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森鴎外「「蛙」はしがき」

「蛙」はしがき
 機会はわたくしに此書を公にせしめた。書中の収むる所は皆訳文である。わたくしは老いた。飜訳文藝を提げて人に見ゆるも恐らくは此書を以て終とするであらう。
 書は何故に蛙と題するか。プロワンスの詩人ミストラルの作ナルボンヌの蛙が偶然巻頭に蹲つたがためである。
 しかし偶然は必ずしも偶然でない。文壇がトロヤの陣なら、わたくしもいつの間にかネストルの位置に押し進められた。其位置は久恋の地ではない。わたくしは蛙の両棲生活を継続することが今既に長きに過ぎた。帰りなむいざ、帰りなむいざ。気みじかな青年の鉄椎の頭の上にうちおろされぬ間に。
  己未の二月          森林太郎


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