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「歓喜の声を…」から少し音楽が変わる。とりあえず明示的にmarcatoと書いてあるので、逆説的に、そこまではアクセントがたくさんありながらもlegatoだったんだろうな、と理解してみようか。
「歓喜の声」という言葉。川の音で喜びにあふれた音は?ダムの音は?ダムのすぐ下流の音は?せせらぎとかじゃなくて、ごー、ざざーって感じかなぁ。
男女の愛でいえば、てめぇら人前でいちゃついてんじゃねぇ、といいたくなるような状況とか、とりあえず避妊はしろよっていいたくなる状況とか。すみません。もてない君としてはそういう表現しか出来ません。
人の成長で言えば、若手社員がちょっと落ち込んでたけど、何とか挽回して、今回はポイントかせいだなっていう感じとか。
ロッキーが試合前に街中を走って、子供たちがついてきて、階段を駆け上がったところでガッツポーズしてたシーンありますよね。試合に勝ったとか、映画のラストシーンではないけど、とりあえず盛り上がるところ。位置づけとしてはあんな感じなのでしょうか。
流域の暮らしで言えば、治水の成果があって季節を問わず安定した水が供給されて、豊かな水田を潤している喜びとか。

その「歓喜の声」。「か」とか「き」とか「こ」とか無声破裂音をいい形で立てて、喜びを際立たせるためと思われるmarcatoの指示。ピアノパートを見てみると、存在感は薄いけど冒頭と同じ動きをしているし、何ページか前のAllegro leggieroからテンポの明示的な指示が出ていないので、ここも冒頭やちょっと前からと同じテンポだと考えるのが自然。テキストもこのあと「はしっていく」わけだから、Allegroであることはたいそう自然な展開。
もし「筑後平野の百万の」でテンポを落としていたらここでa tempo。でもa tempoと書いてないところを見ると、「筑後平野の百万の」でテンポを落とさないというのがすなおな楽譜の読み方だと思う。けど、そうであってもそういう演奏も世の中にはあるので、とりあえず指揮者マター。つまり指揮を見て、テンポ設定についていきましょう。