無理やり上げて初速を増し、威力を増やす)を
搭載する予定だった。

ティーゲルⅠは重戦車として陣地攻撃に使うことが想定されていたので、
最終的には榴弾の威力を考慮して88mm砲が採用された。

で、実際パンターと同じ75mm砲に換装する案もあったが、パンターの生産に
支障が出るので没った。
(305:805)

ティーゲルより総合的にはパンターの方が優れた兵器と思えてなりません。当時のナチスではどのような見解だったのでしょうか?

ティーゲルⅠはその戦闘能力の高さが絶賛されたが、現場では「重くて大きくて
整備が面倒ですぐ壊れる」と不評だったし、軍需関係者には「1両作るのに金と
資材と手間がかかり過ぎる」とやっぱり不評だった。

パンターは生産コストは安かった(ティーゲルと比べればの話だが)が、初期型は
やたら故障する上に新機軸が多くて取り扱いが面倒で現場にも不評だった。
(305:824)

4号戦車F2型で搭載された75mm43口径砲弾はG型以降の75mm48口径砲にも使用できたのでしょうか?

弾薬は一緒。
ただしパンテルの75mm砲とⅣ号の75mm砲は弾薬の共通性はない。
(300:21)

四号戦車乗りがティーガーに機種転換したことありましたか?

多くのティーガー重戦車大隊は既存の戦車連隊から兵員を抽出して編成されていますので、
当然四号戦車からティーガーに機種転換した戦車乗りも多かったでしょう。
例として挙げると、第506重戦車大隊は第9装甲師団第33戦車連隊第Ⅲ大隊を基幹として
編成されています。
(300:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)

パンテルの75mmの方がティーゲルⅠの88mmより装甲貫徹力が上だったと聞きましたが、実際はどうなのでしょう?

ティーガーⅠの8.8cmKwK36L/56は、初速においてパンターの7.5cmKwK42L/70に劣ります。
  • 8.8cmKwK36:773m/s 
  • 7.5cmKwK42:925m/s(Pzgr39使用時の比較)
これにより、実際の装甲貫徹力は
  • 8.8cmKwK36:100mm 
  • 7.5cmKwK42:111mm(垂直装甲板に対してPzgr39使用時。射距離1000m)
となっています。
(300:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)

2号戦車は訓練用戦車で、戦闘に向かないですよね?

Ⅱ号戦車は訓練用を兼ねていたものの完全に実戦投入を前提とされた軽戦車・偵察戦車であり
使用する20mm徹甲弾は射距離100mで20mm、500mで14mmの装甲貫徹力を有し
軽戦車クラスとしては十分な火力を備えていますし、またそのように運用されました。

なお後に高速徹甲弾を採用したことで、射距離100mで49mm、500mで20mmにまで貫徹力を向上させ、
BTクラス相手なら十分撃破可能な能力を獲得しています。
(650:ゆうか ◆u8WC078ef5ch)
フランス戦時のドイツ戦車部隊

Ⅰ号戦車 1077両、内554両が戦闘に参加
Ⅱ号戦車 1092両、内955両が戦闘に参加
35(t)戦車 128両、内10両は指揮戦車
38(t)戦車 228両
Ⅲ号戦車 339両
Ⅳ号戦車 290両、内280両が戦闘に参加
(650:376)

ティーガーとIS-2どっちが強い?

ティーガーIIだと余裕でIS-2に勝ってしまうので、56口径8.8cm砲のティーガーIの話で。
オスプレイのザロガの著書によると、距離1000mで互いの前面を撃ち抜いて撃破できる、とある。
1500以上だとティーガーはIS-2を撃ち抜けず、反面IS-2は(完全撃破は無理でも)榴弾でもダメージを与えられる。
ただしその距離だと、ティーガーの方が命中率がずっと高く、また発射速度は遙かに勝る。
ティーガーIとIS-2の最初の遭遇戦では、ティーガーが距離3000から砲撃を開始したがダメ。もっと近づいてから3輌の撃破に成功。
ちなみにIS-2の砲塔全面装甲最大165mmってのは、幅広になった防盾と砲塔前面の重なっている、さらにほんの一部の箇所ね。

そのキングタイガーですらIS-3には惨敗してしまうのだが。
IS-3の主砲である122mmカノン砲は
距離550mで152mm貫徹、以下1000m-142mm、1500m-133mm、2000m-122mm
だがティーガーⅡの装甲は砲塔全面180mm、車体前面150mm(ただし傾斜50度)なので正面からの貫徹は不可能

