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ちょいと冒頭のテーマが戻ってくる話。
みなさんもタイトルくらいは良くご存知のレクイエムという曲は、冒頭の歌詞がレクイエムエテルナム...だからレクイエムと呼ばれるのですが、その長―いテキストのかなり終わりあたりに、もう一度、ほとんど同じ歌詞が出てきます。すると、ある意味、誰でも思いつきそうな話ではありますが、ほとんどお約束というくらいに、その最後あたりのレクイエムと歌うところで冒頭と同じ音楽を鳴らし、「冒頭ではまだ全容をご理解いただけなかったかもしれませんが、いまや、すべてはじめから予定されていたとおり」といわんばかりの構成をとっている曲が多いです。
とはいえ、キリスト教の重要な宗教行為であるミサであって、死者のために行うとき用のテキストの組み合わせ、というもので、その組み合わせに自由度があるものだから、レクイエムの歌詞というのはあっちがあってこれがないとかいろんなことが起こる。だから戻す構成をとりながら歌詞が違ったりとか、まぁバリエーションはいろいろあるんですが。
ヴェルディのレクイエムでは終曲のリベラメの中で黙示録にある裁きの日の音楽が流れた後、しずかにくすしきラッパの音が聞こえてきたところ。冒頭では低弦だけの下降音形だったのに、ここではソプラノソロに合唱がかぶるアカペラ。敬虔な祈りをささげる形になる。もともと何人かの作曲家でロッシーニ追悼レクイエムを書いたときにヴェルディがここを担当して、その後、自分で頭から書き直した曲だから、このモチーフを全曲の冒頭に持ち込んだって経緯があると思う。
優しいことで有名なフォーレのレクイエムでは7楽章中の第5楽章アニュスデイで出てくる。少し手前でルックスエテルナというテキストを歌い始めたあたりから地に足の着いていない戻れない旅が始まった感が生まれ、ppからの長いクレシェンドでdolce sempreなのにffまで持っていて感極まったところでG.P.のフェルマータ。冒頭と同じ決然とした1小節1音だけの前奏の和音にのってレクイエムとppで歌い始める。是非泣いてくださいといわんばかりの作曲。
3大でいえばモツレク。ジュスマイヤーの手によるところ、終曲のアニュスデイの中で、ルックスエテルナのテキストを歌うところでこの形が出てくる。直前ppからクレシェンドでfまで持っていってフェルマータ!個人的にはそれほど好きな場所ではないけど、ぐっと盛り上げてえいやと持ち帰るかたちはここでもそう。

ブラームスのドイツレクイエムは、全曲が対称な構成になっていることで有名で、冒頭のテーマが帰ってくるというよりも冒頭に帰っていく。そんな中で終曲の冒頭に帰るところが上であげている伝統的な形式を取っている。
ちょっと変わったところでイージーリスニングに入れてもよさそうなラッターのレクイエムでは、冒頭のプロローグ的なところのあとでソプラノから入るわかりやすいメロディーが最後のエピローグ的なところに帰ってくる。直前のお涙頂戴な直後、オーボエがrit.の中で見せるa tempo直前の跳躍に残された者たちが涙を振り切る様子、あるいは救済を感じるんですよね。これ聴くと、強く生きていこうって思います。

だからソナタ形式がどうしたって思う話ですけど、単に再現されまちた、よかったねw、じゃなくて、おいおいなんかあるだろってことが言いたいんですが、書ききれてない気がしまくりちよこ。
 ぷげら>おれ   ハイハイ自己嫌悪、自己嫌悪。