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百万っていったら、実は1千万でも数十万でもだいたい「たくさん」っていう意味で事細かに確認する必要もないのでしょうが、国土交通省河川局平成15年作成の資料によれば、筑後川流域内の人口は
        (人)
S43: 912,926  (<――作詞作曲年)
S50: 978,427
S55: 1,037,010
S60: 1,078,966
H02: 1,064,048

というように推移しています。
別の河川流域に相当してしまう人も含むけど、筑後川が流れる市町村の人口を単純に足し算した流域関連人口は

S45: 1,238,882
S50: 1,275,017
S55: 1,344,738
S60: 1,380,537
H02: 1,395,276
H07: 1,423,697
H12: 1,436,058

となっています。流域内人口については平成2年よりあとのデータがありませんが、流域関連人口の推移から考えると、全体で微増して、107-108万人くらいと見るべきところでしょうか。

この曲が作詞作曲された昭和43年には流域内91万人、流域関連123万人ですから、大雑把に言って、筑後川が育んでいる人たちは100万人。
(取水して一部福岡市に流している分があるから、流域じゃないけど育んでいる人口も数えてよければすごく多いことになるのだけど)

ただ、佐賀平野を除く筑紫平野に限定してしまうと50万人にも満たないようですから、この歌で「ちくごへいやのひゃくまんの」と歌われている筑後平野は、久留米の人が久留米のために作った歌なので、筑紫平野のことをゴロがいいような気がするから程度につい筑後平野と限定してしまっているだけで、実は筑後川流域を漠然と指しながら、川はいよいよ平野部に下ってまいりましたという程度のゆるい理解のほうがよさそうに思います。

詳しい人口資料は
http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai/shakai/030623/pdf/ss1-4.pdf
のpp. 42-43をご覧ください。
そろそろH17国勢調査結果も出る頃とは思うのですがね。

(この文書は2006年1月8日の日記として書かれたものです)