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何かおれの人生ってそういう感じだよなぁって。どよーーん。

って話はともかく、ここで楽譜上次に現われるのが細い2本の縦線で、その名を複縦線。ふつうの場合の縦線は線が1本ですが、曲の段落、重要な区切り、また拍子や調号を変える時などには2本の線を用います。「銀の魚」では頻繁に拍子が変わるので落ち着いてみてみると何度もこの2本線が出てきていることがわかります。

この組曲で拍子が頻繁に変わるのは、自然で素朴な言い回しの詩がもつイントネーションを最大限守り、生かしていきたかったということでしょう。そして拍子が変わるときには形式的に複縦線が出てくる。ここも3拍子から4拍子に変わるところだからなんてことはなく、ただの小節線に過ぎない?

いやいや、ここには大きな意味がある。rit.がかかって、デクレシェンドしてppまで音量を落とし、a tempoで改めてmfで出直すところ。明らかに曲が切れている。つまり拍子の変わり目の複縦線程度でなく、曲の段落や重要な区切りとしての複縦線と考えたほうがいい。っていうか、言われなくてもそう感じるしかないところですが。

厄介なのはここが繰り返しテキストの途中であること。この前後はどちらも「深い川のふかいこころの」ですよね。つまりそんなに完全に切れて、次が始まっているのでなく、なにがしかつながっている。
うーーん。それって何でしょ。
私にはやることがいっぱいありすぎていろいろやっちゃって、もう手一杯な感じに書いちゃったから、エイヤと転調してテンポも戻して、仕切りなおしてますって感じに思えてならないのですけど、もうちょっと高尚な解釈はないでしょうかねぇ。



  
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