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三遊亭円朝 怪談乳房榎 十四


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十四

 思いがけなく浪江に|心腹《しんぷく》を明かされました正介は、歯の根も合いませぬほどで、飲んだ酒も醒めまして体中がぞくぞくしてまいりましたが、逃げますわけにもいきませんから、ただ恐ろしい人だと浪江の顔を見詰めております。浪江は平気で酒を飲み、盃を下へ置きまして、
「今話した訳だから、今日わしはここからすぐに帰ったつもりにしておいて、じつは隠れておって待ち伏せをしておるから、お前はここから南蔵院へ帰り、この頃は落合の田圃の螢がたいそうよいそうでございますから、見物にいらっしてはどうでござります、幸い浪江さまからお土産下すったお|肴《さかな》もあれば、|瓢箪《ひようたん》へ御酒を入れてぶらぶらお出掛けなさい、とよいあんばいに勧めて連れ出してくれ、そうすればわしは道に待っておって、出しぬけに切ってかかるから、手前も後ろから助太刀をして、木刀で先生の頭をむやみにぶってくれれば、たちまち落命は知れたことじゃ、よいか、どうか亡いものにしてはくれまいか、どうじゃな。」
「浪江さま、お前さまはおっかない人だ、怖い人だ、貰った金けえします。」
「こりゃこりゃ、何もいったんつかわした……なにか前に上げた物を返すとは失礼ではないか。」
「いやおれ金貰いますまい……まア浪江様、よく物をつもってごらんなせえ、大恩のある、九年も御奉公した旦那様を殺すなんてえ恐ろしいことが、もったいなくってできべいか、あゝこんなお前さまの心意気なら御馳走にならなきゃアよかった、おれここで物を喰ったり、酒え飲んだりしたが、一生の過りだ、あ、あゝ情けねえ。」
 とべそべそ泣き出しました。浪江は弱身を見せまいと思いますから、
「これ正介、手前にばかり一大事を明かさせて、そんなごとはできませんなどとは|不埓千万《ふらちせんばんじゃぞ、よい、一大事を口外いたさせて、聞き入れんければ是非がない。そちを刺し殺しておいて、手前その場を去らず切腹いたして相果てる、よいか、覚悟をいたせ。」
 と刀を引き寄せますから、
「あゝお前様待ちなさえ、べらぼうに気の短い人だ。」
「さようなら得心いたしてくれるか。」
「だってもってえねえそんなことが。」
「やはり、得心いたさねば刺し殺す分のこと、よいな。」
「あゝ待ちなせえ。」
「しからば承知か。」
「だって、みすみす御主人様を。」
「それでは頼まぬ、かほどの一大事を明かしたのは拙者の見込み違い、よい、それへ出い。」
 と刀の鯉口を寛げますから、
「待てよ、待てと云ったら待たっしゃい。」
「さようなら得心するか。」
「あゝ厭だと云えば殺すって云うし、うんと云えば、御主人様を殺さなければならぬ、あゝ情けねえこんだ。」
「その代りこれを仕遂げてくれれば、骨は盗まぬ、沢山礼はつかわすからやってくりゃれ。」
「仕方がねえ、やるべい、やりますよ。」
「しからばよいか。」
「ようごぜえますというに、わし仕方がねえ、やるよ、だが、浪江様、先生は素晴しい剣術の名人だよ。」
「いや剣道にすぐれておるということは、おきせ殿から聞いておるからよい、たとえ名人でも、またこっちには計略がある、これちょっと耳を貸せ。」
「え、なんだって、あゝくすぐってえ。」
「よいか。」
 と何かしばらく囁きまして、
「そんならわしい供をして行くのか。」
「私はな、落合の|田島橋《たじまばし》のなだれに|小坂《こさか》がある、その左手は一面の薄《すすき》で、赤楊《はんのき》がところどころにある小高い丘だから、その生い茂った薄の中に隠れておって、先生をやり過して竹槍でただ一突きにいたす。さよういたしたらきさまも後うから|真鍮巻《しんちゆうまき》の木刀で力に佳せて頭を殴れ、そうすればいくら|手利《てきき》きだといっても、不意を討たれては、遅れをとるものじゃ、よいか、その代りにただいまも申した通りに、|褒美《ほうび》として二十両其の方につかわすぞ。」
「なに、金入りましねえ、五両貰って人を殺せというもの、二十両べい貰おうもんなら.なに殺せというか知んねえ。」
「たわけたことを申すな、金子をつかわしたって、先生のほかに誰を殺すものか。」
「何いいがね、だが間違えて、お前様わしい竹槍で突いてはいかねえ、|提灯《ちようちん》を持てばわしい旦那より先だから。」
「いやいや螢を見物に行くのに、提灯を持って参るものがあるものか。」
「はアそれじゃア|暗闇《くらやみ》かね。」
「今夜は|隴月《おぼろづき》であろうと思うから、誂えむきだ。」
「よい、仕方がねえ、厭だといやア殺すというから仕方がねえ、もってえねえがやっつけべい。」
「しかし手前この場は請け合って、寺へ帰ってから裏帰りをいたして、万一手違いにでもなる時は致し方がないから、もはや悪事も露顕いたせば、本堂へ踏み込んできさまを初め切って切って切り死をいたすからそう思え。」
「えゝまた切り殺すって、よいよ、案じねえがいい、大丈夫だ、おれ九年も奉公して忠義を尽したのも無駄にして、やるべいと受け合うからは、案じねえがええ。」
「そういう心なら安心じゃ、さアもうそれでよいから一杯飲まんか。」
「もうもう酒も咽喉へは通らねえ、それじゃアこの五両は貰っておくよ。」
 とおどされました正介は金子を懐中して、土産の折詰を貰いまして、そんならこうこうこういう計略だと示し合せまして、この花屋を立ち出で、南蔵院へ帰って参りました。

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