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昨日も書いたように、水辺にいる魍魎で子供のようであって甲羅をしょっているやつを中国では水虎といい、それに非常に近いのが日本の河童。違う妖怪だと思ってみてもいいだろうし、ほとんど同じと思ってもいいのかも。オレンジの日本語訳はみかんだろうか、って問題みたいですな。
水虎という言葉が日本にやってきたのが17世紀のはじめ。それから百年たって、河童と水虎を並べるような記述があって、そしてさらにもう百年たった1820年には古今東西の情報をかき集めた河童研究書である『水虎考略』が昌平坂学問所儒者の古賀侗庵(こがとうあん1788-1847)によって著されています。ってことはこの当時水虎=河童という図式があったってことですね。でも河童と呼ばずに水虎と読んでいたのかというとそうでもなくて、川太朗とか河伯などむしろ各地で数百種類にも及ぶ異名があったようです。『水虎考略』は、その後、栗本丹洲や古賀侗庵自身によって補筆、続編などが出ました。さらに数年後、坂本浩然によってその挿絵を転写したのが『水虎十二品之図』。この図は国会図書館サイトで見ることができます。
http://www.ndl.go.jp/nature/img_l/103/103-001l.html
貼り付けた写真はこの一部の無断転載。

どこまでまじめにこういうものを書いていたのか良くわかりませんが、完全にふざけているわけではなさそうです。河童は実在するもの。水死者が後を絶たず、その死体は皆、尻こだまを抜かれていたのだから。


  
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