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43小節と44小節の間、つまり、「あゝ」を終えて「深い川」に入るところでブレスするのか。とりあえず楽譜そのものは女声にはブレス記号があり、男声にはない。
しかし後述するように男声にない理由がわかりにくい。悩ましいわけだ。

「深い川~」の動きは4声が縦に揃った動きだから、直前のブレスを揃ってとる方が自然。直前の「あゝ」でも、ずれて入りはするものの全パートでしっかり伸ばして和音を作り、揃ってデクレシェンドしていく。だからブレスをとるなら揃ってとる方が自然。

でも楽譜にそう書いてあるのだから、やはり男声と女声でブレス位置を変えたいような事情があるのだろうか?改めて楽譜のほかのところを見てみると、たとえば次のページのmでハミングするところは明らかに男女でブレス位置をずらしてある。ただしこれはフレーズも同じようにずれた部分なのでダイレクトな参考にはならない。単にずらす可能性は明確に作曲家の意識にあるようだという程度。

では「朝日にはねよ」直前のブレスを見てみると、ここは逆に男声だけブレスをとる。ここはほぼ揃った動きをするところ。とはいえソプラノは半拍ながら先行して歌うので、揃ってブレスをとることはありえない。しかしアルトはまさに「あゝ」をやってから「朝日に」に入るのでここのベースの楽譜に近い意味はある。つまり2ヶ所以上で出てくる作曲法だから、誤植ではないと見るのが自然。

しかもこの『筑後川』は作曲家、團伊玖磨にとって重要な曲だし、作曲から初演から30年以上にわたって、作曲家自身が棒を持ち、演奏に当たってきた。通算74刷を数えるこの楽譜に、未だ誤植があるとは考えにくい。

では演奏効果はどうなるのだろう。普通に全パートでブレスをとれば、揃った感じになる。一部のパートがノンブレスともなれば、音が途切れない分で、直前のフレーズからのつながった感を出せるかもしれない。普通なら音楽が切れてもよさそうなのに、敢えてブレス記号がないところとして、次ページの「銀の魚」から「m」に移るところをあげることができるだろう。こういう作曲をするのだから、ここでもブレスなしパートがあって、なんら不思議でない。

しかし、しかしが多くて恐縮だが、つなげたいなら後から入ってきたばかりの低声に伸ばしてもらうべきだろう。しかもテナーはここからのフレーズの最後で気の抜けない演出が入るので、そろそろ是非ちゃんとブレスをとりたいところ。

結局、どうなんでしょうねぇ。
わたしなら楽譜どおりやると思います。

でも2月19日の練習で、ここには男声もブレス記号を、
という指揮者からの指示が出ています。
 とりあえず。よろしく。

(この文書は2006年03月10日に日記として書かれたものです)