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阿蘇の雄大な大自然を2小節ひとフレーズでうたいきったあと、溶岩の話を始めるとどうしても話がかすむ。先ほどのフォルテからディナーミクに変化があるとは書いていないし、「溶岩の」の3つの音符にはアクセントも付いている。ピアノパートを見てみれば前2小節のバリエーションだとすぐにわかるし、そう思ってみてみれば、合唱パートも前2小節のバリエーションだ。
しかし、同じようなものが続いたときは、割と大きな確率で後を小さく作るとよい。ここも、その後、一段小さなmfからの音楽で前半の音楽のまとめに入るところなので、ここをむやみに引っ張るのも変だろう。強拍と弱拍があるように、ここは2小節ずつの2つのフレーズで強、弱と見るほうが自然だろう。ただし、あくまでもフォルテの中での動きだ。
よくよく見てみると注意すべきことがわかる。「阿蘇外輪」と「溶岩の」の男声パートの音の高さを見比べ、続いて同じ場所の女声パートを見てみよう。男声は明らかに下がっている。普通に、何も意識せず歌えば男声は小さくなる。一方、女声は高さがあまり変わらないのもあって、何も意識しなければ同じ音量で歌うかも。そう。男女比のバランスが悪くなりやすいのだ。
おそらくこのフレーズはこの曲全体の流れであまり重要なところでない。緊張と弛緩のバランスで言えば弛緩。表裏でいえば裏だ。音楽にメリハリをつけるにはすべてを日の当たるフレーズに作り上げる必要はない。(と思う)
ただ、抜きすぎるとピッチがぶれる輩も多いので最低限のことは守りたいところだし、和音バランスも崩したくない。阿蘇の上流の熊本県エリアはかなり溶岩性の岩で、そこから水が湧き出ているということを歌っているという感動を多少胸におきながら、とはいえここは気楽に作ってみたらどうかと思う。