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歌でアクセントを議論するなら是非知っておいたほうがいいことがある。それはアクセントには2種類あって、音の強弱による強勢アクセント(ストレスアクセント)と音の高低による高低アクセント(ピッチアクセント)に分けられる、ということ。そして、普通、日本語は高低アクセント、西洋音楽を育んだ多くのヨーロッパ言語は強勢アクセントだ、ということ。

だから日本語の歌のアクセントを議論するときには注意が必要だ。高低アクセントが基本だから、アクセントといってもそれはメロディーを作る側に働いて、リズムを作るほうには働かない。
そういえば、日本語の詩歌の文化で、定型ものは七五調や五七調、あるいは五七五などで構成されているものの、そこでアクセントや韻を踏むという方向には進まなかった。古代ギリシアの叙事詩が一定の短いリズムでできていることや、重要な影響を受けたはずの漢詩でも韻を踏む鉄則があったのに、である。
「あなたです火のあるくらしの見はり役」とかいう標語も5,7,5を基本に作られていくけど、アクセントがどこか、なんて気にしませんよね。
もともと日本語には音声的に、そういう部分がなかったから、と思うほうが良いのかと思う。

日本語では音節数が重要。だからその意味でのリズム感はあるかもしれない。5・7・5は休符を含めると8拍分で、その意味では西洋音楽にもある拍子の感覚。その内側に強勢アクセントの感覚を持ち合わせていないので、西洋音楽の拍子の感覚が持っているアクセントとは一致しようがない。

♪ふーかいかわの、ふかいこころの

で、一度目の「ふーかい」は小節頭から、二度目はアウフタクトから。これがずれても平気なのはもともと言葉のアクセントがどうこうという問題じゃないから。

日本語的つくりだけから日本語の歌を作ると、西洋音楽が普通に持っているビート感は出てこない。だからないものは別のところから作るか持ってくるかするしかないんだ。