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森鴎外「高粱」


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高粱
 高粱といふ文字は支那の土音で読むとカオリヤンと云ひます。これを植物学者でも農学者でもない自分の目で見ただけを話しませう。私共は高粱を初め種子を下す時から、それが成熟して、それから枯れる時まで、満洲で見ることが出来ました。高粱の種子を下すには、初めに先づ前年の枯株を抜いて取ります。其株もそれ/゛\利用の出来るもので、殊に焚物に適して居る。其跡で畑を均してそれから種子を蒔くのです。此度始めて満洲に行きましたのは丁度明治三十七年の五月でありますから、最早高粱の種子は蒔かれてゐました。さうして其苗は僅に芽を出してをつた位の時です。併し一周年の後に奉天が取れて、奉天にゐた頃、近所の畑に出て見ますると、丁度其頃が三月の中旬で、高粱の枯れた古株を抜く時でした。それから奉天を発して、軍が前方に陣地を移すことになりましたのは、其後四月の頃で、丁度種子を下す時です。其頃は満洲で誠に短い春の時です。満洲には梅の花もない。桜の花もない。先づ花の咲く木と云つたら杏です。此杏の花の咲く頃に種子を下します。其道具が面白い。瓢箪の中に種子が這入つてをります。其瓢箪に柄が附いてゐる。此瓢箪に這入つた種子を畦に添うて持つて行く。さうして瓢箪の上に附いて居る柄をこつ/\と棒で叩く。さうすると下の嘴のやうになつてゐる方から、種子がぼろ/\と飜れて落ちる。此方法で種子を蒔いて行く。それから高粱が芽を出すのは五月頃であります。高粱は満洲は気候が寒いからなか/\急に成長しない。僅に一尺位に伸びて長い間其儘でゐる。三十七年に蓋平の戦闘のあつた頃でした。我々は蓋平の取れた後に、其近所の村に暫くをりました。其頃は雨のひどい時で、所謂満洲の雨期で、此時高粱が突然伸び出す。見る中に高くなつて、初め一尺許りであつたものが、蓋平の取れた後に暫く滞陣して、今度出発するといふ時には、馬に乗つてゐる我々の頭よりも高粱の方が高くなる。其時の美しい事といふものは非常です。日本には竹の林がありますが、篁は幾ら青くて綺麗でも、枯葉もあつて青いものばかりではない。所が高粱は今云ふ通り、雨期に急に伸びたのである。若竹のごく綺麗なのが揃つてゐるやうなものです。広い平地に高粱が何処までも一面に生えてゐる。実に目を驚かす壮観です。併し是は軍隊の方では随分迷惑な事で、高粱の中を兵を引いて行くのには随分困る。それで其頃は高粱の中を兵隊を引き廻す演習をしたり何かしました。扨高粱の葉が黄色くなり、所々赤くなつて、実が熟して来るのは秋でありまして、我々は丁度成熟の期を二度見ました。一遍は遼陽の戦闘の後、それから一遍は奉天開戦の前です。高粱は畝を切つて作つてありますから、それを其儘刈り倒します。倒して置いて集めて束にする。それから例の満洲の大きな車に積んで、持つて行く。扨高粱の実はどういふものであるかと云ふと、東京の近在に作つてあるモロコシといふものと同じです。モロコシはタウモロコシ即玉蜀黍とは違ふ。玉蜀黍は赤い毛の生えて居る大粒なもの、モロコシは小さい粒が一粒々々にばら/\になつて附いてゐる。どなたも箒のモロコシの実に似たのが有るのを御承知でせう。あれは食品には供せない。百姓はザンザラと名づけてをります。あのものとも略ぼ似寄つてをります。高粱の実を食べるには、日本で米を食べるのと違ひまして、水を沢山釜に盛つて、其中に高粱の穀物を入れて炊ぎます。さて笊のやうなもので掬ひ上げると、下に水が垂れる。其上のものを茶碗に盛つて食べる。其味は、私も食べましたが、米のやうな膏気とか粘気とかいふものが全くない。丁度団子を囓むやうです。併し我々の口にも、砂糖でも入れて食べれば、そんなにいやなことはない。それから実際此高粱を食糧に用ゐた時があるかといふと、それは随分ある。騎兵の如きものは、前方に懸け離れて居ることがありますから、さういふ時はなかく米など持つて行くことは出来ぬ。そこで高粱を食べます。其外米と一しよに交ぜて食べたことは、何種の兵でも必ずあります。此高粱に就て、私は序に話して置きたい事がある。それは何かといふと、満洲が占領せられてから、日本人が沢山出掛けて行きます。其の行くものがどういふ人かといふに、大抵多少の資本を持つてゐて、大連とか旅順とかいふ立派な都会で商売をするのであるが、其商売は多くは一時の利益を収めようと思つてしてゐる。かう云ふ人物の外に、資本の無いものが満洲に移住するといふことは出来ないだらうかといふ、是は大きい問題です。満洲の事情を善く知つた者に聞いて見ると、容易に資本なしに満洲に行つて為事をすることが出来る。只一つ考へなければならぬのは、内地から米を運んで食つてゐる積りでは駄目だ。若し高粱を食つてこらへるならば、少しも資本なしに為事をすることが出来よう。今までの旅行者の中にも、艱苦して此事実を経験した人があります。併しこんな風な移住者はごく稀で、殆ど皆無と云つても宜しいのでせう。



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