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♪ もっとふかさをもつように
  もっとおもさをもつように
  もっとれいせいであるように
と指導されるということは、「かわ」は

浅く、軽く、落ち着きがなかった

ということ。だからこの曲の冒頭で「いそいそ」と歌っているときは、ある意味、浅く、軽く、落ち着きがない、歌い方であることが望ましいということになる。
ただ、何度か書いたように、一部の背景に、治水という意味を見出すのであれば、ここであまりおちゃらけた作り方をするのでは失礼この上ないし、逆に愛を前面に持ち出したいのであれば、時に暴走する若さが伝わるべきだろう。
というわけで正反対の作り方がありえるけどそこは指揮者マター。

深さを、重さを、冷静で、と言葉を重ねるごとに音量が、mp、mf、fと単純に大きくなる。冷静さを求めるほうが熱くなってどうする、って気もしますが、熱くなれと言わんばかりにかかれていますので、そういう音楽の流れを無視しないように。

ただ、そう歌うと最後の「であるように」を単純にまとめにもっていきたくなるところですが、なぜかここ「あるよう」でクレシェンドの松葉。こう書いてあれば音楽の力点は最後の小節のアタマの「に」にくる。となれば(もともと書いてないけど)「であるように」あたりに間違ってもrit.をかけちゃいけない。一部の歌いなれたひとには、フレーズの終わりでrit.したい病なひとがいて、指揮者とは無関係に、勝手に遅くする人がいます。自分から作っていくことはよいことですが、指揮を無視しないでね。