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合唱指揮者が練習中にやってみせる定番の演技にこういうのがあります。
「おかあさん」という言葉を使って、なにやら深刻な感じで、呟くように「おかぁさん」、少し大きく「おかあさん」、かなり大きく「お かあー さーぁぁぁん!!!」と叫んだ後、全身の力をこめて か細く「お かぁ さ ん ....」。
人によっては別の言葉でやったりもしますが、大筋で同じ。これをやって見せた後、「一番気持ちが強いのは何回目ですか」とか、そのままずばり「最後のちいさな『お母さん』が一番強いですよね」って。ピアノって言うのは音量の大小をゆるく指示する記号ではあるけど、ピアノだから力を抜いて、へなちょこな発声をしていいのではない、とか、音楽の流れで、非常に精神的緊張感の高いピアノやピアニッシモの演奏法を、まず日常的な話し言葉レベルで理解させるためにやります。

人間の動物的というかプリミティブな感情に素直に従えば、強い感情、高い音、大きな声、なんです。しかし、複雑な精神世界が絡んでくると、抑圧された、屈曲した、表に出せない、といったことが絡む「強い感情」があって、それがピアノや、ピアニッシモでの音楽として表現されたりします。

ここまでにも何度かした話ですが、同じ言葉を繰り返すとき、2度目は1度目を受けて、その感情とともに、大きくなったり、小さくなったりします。念のためですが、行き当たりばったりで、大きくしたり、小さくしたりしろ、ということではなく、楽譜に指示があればそのとおり、なければ自分で考えてあらかじめ決めたように音量を変えながら、気持ちの強さをそれに乗せていくべきところです。

「さようなら」という言葉を、一回目はフォルテで歌う指示が出ています。この別れの言葉に、いろんな気持ちが乗っかりようがあるけど、どんなことにせよ、強い気持ちがそこにあって、そして、まずは素直にf。
そして、わずか1小節後の繰り返しの「さようなら」はピアノです。わずか1小節後にこれだけの差を要求しているということは、それほどのことをやらざるを得ないかなり大きな感情が裏にあるべきで、そういう流れに従えば、2度目の「さようなら」の緊張度は非常に高いものであるべきだ、ってことになります。いろんな思いの重ねようがあることでしょう。いずれにしてもただの弱いだけのピアノじゃないってことはわかりますね。

ただ、だからといって、体をがちがちに固めてしまうと発声が悪くなりますし、こういう力の入った音楽は、聴いているほうも疲れます。入れるところ、抜くところをよく計画したいところです。