一方でティーガーⅡの主砲である88mm71口径砲は
距離500mで207mm貫徹、以下1000m-190mm、1500m-174mm、2000m-159mm
IS-3の装甲は砲塔全面220mm、車体前面110mmで、傾斜など考慮しても1000m以下なら抜かれる

結論としてティーガーⅡの戦闘能力は単体としてならIS-3を楽に凌ぎ、第二次大戦最強戦車の名を欲しいままにできる。
ではIS-3に価値がないかというとそうではなく、IS-3はティーガーⅠを凌ぐ戦闘能力をわずか45t級の
車体に詰め込んだ点に最大の意義がある。

ただしIS-2にせよ3にせよ、照準能力や速射能力ではドイツ戦車にはるか劣っており、
1対1での勝ち目は非常に乏しかった。
ドイツ軍のパンターにせよティーガーにせよ、3000m超の長射程で命中弾を送り込む能力を持っており
正面きってなら常にアウトレンジを狙えたからだ。
ソ連軍は数を頼みに懐に飛び込むことで、多くの犠牲と引き換えに勝利を収めるのが常だった。
当時の戦車で3000m先の目標に当てるなんて相当熟練した戦車兵じゃないと不可能だぞ
ドイツ軍だけは例外。
光学照準器の優秀さが他国と段違いなので、マジで有効射程3000m以上ある。
ゆうか氏の調べたところでティーガーⅡは4000m~5000mで狙い撃てる。
有効射程が3000m以上でも命中率は一桁だな。よって殆ど無意味。
3000mでは平均20~30%の命中率。
砲弾の無駄ではあるのでよほど数の差があって最初から数減らしたいとかじゃなきゃそこまではやらん。
だが2000m前後での砲戦は普通にやらかしており、待ち伏せ状態なら5割内外は命中させた。
そしてこの距離でティーガーは大抵の、ティーガーⅡはISを含む全ての戦車に有効打を与えることができた。
(650:677-696)

ドイツ戦車の稼働率

1945年3月15日の報告初によると、全線に配備されたドイツ戦車の稼働率は
IV号戦車 62%、パンター 48%、ティーガーII 59%。
…パンター、そんなに最終減速器の故障が多かったのか?
ティーガーIIは数が少ないので大事に使ってたんだろうか。

ティーガーの整備が集中して、徹底して行われてたのは事実。
だがパンターの場合、もうⅣ号を上回る数が配備されてた。
それでいてⅣ号よりは気難しいんだからこの稼働率は妥当な線だと思うよ。

むしろ信頼性の塊の如く言われてたⅣ号でも6割程度なんだなーと。
(650:705-706)

Ⅱ号C型軽戦車の機関砲弾はベルトリンクで繋がれているのでしょうか?

Ⅱ号戦車の機関砲(Sdkfz222等の20mm搭載装甲車も同じ)は
弾倉式です。
(297:561)

Panzerkampfwagenと戦車とはどうちがうのでしょうか?

正確には
PanzerもKampfwagenもPanzerkampfwagenも日本語訳で「戦車」の用語がある一方
Panzerは「戦車」「機甲」「装甲」
Kampfwagenは「戦車」「戦闘車両」
Panzerkampfwagenは「戦車」「装甲戦闘車両」
となります。
日本語訳だと似た意味になりますがドイツではきちんと区別があります。
(674:743)

タイガー戦車には、幾つか華々しい戦果の逸話が有りますが、パンター戦車にも有りますか?

「バルクマン パンター」あたりでぐぐれ

米英軍はパンサーの前面装甲の厚さを良く知っていたらしく..
パンターに乗っていた戦車兵の話で前進しても敵の気配も判らなかったのに
旋回して町に側面を向けると
とたんに辺り中から砲弾が飛んできた

SS戦車隊から引用
(288:29-30)

WW2のドイツ戦車の照準器は性能が良かったそうですが?

ドイツにはカール・ツァイスやライカなど優れた光学メーカーがあり
19世紀終わりの実用カメラが普及したころから技術的に優位だったから。
また国家も政策として光学を国の主要産業に位置付けていたから。
いうなれば今の日本でトヨタや日産があるから自動車産業が優れてるのと一緒。
(690:751)

ドイツ軍の戦車って一両いくらぐらいするの?

