秋の田の

    

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 百人一首から、天智天皇の御製である。

秋の田のかりほの庵の苫をあらみ
我が衣手は露に濡れつゝ

あきのたのかりほのいおのとまをあらみ
わがころもではつゆにぬれつつ

 字余りである。

あきのたの
かりほのいおの
とまをあらみ
わがころもでは
つゆにぬれつつ

 本居宣長の字余りについての考えから言うと、声に出して読む時に、

あきのたの
かりほのいおの
とまをあら
みわがころもでは
つゆにぬれつつ

 という気持で読むと読みやすいという。
 あまった音を後ろにくっつけてしまうのである。
 字余りについて、吉本隆明さんが、五七五七七の姿というのは、四六四六六も、六八六八八も含み込んでいると言っている。
 つまり、「あきのたの」は、音としては「あぁきぃのぉたぁのぉ」という風に分解できるがそれをつめたり、伸ばしたりする事が可能だと言うのである。
「あきのた」だった場合は、「あきいのた」として五に持っていってしまうのである。
 先に挙げた本居式は、反対に「とまをあらみ」の「み」の音をなくしてしまうやり方という事になる。

 秋の田 というのは刈り取りの時期の田で、
 かりほの庵 は仮の庵
 そこで寝ずの番をしていると夜露で衣服が濡れてしまうと歌っている。
 これは天皇が自分の事を歌ったと見る「由注するはわろし」と尾崎雅嘉が『百人一首夕話』で言っている。百姓が寝ずの番をする苦労を思いやり「土民になり代わりて詠ませられたる御歌」と解釈しているのである。

秋の田で仮設番小屋で徹夜の見張り、夜露でそでが濡れてます

 袖が濡れてるあたりは寒そうな感じがするけど、湿気が多いのは、まだ暑くて、湿気が多いという事かもしれない。
 秋の夜は長い。


2006.4.20





















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