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真夜中に書いた手紙は、せめて朝、読み返してから出せって言われますが、今夜はそんなことお構いなしに書かせてください。
初めてお会いしたときから素敵な人だなぁと思っていました。ずっと気にかけてはいたのですが、なかなか一歩を踏み出せないままの日々が続いています。それでも、日増しに想いが強くなってきて。

唐突ですけど、バタフライ効果ってご存じですか。去年映画のタイトルにもなっていたから多少有名な言葉だとは思います。複雑系とかいう妙な学問の世界でのたとえ話で、「中国での蝶の羽ばたきが、ときにはアメリカで嵐を引き起こすことがある」、とかいうのです。自分では何をやろうにも、どこに届くわけでもなく霧散する経験ばかりを繰り返しているとにわかに信じがたい話です。ですが、あなたの小さな仕草に心を動かされている自分を思うと、なんだここにも転がっているような話なのかと苦笑してしまいます。

ただもちろん、この年で嵐を巻き起こしたいわけでもありません。あぁしたいこうしたいというわけでもありません。体を重ねることがなくても、ただ、せめてこの愛の歌『筑後川』で声を重ねて、いつかいらして頂けるお客様の心に、私が抱いているような何か素敵な気持ちを湧き上がらせてみせたい、と、今はそう思うだけです。

でも許されるなら、あなたの心にさざ波くらいは立てられる風でありたいと、分不相応なことも思ってしまいます。その波が、どこにむかってどうなるか、何も分からないままの無責任な想いですが。とはいえ、この歌は、まだまだ続きますからね。こんなところで終わってしまうわけにもいきませんので。

さざなみ。
素敵な言葉ですよね。ここで終わらせられなくて、もっと迷惑をかけるばかりだったこともありました。すみません。先に謝っておきます。でも、今度会うときはいつものように笑っていてください。勝手なお願いばかりですけど。

こんなところまで読んでくれてありがとうございます。せめてこの歌とこの手紙の「さざなみ」という言葉に込められた意味がおわかりいただければ。ただただ、それだけです。

ではおやすみなさい。

Sincerely,
Nmitri Stenekovich Waritnyansky