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神西清「瑪瑙を切る 『ルウベンスの偽画』に寄せて」


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神西清
瑪瑙を切る 『ルウベンスの偽画』に寄せて
神西清

「僕の小説は瑪瑙を切つたやうなものだよ。」
 ある夜のこと、堀辰雄が夢に出て来てそんな意味のことを僕に言つた。……この言葉が今でも僕の耳の底に妙な余韻をのこしてゐるところを見ると、ひよつとしたらこれは夢ぢやなくて、現実の堀が言つたのだつたかも知れない。この点はつきりしないから、今度彼に会つたら確かめてみるつもりである。実際を言ふと、たとへ堀が自分の作についてこんな事を言つたにしても、少しも驚くには当らないのである。なぜなら、第一に彼は、僕が少し後で言はうと思ふ理由によつて、自分の作を底の底まで知り抜いてゐて、一つの字の端のハネ方にまで責任の負へる珍らしい作家の一人であるし、第二に彼は、自分についてにせよ他人についてにせよ、これほどの名句の十や二十ぐらゐ、名刺代りにいつでも上依のボケットの中に用意してゐる男だからである。とにかく僕は、この夢だか現実だかの暗示によつて、ふとイエーツの古いエッセイ集に、The cutting of an Agateといふ題がついてゐたのを思ひ出した。

