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邦人曲嫌いの友人が、とくに標的にするのが、最後で「あー」っていって終わるんだろ、ってこと。
そういえば、筑後川の河口なみに定番合唱曲である大地讃頌も、最後はフォルテ3つであー!
2,3年にNコンの自由曲を集計したところ、中高ともにトップだったのが「聞こえる」だったけど、これも最後におまけ的なハミングがあるものの最後は「あー」。
定番どころなら「季節へのまなざし」。校内合唱コンクール用とかなら「友よ 北の空へ」「Let's search for Tomorrow」。

このほか、「若人のうた」佐藤眞、「白い木馬」萩原英彦、「うたうべき詩」信長貴富、「ゆうやけの歌」湯山昭、「天へ昇った川」新実徳英、「あの素晴らしい愛をもう一度」加藤和彦(編曲 吉岡弘行)、「Mai」Reynald Hahn(北村協一編曲)、「ニルスの不思議な旅」タケカワユキヒデ(猪間道明編曲)、「Over the rainbow」Harold Arlen (Arr. Guy Turner)などなど。

私が知っているような曲(+某所で伺った曲)、という範囲内ではありますが、外国からやってくる曲で、最後が「あー」なんていう能天気なのは非常に稀で、上に挙げたover the rainbowのようにミュージカルの編曲物でようやく見つかる程度。
冷静に高いレベルの音楽を作ろうとすると、こういうのって思考を妨げるというか、やる気がなくなるというか。バカっぽさ全開ですよね。

長らくキリスト教文化圏で育まれた合唱は、最後のアーメンをどこまで引っ張れるかみたいな文化まで生み出している。一番楽な母音である「あ」を多用できるので、簡単なの、壮大なの、複雑なの、ハイセンスなのとかいろいろ。それでも神様相手の音楽だから、あまり気の抜ける書き方はしない。

お前何か知らないか、とつまに聞いてみたところ、「そうね、カルミナのEcce gratumとか」。あぁ、そうか。世界的定番合唱曲でも、人間のプリミティブなところに根ざした曲の、途中の曲なら、Ah-!って絶叫するのもありなんだ。そういえばカルミナブラーナならSwaz hie gat umbeもおまけの掛け声付きだけどAhっていうよな。


何にしろ、最後がこれってことは、あんまり考えすぎずに歌ってね、ってことなんだろう。たしかにバカになることって歌ううたいには大切だし。そうそう。考えすぎはよくない。「有明の海へ」という最後の山を越えて、いったんフォルテ2つに戻り、クレシェンドを繰り返していくというある種のエピローグ。そもそもこのあたりまで来てテキストにまともな意味を求めてもしょうがないだろうし、フィナーレのレで伸ばし続けるよりは、母音を「あ」に変えてくれてありがとうって感じだ。もう具体的な言葉で語る必要もないから、いろんなことをこめて「あ」。何でもいい。もうなんでもいい。