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三遊亭円朝 怪談乳房榎 三十一」(2007/09/12 (水) 23:33:45) の最新版変更点

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三十一<br> <br> 「へい、いま冷てえのを上げます、今日はてえそう暑い日で、それに原ばっかりで日蔭の無え所だから堪らねえ。」<br>  と撥ね|釣瓶《つるべ》から盥へ水を汲みまして持って参り、<br> 「さアおつかいなせえ、ずいぶんこの水は冷てえ方では自慢でごす。」<br> 「そいつはすてきすてき、あゝ冷てえ、これは手が切れそうだ、堀井戸かえ。」<br> 「へえここらはじき三尺も掘ればじき出ます。」<br> 「あゝいい水だ。」<br>  と手拭を絞りまして、背中など拭うておりました男は思わず正介と顔を見合せました。<br> 「や、お前は真与島さんの正介どんだ、先生のおうちの……いや正介さんに違えねえ。」<br> 「え、なんだえおめえ、なあるほどお前さま竹六さまだな。」<br> 「どうも不思議なところで、どうも夢だね、夢のようだよ。」<br> 「おれも夢だよ。」<br> 「じつにこんなところでお前に逢おうとは思わなんだ、そうしてどういうわけでここに。」<br>  と聞かれまして、正介は疵持つ足でございますから、ただもじもじしております。<br> 「お前が柳島のお家を真与太郎さんを抱いてお使いに出たぎりで帰らないということは聞いたよ、浪江、何さ今の旦那からお聞き申したが、ここはお前の在所とでもいうのでここへ引っ込んだのかえ。」<br> 「いえおめえ様、この訳は話せば長いこんで、一|様《よう》や二|様《よう》のことじゃアねえだが、そうしてまアお前きまがここへ来さしったのはどういう訳だえ。」<br> 「いやこれにはいろいろ訳あり、まアともかくも咽喉が乾くから茶を一ぺい、いえ砂糖を入れて水を、今の冷たいのなら豪気だ、なにあいにく砂糖が黒い、なにいいとも、どうせここらには白いのはない、おっとこぼれるこぼれる。」<br>  と腰を掛けまして、水を呑みなどいたし、<br> 「いや少しのうちに変わるもので、世の中は三日見ぬ間の桜かなで、もうあしかけ五年|前《あと》になるね、先生が落合で殺され、浪江さまが跡へお直りなすって、まだお前も知ってだっけ、あれから御新造がお産があったよ、しかもお生れなすったのは男のお子でね、よいお子だけれど、御新造も真与太郎さんを連れてお前が行き方知れずになったということをお聞きなすって、旦那には義理のあるお子のことだから、あらわには気が揉めねえ、自然と心を痛めたもんだから、お乳が少しも、相変らずさ、出ない、さア旦那が気を揉んで、あるとあらゆるお医者は申すに及ばず、乳揉みにまでかかったがでない、その中に赤さんは乳がないから痩せ衰えて、とうとうお可哀そうさ、亡くなった、そのお前取り片づけをしてちょうど七日だ、七日目に御新造の乳の上のところへ|腫物《おでき》がぽっつりとできたが、その痛むこと恐ろしい、昼夜御新造はころころ転がって、ひいひいといって痛がっておいでなさるので、聞けばこの頃赤塚の乳房榎の下の白山様へ願を|懸《か》ければ乳一切の病いならじきに癒ると、とうとう竹六そのお役に当たって、早く行ってお乳とかを頂いて来てくれと、それ例の気短かで、それというとそれだから、この炎天をやって来たのだが、お前はまたどうして柳島を出なすったのだね。」<br>  と不審をうたれまして正介、はや先だちますのは涙で、声を曇らせまして、<br> 「竹六さん、これにはだんだん訳のうあるこんだが、おれ|先《せん》の旦那にゃア大恩受けたからなんでもその恩返しするつもりで、あの時坊ちゃまを連れて走っただよ。」<br> 「え、それでは坊様はあの時一緒で、今でもお達者で。」<br> 「まアありがてえこんには、おれ一心届いてよそで乳い貰ったり、落雁|噛《か》んで喰べさせたりして、丹精してようようのこんで成人させただ。」<br> 「え、それではなにかえ、坊様はアノお達者で。」<br> 「おれいろいろ心配して今年は五つだあ、これ真与太郎さん、どこにいるよ、また裏の池へかかってかな、|一昨日《おとつい》もお前はまったじゃアねえか、危ねえよ。」<br> 「なに池へかかりゃあんしねえ、竹藪の|烏瓜《からすうり》いとるだア。」<br> 「|烏瓜《からすうり》いとるって、駄目だ、よせよ、烏瓜いは喰われねえから、ここへ来て、その竹六爺やアにおとなしくお辞儀するだアよ。」<br> 「おらあお辞儀なんてえこと知んねえよ。」<br> 「知んねえじゃアねえ、困ったよ、竹六さん見て下せい、これが坊ちゃまだよ。」<br> 「え、この色の黒い餓鬼が、いえなに、このお子がかえ。」<br>  と胆を潰す筈で、田舎で育ったから、日に焼けて色は真黒だし、頭はと申すと赤い毛でもじゃもじゃと散ばら髪でございまして、|手織縞《ておりじま》の|単物《ひとえもの》というとたいそう豪気ですが、方々に色紙が当たってつぎだらけで、膝の下は五分ばかりしか丈がないという、どう踏み倒しの古着屋に見せても、三百にしかは買うまいと思うほど、竹六はしばらく真与太郎の顔を見詰めておりましたが、<br> 「おゝ坊さまかえ、たいそう立派におなんなすった、どこかお|父《とつ》さんに|面貌《おもざし》が似ておいでのは嬉しい。」<br> 「おいらア|父《ちやん》はここにいるのが|父《ちやん》だ、ほかにお|父《とつ》さんはねえ。」<br> <br>

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