当時の価格は、下記です。

「3号戦車 9万6200ライヒス・マルク
4号戦車 10万3500ライヒス・マルク
5号パンター戦車 12万5000ライヒス・マルク #とてもリーズナブル
6号ティーガーI戦車 30万0000ライヒス・マルク
3万1000ライヒス・マルク 主砲の8.8cmKwK戦車砲のみでの価格
6号ティーガーII戦車 35万0000ライヒス・マルク 日本購入価格
3号突撃砲G型 8万2500ライヒス・マルク 武装・無線等付属品無しでの価格
ヘッツァー 5万4000ライヒス・マルク 」

下記、 資料室> お値段>ドイツ兵器のお値段>1945年以前(大戦終結まで) を参照ください。
ttp://www.geocities.jp/kanabow11/price/german_old.html
(691:霞ヶ浦の住人 ◆1qAMMeUK0I)

WW2 でドイツ軍戦車に行われたツゥメリットコーティングの材質は何なのでしょうか?

材質はポリビニール、木質繊維、硫化バリウム、
硫酸亜鉛、黄土の混合物。
開発製造はベルリンのツインメル化学工業社。
(102:一等自営業 ◆BVruYgneoI)

ドイツ戦車にあるシュルツェンがなぜ現代の戦車やWW2の連合軍戦車付いていないのですか

必要性を認めなかったからでしょう。
そもそもシュルツェンはドイツ軍では3号・4号戦車の各所に付いていた視察孔や車体側面を
ソ連兵に対戦車銃で狙い撃ちされたためにその対策として取り付けられたものです。
成形炸薬弾に対する効果が認められたのはその後だったりします。
要するに車体に元々ある程度の装甲があるのならば必要ないものなわけで。
ましてやドイツ軍は対戦車銃なんてあまり使ってませんし。

もっともパンツァーファウスト対策には土嚢を積み上げたり、T-34/85がベッドの
スプリングを溶接したり現場ではいろいろやっていましたが。
(105:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)

シリアで使用されていた4号戦車などの詳細を教えてくれないでしょうか?

シリアは1946年仏より独立後、ブルガリア・ハンガリーといった東欧諸国やスペインなどから
Ⅳ号戦車・Ⅳ号駆逐戦車・Ⅲ号突撃砲等を数は不明ですが購入しています。
これらの戦車のスペアパーツはフランスにあった撃破されたドイツ車両のスクラップヤード
から調達された部品でした。
しかし60年代にはパーツも尽きたのかゴラン高原に作られた陣地にトーチカ代わりに
配備されました。

1965年のイスラエルとシリアの「水戦争」(ヨルダン川の水利を巡る紛争)において
Ⅳ号戦車はゴラン高原からイスラエル軍に対して射撃を行いましたが、イスラエルの
センチュリオン戦車に対しては明らかに力不足でした。
生き残ったⅣ号戦車はさらに1967年の六日戦争でもイスラエル軍に対して砲撃を行いますが、
ゴラン高原はイスラエルに突破され、最後のⅣ号戦車がM50アイシャーマンに撃破されて
その生涯を閉じました。
(137:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)

パンターD型は後期にどんな改修がされたのでしょうか?

パンターD型は1943年7月以降、いわゆる後期型に生産が切り替わっています。
その内容は質問にあったものを除けば、
  • 簡略化のためにヘッドライトを二つから一つに省略
  • 車長キューポラ上に対空機関銃を取り付けられるリングマウントが追加
  • 転輪をリムボルトを追加して16個から24個にした強化型に変更
  • 砲防盾上の双眼鏡式照準機用の穴に雨除けを追加
  • 履帯を改良し、ハの字型の滑り止めを追加

また、シュルツェンの追加は5月から、ツィンメリットコーティングは9月から
行われています。
発煙弾投射機の廃止は5月に行われた野戦試験で小火器による誘爆が問題になったためです。
転輪の補強もこの時期から検討されています。生産簡略化の検討も同様と思われ。
下二つはクルスク戦の戦訓による改良です。(9月生産分に実施)
(240:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)

Ⅲ号戦車とⅣ号戦車の共通化車台がありますが、これを使った新型戦車の計画はなかったんでしょうか?

一応計画案としては、Ⅳ号戦車の砲塔/エンジンをそのまま流用して
傾斜面を多用して装甲厚を強化した車体に組み合わせた物が提示されてます。
転輪は6組でリーフスプリングを使用、ギヤボックスや起動輪はⅢ号戦車のものを
使用していました。
44年3月にクルップ社と試作の契約にまではこぎつけてますが、Ⅳ号戦車ラングの
開発を優先するために計画は中止されています。
(194:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)




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