 厄介なことを思ひだしたものだ。 一体このCuttingといふ奴は、どう日本語にしたらいいのかしら。「瑪瑙琢切」──支那人ならさうやるだらう。琢切なんて妙な字面だが、聞けば韓退之の詩にもあるさうだから出所は確かなものだけれど、何も出所なんかに縛られる義理合ひもないから、いつそ簡単に「瑪瑙を切る」といふ風に現はして置いてもいいが、どうも堀の芸術は、このCutting of an Agateといふ感じではないか。ここに彼のリアリズムの秘密があるのではないか。
 僕がこの「瑪瑙を切る」といふ奴のおかげで、妙に魔法でもかけられたみたいになつてしまつたについては、実はもう一つもつと直接な動機がある。しかもそれは、ごく手近かな所にあるのだ。こんど出た『ルウベンスの偽画』を手にとつて、その白亜と深紅の表紙を開けて見たまへ。すると厭でも諸君の眼は、見返しのマアブル紙の上にちよつと立ちどまるに違ひない。「凝つた装禎だな」とでも言ひすてて、急いで次をめくる人があれば、僕はその人に忠告したい。もう少しのあひだこの面──朱と白とあをみどろがちな黒檀いろの不気味なまつはり模様と、その鮮やかな切断面のうへに諸君の眸を定着させることを。なぜと言へば、これがマアブル紙だなんて真紅な偽りで、実は瑪瑙の断面なのだからである。
 これは崇高な詐術、もしくは愕くべき裏切りだ。言ひかへれば、造本秘戯の極まれるものだ。まづ本文にとりかかる前に人は、堀辰雄の自信も告白も、ともすれば彼の羞らひさへも、すべてこの見返しの面に凝結して、うつとり微睡んでゐるのだといふことを知らなければいけない。そして、この模様の色の、交り合ひもつれ合ひから生まれるアルモニを諸君の眼が見分けるのと同様の手順をふんで、彼の小説のうちにも、最初の一暼では透きとほつて見える心理のひろがりや深さのなかに、朱や白やあをみどうがちな黒檀いろを見分け、それらの合奏から湧きあがつてくる奥ぶかいアルモニに、耳を澄ます心の用意をしなくてはいけない。
 ……と、そんな風に、『ルウベンスの偽画』を読むともなく眺めるともなく、うつらうつら空想に耽つてゐるうちに、僕はふいと、自分のエッセイにこんな題をつけた男と、自分の芸術を偶然おなじ言葉で定義する男とのあひだには、何かしら血液的なつながりがあるのちやないか、とそんな気がしだした。一旦さうなると僕は矢も楯もたまらなくなるたちだ。そこで、この二人が似てゐるか似てゐないかを一つ験す気になつて、手当り次第に『瑪瑙を切る』の頁をあけた。
「……感動は、昔の感動の記憶によつて富まされるにつれて、ますます酔はせる力を強め、ますます歓ばしくなりまさる。あらゆる昔の経験の、数しれぬ香気を伴つて。……」
 こんな言葉がある。これはイエーツの所謂 Wine の教義を説いた文句なのだが、一応これが『セルトの薄明』の詩人の言葉であることを忘れてみよう。したがつてこの句が暗示しがちなセルト的要素をすつかり消し取つて見直すと、なんといかにも堀的な発想のいとなみが、びつくりするほど明かに浮ぴあがつて来るではないか。
『ルウベンスの偽画』は、本当にさういふ風にして書かれた。そしておそらくは『あひびき』も。この二つの作品の異ふところは、前者が後者の操作を何度か繰返し積重ねたものであることだ。ただし、この「昔の感動」といふ言葉を、彼のクラシックへの敬虔な心構への意味にとらうと、彼の内心的な経験の意味に掬まうと、それは各人の勝手である。事実は多分その両方なのだらう。
 芸術に対する心構への慎重さにおいて、まさかこの二人がこれほどまでの似通ひを持つてゐようとは考へてゐなかつた。僕はいささか調子に乗つて、ついでに『セルトの薄明』を覗いてみた。すると今度はこんな文句にぶつかつた。
「私たちは、心を、静かな水のやうにすることができる。すると実体ら(beings)は私たちの身のまはりに寄りつどふのである。──
それらが、恐らくはみつからの像《すがた》を見ようとして。そして、私たちが静かにしてゐるおかげで、一瞬のあひだ、より澄める生を生き、或はより烈しい生をすらも生きようとして。……」
 大体これほどの意味だと思はれるこの文句は、明かに、さきほど言つたあの発想作用に次いで起る堀の創造の段階を、解きあかしてくれるものに違ひない。普通考へられてゐるように、堀の作品は新鮮で透明だ。静謐なロマンティクの花の匂ひさへする。しかも、時としてそこに無量の烈しさ(粗々しさとは別の──)が閃めくのを、僕は長いこと訝しく思つてゐた。そして今、それは彼が静かにしてゐるためであつたことを、はじめて悟つたのである。
 僕はずつと以前、イエーツの「責任は夢にはじまる」In dreams begins responsibilityといふ言葉が大好きだつた。これは彼の詩集"Responsibilities"の扉の銘になつてゐる句で、(Old play)と断つてあるところを見ると彼自身の言葉ではないのであらう。ところが去年の夏、ふとした機会に、この文句が堀の記憶にもとどまつてゐたことを発見した。けれど、それが少し妙なのである。彼はそれを「夢にも責任を感じる」といふ形で覚えてゐたのだ。ここに夢といふのは、イエーツ一流のセルトの薄明、つまりはsupersensual worldを指すものだらうから、響きの高いこの文句を仮に堀のやうに言ひ直してみたところで、一向に差支へはない筈である。しかし僕は、なんとなくこれを堀の芸術的良心ともいふべきものが、無意識のうちで、つまり夢の中で、いつの間にかそんな風な書き変へをしたものと信じたかつた。彼自身が「夢にまで」責任を感じる男であるため、彼の記憶のなかでこの文句がいつとはなしにかう変つてしまつたのだ、と。……
 堀がどんなに自分に責任をもつてゐる人間であるかを証明するため、僕は次のやうなアネクドオトを話して見よう。これは、僕の記憶にさへ誤りがなければ、彼が『ルウベンスの偽画』の最初の原稿を書きあげた前後のことである。その夏の末か秋のはじめ、彼は芥川さんや室生さんと一緒に暑を避けてゐた軽井沢から帰つて来て、不意に僕を訪ねてくれた。僕たちは一年かそこらお互ひに会はずにゐたのである。その彼が、僕の顔を見るが早いか、いきなりあどけない声でかう言つたのである。──「芥川さんや室生さんの偉さに感心しちやつたので、つい君のことを忘れてゐたんだ。」 
 かういふ言葉は正直といふよりは、自分への責任の深さからとでも考へない限り、とても説明のつきつこはないのだ。そして堀だけが正しく使ふことのできる「不器用な」といふ言葉にしても、恐らくはその辺に根を持つてゐるのではあるまいか。
 僕はすこしイエーツのことを喋りすぎたやうだ。もとより僕は、この二人の間に外的な何かの似よりがあるなどと言ふつもりはない。寧ろ、これは推測だが、堀自身としてはイエーツが大して好きではないだらうし、自分でも『ルウベンスの偽画』を書いた頃はボオドレエルの影響を受けてゐたやうに言つてゐた。ボオドレエルの影響? だが、僕は残念ながら、さういふ形跡をあまり認めるわけには行かないのである。却つて考へかたの本質において愛蘭の詩人と相通ずるところがあるやうに平生思つてゐるままに、こんな事を書いてみた。思ふに本当の影響といふものは、恐らく僕たちの眼のとどかない、もつと深いところに宿つて、Creationの奥底に没してしまふものであうう。そして他の範疇の人々だけが、作品の表面にあらはな影響の跡をとどめるのであらう。
 12. IV 1933

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